なんか、ソワソワする。落ち着かない。デジタルは何か感じてたりする?
『いえ、ボクは何も……スペ先輩の体調とかは』
『問題無いよ』
やっぱりそっか。という事は、僕の感じてる違和感は僕だけの物で、でも原因は一体……?
『あっ、シーラさん!』
その時、羽ばたきの音。
『……と、誰?』
が、二つ。僕には両方とも聞き慣れた、その正体は。
『マンボ!?マンボじゃん、久し振り!』
『……アーッ。ヒサシブリダナ…スペ』
『マンボ!カエッテキタ、カエッテキタデス!』
降り立つ旧友、その周囲を嬉しそうに回るシーラ。何が何やら理解できないままのデジタルには申し訳ないけれど、また嬉しさのあまり問い掛ける。
『おかえり!君がいるって事は、エルも……クロも帰って来たの!?』
『アーッ……エル、マダ
『エビナ……ああ、エルに乗ってる人間の事か。じゃあクロ達はまだ帰って来てないんだ』
それは残念だなぁ。早く会いたい、そして僕の成長を見せたい。
君に、勝ちたい。
(ううん、焦るな僕。焦っちゃダメだ)
僕一頭が急いた所でどうにもならない。いずれ帰ってくるんだから落ち着いて、落ち着いて。
そうだ。聞くことは他にもあるじゃないか。
『レースはどうなったの?』
クロが勝ったの?エルが勝ったの?
彼らは何かを勝ち取れたの!?
その質問に、マンボは数瞬だけ黙してから。ゆっくりと、口を開く。
『……クロガ、カッタゾ』
その瞬間、僕は跳ね回りそうになった。エルには悪いけど、僕にとって1番嬉しい結果だったから。
そうか、そうなんだ!やっぱりクロは最強なんだ!
『セカイデ、イチバンノレースダッタ。クロハ、セカイヲカエタ』
『……!』
『クロって、クロスクロウ先輩……の事ですよねシーラさん。スペ先輩から噂だけ聞いてますが、そんなに凄い方なんですねぇ』
『エーッ、シーラモ
世界を変えた!つまり、クロは夢を叶えたって事。あの日の誓い通りに……!
(これで後は僕だけかぁ)
……でも、目標が一層ハッキリした。
(グラスとクロに、勝つ)
グラスを超えて、日本に帰って来たクロも打ち破る。そうすれば胸を張って名乗れる筈だ、この
『マンボ!クロ達はいつ帰ってくるの!?』
そうと決まれば、気になるのはその時期!有馬には間に合うの、それが1番心配なんだ。
どうなの、マンボ?!
『……スペ。クロハ、クロハ……!』
……どうしたの。何その反応。
何を、言い淀んでるの。
『クロハモウ……
『え』
『マ、マンボ!?マッテー!』
やっと出て来たその言葉。それを叫んだ瞬間、マンボは勢いよく飛び出してしまう。まるで僕から逃げるように。それを追ってシーラちゃんも。
帰って来ない?そんな訳が無いのに。クロの帰る場所はここなのに。
『うーん……よっぽど居心地が良いんですかね向こう。ボクは別の所から来たので分かりませんが』
『………』
そんな問題じゃないよデジタル。だってクロは、そんな事で帰って来ない筈が無い。
僕達を、忘れる筈が無いのに。
その日から、厩務員さん達の雰囲気が変わった。
ううん、
皆が下を向いてた。僕達の目の前では隠そうとしてても、
何か大事なものが失われたと。そう察するのに時間は掛からなかった。
まさか、なんて。そんな考えを振り払う日々。
(帰ってくるよね?そうだよね?)
だって。だってクロは、僕達の。
そんな希望は。
「……スペ」
『ッ』
久し振りに顔を見せた、イキゾイの。
絶望の表情を見た、その瞬間。
粉々。
「いい加減にしろ!仲間同士でいびり合ってる場合じゃないだろバカかッ!!」
事務室に罵声が轟く。出所は臼井厩舎の一室、防音設備の整った部屋。
調教助手がそこで、受話器に吼えていた。
「この期に及んで責任転嫁し合ってる暇なんか無い事ぐらい、子供でも少し考えたら分かるだろうさ!なのに喧嘩!?恥を知って、塞ぎ込んでる他の奴らの介助に回ったらどうだ!?」
《うるせぇ!お前も同類のくせに……一緒にクロを凱旋門に送ったくせに!!仲間だっていうなら安全圏から口出すな!!》
「……それを……」
《何だよ!言いたい事あるなら言えよ!!分かってんだよ、ああそうだ俺が悪いんだよ!!体調管理を任されたのに、何一つ見抜けなかったド無能の俺が──》
「そのザマを晒したのか?
