(恐らく)最後のギャグです
「……〜〜〜っ、着いたー!」
幾日ぶりかのフランスの地。降り立ったそこで、俺は解放の声を上げた。
何からの解放か?そりゃエコノミークラスの席からのっすよ言わせないでくれ恥ずかしい(?)。ついでに、海外行くにあたっての渡航届を含む色んな書類や予定整理のアレコレからの解放でもあったり。
ところでここ、フランスの空港なのに…
「エッフェル塔見たい!」
「フランスパンは本当に固いのかな」
「よーし、いろんなもの見て記事書くぞー」
「…日本人多いっすねぇ」
まぁ、当たり前の話ではあるんだ。なんたって日本最強のクロと、海外で実力を開花させたエルコンドルパサーが出る、世界最高峰のレースが近々開催されるんだから。マスコミがそれを大々的に報じたとあっちゃ、海を飛び越え応援に来る人でそりゃごった返す。
(しっかし、あれからもう半年かぁ)
途端、顔面が渋くなるのを抑えられない。敗北と挫折、そして絶望。クロから離れざるを得なかった自分、その臆病さを露呈させたあの記憶は薄れる物じゃない。
それでもここに来た理由。そんなもの、ただ一つ。
「気合い入れて応援するっすよぉ……!」
空港のエントランスで急に踏ん張った俺の姿は、きっと、周りから変に思われた。もしかして顔バレたりした?いや俺は外から見たらクロの添え物止まりだし影薄いし、それでもクロと勇鷹さんを最前列から!
俺は所詮逃げ出した臆病者。スペシャルと一緒に持ち直そうと奮闘してはいるものの、まだクロに合わす顔なんて無い……けど、元主戦騎手として!そしてその座にいつか返り咲く者として、愛馬と憧れの騎手が栄光に挑む瞬間を見届ける!その義務と義理ぐらいはある筈だから!!
……馬房へ顔出しに行く気には、なれないっすけど*1。
「そうと決まれば、早速向かうはロンシャン競馬場!今からクロの馬券買って買って買い占めて……あれっ、
「念のため買わないでおきましょうか。私もそうしましたし」
「あ~そうっすnえ?」
聞こえた声に振り向くと、そこには小柄な女性が一人。いや女性というか、女学生というか。
「…美鶴ちゃん!?どどどどうしてここに」
「生沿さんと同じですよ。ただ違うのは、一足だけ私の方が早かったようですね?」
俺と同じ。つー事はクロを見に来たんでしょうけど……宮崎さんに連れてきてもらったんすか?
「いえ、誰にも内緒です」
「事件っすー!!!」
「合法ですよ普通に!?しーっ!!」
しーってなんで、と聞いたら「言ったでしょ、内緒って」との事。あのー、これって俺も共犯みたいにされてません?
「秘密にしてるのはお父さ——クソ親父に対してだけです。あの人今、ただでさえ不安定なので。どこに目や耳があるか分かりませんし」
「臼井さんが知ってるならまぁ良いんすけど…じゃあ、猶更なんで
「そりゃ、貴方なら今ぐらいに来るだろうなって思って。愛馬が一番気に入ってる人なら、それを持て成してこそ将来の馬主かなと」
自惚れましたかね?という微笑みに、その可憐さに思わずドキリとした。流石に相手は未成年、恋とかそういう方面にはならないけれど……
「こりゃ美鶴ちゃん、将来は傾国っすねぇ」
「ケイコク?」
「モテモテって事っすよ」
「やだぁ生沿さん、お世辞が上手っ!」
小突かれた。ダメだこの
「……美鶴?生沿君?」
その時。俺の視界にその人が映ったのと、その人が俺達に声を掛けてきたのと、美鶴ちゃんがバグったパソコンのように凍ったのは完全に同時で。
「み…宮崎、さん」
「生沿君、どうしてここにいるんだ。まさか今からクロスに乗ってくれるのか」
「いや違います。一客として観戦しに来たんす」
「だが連絡の一つぐらいくれても……それに美鶴まで、いつの間に、どうして」
ヤバイ。何がヤバいって、宮崎さんの様子がおかしい。なんだか以前より若干痩せたように見える瞳が、せわしなく右往左往して俺と美鶴ちゃんを捉えてる。
それでもって、彼が出した結論は。
「えっまさか———君たち、
「誤解ぃ!?」
「逃げますよ!!」
「へぶっ」
弁明の時間も与えられないまま、美鶴ちゃんに首根っこ掴まれて人混みの中へ引きずり込まれた。ちょ、美鶴ちゃ、このままじゃ俺の外聞が!日本経済を手繰る重鎮かつ騎手として飛躍させてくれた大恩人の一人に、実の娘を誑かしたロリコンと思われたまま!!
