削ぎ落として、削り切って、その上で漸く合致したクロスと勇鷹。
ならば彼らはどうなのか
結局その日、ユタカさんは乗ってくれなかった。僕はイキゾイさんと、慣れない一頭一人で大苦戦。
というかその日だけでなく、それ以降からユタカさんがあんまり僕に乗らなくなったんだ。かと言って僕を嫌いになったとかそういう訳でもないらしく、悪戦苦闘する僕とイキゾイさんを遠くから注意深く見守ってくれたりしてるんだけど……
で、怪訝に思って嗅いでみたら、なぜかユタカさんからクロの匂いがするし。もう訳分かんないよ~!
「お、俺も舐めてた…こんなにスペシャルの癖が強いとは……」
『あっなんか失礼な事考えてる』
「あっちょっと通じたかも」
全く、どうしたっていうのさイキゾイさん。クロの馬房に入り浸ってた時と比べるとどこか元気ないし、そんなんじゃ張り合い無いよ。そんなんでクロの相棒が務まると思ってるの、オラッ!
ああもう、そこはもっと前のめりになってよ!腰引けてたらスパート掛けれないじゃん、ほらデジタルに抜かされたー!
……ところで、抜かされる瞬間に『慣れない苦境にも歯を食いしばって耐える推しかっこよ…尊過ぎィ』とか聞こえたけど何だったのか。
(……でもまぁ、認めてるけどさ)
それでもやはり、流石はクロを乗りこなしたニンゲンだと思う。初めて僕に乗るのに、もう既に慣れ始めてるだなんて。
1日目はダメダメだった。やる事なす事チグハグで、どうにもならなかった。
2日目もグダグダだった。僕はイキゾイさんの指示に出遅れるし、イキゾイ君は僕の動きについてけないし、何もかもが後手。でも、ダメダメと言う程じゃなくなってた。
3日目はバテバテだった。これに関しては明らかに僕が悪くて、イキゾイさんの乗り心地への違和感とクロがどうなったかが気になり過ぎてイレ込んじゃったんだ。そのお陰でイキゾイさんを振り回しちゃったし、僕自身も疲れちゃったしで散々だった。でも、グダグダからは脱していた。
4日目。
5日目。
(そうやっていく内に、イキゾイさんはどんどん僕に適応していってるんだ)
だから、問題は僕の方。いつまでたっても、どうにもイキゾイさんの乗り方に慣れない。なんでだろ、クロと最後に走った時のペルさん?の時はすぐに馴染めたのに。
(って、弱気になっちゃそれこそダメだ)
こんなんじゃグラスに勝つなんて夢のまた夢だ。二度と負けない、振り向かせるって決めてるんだ。だったら、今は。
ちゃんと、イキゾイさんに歩み寄らないと。
そうして過ぎた一週間。再び僕達を訪れたユタカさんは、一言。
「……えっまだそこ?」
「『ごめんなさい……』」
「ああ責めてる感じになってごめん、ってそこは息が合うのか…」
うーん、上手くいかない!ユタカさんをガックリさせちゃって思わず項垂れちゃった。
なんでかなぁ、ある程度は
「こうならないように
「………ん?僕の走りを?」
「やっぱ俺じゃまだ全然追いつけてないって再認識出来ましたわ、だってスペシャルに合わせられないんですもん。あー、調子乗ったバチが当たった〜」
「ちょっと待って。臼井さんとちょっと話してくる」
「へ?」
と、ユタカさんの雰囲気が変わる。かに思えば、大急ぎで走り去ってしまった。
『………イキゾイさん、何かした?』
「スペシャル、なんか心当たりあるっすか?」
この後に及んでもまだ分からない。やっぱりユタカさんじゃないと僕はダメなんだろうか、何か引っかかる感触はあるんだけど……と思ってると。
「生沿君!スペシャル!」
「待て待てぇ自分で歩kっバババババ」
ユタカさんが戻ってきた。何故かウスイさんを引き摺りながら。
「分かったぞ、君達が上手く合わない理由が!」
「マジすか!?」
「ああ、一回やってみて欲しい事がある!!」
なんだか無茶苦茶喜んでる!良い事あったんですか、何ですか!?もしかして僕達に関する打開策みたいな?!