《──ぁ、う──》
「また掛ける」
ガチャリ。力任せに母機に押し付け、彼は強く強く溜息を吐く。
これで電話は3度目。1度目は泣きじゃくる声で会話にならず、2度目は10秒言葉を交わせばすぐに自決を仄めかす程の憔悴状態で、そして3度目はこの有様。ちなみに、3回のどれも違う相手であった。
要約すると、話にならない。臼井厩舎の渡欧組は壊滅状態だ。
「もう良い。俺が行く」
「せ、先輩!?そしたらこっちはどうするんですか!!」
「仕方ないだろ!臼井さんが機能不全じゃこっちだってドン詰まりなんだから!」
そう、あの人が引きこもってしまった。あの強い臼井が、傲岸不遜で最強の臼井が。
彼に
宮崎雄馬は例の
「
「その間の馬達の管理は!」
「すぐ戻ってくるッ」
「馬はデリケートです!ただでさえ皆悲しみを隠すのに精一杯で、その上で隠し切れずに厩舎全体が陰鬱になりつつあるのに……カバーし切れませんよ僕達では!!」
「……糞ァ!!」
これじゃ先ほど叱った仲間を笑えない。だがしかし、調教助手は壁に鬱憤をぶつけざるを得なかった。彼自身、限界が近いが故に。
「こんな事になるなら……俺が、俺も……!」
その先の句は告げない。行った所でどうにもならなかっただろう、他ならない臼井本人ですら予見出来なかったのだから。
それでも、脳裏を
「クロスぅ……!」
「うっ、く、ぁ……!!」
側に控える後輩と共に、その場に崩れ落ちた。足に力が入らない、悲しみが他の感情を制圧する。耳に何も入らない。
だから、気付けなかった。
「……あれ」
「どうした」
「先輩、電話」
間の抜けた音と共に、来客を伝えるインターフォン。震える膝に喝を入れ、恐る恐るドアノブへ手を伸ばす。
そこにいたのは───
「あぁ……ようこそ。すみませんが、テキとはまだ直接連絡出来てなくて……え!あなたがフランスに!?」
何も見たくない。
「美鶴!美鶴!」
何も聞きたくない。
「お願い美鶴、返事して」
何も。何一つだって。
ここは私の部屋、私だけの世界。ずっとそこに閉ざされていたい。
「ごめんなさい、ごめんなさい美鶴。私が悪いの、何もかも」
うるさい。
「私があの人を焚き付けて……その所為でこんな事になったの。あなたは悪くない、私の所為なのよ」
黙って。
「だからお願い、お願いだから……!」
お願いだから…!
「そんなにお父さんに会いたいなら、会いに行けば良いじゃない!私なんかに頼らずさぁ!!」
「……居場所が、分からないの。どの情報媒体を見ても、会社に問い合わせても、彼自身の番号に掛けても通じないの!ねぇお願い、私が、原因の私が何とかしないとあの人は──」
「だったら最初から希望なんて持たせなきゃ良かったんだよっ!!!」
声が止まる。でも私が止まらない、止まれない。
「お父さんがお母さんの事をまだ好きなの、分かり切ってた事じゃん!それが嫌なら、形だけの交換条件じゃなくて、もっと分かりやすく拒否してれば良かったのに!!」
何より、私が許せないのは、
「どうしてそれにクロを巻き込んだのッ!!?」
「……!」
「なんであの仔を引き合いにしたの!お父さんが1番引き下がれなくなるあの仔を、お父さんの願いにどこまでも応えてくれたあの仔を!!」
嗚呼、分かってる。厩舎とは無関係だったお母さんに、クロとお父さんがどんな関係だったかなんて知りようが無い事なんて。お父さんがどれ程クロに入れ込んでたか、お母さんには知りようが無かった事なんて。お父さんの冷酷な面を私より遥かに知ってるだろうお母さんにとっては、最初の私と同じように、クロは彼の道具に過ぎないとしか思えなかったんだろう。
それでも、それでも、それでも我慢ならない。
「自分が原因だって思ってるなら、関わってこないでよ」
最後に自分の目で見て、大丈夫だと判断した私も同罪だと分かっていても。
「入って、来ないでよぉ」
目に入れたくない。家族という存在を。
焚き付けたお母さんも、クロに無理させたお父さんも。見ているだけだったお爺ちゃんも、お婆ちゃんも、私に近寄らないで。
「……そうね。あなたの言う通りだわ美鶴」
「だったら何なの」
「お母さん、
「イヤ」
「っ、ごめんなさい。また同じ過ちを───」
「勝手にすれば良いじゃん。私も勝手にするから」
何を言ってるんだろうね。クロの自由にさせたいとか言っといて、祈りを押し付けた分際で、私は。
「ええ。ただ覚えておいて、あなたは何も悪くない。例え世界全てが罪を負おうとも、あなただけは絶対に咎められない。あったとしても、それは親である私達の責任」
だから自分を責めないで、と。
その一言を最後に、去っていく足音。再びの静寂。
(ひっどいなぁ、私)
フランスに行く前は、私が両親をなんとかする!って息巻いてたのに。どうしてこんな事に。
教えてよ、クロ。私、間違ってたんでしょ?叱ってよ、あの時みたいに。
「……生沿さん」
ふと、思い出す。レースの時、真っ先にクロを助けに走り出した背中。まだ頼りなくて、でも誰よりもクロをずっとずっと想ってくれてた、優しいあの人。
茫然自失な私を連れて飛行機に乗り、その間もずっと私の頭を撫でてくれた大きな手。
私が今頼れるのは、あの手の温もりだけだ。そう信じて、疑わなかった。
だから次の日、家出した。お母さんは既にいなかった。
セイウンスカイ
ふざけんな
シーラを介して伝わって来た、怒り。
セイウンスカイ
ふざけんな……ふざけんな!
