また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

137 / 205
劇場版鬼滅を今更見たけど、無限列車編オモシロ過ぎか


【Ep.104】霧中

ここにいちゃいけない。なんだかそんな気がした。

どこへ向かうでもなく動き出す足。歩き、足早に。やがて走り出し──

 

(違う)

 

()()()()()()()()んだ。

 

(止まらなきゃ)

 

暗闇の中で浮かんだその考えで、急ブレーキ。どこへも向かえず、どこにも留まれない。

光は、どこだ。

 

(出口が見えないよ)

 

震え出す足では、歩くのすらままならない。今向いている方向は正しいのか、間違ってるのか、そもそも正解なんてあるのかも。

 

『走る気持ちが無いんだったら、レースになんて出てくるなっ!!!』

『ッッッ!!』

 

それでも、ここにいちゃいけない。皆の邪魔になっちゃう、どかなきゃ。

でも……

 

(どうやったら、ここからいなくなれるの!?)

 

知らないよ、他の世界なんて。生まれた時から走って、そしたらティーヌさんやニンゲン達が褒めてくれて。嬉しくて、走って、楽しくて、仲間と出会って笑い合って。

それ以外の道なんて、僕は知らないもん。考えた事すら無いもん。

 

『クロ、クロ!』

 

教えて。君なら知ってる、そうでしょ?物知りで、色んな物を見て、見えてて、全て見通してたクロなら。分かるんじゃ、ないの?

僕には分かんないよ。独りじゃ何も見つからないよ、こんな暗闇の中じゃ……っ、!!

 


 

(──銀色)

 

銀の光。知ってる、芦毛が浴びた日の光。

いた、いた!そこにいたんだね、クロ!!

 

(答えを、教えて!)

 

やっぱり君は、僕に全てを教えてくれる。迷う僕を導いてくれる、君は僕のヒーロー。

待ってて。すぐそこに行くから。

すぐ、すぐ君の所に。

 

 

 

 

 

 

『スペ』

 

 

 

 

あ。

あっ、あ……!!?

 

『ぃ……イヤだ…!』

 

それだけは嫌だ。それだけはダメだよ、クロ!ダメなんだよ!!

 

『戻ってきてッ!!』

『スペシャル、ウィーク 』

 

違う、違う!

確かに行きたい、レース(ここ)じゃないどこかに。でも、それは()()じゃない。

僕はまだ死にたくない!

 

『クロも、そこにいちゃいけないよ!!』

『……』

 

離れていく。口から粘っこい水を、単なるヨダレとは明らかに違うそれを垂らしながら横たわるクロが、その場所が離れていく。

その事に安堵して、でもクロをそこから戻さなきゃいけない。だというのに、足が動かない。

怖いから。

 

(うごけ……動けよ、僕!)

 

クロを独りにするな。そう思ってるのに、なんで。

じゃなきゃ。もう2度と、彼には。

 

『ぁ──!』

 

手を伸ばしても、その刹那に消える光。何もかも手遅れなまま、再び視界は闇に閉ざされた。

 

(動けない)

 

これが、君を独りきりにした僕への罰なの?

それとも、君と同じあの場所に行くのが正解だったの?

 

(違うよ)

 

違うよ、絶対。

死ぬのは、違うよ。

なんで死んだの、クロ……!

 

『じゃあ、どうするの』

 

今度囁くのは僕の声。僕が僕の声で、僕の耳元で。

 

『何処にもいられないのに、どうするの』

『……どうしよう』

『どうするの?』

『どうすれば良いの……?』

 

 

ずっと夜。夜明けは来ない、太陽が沈んだから。

その中で。僕はずっと、ずっと。

ずーっと……?

 

 

 

「スペ!スペ、おい!!」

『っ〜〜〜……!?』

 

目を開く。最初に見えたイキゾイの顔。

飛び起きた。今のは、夢。

 

「大丈夫か?どこか悪いのか、俺変な騎乗しちまったから痛むんすか?」

『え、えぇと……大丈、夫?』

 

心配させちゃったみたいだ。そんなイキゾイの後ろにはキュームインさんがいる、クロと仲が良かったニンゲンの牝(おんなのこ)の姿も見える。不安にさせて、ごめん。

 

「あんまり無理すんなっすよ、お前も含めて皆ボロボロで……走れなくなったら取り返しがつかないっすし」

 

…走る……走、る?