「生沿君、スペをこっちに向かせてくれ。あと、鞭も貸して」
「アッハイ」
え、どうするんですか。何するんですか、乗ってないのに
そう思いながら注目してると、彼はそのまま僕の目の前で鞭を振る。これ見よがしに、リズム良く二振り。
それは、
……なんだけど。
(それで良いの……?)
良いのかな。良いのかな?イキゾイさんが置いてけぼりになっちゃわない、それ?
「スペシャルにはもう伝えた。さぁ生沿君、騙されたと思って」
「ユタカさんの言う事に間違いは無いっす、信じるっす!!!!」
「
“
「いや、振り落とされて終わりでは?だってスペシャルの走りって差しまたは先行で、俺がそれに合わせず逃げや追い込みしたら無茶苦茶になるっすよ」
「大丈夫、とにかくやってみてくれ。僕が全てを保証する、きっと上手くいく」
「コレ俺要る?」
「(生沿君とスペシャルの走りが上手くいくのを見届けて次に活かす為にも)要ります」
「(落馬した自分に応急措置してくれる人は多い方が良いので)要るっす」
そのまま、ゲンナリした表情のウスイさんを差し置いて僕達はスタート地点へ。大丈夫かな、ちゃんとやれるかな。合うのかな、合わせれるのかな?
((人馬がお互いに歩み寄らないといけないって教えてくれたのは、他ならない
ああ、この瞬間だけイキゾイさんと繋がった。変な所で気が合う辺り、そこだけはクロの言う通りだなぁと変な笑いが出ちゃいそうだよ。貴方はどうなの、イキゾイさん?
「……ごめんな、ホントはお前も、ユタカさんにずっと乗って欲しいだろうに」
(ごめんね、僕がクロじゃなくて)
(貴方が跨ったジャパンカップ、何度やり直しても追い越されてしまう予感しかしないんだ)
ずっと見てきた。クロに寄り添う貴方を。
「ずっと追いかけてきたもんなぁ。ユタカさんと共に在るお前を」
……ええい!もうヤケだ!好きにやれって言われたんだから、好きにやってやる!!不貞腐れるのはもうやめだ!
「いっそやれるだけやってやるさ!ダメで元々、見せてやるから見せてくれっすよ!?」
ウスイさんの手合図!3!
「2!」
1!
「『0ォッ!!』」
「えっ」
『あれっ』
「簡単な話です。
勇鷹は語る。星となっていく彼らを見届けながら。
「生沿君は僕の騎乗を目指してるし、スペシャルはクロスの走りをトレースしてるし。そりゃ、鞍上と鞍下チグハグになるのも当たり前としか──だったらいっそ、お互い好きにやった方が
「……それで、ここまで“なる”か……?」
「分かりませんか?ある意味僕よりも理解に容易い筈ですけどね、貴方なら」
戦慄きを隠せない臼井へ、笑いかけた。それはもう愉快そうに、満足そうに。
「ずっと見てきたじゃないですか」
お互いに。
調教で。馬房で。
生沿は、憧れでありながら壁でもあった
スペシャルは、敬愛しながらも目標としていた
彼ら越しに、それに駆られるスペシャルウィークを。それを駆る生沿健司を。
「時に“ライバル”に対する理解度は、“仲間”のそれを上回ります。手の内を分かり合っている状態なら、寧ろ
「その結果がアレか」
「お手元のストップウォッチが教えてくれてるでしょう」
目を落とす。記された時計は、今季におけるスペのベストタイム。
最早、疑いようが無い。
「……はぁ。お前ら師弟ときたらホンマ、どこまでこっちを振り回す気なんや」
「いやぁすみません、お世話になります」
「ええ迷惑やで。今からスケジュール組み直しや、あーめんどいめんどい」
そうボヤきながらも、臼井の顔に浮かぶのは喜色。垣間見てた新しい可能性、それを導くのは調教師の醍醐味故に。
