また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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アンケートの結果、描写派の優勢と無視出来ない省略派の数と「そもそも作者の体力が少し心許ない」という事情を鑑み
「省略気味に描写」という妥協案に至りました。アンケートの意味ェ

ツルちゃんごめんね。ウマ娘編で活躍させるからね(活躍させれる余白が必ずあるとは言ってない)


【Ep.102】呼応

俺は何をしてる?

俺はどうしてここにいる?

 

(決まってる)

 

勝つ為。

勝利を捧ぐ為。

ロンシャンに突き立てられた墓標へと手向ける為。そうでなければならない。

じゃなきゃ、逃げ出してまで生き残った意味が、無くなってしまう。

アイツに出来て、俺に出来ない訳が無い。俺にだって出来る筈だ。

 

((クロ)はやったぞ、生沿健司)

 

少女の姿で語りかけてくる影。顔は見えない、でもクロだと分かる。分かるけど、でもクロじゃない。

俺が俺に言い聞かせてるだけだ。アイツの形を借りて。

 

(走れ、走れ。本命も穴馬も掻き分けて、そして)

 

勝て。それ以外意味は無い。

退いて老いたのに、その上臆したらどうなる。騎手として死ぬ気か。

臆すな、だったら──騎手として死ぬ前に、自分の命ぐらい賭けろ。

 

臆すなって、言ってるだろ。

 

(怖い……!)

 

勇鷹さんみたいになるのは嫌だ。

クロはいない。誰も助けてくれない。

あんな前傾で馬にのめり込んで、自分を顧みない騎乗なんて出来ない。なんで出来るんだ勇鷹さんは。奥分さんも出来るのか、一流ジョッキーってのは皆ああなのか。じゃあ俺は、一生追いつけないじゃないか。

 

(それじゃダメなんだ…!!)

 

クロに捧げるって決めたんだ。残りの俺の人生、全ての勝利をあいつのお陰だって喧伝するんだ。今俺がここにいるのは、アイツに導かれてこそなんだって!

だから、だから!ビビんな生沿健司!アイツの遺志を無下にすんな!!行け!駆けろ、それ以外に出来る事なんか無いだろ!

さぁ最終コーナーだ、スパートだ。腰を入れろ、前へ迎え、ロンシャン競馬場で魅せられたように、そこで能天気に興奮してた自分を思い出しt───!?

 

(スペ、どうした)

 

様子がおかしい。軸がブレてる、これは……まさか、故障?

ダメだ。それはダメだ!俺が死ぬのは俺の勝手、けどお前はダメだ!俺の自己満足に巻き込んだらダメだ!!

くそっ、減速を、ってえ!?

 

(加速……!)

 

何だ?故障してなかったのか?だったら、俺がバカなだけじゃんか!

くそ、仕掛けどころだったのに、アシストするどころか馬の邪魔した!加速に乗れない、伸びない、クソ!クソ!クソ!

やめろ、何で減速する?まさか俺の様子を心配して?やめてくれよ。俺に構うなよ。これなら邪魔だと思ってくれた方がまだマシだった、また足を引っ張った。

抜かされていく。折角好位置につけてたのに、何一つ良いところを見せられないまま沈んでいく。

見せ所の最終直線、スペの末脚も何も出せないまま。

あ、ぁ───

 

 

《ツルマルツヨシです!!スペシャルウィークは惨敗、弔いの勝利ならずー!!》

《生沿騎手との初コンビは苦いスタートとなってしまいましたか……》

 

 

俺は─── 俺は何をしてる?

俺はどうしてここにいる?

