また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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【Ep.80】日高!

『ひょええええ……』

 

着いた途端、我ながらなんとも情けない声が漏れてしまう。ついでに股間からも漏れてしまった。

だって、入ってきたボクに向けられる顔、視線、顔、顔、顔。

 

「あー、ビビってチビっちゃいましたよ」

「よしよし、安心しろ……仕方も無いだろう、日高で慣らしたとはいえそもそも異国から来たんだ。まだ日本の空気を舐め尽くした訳じゃない」

 

それでも、ニンゲンさんに引かれたら進むしかありません。Ah、注がれるEyes、Eyes、Eyes……!

 

『新入り?』

『久しぶりだね』

『何ようコイツ』

『オドオドしてる』

『シメたろかな』

『早まり過ぎやろ』

 

ひぃ〜〜〜っ!!

WhyWhyWhy!?故郷に帰りたい!せめてヒダカ?に戻りたい!なんかここピリピリしてません?!

 

「こういう時こそクロスの隣に……出来れば良かったんですが」

「仕方ない、戻って来る予定が変更になったんだから──ここは、彼がフランクさを受け継いでる事を祈ろう」

 

もうやだぁ!ヤですぅ!これ以上進めないで、ボクを自由にして下さい!プリィィィズ!!

というボクの叫びも虚しく、抵抗も出来ないまま馬房(おへや)に入れられちゃいました。うぅ……見ないで…プレッシャーで氏んでしまいますぅぅぅ………

 

 

『えーと、ヘロ…ハーロ?いや確か、うーんと……コンニチワ(Hello)?』

『Huh!?ハハハハHi, I'm too fine thanks!!!』

『ちょちょちょ待って待って、僕もそんな分かんないのゴメン!』

 

ひやああああ折角歩み寄ってくれたのに台無しにしちゃったよおおおおもうお婿に行けないよおおおおおおお!!!

うう……ごめんなさいこんな僕で……許して下さい何でもしますから*1

 

『ううーん、余計緊張させちゃったぁ……取り敢えず、これ飲んで落ち着きなよ』

 

あっ、バケツ?水?こっちの馬房にもありますが……あっいえ喜んで飲ませて頂きます、拝借いたします。ゴクゴク。

──プハーッ!落ち着きましたぁ!

 

『力になれたようで良かった。にしても良い飲みっぷりだったねぇ』

Oops(ハワワワ)……エート、ミグルシトコ、オミセシタ(見苦しい所をお見せしました)?』

『良いよ、僕も初めて来た時は……じゃなかった、こういう時はどう言えば良かったっけ……うんそうだ、Don't care(気にしないで)

 

おお、優しい……慈悲が身にしみるようです、ありがたやありがたや。

しかし、なんで貴方が故郷の言葉を?

 

『クロが……ううん、My friend taught me little(友達がちょっと教えてくれたんだ).Well,(ところで)How do you know our word?(君はどこでこっちの言葉を?)

『ヒダカで少し!』

Hidaka(日高)!?It's my country(僕の故郷だよそこ),Moms are there(お母ちゃん達、元気にしてるかなぁ)……!』

 

おお。それは奇遇ですね、貴方とはお話が合いそうです!

ってまた出しゃばりましたごめんなさいぃ!どうぞこれからよろしくして頂ければ……

 

『……クロから見た僕もこうだったのかな。いや、僕はもっと太々(ふてぶて)しかったっけ』

 

アワアワするしかないボクを、尚もにこやかに見下ろす黒鹿毛センパイ。彼──スペシャルウィーク先輩とボク、アグネスデジタルはこうして出会ったのでした。

 

 

 

先輩はなんというか、面白い馬でした。

優しいし、ボクが何かしたらオーバーリアクションで返してくれますし、かと思ったらご飯は凄い勢いで意地張って譲りませんし。先輩が食べてるのを見てたら「あげません!」と初めて怒られましたよ、あんな怒られ方は初めてでビックリ。

でもだからこそ親しみやすくて、親切にこっちの言葉も教えて下さって。

 

『ふうん、お母ちゃんとは会わなかったんだぁ。馬房が離れてたのかも知れないけど、僕が生まれた時とは結構変わってるみたいだね』

『そうみたいデスねェ』

『僕のお姉ちゃんもあそこにいたんだけど、会わなかったんだよね?』

『ウーン、先輩と似た方は見ませんでしたヨ』

 

でも、そんな親しみやすい先輩の、いつもと真逆なとある一面。

ボクが一番彼を魅力的に思うのは、そこなんです。

 

『じゃあ着いたし──始めようか』

『ハヒィ……!!』

 

木の欠片が散りばめられた場所(ウッドチップコース)に来た瞬間の、この表情が!

