また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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1998年
実は、メイケイエールを御してみせた“彼”のデビュー年でもある
あと筆者が生まれた年でもある


【Ep.8】苦闘!

ゲートが開いた。

始まった。

 

『よしっ…!』

 

良いスタートを切れた、このまま好位置につける!

グラスは…最後方、正直俺が一番居たい所にいる。出遅れたのか意図的なのかは分からない。けどあの位置のグラスはヤバイ。昔一緒にいた頃、併走でいつもあの位置からグラスは飛んで来た。今回もそうなら…!

 

『奥分さん……』

「気持ちは分かる、でも大丈夫だ」

『っ、はい…!』

 

この位置取りでグラスには勝てた事が無い。だからもう少しリードを取っておくべきかと思ったけれど、俺はレジェンドを信じる事にした。所詮付け焼き刃な俺の感覚より、長く競馬界にいた彼の判断の方が信頼出来るからだ。

 

《先頭争い6番のスーパーグランザム。2番手のコウエイテンカイチ、外からダンツナイキが行きます。その外を──》

 

実況を聞き流しながら、直線へ。前回と同じく周囲からの足音が途絶えない、けれどそれに惑う訳にはいかない…!

 

「良いぞクロス、その調子だ」

 

奥分さんもこう言ってるんだ。彼と息を合わせない事には、デビュー後のグラスワンダーに勝つなんて夢のまた夢も良い所なんだから。

抑えて、沈めて、解き放つ。その為にも、今は……

 

《紅一点のダンツナイキが4番手を行き、その後ろに控えるのはクロスクロウ。さぁ人気のグラスワンダー、どこから仕掛けてくるでしょうか》

 

辛い。でも耐えろ。

もう最終コーナーだぞ。

それでも、待て。

待てない。

待て!

 

《600のハロン棒を通過!》

 

 

───あっ。

 

 

「『今だッ!!』」

 

奥分さんと俺のタイミングが、完璧に重なった。よし、ここかっ!

全力で芝を蹴り出す。グラスはまだ仕掛けてない、だからこそ先に突き放す!

 

《6番のスーパーグランザムがまだ先頭、そしてマチカn…いえ、ここでクロスクロウが動きましたクロスクロウ。最終コーナーを終えるや否や一気に先頭に躍り出た!》

(いけっ、いけっ!動け俺の足、動け!)

(前よりも格段に反応が良い。これなら……!)

 

先行策が前より馴染んでるのが分かる。前より速くなってる!精神力は削られてるけど、それに見合うだけの進歩が感じられる!!

いける、いけるぞ俺!

 

《しかし抜けた!》

 

何だよ実況、俺の事か!?

 

《8番の()()()()()()()抜けた!》

 

 

……

 

 

 

え?

 

『なんで、その走りなんデスか』

 

気が付くと、斜め前にアイツがいた。

訳が、分からなかった。

 

『…“次”は本気で来て下さい。もし、それが本気なら──』

 

フレア君の時とは話が違う。アレはまだなんとかなる領域だった。

でも、これは。

 

『──I'm disappointed.(ガッカリです)

 

栗毛の馬体が駆け抜ける。

それはまるで、ターフに煌めいた閃光のようで。

 

 

《グラスワンダー今、悠々と1着でゴールイン!》

 

 

1着こそが勝利で。

それ以外は負け犬で。

 

ああ、そういえば。ウマ娘1期のスペは、スズカ先輩しか見てなかったから宝塚でグラスにやられたんだっけ。

だとすると、俺は今回グラスしか見ていなかったから負けたのか?

 

 

いや、違う。

それも一因かも知れない、けれど主因じゃない。

ゴール後、減速して立ち止まる。竦然と震える視界に、その遥か先に佇む影を見る。アイツは、もう俺を振り返ってはくれない。

そう。敗因は、単純に。

 

『……過ぎる』

 

違い過ぎる。

 

『実力が、違い過ぎる……!』

 

 

舐めていた。

 

これが、黄金世代。

 

将来の最強の二頭、その一角。

 

その真の意味を、俺はこの身に叩き込まれたのだった。

 

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

 

 

こんにちは。生沿健司っす。もうすぐ競馬学校を卒業する、騎手の卵です。

そんな僕は今、ある人に招かれて臼井厩舎に来ています。それがこの人。

 

「やはり緊張するか。すまないな、急に呼び出して」

 

はい、あの大企業“宮崎商事”の社長さんっす。教習中の俺の乗り具合を見て何を気に入ったのか、懇意にしてくれています。

今日はなんでも、自分の持ち馬を見せてくれるという事でついて来たんすけど…

 

