また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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自分で書いててなんだけど、まさかこの局面で馬の登場率ほぼ0%の回が完成するとは思わなかった


【Ep.103】仲間

落ち着け。そうだ生沿健司、こんな時こそ落ち着くんだ。素数、孤独な数字。それを数えて心を静かにしよう。

まず最初に、1。

 

「1は素数じゃなかったと思います」

「うげぇ」

 

はい初手失敗!愚か者は無残に現実へ引き戻されましたとさ、めでたしめでたし。

……さて、正気に返ったところで状況整理っす。今は18:30、日が沈んで暫し経った頃合いのファミレス。そこで今、俺は何故か自室に忍び込んできた馬主の娘さんを連れ立ち、向かい合って座っている。いやパパラッチとか怖すぎるんすけど。明日の朝刊に【生沿、喪失感余って未成年誘拐!!】とか書かれそうでガクブルなんすけどそれは。でも自室に留まらせるよりはまだマシかなって……。

 

「え~と、聞きたいことは色々あるんだけれども……まず一つ目に、雄馬さん達保護者に許可は?」

「お父さんとは連絡とってません。お母さんはお父さんを探しにフランスに行ったので知りません。お爺ちゃんとお婆ちゃんには『通報とか変な事したら縁を切る』と言って出てきました」

 

天を仰いだ。小洒落たシャンデリアが眩しかった。

 

「美鶴ちゃん、悪い事は言わないっす。忘れ物が無いか確認して、すぐ帰りなさい」

「イヤです!!」

「即答」

「だって……」

そう言うと彼女は、憂鬱さを露わにして。

 

「あの家は誰も、私とクロの思い出を大切にしてくれない」

 

吐き出した、不満。

 

「お爺ちゃんは、お父さんに関わってるってだけでクロの事を嫌ってたし、お婆ちゃんは競馬なんか博打だから碌でもないってばかりだし。お母さんは仕方ないけど、それでも……私にとって、クロがどれほどの存在かを考えてくれなかった。だからお父さんにあんな事言って……」

 

これまでずっと、慢性的に溜まってきたのだろう不満がどんどん流れてくる。それだけ彼女の中でクロの存在が大きくなっていた事が嬉しくて、なのに投げ出したのが申し訳なくて、そして。

 

(美鶴ちゃん、それで家族を蔑ろにしたら本末転倒っすよ)

 

クロが競走馬になったのは、宮崎さんが家族の絆を取り戻す為だった。そのクロが原因で断絶してしまったら、今度こそ誰も報われなくなってしまう。他ならないクロ本馬だって、アイツだって、そんな事は絶対望んでない筈。

やっぱり、美鶴ちゃんは今すぐ帰るべきだ。祖父母と和解して、お母さんの帰りを待つべきだ、と改めて思う。叶うなら、お父さん——宮崎さんとも、また。

 

 

でも、まずはそれよりも。

 

「……勝手っすよね、大人って」

 

共感と、歩み寄り。それが必要だと思った。

だって美鶴ちゃんはまだ中学生。それも親の事情に揉まれて生きてきた子供だ。そんな子に、この状況で理性的な判断を要求するなんて、あまりにも酷じゃぁないっすか。

 

「自分たちの視野で、物事を——子供の幸せを決め付けてくる。押し付けてくる。美鶴ちゃんほどじゃないっすけど、俺も苦労したモンっすよ」

「生沿さんも?」

「ええ。騎手学校に入るって言ったら少々」

 

ま、そりゃ成功か失敗かの二択みたいなリスキー選択肢っすからねぇ。俺は俺の才能を信じてたっすけど、親はそんなの分からなくて当然なワケで、そして俺の場合は親父が元騎手だったのが幸いしたのか災いしたのか。

 

「危険な道を行こうとしたら止めたがる。自由にやらせて暴走するのを恐れる。知れば知るほど、調べれば調べるほどにリスクばかりが目に付いて———親ってのは、それを理由に縛ってくる厄介なモンなんすから」

「……本当に、本っ当にそうですよね。こっちの気持ちも知らないで」

 

あっ、言葉に一層熱が入った。ちょっとは癒せたかな、歩み寄れたかな。少しでも分かち合えただろうか?

