フォア賞は負けぼの。ようよう青くなりゆくクロの顔色際、勇鷹ガンギマりて、凱旋門賞に向けて覚悟決めたる。
……クリスマス直前に投稿する話がこれで良いのか
【Ep.93】相慕
クリスマスは好きだ。
アイツがいない。母さんが連れ出すから、俺1人で自由になる。よほど変な事をしない限り、バレない限り、何をしても叱られない。
去年はとにかく歩き回った。いつもは大きらいな人混みが、今日だけは新鮮で避けずにいられるんだ。楽しそうに買い物する人達を見てるのが、楽しかった。誰にも縛られない時間が嬉しかった。
……今年は、出来ないけど。
「にーちゃん、どうしたの?」
「……なんでもないよ」
今年のクリスマスは、母さんは
だからおれは、コイツを世話してあげなきゃいけない。自由な1日が台無しになった。
「……でもまぁ、こればかりは俺自身のせいかもな」
「?」
「ごめんな」
「なんで、あやまるの?」
お前が大好きな母さんと一緒にいれないのは、
前に母さんが“良い男”を見つけた時、上手く言ってた──それこそ子供ができるくらいに──のに、まだ物心つく前のおれがいる事がバレて逃げられたらしい。母さんが愛しい相手を失い、その子供であるお前を1人で育てなきゃいけなくなったのは、おれのせいなんだ。
おれは、母さんの恋のジャマをしてしまった。
「父さん、欲しいだろ」
「?ぼくはママとにーちゃんがいれば、それでいーよ?」
「お前におれは要らないよ」
おれもお前なんか要らないからな、とつい言いそうになる。あっぶね、母さんにチクられて殴られる所だった。
そうやって自分の内心を隠しながら、弟を後ろから抱き込んで毛布を被り、暖を取りながらスマホで動画を見ていた。内容は子供向け、つまらない。
おれと一緒。
「にーちゃん」
「ん?」
「おそと、いこ」
出たよ気まぐれ。でも拒否して泣かせたら、それがバレたらもっとひどい事になる。ノーは言えない。
……分かったよ。
「上、着なきゃな」
「ううん!にーちゃんに抱っこされたらあったかいからいらない!」
「お前が風邪ひいたらおれが怒られるの」
「にーちゃんがびょーきになっちゃうよ?」
「おれは良いの」
俺の分のコートは買ってもらってないけど、仕方無い。まぁ風邪ひくのは慣れっこだから別に問題無いし。
オイ、なんでそんなに不満げなんだ?
「……むう」
「分かった分かった。抱っこしていくから」
「………ニヘ」
イラッとした。笑うな、腹が立つ。お前だけコート買ってもらって、ズルい。
そんな事すら言えずに笑う自分が、ダサい。嫌いだ。
弟に上着を着せて、靴を履かせて抱き上げて、ドアを開ける。ヒンヤリと風が服に入り込んで、思わず身震い。
でもアパートの2階からでも見える街の喧騒が、それをすぐに忘れさせる。
「わぁ……!」
かざり付けられ輝く
「にーちゃん!」
「はいはい」
降りて寄る、いっしょに見上げる。イルミネーション、だっけ。夜になるとキレイなんだよなぁ、いつものクリスマスなら母さんは夜遅くまで帰って来ないからずっと見てたんだ。
コイツも、考えた事は同じみたいで。
「よるになったら、キレーなんだろうね!」
「……うん」
「みたいな、みたいな」
自分だけの宝物だったのに、自分だけのものじゃなくなったみたいでモヤモヤする。やっぱりおれ、お前がキライだよ。
でも残念だったな、夜には帰るから見れないぞ。そんなに長い時間外にいたら病気になる、なったら俺が痛い目にあうんだ。家に病気持ち込むぐらいなら、好きにさせてもらえなかった事をチクられた方が多分マシだから。
「つぎ、あそこ!もっと向こういこ、ひといっぱいならんでる!」
「行きたいか?」
「みたい!」
「りょーかい」
うでは重い、でも守るべき重み。それを強く感じながら、おれ達は冬の街を楽しんだ。
結果、夜になった。時間忘れてた……!