「あのまま捕まる方が不味いです!私は監視付けられますし貴方はそのままシームレスにクロに跨らされちゃいますよ!?」
「それはまだダメっす!まだ!!」
「私としては乗って欲しいですけどね!!!」
幾らか注目を集めながらも、何とか空港を脱出する俺達。追手が来る様子も無く、二人辺りを見回して一息。
見合わせて、示し合わせたように笑った。
「……見に行くっすか。競馬場」
「はい!クロスが走る前に…勉強です!!」
調教での勇鷹さんの乗り方が変わった。
以前は“合わせる”やり方だった。でも今は違う、“邪魔しない”やり方。
かつて奥分さんが俺にやってくれたような、俺の自由意志に任せる走らせ方。
失望された?と一瞬思った。でも語りかける勇鷹さんの目、話し方、そこに込められた熱量からすぐに違うと分かる。
(それが一番の勝ち筋だと、判断したんだ)
人馬一体よりも、俺の暴走の方が。俺の地力を信じてくれた事が誇らしいやら、結局合わせられなかった自分が情け無いやら。
(いずれにせよ、ありがたい)
方針を示してくれたなら、頑張れる。任されたなら、そこで気張るのが俺の役目だ。
筋肉も脳もフル稼働、全力で洋芝を駆ける。どうすれば力のロスを抑えられるか、だなんて器用な考えはとうに捨てた。だって俺不器用だもん。
(だったら調整の必要も無くブッ放しゃ良い)
20%減なら30%上乗せ。30%減ったら40%上げる、40%で50%。いや、もっと。
そういう走りは、経験があった。思い出せ、そこが頭の使い所だ。土壇場の判断で逃げ切った皐月みたいに。ダービー、自分一頭だけで領域に入りかけたあの時みたいに。
(……それだけじゃ足りなさそうなんだけど)
それでも、人馬一体抜きってのは相当厳しいモンがある。なんせ挑むは頂点中の頂上決戦、当然周りの馬もやる事なす事全部極めた猛者のバーゲンセールなのが透けて見えるぜ。そこに騎手との連携無しで突っ込むって、冷静に考えたら自殺行為とかそういうレベルよ。
だから、必要なのは
(これも、思い出しゃ良いだけの話か)
グラスを引き摺り下ろした時。スカイの行く手を阻んだ時。思い出せる、俺の記憶に確かにある。それを、今の俺の肉体に当てはめるんだ。
他の奴らを走らせるな。その躍動を死なせろ。殺せ。
(ああ、そうだ)
誰かの居場所を奪う走り。突き落として、奪い取って、独占する。俺の生き方、それに実にお誂え向きな走りじゃあないか。
なぁんだ。意識して来なかっただけで、俺は初めからこうだったんだな。
(もっと早く、自覚したかった)
殺さなければ生きていけない。
覚悟しろ。
コレから走る奴らは、“結果的に死ぬ”んじゃない。
俺が俺の意志で、“殺す”んだ。
自分の為に殺して、恨まれ、背負い続けて生きていけ。押し潰されるその日まで。
そのつもりで、俺は───
『クロー?どうしたデェス?』
『アーッ、アーッ!ボーットシテル!!』
───わり。考え事してた。
あーあ、もうここかよ。来ちまったんだな、とうとう。
「クロスー!!」
「エルコンンンン!!!」
「頑張れぇ〜」
「ユ・タ・カ!ユ・タ・カ!!」
「やったれ海老奈ァ!」
聞こえてくるのは怒涛な日本語の歓声。おっそろしいのは、それですらほんの一部に過ぎない事。
「Je suis encore excité cette fois !」
「Nous avons beaucoup de public asiatique. viennent-ils de Chine ?」
「Ils ont l'air japonais. Il semble qu'il soit venu voir son propre cheval. Regardez, El Condor Pasa est fort ces jours-ci.」
「Cela n'a pas d'importance! Monjou est le meilleur ! !」