けど、ごめん。ここでちょっと梯子外す。

 

「でも美鶴ちゃん。ちゃんと保護者の方々には言ったんすか?」

「へ?」

「自分はクロが好きだ、大事に思ってるって。口で伝えたんすか?」

 

ふるふると、返ってきたのは横方向の首振り。目を丸くしたその表情から察するに、考えもしなかった・その行動に意味を見出した事すら無かったって感じっすねぇ。

……拗れる訳っすよ、宮崎さん。なるほど、あなた達は親娘(おやこ)っすわ。

 

「じゃあ擦れ違いもしちゃうっすよ。だって知らないんすもん、美鶴ちゃんの中でクロがどれだけの重量(ウェイト)を占めてるかなんて」

「だ、だったら聞いてくれれば…待っててくれれば、私だって!」

「美鶴ちゃん。親は待ちたくても、世界がそれを許してくれないんす」

 

親にも都合がある。人間関係やそれに応じた動きにも、期限という物が付く。子供の情動なんて待ってくれない、考慮してくれない。

真っ当な親はその狭間で、苦悩するんすよ。どうすればうまくいくか、どうすればダメージが少なく済むか。そして。

 

「どこまで尊重()()()()()()か、()()()()()()かを」

「!!」

「美鶴ちゃんがクロをどう思ってるか、保護者の皆さんは分からなかった。そこで直接聞けなかったのは彼らの落ち度かもっすが、美鶴ちゃんだって言わなかったんすよね。どうせ理解されない、と思っちゃったんすか?」

「……父の馬ですから。拒否反応を起こされると思って……実際、お祖父ちゃんはそれで怒りましたし」

「酷い事言うようっすけどね、美鶴ちゃん。例え拒否反応が来ると分かってても、一回真正面からぶつかっとくべきだと、俺は思うんすよねぇ」

 

だって。彼らは、他ならない美鶴ちゃんが。

 

「君が大事だから……危うい道なんか、行かせたくないんすよ」

「…!」

 

そう。酷い奴でもない限り、親は子を守る。その過程でやり過ぎてしまって、それが子供からは縛っているように映ってしまう。そういう話なんだ。

美鶴ちゃんの保護者さん方にとって、宮崎さんに近寄るのは危うい道だった。だから遠ざけたがった、きっとそれだけの事。

だから、言わなきゃ。

 

「言わなきゃ、何も伝わらないんすよ。親御さんも、君も」

「……」

 

……う~ん、説教臭い!我ながらクッサい!大した苦労もしてきてないクセにデカい顔して、今更恥ずかしくなってきたっす!ああ、クロの馬房でクロの体毛を吸いながらうずくまりた……いや、アイツはいないんだった。そうだ、もういないんだ。

 

「…私は、伝えるべき事を伝えてなかった……んですね」

「そういう事になるっすね。とはいえ、俺の論も“普通の家庭”にしか通用しないから、全てに当てはまるなんて口が裂けても言えないっすけど」

 

急激に冷え込んだ頭を縦に振る。良かった、意図は伝わっていたらしい。

だから、後は。

 

「伝えてあげて下さい。是非教えてあげて下さい。クロがどんな馬だったかを。宮崎さんに関係なく、美鶴ちゃんにとってのクロが何だったのかを」

「今からじゃ、遅くないですか?」

「今からでも全然!」

 

大丈夫っすよ、美鶴ちゃん。確かにクロはもういないけど、保護者さん方がその走りを見る事は叶わないけれど、それでも彼らは知る事が出来る。君の目に映ったクロを。

クロの生き様なら、きっと伝わる。アイツの命を、美鶴ちゃんならきっと伝えていけるから。

 

すると、美鶴ちゃんはスーッと息を吸って。咀嚼するように一旦止めてから、肺の中から吐いた。彼女なりの納得を示してくれたんだと、そう思った。

 

「ありがとうございます、生沿さん。私、ちょっと勇気出します。あの日みたいに」

「あの日?」

「ほら、若葉ステークスの。私達が初めて会った日です」

「あ~……クロに初めて実戦で跨った日っすねぇ。恥ずかしい騎乗だったっすよ」

「そんな事無いです!あの日、私も初めてクロのレースを間近に見て……あなた達の力強い姿に感動して、声を掛ける勇気を貰ったんですから!」

 

これまた懐かしい話を……そういえば、あの時も美鶴ちゃんから家族への、雄馬さんに対する愚痴を聞いた記憶。なんてこった、今の状況と本当にダブって笑えてしまう。

……違うのは、クロがもうこの世にいない事。

 

「は、ぁ……」

「えっどうしました!?もしかして疲れさせちゃいました私!?」

「ううん、違うんすよ。君の所為じゃないんすよ」

 