「すごいすごいすごーい!!」
キラキラ光る街並みに、弟がそれはもう喜ぶ喜ぶ。一方で俺は、一日中連れ回された足と抱っこしてた手がもう限界でクタクタだ。
早く帰りたい、でもコイツがそれを許さない。
その手には電車のオモチャ。今夜のおれの晩ごはんに使う予定だったお金で買った、なけなしのクリスマスプレゼント。
「あっちも、こっちも、みーんなパチパチしてるよ!!」
「去年も見ただろ」
「おぼえてない!」
チッ、と舌打ちして思わず口を塞ぐ。聞こえてないよな?
この景色を見なれてたら、もっと早く帰れたかもしれないのに……いい加減、寒いんだよ。
「へくちっ!ふくちっ!!」
「はぶぶ……」
アイツのくしゃみと、おれの震えは同時。もう限界だ。昼はマクドを弟に食わせただけで、俺は抜いてるからお腹も空いてヘロヘロ。
「帰るぞ」
「うゅ……さぶい」
「言わんこっちゃない」
そう言いながら手を広げれば、何の躊躇いも無くスッポリ入ってきやがる。お前にとっておれなんて、都合のいいカイロみたいなモンなんだろ?
さぁ、つかれ果てたうでで抱っこして。帰るぞ。
「にーちゃん」
「ん?」
「また来ようね」
「もう無いよ」
来年は母さんがまたお前を連れ出すだろ、恋人とどうなってるかにもよるけど。
でもコイツは、やっぱりそれが気に入らないらしくて。
「いや!にーちゃんといっしょがいい!」
「……はー」
今度こそ、ため息をガマンできなかった。むしろそれだけに抑えたおれを、誰かにほめて欲しいぐらいだ。
コイツがダダこねだしたらどうしようもない。だからもう、いっそノってやる。
「じゃあ、来年もいっしょに行けたらおこづかいあげる。行かなかったら、お前がくれよ」
「うん!そうしよ、そうしよ!」
たのしみだなー、とルンルン気分をかくさない弟。至近距離で見てて、やっぱり自分がみじめになるだけ。なんでこんなヤツに怒ってるんだよ、本当にダサいよおれ。
くだらない、くだらない、くだらない。
「あっ」
どうした。
「おろして、おろして!おとした!」
何を、と聞く前に。アイツはもがいて、バランスを崩したおれがしゃがんだ瞬間に振りほどいて。
オイ、待て。
そっち、さっき渡った横断歩道。
もうすぐ、赤。
「待て!」
アイツは聞かない。向かう先は──道路の真ん中に落ちてる、オモチャ。
おれが買った、つまらない筈のおもちゃ。
なんでだよ。母さんにもっと良いもの買ってもらってるだろ。
トラック。角度的に、しゃがんだアイツが見えてない。
ああ、待て、まって。
信号が。赤に。
「業!!」
名前を呼んで、駆けつけて、掴んで。
引っ張り上げようとして───転ぶ。
(あれ?)
力が出ない。お腹が空いて、膝が笑って。
尻餅ついて、隣からエンジン音。
(やば)
せめてアイツだけは助けなきゃ。母さんに怒られる、きらわれちゃう。それはやだ。
一回ぐらい、ほめられるんだ。
手を伸ばす。引っ張って、投げなきゃ。アイツもこっちへ手を伸ばして───
ドン。
押された。
突き飛ばされた。
なんで?
「にーちゃん」
なんでだ?
なんで、
「やさしく、できたよ」
おれなんかを助けた?