思わず変な声が出ちゃいました、反省反省。しかしこの凄絶なまでの気迫!あの穏やかないつもの先輩の、どこからこんな物が湧き出てるんですか!?

 

『気になる?』

『なりマス!!』

『じゃあ“答え”を、引き摺り出してみなよ!!』

 

そう言うやいなや、先輩は乗ってるニンゲンさんの指示を待たずに飛び出しました!?お、遅れてられません!ボクもスタートダッシュですよぉ?!!

という訳で先輩が先行、ボクが差し。年齢差があるとはいえしかし、流石の実力差と言わんばかりに離されていきます!

 

『グギギギギ……!』

『ほら、どうしたの!?そんなんじゃ先が思いやられるよ!?』

 

ああっ、ギラついた視線に挑発!格好良い、追い付きたい!でも今のボクじゃ到底敵わなくて、だからここで成長しなければ……

 

『推し活も、ままなりマセヌッ……!』

『どこで覚えたのその言葉!?クロしか言ってるの聞いた事無いよ!??』

 

先輩、格好良いアナタを推してるんです!横から、後ろから見てて最高なんです!!

そんなアナタに期待されちゃ、応えるしかないでしょおおおおお!?!!?

 

『尊ッみ!ラストォスパァァァァトォー!!!』

『……!』

 

これがボクの!今の!!全力です!

ご査収くださぁぁぁいっ!!!

 

 

そんな僕の叫びを受け取ってくれたのか、届いたのか。

 

『いいよ。これはご褒美だからね』

 

そう、告げて。

 

 

・。・゜ ・。・。 ・。・゜・。・。 °・・。・゜ ・。・。 ・。・゜・。・。 °・・。・゜ ・。・。 ・。・゜・。・。 °・

「いつか、ここまでおいで」

・。・゜ ・。・。 ・。・゜・。・。 °・・。・゜ ・。・。 ・。・゜・。・。 °・・。・゜ ・。・。 ・。・゜・。・。 °・

 

見せられた、先の世界。

魅せられた、流星の領域。

嗚呼、これがスペシャルウィーク先輩の見ている景色。

敵わない訳です。これが見えてる先輩に、見えてないボクじゃ。

追いつける筈です。これを知れた、今からなら。

必ずここまで来れると、そう信じてくれたからこそ。だからこそ先輩は、ボクにこれを見せてくれたんでしょうから。

 

見惚れるボクの視界。その向こうで、流星を背に受けて駆ける先輩が見えた。

煌めく推しの背中は、やはりメチャクチャ尊かった。

 

 

 

 

 

 

『目標が、二頭(ふたり)いるんだ』

 

先輩は言う。その二頭が、自分がギラつく理由だと。

 

『一頭はクロ。僕の()()()目標。一番最後に追いついて、追い越したいライバル──僕に、君の故郷の言葉を教えてくれたのもクロだっていうのは知ってるよね』

 

知っている。というか、常日頃から先輩自身がよく彼の名前を口にする。偉大な方だと、その誇らしげな口調からよく分かっている。

では、もう一頭とは。続きを促すボクに、先輩はやっぱり微笑んで応じてくれました。

 

『グラスワンダー。多分、君と同じ場所から来た仔。僕の───()()()ライバル

『最初?』

『うん、最初に抜かしたい相手。後これは、僕自身も最近になって気付いたんだけど……最初にライバルだって思って、惹かれたのも彼なんだ』

 

そんなスペ先輩の目に映るのは、何?郷愁?敵愾?