 

(存在意義が、無い)

 

生きながらえた意味が、無い。

 

 

 


 

 

 

負けた。グチャグチャだった。

僕は先行のつもりで、でもイキゾイは差しのつもりで、その時点でメチャクチャだった。何一つ息が合わなかった、本当にダメな走りだった。最後だって、僕がフラフラした所為でイキゾイを困惑させて。

クロに、顔向けできない。ううん、それ以前に。

 

「どうして」

 

ツル君に、ここにいる皆に合わせる顔が無い。

 

「スペ君、どうして!」

 

俯く以外、何も出来ない。

 

『僕、ずっと楽しみにしてたんだよ!?やっとスペ君と全力で走れる、僕と君がどれほど距離が開いてるかを教えてくれるって!!』

『……』

『噂で聞いて、実際に君と会って、練習で走って。それでも本番では出会えなかったから、楽しみに………』

 

うん。その通りだよ、何も言い返せないよ。

 

『なのに……何だよ、あの走りは!』

 

……うん。

 

『走る気持ちが無いんだったら、レースになんて出てくるなっ!!!』

『……ぁ』

 

そっか。そうだった、ツル君。君の言う通りだ。

 

『そうだね』

『は?』

『僕は出てくるべきじゃなかった』

 

クロの事でウジウジ悩んで、周りと向き合えない奴が出て良い場所じゃなかった。

 

『なんで、泣いてるの』

 

ホント?気付かなかったよ、自分じゃ。注意散漫になってるなぁ、アハハ。

 

『何が悲しいんだよ。何かあるなら、言ってよ……!』

 

悲しくて泣いてる訳じゃない……って言えたら、どれほど良かったかな。生きてるから涙が出るだけだって強がれたら、僕は。

 

『待てよ……待ってよ!このままじゃホントにスペ君、ここに出たらいけなかったみたいになるじゃん!!』

 

そうだよ。だから僕はもう行くの。

おめでとう、ツル君。初の大舞台での勝利、見事だったよ。

胸を張って祝ってあげられなくて、悔しがれなくて、ごめんね。

 

 

 

『スペシャル君……っ、?』

『待てよメジロの。お前が出る幕じゃない』

『……君にそんな冷静な真似が出来るなんて思いませんでしたよ、ゴールド君』

『茶化すンじゃねェ。今のアイツは俺たち部外者が迂闊に踏み込んでもロクな事にならねェ、そう勘が言ってる』

『……君の直感は無視出来ませんね。分かりました』

『ついでに言うと、というかこっちが主因なんだが』

『何です?』

『……俺も、頭がおかしくなりそうでな。騒ぎが広がるのは勘弁だ』

『それは……君は大丈夫なんですか?』

『んな訳無ェだろ。あり得ねェ。そんなまさか、アイツが、いやそんな………』

 

 

 


 

 

 

異常な空気だった。

ニンゲンさん達皆の表情が、暗い。全員の視線が下に向いてる。こんな事、私がクロ君に助けてもらった時でも無かったというのに。

私以外の馬達もそれを感じ取って騒めいていた。ある馬は刺激しないよう距離を置き、ある馬はキュームインさんが近寄るたびに慰めるべく顔を舐め、ある馬は鬣を擦り付け、ある馬は叱咤するように悪戯を仕掛ける。

そんな風に、皆が試行錯誤する中で、私は——左回りしていた。

 

(どうしよう)

 

情けない事に、何も思いつかなかったから。時折私を撫でては沈黙するキュームインさんに、何もしてあげられなかった。

走る事だけが取り柄の私が、走れなくなって、ただでさえ肩身が狭いのに……本当に、みっともない。

 

(どうしたら、良いんでしょうか)

 

何とかしてあげたいのに、何もしてあげられない自分が恨めしい。

そんな思いが一番強まったのは、ある晴れた日の事だった。

 

『……ユタカ、さん……?』

 

一瞬、誰だか分らなかった。シャキッとして、スッと胸を張って格好良かったあの人が。誰よりも頼れる私の相棒が。

背筋を曲げて、下を向いて。

今にも死にそうな表情で、いやきっと本当に死にたがってたのかも知れない。それぐらい沈んだ顔で、俯いて。

 

「ユタカさん、一旦事務所の方へ!休みましょう!!」

「だめだ。頼む、彼に伝えないと」

「しかし…!」

「やらせてくれ」

 

覚束ない足取りで歩み寄ってくる彼に、駆け寄りたかった。あの日もだえ苦しむ私に彼がしたように、寄り添ってあげたかった。

でも馬房(へや)から出られない私は、結局待つしか無くて。辿り着いたユタカさんが差し伸べた手に、頬を摺り寄せることしか出来なくて。

 

「すまない、スズカ。すまない」

 

何が悲しいんですか。何があなたたちを苦しめてるんですか。

その苦しみの百万分の一でも、分かち合えたらいいのに。背負ってあげたいと、そう願う。

 

「もう、叶わないんだ」

 

そんな私の想いは、次の瞬間。

告げられた“現実”を前に、叩き潰される事になる。

 

「クロスを、僕が…()()()()()()()んだ———!!」

 

え?