勝ち逃げするのか!?約束したのに!負けた方が言う事聞くって!!!
キングヘイロー
やめろ、スカイ!もう彼は……いないんだ!
セイウンスカイ
キングは悔しくないの!?散々やられて、振り回されて、それでコレだよ!!君だってなんかあるだろ!!?
キングヘイロー
無い訳、無いだろ……ッ!!!
キングとスカイの気持ちが伝わってくる。だって僕達は、結局同じ感情を抱いてるから。
クロ。
セイウンスカイ
嘘つき……嘘つきぃぃぃ!!!
こんなのって、無いよ。
『やったー!やっとここまで来れたー!!』
そんな突拍子も無い明るい声に、意識を現実へ戻される。そうだ、僕、レースに。
『スペ君、久し振り!やっと君と競えるとこまで来たよ、ここまで長かったんだから!!』
『あっ……ツル、君』
『凄いねぇこの歓声、やる気出ちゃうなぁ。スペ君は慣れてるみたいだね、やっぱり強いや』
ツル君。ツルマルツヨシ君、時折併走する仲間。そっか、君もこのレースに、そっか。
『でも僕だって調子はバッチリ!絶対負けないから!!』
『う、うん……頑張ってたもんね、ツル君』
ツル君は体が強くなかった。僕と一緒の時だった、何度も何度も咳き込んで、それでも走ってた。負けたくないから、って。
相手にも、自分の身体にも。
今の僕に、出来るかな。同じ事が、出来るかな。
『よーし、今ここにいる自分を誇って!走りまくってやる!!スペ君も歴戦の意地と全力、見せてよね!』
『……うん』
出来、ない。
体に心がついて来ない。
イキゾイが持って帰って来た、あの鬣──クロの、それ。
見た瞬間分かった。命が無かった。
なんでか、分かっちゃったんだ。これを取った時には、もう。
クロの身体に、生命は。
クロは。
『おうおうどうした、ペット5号。久々に見たと思えば辛気臭い顔してやがンな』
……ああ、いつぞやの。ニンゲン嫌いな暴力先輩。
噛まないでくださいね。痕が残るの嫌なので。
『えぇ……なんか変だぞお前。生意気ッぷりに勢いが無いというか……いやマジでどうした?
……うるさいなぁ。
『そうだよ4号だよ。アレからずッと考えたんだが、腹立たしい事に俺の答えはまだ出てこねェ。あと一欠片、そのピースさえ埋まれば……その最後のピースが、他ならないアイツと問答しねェと得られねェ、そんな感じがすんだ』
へー。そうですか。それは
『クロにはもう会えませんよ』
『……は?』
もう良いですよね。僕もあなたも、これ以上話してもお互い何の得も無い。
……何も、得られない。
(このまま走っても、何の意味も無い)
だって。走って、勝っても、クロはどこにもいない。
どこにも、辿り着けない。
「スペシャル、頑張るぞ」
イキゾイの声が聞こえる。頑張ろうって、多分言ってる。
でも、どうするの?
「頑張るしか無い、やるしか無いんだ。俺達は……っ」
頑張って、どうするの?
どうなるの?
そもそも。
「クロの分まで、やるしか……!」
“頑張る”って、どうするんだっけ。
クロ。どうするんだっけ。
ねぇ、クロ。
年末年始休暇の勢いはここまで
京都大賞典は
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描写して欲しい
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省略して次行って欲しい