ううん、これは……

 

『二度と、負けたくないんだ』

 

分からない。デジタルには先輩が、そのグラスさんとやらに抱く気持ちが分からぬ。それは僕が理解するには余りにも重かった。重く、湿ってて、それはまさにクソデカ感情だった。

でも同時に、それ以上に、そうやって誰かに向かってひたむきに走れる先輩が格好良く思えた。

 

『そういう君は、グラスに似てるね』

『へ?』

『ここぞと決めた相手に詰め寄る圧迫感。多分だけど、グラスに乗ってるニンゲンさんと相性良いと思うよ』

『そしょしょしょんな!畏れ多いですって』

『だったら、今から見合うようになれば良い』

 

立ち上がってそう言う姿は最早神々しいの域。抗えない、抗おうとも思わない。

先輩、アナタとならどこへでも。

 

『一緒に強くなろう、デジタル君。どこまでも早く、彼らより速く……!』

『はいっ──!!』

 

強く強く頷いて、ボクは夜空を見上げました。

流星、一筋。あの光に敵うよう、強く。強く。

 

 

 


 

 

 

俺と相棒──便宜上「相方」と呼ぶ──は、お察しの通り元漫才コンビだった。

駆け上がろうと東京に出て、歯牙にも掛けられずに跳ね返されて。みっともなく足掻いてる内に退路、次いで自信を失って引退。意気揚々と故郷を出た手前、気安く戻る事も出来ずに、どういう訳か募集に受かってある牧場の厩務員になり。

 

そこで、エクスプログラーとクロスクロウに出会った。

真っ黒だから、クロ。そう名付けたのも俺達だった。

 

「こんにちは」

「ご苦労様です」

 

相方はクロを本当に可愛がって、その日の出迎えにも真っ先に挙手した。まぁ、馬主さんの要望で既に名指しで指名されてたらしいけど。ん?これって「頭痛が痛い」構文か?

まぁともかく、海外初戦で痛敗を喫したクロ。アイツを、相方が放って置ける訳が無かったんだ。

 

「…ヒンッ…!」

「ああ、クロ!お前よく頑張ったな、ホントよくやった!!」

「ブルル……」

 

出会い頭に顔を擦り付けて、クロもそれに応えてくれたと。そう言ってた。俺自身、聞いただけでその情景が思い浮かぶようだった。

 

「では、これから福島のリハビリテーションセンターの方へ。よろしくお願いします」

「はい、承りました……しかし、どうしてそちらに?着地検査の後は栗東の方に戻るとばかり」

「クロスが嫌がったんです。スペシャルの名前を出す度に過剰に反応して、暴れて……宮崎さんが“スペシャルと会いたくないのか”と解釈し、予定変更となりました」

「………」

「そんな事が……」

 

事情は聞いた。それを理解出来るように、何を言われても答えられるように、関係者の話についていけるように。相方はずっと勉強していた。

競馬の事も、その状況も──クロを擁する臼井厩舎関係については、特に。

 

「なんというか、災難続きますね。スペシャルウィークも……」

 

クロの親友の事情も。

 

「あれほど快進撃だったのに、宝塚で……」

「ええ、アレは本当に残念でしたよ。何がダメだったのか分からず、テキ(臼井さん)も塞ぎ込んでしまって」

「もっと遡れば、()()()()の件からですからね」

 

その瞬間。クロの耳が相方に向いた事に気付けなかったのを。

 

()()大洋牧場……残念でなりません」

 

相方は、一生のミスだと悔い続けている。

 

「オースミキャンディ──スペシャルウィークの()も、でしたか」

「ええ。だからこそ春天までのスペシャルの連勝に、関係者は皆勇気付けられて」

「……なぁに、これからですよ。クロもスペシャルも、こんなとこで終わるタマじゃありません。クロが当歳の頃から見てた俺が保証します!!」

「ですね。そう願うばかりです」

「大丈夫ですって!な、クロ!!」

 

ずっと。

 

「……クロ?」

 

アイツの前で、その話をした事を悔い続けている。

 

「ク、ロ………」

 

俺がアイツを殺したんだと、悔い続けている。

 

「クロ!?」

 

その場で崩れ落ちるように座り込んでしまったアイツに、何もしてやれなかった事を。

 

ずっと、ずっと悔い続けている。

 

 

 

これは俺だけの秘密。俺にだけ伝えてくれた、アイツ自身の恥。俺はそうは思わなくとも、アイツはそれに耐えられなかった。

なぁ。クロ。

お前にとって、あの事件はどんな意味を持ってたんだよ。

教えてくれよ。今からでも良い。頼むから。

戻って来いよ。

 

 

願いは届かない。届く訳が無い。

彼岸なんて、嘘っぱちだ。

*1
何でもすると言った


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