 

『ぇ……?』

 

頭が回らない。理解を拒絶していた、耳が、脳が、全身が。

確かに聞こえた“クロス”という単語。クロ君。

ユタカさんの手から伝わってくる、自責の念。

そして——ああ、そうだ。ずっと感じてた既視感は、これだ。

 

(私が怪我した時)

 

ユタカさんと、クロ君に乗ってたニンゲンさんが纏ってた空気と。遠くから見ていた観客(ニンゲン)さん達の、絶叫。

それと同じなんだ。

死に瀕した者を惜しむ悲しみ。もしくは。

 

(そっか)

 

瀕した、ではなく……()()()命を、悔やむ絶望。

そう、なんだ。

 

(クロ君)

 

君は。

 

(君はもう、いないのか)

 

また走ろうって、言ってたのに。

 

 

 

 

 

その日の練習(リハビリ)は、まるでモノにならなかった。

私は集中できなくて、ユタカさんはマトモに動けなくて、途中で降ろされて。私も彼も、涙が零れて。

きっと、見てしまったんだ。ユタカさんは、目の前で彼を見送ってしまったんだ。強かった彼のこの有様も、自責の念も、それで説明がついてしまう。

 

(どうして)

 

募るのは疑問ばかり。あの最後の言葉は、約束は。君自身の、走りたいという願いはどうしたの?

どうして逝ってしまったの?私は、君を待っていた皆はどうなるの?どうするの?

誰も彼もが君を待ってた。エアグルーヴだって君に期待して、私はその点でも君をライバルだと勝手に思うぐらいで。

なのに。

 

「僕が、僕が。跨ってたのが僕じゃなくて生沿君なら、跨ってたとしても死ぬのが僕なら」

「やめてくれユタカさん!」

 

やめて。ユタカさん、自分をイジメるのはやめて。

そんなの、彼は絶対に望まない。望んでない。例え本当にユタカさんが彼の死因になったって、彼はそんな事思わない。だって彼は、私を救った時だって。

 

(私を、救って…)

 

……そういえば。どうして彼は、私を助けたんだろう。

何か意味があったんだろうか。私を助けた先に、ユタカさんを死なせなかった先に、彼には何が見えていたんだろうか。だから、私たちを助けたんだろうか。

 

(——ううん、違う)

 

そうかも知れない。意味はあったかも知れない。

けど、例え無かったとしても……彼はきっと、私達を助けただろう。目の前の命の一つだって、取り零さなかっただろう。

だから———

 

 

(意味を持たせるのは、私達だ)

 

 

救われた意味を、生きる意義を。

小さい背中で去り行くユタカさんを見送りながら、誓った。()()()は、と。

次に彼が乗る時が、勝負。

 

(きっと黒鹿毛のあの仔——スペシャル君だって)

 

迷っているのだろう。彼もまたクロ君を慕っていた、そんな彼が心配でならない。そんな場合じゃない事も、今は目の前の事に集中すべきだという事も、分かった上で。

だから、見せるんだ。

 

(彼らに、背中を)

 

ユタカさんが安心して乗れる背中を。

スペシャル君が惑わず追いかけられる背中を。

何より、私自身に。

 

(私は、もう立てるって事を……!)

 

今も怖い。全力を出したらと思うと震える、あの痛みの記憶が掘り起こされて総身を揺さぶる。

それでも立つんだ。立ち上がるんだ、サイレンススズカ!

 

(示すんだ。もう()()()だって……!)