そんな先達2人の思惑など露も知らず、人馬一体となった生沿達は、ウッドチップを散らしながら駆け続けたのだった。
「ひぇぇえええなんか降って来たぁぁあぁああ!!!」
『うわああぁあなんか伝わってくるぅうううぅぅ!!!』
「クロの時と全然違うぅぅうう!?」
『ユタカさんと同じじゃないぃぃぃいぃ?!』
「助けて
なんかもう色々酷いパニック状態だった事は、お互い以外知らぬまま。
なんかイキゾイさんと人馬一体できた。なんか。いや本当に、なんか。
それからは早いもので、日を追うごとに深まり通じ合っていく。ほら、さらに1週間経った今じゃ、
「よぅし、今日もよろしくっすよスペシャル!」
『良いけど調子に乗り過ぎて落馬したりしないでよ〜?最初の頃なんかガッチガチだったんだしさぁ』
「あーっ多分バカにされた!お前だって好調な時に跳ね回ってひっくり返ったの忘れてねぇっすからね!」
『なんだとー!?』
「早よ行け」
「『ウス』」
こんな風に揶揄い合う始末。とは言っても大まかなニュアンスでしか分からないんだけど、それでもクロを通じて気心を知れた仲だから。
あーでも、悔しいなぁ。本当にクロの言った通りになっちゃった。嬉しいけど、まだクロの思惑の中みたいでちょっと腹立たしくもある。
「そうっすねぇ。まさか本当に俺とお前でタッグ組む日が来るとは」
『うん……でさ、イキゾイさん。クロは今、どこなの?』
そんなクロの話題にかこつけて、ずっと気になってた事を聞いてみた。イキゾイさんが乗らないクロは、どこで何をしてるのか。ちゃんと走れてるの?大丈夫なの?
「……うん、クロなら大丈夫っすよ。勇鷹さんと彼なら、きっと」
『……そっか!』
分かったのは“大丈夫”、そして“ユタカさんと”。その二つ。つまりクロは今、ユタカさんと一緒にいる。
確かにそれなら大丈夫だ、僕も一気に安堵したもの。僕達が一番信頼して尊敬してる相手が揃ってるなら、それこそ最強だ。
……って、大丈夫なの逆に!僕達勝てる!?
「かかか勝ちに行くに決まってるっすよぉ」
『こここ心が震えてるよ』
「しょしょしょしょうがねぇですよやるしか無いんすもん!」
『だだだっだだよねぇぇぇ!!』
ええい不味い不味い、ただでさえ分厚い壁が特盛になってる!いっそう努力しなきゃいよいよ離されちゃうよ!
そう焦りながら、手綱が扱かれるのと同時に勢い良く蹴り出した。地面は応えてくれた。
『追いつけ!』
「追い越せ!」
「『引っこ抜け!!』」
同じ憧れを抱き、背負う、新しい相棒。一緒に行こう、あの背中を追いかけて。
僕達の、新しい領域へ───!
あれ?
どこ、ここ。
栗毛さんといつか出会ったような世界。そこに入ったのは分かる。
だって、イキゾイさんはいつの間にかいなくなってるし、僕は人間の姿になってるし。そんな夢の世界に、一瞬だけ入り込んだんだって。
「……違、う……?」
でも、違う。
栗毛さんがいない。
草原じゃない。
赤茶けた、荒れた、寂しい寒い地平線。夜空だけがいつも通りで、ならここはどこ?
僕の世界と、誰の世界が交わって───
「───!!」
瞬間、感じた。ずっと会いたかった、あの気配。
振り向いた。見えた。君だと分かった。
走る姿が、追う背格好が、あまりにも見覚えがあって温かかった。
嗚呼。君は、
(狡い)
だって、だって。
ニンゲンの姿形になっても、君は。
「……久し振りだね、クロ!!」
「元気そうで何よりだよ……スペ」
こんなにも雄々しく、カッコいい。
あっぱれ日本ですわぁ