そうだ。もう俺はここにいられない、騎手ではいられない。自分でそれを許せない。

自責の炎が、胸の奥でぶり返す。

 

「やめようと……思ってるんす」

「…まさか。騎手を、ですか?」

「ええ」

 

今日の騎乗で分かった。俺はもうダメだ。クロありきの騎手生沿で、そうじゃない俺は何も出来ない。

そんな俺が騎手を続けても、恥の上塗りを重ねるだけ。そうなれば、恩義ある多数の人々の面目すら潰してしまう。

 

(そうなる前に)

 

やめなければ、と。

 

 

 

「ダメですッ!!!」

 

そんな俺の弱音は、俺の口を突いて出る前に吹っ飛ばされた。美鶴ちゃんの声量で、転げ落ちた俺の身体ごと。

 

「ちょまっ、音圧がッ」

「分かってない!生沿さん、あなたは自分の存在の重さを分かってない!」

「あばbっばばばbbばば」

 

やばい!鼓膜がもたない、ストップ!声抑えて、身を乗り出さないで!死ぬ!俺だけでなくレストランの窓も死に(割れ)かけてる節があるっす!

その願いが果たして通じたのか否か、それは誰にも分からない。ただ美鶴ちゃんは、そこから一杯の水を飲んで落ち着いてくれたようだった。俺は這う這うの体で椅子に縋り付いて持ち直した。

 

「ふぅーっ……私は断固反対ですよ。やめるだなんて、そんな事」

「とは言っても、俺の存在意義ってクロがいてこそっすし……それを投げ出した自分が許せないっすし」

「クロだけが生沿さんの全てだと?」

 

仰け反る。今度は静かで、でも重い怒りを孕んだ声音。

睨みつけるように視線を注いでくる美鶴ちゃんに、怖かったころの雄馬さんの影が垣間見えた。そんな気がした。

 

「……生沿さん、私さっき言いましたよね。勇気を貰ったって」

「う、うん。クロから……」

()()()()()も、です……!」

 

ズイ、と近寄られる。なのに逃げられない。腰を椅子に縛り付けられたかのような重圧、その眼差しに。

 

「やめてください、そんな真似は。クロに手柄を()()()()()なんて、そんな事」

「押し付けるって……」

「クロは、生沿さんを乗せてるとき、本当に楽しそうで…誇らしげでした。あなたの知るクロは、あなたとの勝利を自分の物だと思ってたんですか?」

 

——違う。胸を張って反論できる、それは違うって。

だってクロは、クロは……

 

「俺()が最高の相棒(タッグ)だ、って……言ってたなぁ…!」

 

あぁ、最高だった。本当に最高だったんだ、俺達は。俺と、お前で。揃ってこその最高で、最強だった……!!

 

「酷いよ、酷いよ美鶴ちゃん。こんなの思い出されたら、もうやめられないっすよ」

「見当外れな贖罪をするとか言われたら、止めて当然ですし止められて当然です。私、ずっと前からあなたのファンなんですから」

「そっかぁ、ファンかぁ」

 

色んな意味で、俺は勘違いしていたらしい。俺は俺に掛けられた期待と好意に、俺なりの答えを示さなきゃいけなくて……その方法は、辞職なんかじゃない。それだけは違った。

どんな無様を晒そうと、失態を重ねようと。足掻くんだ、俺は。

 

(それが俺の……責務!)

 

今生きてる俺の。クロの疾走を知っている、俺だけの。

 

「ヒヨッコの自覚はあったんすけどねぇ。中学生に気付かされるとは思わなかったっすよ、ありがとう美鶴ちゃん」

「おあいこ、ですよ?困った時はお互い様です」

 

そう言われちゃ年上として立つ瀬が無い。でも実際、それが俺たちの関係として1番合ってる気がする。

同じ未熟な立場で始まって、そこからクロを見上げて。俺も美鶴ちゃんも宮崎さんに導かれて、ここまで登って来た。その道中を共有し、同じ夢を追いかけ続けた“仲間”──という感じだろうか。

兄分の俺の尻を叩いてくれる、頼もしい妹分。それが俺の認識で、でもいつか抜かされるのかもなぁ。

 

(でも今はまだ、俺の方が先達だ)

 

だから、これ以上情け無い姿は……見せられない!