 

踏み締めた大地は固い。トラウマに怯えるだけだった時には、恐ろしかったそれが。

今だけは、頼もしい。

 

 

 


 

 

 

失望させた一日だったなぁ、と顧みる。

本当に酷い一日だったと。自虐する。

 

(クロがいなけりゃこんなモンっすか、俺は)

 

何の事は無い、()()()()姿()()()()()だけですらある。場違いなエリート戦線に出しゃばったド新人、その無様。

ただ、申し訳ないのは。

 

(ごめんっすよ、スぺ)

 

勝たせてやれなかった。アイツに、手向け花を持たせてやれなかった。それがひたすらに悔しい。勇鷹さんならと、そう思ってしまう程に。

 

(俺には荷が重かったんすよ)

 

そう思いながら、携帯電話に打ち込んだ番号。掛けてもつながらない通話。

敬愛する師とは、あの日以来一言も交わせていなかった。避けられていると悟るには、あまりにも分かりやすい拒絶があった。

 

「期待外れで、すみませんでした」

 

虚空に呟く、もちろん相手には届く筈も無い。だが、言わずにはいられない。

あれだけ目を懸けられて、あれだけ手を焼いてもらって、あれだけ御膳立てして貰って。挙句の果てにお互いのお手馬を交換してもらったというのに、このザマだ。さぞ落胆しただろう、させてしまっただろう。

何よりも、自分の恐怖を甘やかして、尊敬する彼に死を押し付けてしまった。そんな自分が許せない。

 

(……やめるか)

 

充分良い思いはした。クロとユタカさん達にさせてもらった。これ以上恥を晒す前に、迷惑掛ける前に、やめるのが筋ってヤツじゃないのか。

そもそも、愛馬を手放すような奴が騎手なんて名乗って良い訳が無い。既に臆して死んでいたんだ、騎手としての生沿健司は。

 

あの紅蓮が降り掛かった時、それを止められなかった時に。もう、生沿健司は。

 

…騎手をやめたら、そうだ。すぐにフランスに行こう。クロの遺体に寄り添って、彼の墓の近くに住もう。そして、ずっと彼を、アイツを想って、冥福だけを祈って———あっ。

 

(もう家っすか)

 

騎手の寮、自室前。職を辞したら、ここともおさらばになるな。

……また臆した。もうやめたくなくなった。何なんだよ俺は。

 

「ただいまぁ」

 

もう寝よう。寝て、落ち着いて、明日に考えよう。どうすればクロへの一番の弔いになるか、スぺの今後に最もいいのは何の道か、それをしっかり。

そう思いながら、靴を脱いでた。

 

\ガチャリ/

 

あれ?俺の両手が掴んでるのって靴紐っすよね。なんで鍵が閉まったんすか?

え、もしや幽霊?クロっすか?クロなら返事してくれっす、もしくは憑り殺して、俺も連れてって……

 

「私です、生沿さん」

 

なぁんだ、美鶴ちゃんっすかぁ。あー良かった、後ろにいたのがお化けじゃなくてうら若き美少女で安心したっすよ。こちとらチビりかけたんすから、驚かせないで欲しいっす。状況から察するに、俺の背後を尾けて入ってきたんすかね?ここ、トレセンの中の寮なんすけどねぇ。

あっそっかぁ、美鶴ちゃんってもしかして忍者の末裔とか!?という事は雄馬さんも忍者!ふぁー、凄い家系っすねぇホント!!

 

「あはははは………」

「………」

「…………」

 

 

……119番っt「警察は110ですよ」ぁあっ携帯奪われた。もうダメだ、おしまいだ。

 

 

「生沿さん、お願いします。何でもしますから、ここに泊めて下さい!」

「いやーキツイっすよ」

 

騎手的にどころか社会的には流石に死にたくない。そんな真っ当な願いを通すのはしかし、雄馬さん譲りの覚悟が決まった瞳を前にしては難しく。

目下とりあえず、俺はなんとか携帯を返してもらえないかと思案するのだった。

 




『はーだはっはっは!負けて儚く美しいボク!!ところでリュージ、何だいこの地獄のような空気は?』
「……降りたくないなぁ、コイツからは……」
『おーい、リュージ~?』
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