「Non, Cro Collage gagnera cette fois.」
「El × Borgia est précieux, Oops…」
「Le client d'à côté est bizarre, appelons la police!」
あの時のジャパンCに劣らない、いや寧ろジャパンCの方が劣る程に。
イスパーンを走って、この地の熱狂は把握したつもりでいたんだが……凱旋門ってのはやはり、こっちの人々にとってもどうしようも無い程の高みらしい。参っちゃうね、全く。
『アーッ、エルトクロス!ミロ!アソコ、ミナレタ
『あそこら一帯が日本人の一団ってか。どーもークロスクロウです、応援して下さり心より感謝申し上げます』
『待つデス、クロ-サン!エルも近寄ってオジギシマスッ!!』
「「「わーーーっ!!!」」」
そんなに騒ぐ事かぁ?挨拶は人間として当たり前、って今の俺人間じゃなかったわ。馬がお辞儀し出したら悲鳴あげるわな、うん。なんか生沿と美鶴ちゃんが一瞬いたように見えたのも気の所為だろ、うん。
『すまんなエル、俺の奇行に巻き込んじまって』
『何言ってるデス?エルがやりたくてやったんデスからノー問題d、あっボルジアー!
『!!!…Ich war erstaunt. Wenn du Zeit hast, dir Sorgen um mich zu machen, solltest du mit deinem Freund sprechen.*3』
『Er ist derjenige, der nicht fangen kann Es ist das dritte Mal, dass ich mit dir konkurriere, also bin ich mit dir befreundet, richtig?*4』
『……Das ist gut. Fühlen Sie sich geehrt, mit mir verkehren zu dürfen. Aber Rennsport ist eine andere Geschichte! Diesmal wirst du von meinem Laufauftritt fasziniert sein!!*5』
『Ja? Heißt das, du magst mich?*6』
『〜〜〜〜〜っ!!!』
『Hey! Nicht sauer werden!!*7』
『アーッ。クロスモ
お前がそれで良いんなら……と思ってたら行っちまった。というか現地妻*8作ってたのかよ、隅に置けないなぁ全くよぉ。
『そうだマンボ、そろそろ
『ソーダナ……
『ああ。精々死に物狂いで足掻くさ』
飛び去る背を見送る。いやぁ、お前には本当に世話になったよ。よくこれまで言葉を運んでくれた、お陰でグラス達と繋がれた。
お前には、感謝しても仕切れねぇや。
(……何改まってんだ、俺)
脱線修正。勇鷹さん、調子はどうだい?
「あれがエルコンの馬房に入り浸ってるヨウムか…日本からいつの間にかついて来たって聞くけど本当かな」
『おーい』
「っと、すまないね。何かあったかい、クロス?」
質問に質問で返すなァーッ!やっぱ生沿のようには疎通出来んね、でもアンタの技術と経験は悔しいけど間違い無く生沿以上。それを使いこなせればきっと勝てる。
まぁ問題なのは、俺がそのテクについてけない愚図な所為で封印させちまった事なんだが。どうすんねん。どーしましょ。
『Hey, Onkel.*9』
って誰が歳だけとったボケ老害じゃ、と言い返したくなる呼びかけ。向けば、そこにいたのは一頭の若馬。
(──あっ)
察した。
『Wie wäre es, wenn Sie antworten?*10』
『お前が、そうなのか』
『Kannst du die Sprache nicht? Komm nach dem Studium.*11』
見下された気配。いつぞやのエルに倣い、
おい…オイオイオイ、この覇気は無ぇだろ年下で……!?