僕が?

 

「うぇっ!?今度はどうしたっすか、やっぱ身体に異常が……」

「厩務員さん、獣医を呼んで下さい!!」

「いや……検査は既にやってて、異常無しなんです。なのに食欲も変に安定しなくて」

 

全身から力が抜けて寝転がる。ううん、足りないのは身体の力じゃなくて気力の方で。

 

(走りたくない)

 

目標も無いのに、どこ目掛ければ良いっていうのさ。君だってそうだよ、イキゾイ。クロはもういないんだよ……?

 

「ごめんなぁ……俺が不甲斐ない所為でなぁ……!」

 

そうじゃない。でもそれを伝える事も出来ない。

ああ、どこにも行けない。

 

(キング、スカイ)

 

二頭とも頼れない。彼らも自分の事でいっぱいいっぱいだから。

 

(グラス)

 

こんな時、彼なら叱ってくれただろうか。でも、僕と同じくらいクロが大好きだったグラスは、今どうなってるんだろう。

誰も、誰も、動けやしない。

どこにも、行けない。道が見えない。

明けない夜に、放り出されたみたい。

 

 

 


 

 

 

駆け出した。クロ君と初めて走った、毎日王冠(あのレース)でやったみたいに。

風を切る。肌を擦る大気が徐々に、寒さと熱の両方を伴って後ろに流れていく。

加速、していく。

 

(──もう少し)

 

あと、もう少し。

 

(……)

 

ユタカさんからの反応は無い。それでも、私は伝え続ける。

 

(あと、一歩)

 

それでまた辿り着く。

恋い、焦がれ、憧れ続けたあの世界。

ずっと夢見て、かつてそこにいて、そして───

 

 

 

 

怖がった、世界

 

 

 

 

 

ボギャッ

 

 

 

 

 

 

 

 

『まだ、だっ!!』

「ッ……え!?」

 

惑うな。全て幻だ、痛みも苦しみも、纏わりつく暗闇も!

 

(私が抱く、恐れが作っただけの物……!)

 

視界から闇が消える。完全にではなく、まだ私の身体にしつこく纏わりついてるけれど。

だって、まだ怖い。今も加速してる、その先にはきっとあの激痛が待ち構えてる。そのギリギリの境界線を見極めなきゃ、また繰り返しになる!

そして、今度は誰も助けてくれない……っ!

 

(甘ったれるな!!)

 

弱音を吐く為にここにいる訳じゃない。泣きじゃぐる為だけに、みっともなく足掻いてるんじゃない!

返り咲くんだ。エアグルーヴを制した私に、ユタカさんと駆けた私に、クロ君が憧れてくれた私に!!!

 

『だから、ユタカさんっ!!』

 

貴方が()()。貴方が居るから、要るから、私は走れる、走らなきゃ。

そうだから貴方も、私に跨ってくれたんでしょう!?あの白銀へ報いる為に!!

 

『応えてッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は……スズカ、僕は………!!」

 

彼の声が聞こえた。僕の手を求めていた。

なのに、僕は。

 

「………すまない…!」

 

手綱を引いた。

 

 

 

怪我させたくなかった。でもそれだけじゃない。

俺が、怪我したくなかった。

 

 

 

臆して、退いた。

 

 

 

 

気付けば、目の前にあったのはカクテルグラス。見回せば人気の少ないカウンター席、僕1人。

……調教に参加した後、どうやら僕は行きつけのバーへ自棄酒しに来たらしい。そう思った瞬間には、無自覚の内に目の前の酒を空にしていた。

何杯目だろうか?何にせよ、止められそうも無い。

 

「……あ゛ぁ」

 

気遣わしげな視線が飛んでくる。方向的に店主、でもそれに頓着出来るだけの余裕は無い。無言で突き出した杯へと、次の一杯を催促。

トポトポと注がれる。とめどない液体の音、そうだ。あの時。俺が文字通り()()()()()あの時。

 

呼び声に目を開き、最初に見た。クロスの口から、零れ落ちる赤い液体。

 

「うう゛ゥ……ッッ!!!」

「うわっ!?」

 

ビキィ、と音が鳴った。同時に指を伝う冷たい何か。見れば、ひび割れた杯とそこから滴る酒、怯える店員の姿。

 

「……弁償する」

「え」

「するから、次のに注いでくれ……!!」

「は、はい!」

 

酷いな、と思った。マスコミに取り上げられたら終わりだ、いやいっそ終わった方がマシか?そうすれば、彼からも羨望も失望に塗り潰されて。関わらずに済むか?

