あと最近人が離れ始めた理由も若干掴めたので、需要に応えられるよう品質改善にカロリーを回していくぜ!!(成功するとは言ってない)
おかしい。
おかしい!
『おかしいデスヨ、クロスッ……!』
『ビリなんてあり得ないデショウ……!?』
覚えてマス。ジャパンカップでの、あんなに恐ろしく強かったクロスを。あの時のクロスの力なら、ちょっと芝が合わなかったぐらいでこんなの、あり得マセン。
全部、ぜんぶゼンブぶっちぎってしまう力。あの時あったそれが、なんで無いんデスか。
衰えた?サボってた?どれもノー。毎日隣で話して、時には一緒に走ってたんデス。いつもクロスは全力で、
なら体調?コレも変。やっぱりエルがいつも隣にいても何もありマセンでしたし、レース前だって無事デ。
『クロス!!』
『ッ──ああ、エルかぁ』
俯く彼の顔はまだ見えない。だから近くに駆け寄って、ちゃんと見なければ。
何を抱えてそうなったのか、知らなければ。
目前に達し、急ブレーキ。同時に、ゆっくりと彼の顔が上げられて。
その表情は───
『いやぁ、負けた負けた!やられた、つーかやっちまったなぁ!!』
『………ハ?』
『皆強かった!完敗だ、色んな事をやり直さなきゃな。うん、こりゃ笑うしか無いわ。ワハハハ!!』
いや、エ?
何デスか、それ。
何でそんな顔、出来るんデスか?
『でもすげぇ、半端無ぇよエル!お前よくこの馬場に適応したな!?加えて、確かイスパーン賞って……いやこれはいいや。とにかくマジで凄かったぁ……!』
違うデショ。そうじゃないデショ。
褒められるのは嬉しい。嬉しいデスけど、そうじゃない。
アナタが抱くべきは、もっと違う
なのに。なのに、どうしてアナタは。
『うーん、こりゃ寧ろ清々しいな。おめでとう、エル!お前はお前の実力で、“運命”を覆s』
『ヤメて下さい!!』
一瞬遅れてから、叫んだエル自身に驚きマシタ。後ろでライバル達が立ち止まる気配、そして見えたのは驚いたように目を見開くクロスの顔。
違う。違いマス。エルが見たかったのは、クロスにして欲しかったのはそんな表情ですらない。
『負けたんデス!アナタはエルに負けたんデスよ!?』
『あ、あぁ。お前の完全勝利で、だから、』
『だったら
『……!』
認めナイ、認めナイ、認めナイ!
負けて悔しくない筈が無い!悔しがらないような奴である筈が無い!!
『悔しがれないようなヤツに、負けた覚えはアリマセンッ!!!』
自分の敗北を笑えるような、笑って誤魔化せるようなヤツに。そんなプライドの無いヤツに、エルが2回負けた?
もしそれが事実なら、上っ面だけの褒め称えなんか無意味・無価値!!それを遥かに上回る侮辱デェス!!!
『違うデショ!?そうじゃないデショ、違うと言って下サイ!!』
『あ……ぅぅ……』
やめて下サイよ。そこで詰まらないで下サイ。
それじゃまるで、まるで事実みたいに……!
『俺は、俺は…ああクソッ、悔しいとかより………何だコレ、何なんだ……!』
悔しいとかより。それを聞いた瞬間、煮えくり返っていた激情とは裏腹にスッと冷めるアタマ。
本当デスか。本当に、そうなんデスか。
『悔しくなかったんデスね』
『違っ!』
『同じレースを走ってなかったんデスね、エルとアナタは』
悔しくないって事は、そういう事デス。場が違う、
戦ってない相手に負けても、悔しくなんてないカラ。クロスは、エルとのレースなのに、エルと戦ってなかったんダ。
『……
スルリと出てきた失望の言葉。クロスの顔は見ない、見たらもっと酷い事を言ってしまいそうデシタから。
ああ、クソッ。実は慰めたいデス。ビリが辛くない筈ないのに、そんな所に追い討ちかけるよーなマネして。これじゃエル、最強どころか酷いヤツだ。
でも、それでも信じたかったんデス。
(クロス、信じさせて下サイ……!!)