『Er schien ein Typ zu sein, der viel zu sehen hat. Anscheinend habe ich mich geirrt.*12』
失望の気配。こういうのには敏感なもので、ズキリと心に疼く物。いちいち感じてたらキリが無いってのに。
『……不満か、俺じゃ』
『Die Idioten da drüben scheinen interessanter zu sein. Laufen Sie nicht einfach ungeschickt, weil es Ihren Mitmenschen im Weg steht.*13』
クルリ、と向かれるそっぽ。相手は俺に対する興味を完全に失ったようで。
けど……お前は俺に用が無くとも、俺にはあるんだよなぁ。
『モンジュー!』
フランス大将軍の名を呼ぶ。相手は立ち止まらない、でもそれで良い。口に出す事にこそ意味がある。
『
俺の存在が煩わしいんだろ?良いぜ、上等さ。
お前の嫌がる事、ありったけ叩き付けてやるからな。
『……フン』
ピクリと、相手の耳が動くのが見えた。上等。
残る不満も、怒りも、痛みも、全部レースに注ぎ込めば良い。エンジンにぶち込む燃料としては申し分無いからな。
「アレがモンジューか……相当な仕上がりと見て良い。クロス、気を付けよう」
分かってるさ。アンタは知らないだろうけど、アイツはこのレースの勝ち馬だから。あのエルすら押し退けて、日本馬の夢を挫いた最強の壁だから。
(俺がいなければ、な)
そうだ。俺がいる。この世界に、今日ここに、クロスクロウという馬は既に存在してしまっている。
もう刻まれた、その存在という名の爪痕。後はそれを、より強く、より深く抉り取るまでの事。
やり遂げてみせるよ、皆。
瞬間、記憶が去来。それぞれの思い出、最後に貰った言の葉達。
ああ。征ってくるよ、スペ。
ああ。ステゴ先輩、勝手にさせてもらう。
ああ、ラスト先輩。俺はまだ死んじゃいない。
だから、出来る事を。
ああ、母さん。馬の母さん。
分かってる。余力が残ってたら、燃え滓が残ってたら、それじゃ悔い無しなんて口が裂けても言えない。
後悔しない。させない。誰の期待も、誰の無念も、無為にはしない。その為なら、俺の持つ物全てを引き換えにしてでも、俺の中に何も残さない。全て出し尽くして、結果にする。
だから、見てて欲しいんだ。
俺を。
(欲を言や、アイツにも見ていて貰えたら百馬力なんだけどなぁ)
己の女々しさに辟易、苦笑。でもアイツはここにはいない、だからこれは無い物ねだりに過ぎない。
だから、気持ちを切り替え………
───え?
(グラス?)
求めていた声、視線。朧げながら、でも確かに感じたそれを探す。だが、いない。
けど充分だ。余りにも充分過ぎた。
『……見てくれてんだな』
最後の心残りが、今度こそ消えた。負けられない理由が、勝たなきゃいけない理由の最後のピースが埋まった。
お前に、格好悪い姿は見せたくないから。
(最強の俺で、お前と真正面から向き合いたいから)
俺を想ってくれるお前に報いる。今思えば、始まりもまたそうだったよ。
その結果の一つがここで出る。ああそうだ、見届けてくれグラスワンダー。ううん、アメリ。
馬場はグチャグチャ最悪、芝は不慣れ、周りは百戦錬磨の強豪ぞろい。
それがどうした。舐めんな。
(命を賭けるには、良い日じゃねぇか)
その価値のある、レースだから。
「_(´ཀ`」 ∠)_<ミツル……」
年内に凱旋門賞編を終わらせたかったけど、このペースだと無理っすね
それもこれもSSRグラス配布で俺を動揺させたサイゲが悪い