〜〜

 

「え?宮崎社長からお誘い?えぇ、あの人かぁ……うん、まぁ行っとけ。本人がどんな奴だろうと、馬主や調教師とコネクション作るのは騎手として重要な事だし。うん」

 

〜〜

 

ってな感じで背中を押してくれた先生。あの、変に言い渋らないで下さい。クソ不安になります。

 

「生沿君?」

「あっはい。すみません」

「いや謝らなくて良い。そもそもが急な話だったから」

 

そう言いながらもズンズン進んでいく背中に、僕は所在なげについて行くしか出来ない。

宮崎社長の悪評は聞いている。身一つで会社を立ち上げ、急成長させた先代のドラ息子。悪女に騙された先代から、その(悪女)と共に遺産を独占した鬼子。

騎手学校には先代にお世話になった人達が複数いて、そんな人達は皆、現社長を仇敵のようにそう語る。でも俺は先代をよく知らないから、絡まれる事に気後れはしても恐怖とかの悪感情は無かった。でも付き合いを長くするにつれて、どうにも…底知れなさ?もっと雑把に言うと、一種の不気味さを感じ取れるようにはなってきた。

 

なんつーか…人間味が無いんすよね。感情があまり表に出ない、いや出してるんですけど嘘臭い。皮の仮面を被ってるような…そんな恐怖感。

ドラ息子とは呼ばれていても、経営の手腕は高く評価されてるらしいっすし。そういう人種はやっぱり、多かれ少なかれ浮世離れしてるんすかねぇ?

 

「さて、彼だ」

 

そうしている内に着いたのか、紹介される馬房。その奥に、漆黒の馬がじっとその身を佇ませていた。

不思議と、目が吸い寄せられた。

 

「……あの馬が、宮崎さんの?」

「ああ。エクスプログラーの1995、クロスクロウ号だ」

 

いや流石にそこは説明されなくても分かってるっす、単なる確認っす。世話になってる人の所有馬ぐらいは自分で調べてるので。

いやしかしコイツ……

 

「無反応っすね」

「前のアイビーSから、こういう風に一頭(ひとり)だけで壁に向かって直立する事が多くなったんだ」

 

はぇー、初敗北とは聞きましたけど落ち込んで…いや、ない?なんとなくだけど、この馬の内部に激しい炎が燃えているように感じられる。この沈黙は、それを抑える瞑想……?

 

や、考え過ぎか。馬だもんな。うん。

 

ブルルッヒヒィインッ!(クロさぁぁぁん!返事してぇぇぇぇぇ!!)

「うぉあビックリしたぁ!?」

 

そんな時、隣の馬房からけたたましい鳴き声。いや泣き声?見れば、自分の馬房から顔を乗り出してクロスクロウ号を覗き込もうとする黒鹿毛の馬の姿。

 

「スペシャルウィーク号だ。クロスクロウ号と親友同士なのだが、クロがこうなってしまえばもう会話出来る状態じゃない」

「えぇ…ストレスとか大丈夫っすかね」

「瞑想の時以外なら普通にじゃれ合ってるらしいから大丈夫だよ。もっとも、その機会も以前に比べれば格段に減ったらしいが」

 

あっ、宮崎さんも瞑想って捉えてたんすね。なんか安心しました。

そんな事を思いながら、俺は再びクロスクロウ号に目を向ける。暗黒色の馬はなおも、こちらにそっぽを向いたまま。

 

なのに。何故か俺は、彼に縁を感じられて仕方がなかった。

そんな俺に注がれる宮崎さんの視線の意図にも、気付かないまま。

 

 

 

▲▼▲▼▲

 

 

 

何故勝てなかったか。

敗因は何なのか。

 

───言うまでも無い。

 

“全て”だ。

脚力、体幹、スタミナ。根性、判断力。騎手とのコンビネーション。

その全てで負けていた。

ならどうするか?

 

───言うまでも無い。

 

“全て”だ。

今言った全てを飛躍させろ。

調教で死力を尽くせ。全力で体を伸ばせ。想像力をフル回転して脳内にレース状況を再現しろ。奥分さんと呼吸を、心臓の拍動すら同調させろ。

これ以上、グラスを失望させない為に。

 

1ヶ月弱で、自分を追い込み抜いた。その間スペには申し訳ない事をしたけれど、その分負ける気がしないレベルに至れたと思う。グラスに対してもそうだと、思っていた。

 

 

 

迎えた、京成杯。

 

 

 

『…なんでですか』

『……』

 

俺は。

 

『なんで、()()()()んですか…!』

 

俺は。

 

 

『……もう、良いです』

 

 

また、負けた。




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