この叱咤で、アナタは這い上がって来れるんだって。
「生沿君!!」
「……ああ、海老奈さん。今日はおめでとうございます」
振り返ったその顔でもう分かった。何かがあったんだと、あのレースで。
「どうしたんだ。事故か。どこか痛むのか!?」
「いえ……そういうのじゃないんです、そういうのじゃ。俺とクロの問題なんです」
「つまりそういう問題じゃないか!」
勇鷹だったら声を掛けはしなかった。既にベテラン同士、ライバルである以上は下手な助力は逆に失礼だから。
だが生沿君は違う、彼は2年目の新人だ。そんな状態で前例の無い海外遠征に繰り出した若年だ、自分自身で立て直せると思う方がおかしい。
例えライバルだとしても、こんな状態の彼に先達として手を差し出さなければ……不味いだろう、人として。
「良いかい生沿君、これは善意だけじゃない。完璧な君達を打ち破りたいという、俺のエゴでもあるんだ。気に病まずに、相談できる事ならしてくれ。機密まで聞き出すつもりも無いから」
「……良いんですか」
予防線を張った事で多少踏み入れたのか、生沿君は口を開いた。それで良い、何でも吐き出してくれ。そう願う。
「クロに……クロに初めて、拒絶されたんす」
「クロスに、拒絶?」
「はい。こんな事、こんな事初めてで……!」
そうして出てきた告白に、思案を巡らせた。確かに生沿君とクロスの同調度は凄まじかったし実際仲も良かった。だが拒絶?ニュアンス的に、レースへの姿勢や方針で理性的に違えた訳でもなさそうだ。何かしらの感情的な要素が入り組んでいる気がする。
「心当たりはあるかい?レース以外でもいい」
「分かりません。昨日までずっと親しく接してて……作戦に行き違いがあったくらいで怒るような馬じゃなかったのに」
つまり、生沿君からの手掛かりは殆ど無し。となるとエルなら何か知ってるかも知れないが……残念ながら、俺とエルは生沿君とクロスほどには通じ合えていない問題がここで立ち塞がる。人馬一体の状態でも、詳しく聞き出すことは出来ない。
……手詰まりだった。
「分からなくなっちまったんすよ、俺」
震える手で顔を覆う生沿君。俺にはこれ以上何も出来ない。
「分かり合えてると思ってたのに。分からない事なんてお互いに無いと思ってたのに」
「生沿君……っ」
「俺、もうクロが分からない………!!」
咽び泣く彼の肩に、手を置くのみ。我ながら情けない先輩だと自嘲するのみ。
堪えられ、抑えられた嗚咽が。ロッカールームに虚しく響くのみだった。
訳が分からなかった。
勝てる筈だった。勝てると信じていた、彼らならと疑わなかった。
『……言い訳はせぇへん』
隣で臼井氏が言った。その手は、欄干を潰さんばかりに握り締めていた。
「俺の失態や。完璧や計算通りやと散々言うといて、このザマとは」
「……ずっと一緒にいた俺が、不調に気付けてれば」
「言うな。そう言うスケジュールを組んだのがそもそも俺や、それでいけると思い込んどった」
調教助手を制する彼、だが正直頭に入って来ない。掲示板に、クロスの数字が掲げられない現実を脳が処理しない。
バカな。海外遠征したその日から、クロスと生沿君が先頭でゴール板を駆け抜けるビジョンがあった。どこへ行った?
なぜ彼は、彼らは今、ポツンとターフで俯いている?
「分からない。どうしたら良い、臼井」
「……何が分からんのかによる。質問に質問で返すようでスマンが」
「彼らがここで勝てる未来が見えない」
正確には、見えなくなってしまった。自分でも情けないと思う、たった一度の敗北ぐらいで。
それでも衝撃的過ぎた。自分の中での競馬観がひっくり返る程の衝撃だったんだ。
「トウさんなら、こんな時、どうしたんだ?」
臼井、貴方なら知ってるだろう。父さんと親交があり、援助を受けた経験もある貴方なら。
父さんがクロスを所有していたなら、こんな時、どうした?
「……分からへん。斗馬さんがクロスを買ってたなら、そもそも……いや、これは推論に過ぎひんな」
「そう、か」
「やけど宮崎。選ぶのはお前や。そしてその上で、飽くまで“提案”ならある」
そう告げて、臼井が立てたのは人差し指。私が選べる選択肢、その一つ目。
「一つ。クロスがロンシャン芝になれる可能性を信じて遠征続行」
「それは……っ」
「分かっとる、お前自身がそれを信じられなくなりつつある事は。やからこその苦肉の
続けて立てられた中指。これが本題、苦肉の策。
「クロスを、日本に帰す」
「!?」
「これも選びにくい択なのは承知の上や、遠征は実質無駄足になるし費用も浪費、凱旋門挑戦を後押しした市民からは突き上げ喰らうやろしJRAも良い顔はせん。何よりクロスとウチの陣営を追っかけてきたエルコンドルパサー陣営も……やけどな、宮崎。まだ遠征開始から2ヶ月経ってへんねん。この意味、分かるか?」
それを聞いて、思い出したのはある規則。海外に出た日本馬が、戻ってきた時の……!
「60日以上の期間に渡り海外滞在した馬は、5日間の検疫と3ヶ月間の着地検査により出走不可能になる……!」
「逆を言えば、60日を超えへんかったら着地検査は3週間や。日本でのレースに、今なら支障は残らん。有馬にも」
「っ!!!」
有馬。その二文字には思い出がある、譲れない記憶がある。逃せない、逃したくない。クロスの3年目、叶うなら最後にそれを持ってきたいという望みもあった。
クロスも、慣れない外地よりも親しんだ故郷の方がやり易いのでは?何より兄弟分のスペシャルウィークとまた走れば、元気を取り戻す可能性も……
「俺としてはな、帰るにしてもスペシャルの宝塚を待って欲しい気分ではあんねん。アイツもまた凱旋門挑戦級や、クロスだけではアカンくてもあの2頭が揃えば……そう、思ってまう」
「………どうなんだろうか」
「分からん。その為だけにクロスに負担かけ続けるのが悪手やって事も──ああ糞っ、こんなザマでホンマ申し訳ない」
分からない。分かる訳が無い。この場にいる誰が、頭を抱える臼井を責められる。
それも、主犯と言っていいこの私が。
数あるであろう、分岐点の一つ。そこに立たされ、私が選んだのは───
「ごめんな、クロス」
「……」
「お前が馬場に苦しんでる事、分かってやれた筈なのに。ちゃんと見てやれてなかった」
「でも安心してくれ。こことはもうおさらば、らしい」
「──!?」
「帰るってさ。また会えるぞ、スペシャルウィークに」
「…………ッ…………」
「ヒヒィィィィンッッ……!!!」