視界からアイツが消える。ブレーキ音、悲鳴、道路に引かれた赤い跡。
そこから先なんて覚えちゃいない。
最後の笑顔、それ以外は。
ああ、また夢見てた。
そう気付いたのは、目が覚めて、自分の蹄が目に入ってから。いやはや、馬になってから夢と現実の境目がハッキリしてて助かるね。
(しっかし、俺もメンタル弱ぇなぁ)
一回負けた程度でこの有様とは、情け無いったらねぇよ。こんなんじゃ顔向けできん、アイツにもフレアにもスペにもグラスにも。母さんにだって。
(母さん)
俺を産んでくれた2人の母さん。価値あるからこそ愛されると教えてくれた人間の母さんと、悔いなき選択を願ってくれた馬の母さん。
『頑張らなきゃ』
皆から受けた想いと期待に、応えなきゃ。ラストさんも言ってただろ、生きてるならやらないと。全てを成就させないと。
ならどうするか?
『勝てば良いんだ』
幸か不幸か、次のレースは本当に……本当に、大一番だ。
凱旋門賞だ。
(日本馬が一度も勝ててない、最大の難関)
俺の知識では、俺がまだ人間として生きてた頃でもまだ制覇馬はいなかった。
そこで、勝てば。
日本馬初の栄光を、掴み獲れば。
(轟く)
俺の名は日本競馬史に残る。間違いなく、永遠に残る。
いや、俺の名なんかどうでも良い。一番重要なのは、俺と争った馬達の名前もまた、それに付随して歴史に刻まれる事。
それでやっと、勝者の義理を、殺戮者の最低限の責任を果たしたと言えるんだ。
ナポレオンを迎えたあの門へ。
過去、日本馬が涙を溢した地平へ。
未来、これから後に続く者達が嗚咽を迸らせたロンシャンへ。
『刻み付けてやるッ……!』
それでやっと、胸を張れるなら。
なぁ、グラス。
やり遂げたらさ。もし、やり遂げれたらさ。
立派になった俺を、お前は。
褒めて、くれるかな?
最近、居心地が悪い。
妙に空しい。苦しいという訳ではない、辛いという訳ではない。
それでも、どこか寂しい気持ちになるのは……貴方がいないからでしょうか?
『クロスクロウ』
敢えてフルネーム。ボクの中に強く、強く刻み付けられた爪痕を口ずさむ。
途端、フワフワと上擦ってくる胸の内。同時に、心臓がキューッと切なくなる。でも、苦しくない。
『クロ』
もう一度、今度は愛称で。やっぱり、そして一層温かくなる心。
ねぇ、クロ。貴方は一体、ボクに何を残して行ったんですか?
(引き摺ってはいない……筈)
彼の影を追うのはやめた。少なくとも吹っ切れてはいるつもりで、実際エアジハード君と戦った
……それでも、平時ではそうもいかなくて。
(結局、ボクはクロを
夏の再会、そしてその別れの折。去りゆく芦毛の後ろ姿とスペさんの言葉に気付かされた、正体不明のこの心。ボクは一体、クロをどうしたいのか。
勝ちたい?それは勿論ある、けどそれ以前にライバル心という別の感情として存在している。
今よりもっと仲良くなりたい?近いけど、実際は
(スペさん達にも相談してはみたけれど……)
結果は散々。気付かせてくれたキッカケでもあるスペさんは「僕の口からは言いたくないかな」とはぐらかし、キング君からは「言っても良いけど、それでグラスは納得出来るのか?」と逆質問。それで臆し、一旦引き下がってしまったボクもダラシないですが。
一番酷かったのはスカイ君で、
『ハーッ!!どいつもこいつもクロクロクロクロクロクロクロクロとクドクド!うんざりだー!!』
『えっ、そんなに話してました!?』
『そうでもないさ!けどねぇ、一度君やマンボの口からクロスさんの名前が出たらね……胃の中がムカーッとして、喉がクーッときて、頭の中がクロスさんでいっぱいになるの!それがうんざりだ!!』
『……それ、ボク達が主因じゃありませんよね!?』
『うるさーい!!!』
この始末。以降、スカイ君の参加してる場では迂闊にクロの名前は出さない取り決めになる程に。スカイ君、流石にそれは君自身でなんとかして欲しいですよ……?