 

「明日、臼井厩舎に行くっす」

「スペシャル君に会いに行くんですか」

「今日は酷い走りをしちゃったっすから、引き摺ってないか心配なんで」

「でもそれだけじゃないんでしょう?」

 

鋭い。隠すまでも無いし、ちゃんと言っておこう。

 

「スペに聞いてみるっす。今後も俺で良いのか、俺がまだ跨って良いのか……クロほど考えてる事を理解する事は出来ないっすけど、アイツがまだ俺を許してくれてるかどうかぐらいは分かる筈っすから」

「スペシャル君なら乗せてくれますよ、きっと。あの仔も私達と同じ、クロを追いかけてここまで来た存在だから──でも生沿さん、まさかとは思いますが」

「そりゃあり得ませんよ。万一拒否されて降ろされたって、騎手である事自体はもう諦めないし……つーか、許されるまで、もう一回乗せてくれるまで粘るまである」

「それでこそ、です!」

 

そう、スペとの折り合い。俺自身が持ち直したなら、次に目を向けるのは相棒だ。

今日の騎乗の後、アイツは目に見えて意気消沈していた。クロの件の後だというのに、望む結果を与えてやれず、そうさせてしまったのが余りにも悔しい。

またお前と共にチャンスを掴めるのなら。今度こそ。

 

「私も同行して良いですか?ほら、どうせ一夜は共にする訳だから朝の支度とかも出来ますし。生沿さんの部屋の掃除も必要でしょ、私家事には自信あるんです」

「まーだ泊まるの諦めてなかったんすか、というか部屋の散らかりへの言及はやめて下さいお願いするっすよ」

 

軽口を叩き合いながら、ポケットの中の物を握り締める。クロの遺髪、故郷(にほん)に唯一帰れたアイツの一部。

 

俺に、最後の勇気をくれ。

 

悲しみに覆われたこの空を、壊せるだけの勇気を。

 

 


 

 

私は恋してる。そう自覚したのは、その夕暮れが初めてだった。

生沿健司。私の夢であるクロを誰よりも駆りこなした、歳上の男性。いつも頼りなく慌てふためくけど、でも勝負となれば別人のようにキリリと尖る目元。

普通に格好良かった。それだけで憧れた、仄かに慕い始めてた。

でもそれだけじゃなかった。頼りない、という評価自体がそもそも間違いだったんだ。

あの日。クロが倒れたあの競馬場で、彼はすぐに走って……クロを助けようとした。

誰よりも明確にクロの意図を汲んで、その判断で勇鷹さんを救った。

茫然とするしか無かった私を抱き留め、連れ立ち、日本まで寄り添ってくれた。ずっと隣にいてくれた。

……好きにならない、訳が無かった。自分もまた限界だったのに、私を想って慮って行動してくれる異性。恋しない筈が無いじゃん。

 

(でも私は、()()()()相手には見られないんだろうなぁ)

 

悔しいけど、彼が私に向ける視線はそういう物じゃない。兄が妹に向けるような──実際、生沿さんには妹さんがいらっしゃったっけ──そんな、親愛。家族愛に近くて、間違っても情愛ではない。

私がもっと成長してたら、生まれるのが早かったら、違ったのかなぁ……なんて。

 

(考えても仕方ないよね)

 

この先、私が成長したらワンチャンあるかも知れないけど……今はそうじゃない。今大事なのはそれじゃないから。

 

(走って、生沿さん)

 

意を決したようにご飯を注文し、掻き込む彼を見つめる。そうやって力をつけて、もっと輝いて欲しい。1人の女としてより、その前にファンとして、彼の煌めきを見届けたい。

 

(応援してるから)

 

クロだって、きっとそうだった。今思えばあの仔だって、生沿さんにある種の憧れの視線を向けてた気がする。

お互いを焼き合い、強く燃え盛る二つの星。ずっと眺めていたかった。でもそれが叶わないのなら。

 

(あなたは、彼の分まで)

 

どうかその道の果てに、報われますように。

 

その努力が、希望が。

 

あなたの、夢が。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

──翌日。寮から出た俺は、競馬会館*1に泊まった美鶴ちゃんと合流して臼井厩舎へと向かった。

ある意味、俺の今後の動向が決まる一日。スペは大丈夫なのか、俺をどう思ってるのか、それ次第で色んな事が変わるだろう。

そう思いながら、馬房に案内されて見えたのは……

 

『ッ、……グググルル……!』

「……スペ!?」

 

横たわり、苦しそうにもがくスペ。

悪夢に悶える、相棒の姿だった。

*1
トレセン直近にある馬主用の宿泊施設

今の所、ikzi×美鶴は淡い初恋として成就しない想定です

  • それでええぞ
  • えぇ〜
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