……と、いう経緯で。結局夏の間に答えは出ず、空から入道雲は消えていつの間にかてんでばらばらな秋の雲。
クロが帰ってくるまでに出せるのでしょうか。この答えは。
(大丈夫。きっと出せる)
そう自分を鼓舞した。これは強がりじゃない、確かな手掛かりがあってこそだ。
あの日、スペさんとの問答。
『ボクは言った。“牝馬だったら”って』
クロが勢いで言った冗談混じりの求愛に対して、ボクは反射的にそう思ったんだ。
その場の勢いに乗せられたのもある。あるけど、決してそれだけじゃないのは……落ち着いた後に咀嚼しても、もう一回同じように思ったから。
『クロが求愛してきた時、ボクは牝馬でありたかった……』
それが意味する事とは、つまり。
つまり。
つま、り……?
『い、いやいやいやいやいや……!』
あり得ない、あり得ませんよ!だって、ボク牡馬ですもん?!!
でも牝馬だったらそうですね……子供はどんな名前にしましょうか……クロならボクの名前を言い当てたし、きっと良い名前を付けてくrってWait, Wait! Stay cool, Grass Wonder!!
そんなボクが、牡馬のボクが、同じ牡馬のクロとだなんて。あり得ない、あり得ません。あり得……
……ありえ、な……
(………思いたくない)
あり得ないだなんて、思いたくない。
白状しましょう。いつもここで、考えるのが怖くなって…やめてしまう事を。
何が不退転か。そういくら自分を叱咤しても、どうしてもここで足踏みしてしまう。思考をリセットしてしまう。
やっぱり───クロの事になると、ボクはどうしようも無い。
(ボクは、)
心の中がぐちゃぐちゃ。なのに心地いいんだから不思議だった。
(クロが、好き)
友達として?それとも?
この気持ちをアナタに伝えたい。伝えて、そして、そして───
『───やめよう』
でも、それはダメだ。
仮にこの気持ちが、本当にボクの想像通りの物だったとしても……ボク達は同性同士。それじゃ、クロを困らせるだけに終わる。
言ってたじゃないですか、他ならないクロが。“牝馬だったら”って、前置きして。
(今のままで良いんです)
今の関係が、一番。この感情を打ち明けてしまえば、それが壊れてしまいかねないのなら、ボクは封印する。抱いて、沈めて、死せる時までずっと隠そう。無かった事にしてしまおう。
貴方とずっと、一緒にいる為に。
(……それでも)
ああ。ああ、嗚呼!
『クロぉ……!!』
早く貴方に、逢いたい………!
「フォア賞、凄かったなぁ」
「ああ、エルコンドルの豪脚はもちろんだが……やっぱりクロスクロウだ!途中上がってきた時の興奮よな!!」
「復活した……と思いたいね。次はいよいよあのレースだから」
「だなぁ。戦士か怪鳥か、どっちにも頑張って欲しい……!」
「ところでだけどその凱旋門賞、緒方さんったら事務所でリアルタイム中継観賞会するらしい」
「マ?テキが?」
「グラスワンダーも一緒に」
「………は?」
「前にグラスの有馬を臼井厩舎でクロスペコンビが見てたって話を聞きつけたらしくてな。グラスの調子が上がるかも知れんって事で、試験的にやってみるらしいぞ」
「博打に出たなー。クロスクロウが酷い走りをしたらグラスも落ち込んじゃうんじゃ」
「おま、クロスが大舞台で生半可な走りをすると思うか?」
「……無いな!」
それは血を分けた弟からの、最初で最後のクリスマスプレゼント
中身は開いてのお楽しみ