もう終わりだよ。拓勇鷹という騎手も、その名声もブランドも、何もかも。

あのロンシャンの芝の上で、彼の命と共に───!!

 

「そこまでだ」

 

そうやって、テーブルを叩こうと振り上げた腕を掴まれる。声には、聞き覚えがあった。

 

「海老奈」

「孝四郎君からここにいるって聞いてな。俺も付き合わせてくれ、やってられないのは同じだろ」

 

程度の差こそあるがな、と言いながら隣に腰を下ろす同僚。呆気に取られた事で幾らか冷えた頭が、しかし次のアルコールを求めてガンガンと疼く。

 

「スペシャルウィーク、負けたよ」

「……」

 

バレている。見に行かなかった事、それどころかそれに関する情報すら集めてない事も。

ギロリと睨むと、目を逸らされた。

 

「生沿君とは、一回も会ってないそうだな」

「どのツラ下げて会える」

 

やめろ。彼の話だけはやめろ。師匠ヅラしていた過去の自分を殺したくなるから。

 

「愛馬を奪ったんだぞ」

 

2度と彼は、乗れない。

クロスクロウは、生沿君を乗せてあげられない。

あの最高のコンビを、引き裂いたんだぞ!

 

「任されたんだ、あの鞍を!生沿君もクロスも僕を信じてくれたんだ、なのにこのザマだ!!」

「………」

「恥じるなと言う方が、無理だろう……!!」

 

僕は明らかに致命傷だった。地面に激突する寸前に自覚出来るぐらい、火を見るより死が確定した速度と角度だった。実際僕の意識はそこで完全に途絶えた。

そのまま2度と起きる事なく、尽きる筈だった命を──クロスに、庇われた。

彼自身の命を燃やす為の火種を、注ぎ込まれて。

 

「分かるだろう海老奈?あの時、()に注ぎ込まれたのは──本来、()()()()()()()()()()()()()為の“何か”だったって!!」

「っ……」

「譲られたッ!2択で、俺を選ばさせてしまった!!!」

 

屈辱だ。クロスにじゃない、そんな選択を迫った自分の貧弱さに対する。

 

「何が天才だ、何が助かって良かっただ!!」

「勇鷹、それ以上は言うな!俺はお前が助かって──」

「お前の想像してるような事じゃない!」

 

死ぬべきは俺だった、なんて口が裂けても言わない。クロスはそう思わなかったからこそ俺を生かしたんだ、その遺志は無駄に出来ない。

でも……心の底からそう思えるかは、また別の話だろう!?

 

「俺が受け身さえ取れてれば……!」

 

悔やんでも悔やみきれない。あの日、何故信じてしまった?クロスの適応力を信じ過ぎた。彼はもうロンシャン芝をモノにしたのだと、それを邪魔さえしなければと思い込んだのは何故だ?明らかに俺の判断ミスだ、それが事故を招いた。

仮に信じたとして、何故満足に動けなかった?転倒時に適切な動きが出来なかった?クロスの精神に引き摺り込まれてたなんて、何の言い訳にもなりはしない。自分を保てなかった不甲斐無さが一層増すだけだ。それが、僕達人馬が両方とも死に瀕する事態を招いた。

 

気付いていれば。

 

止めれていれば。

 

動けていれば!

 

「僕がしっかりしてれば、防げたんだ!!」

 

今度こそテーブルを叩く。手の痛みなんて気にならない。クロスはもっと痛かっただろう、苦しかっただろう。

 

「何も、してやれなかった……」

 

生き残ったのは無能な方。何が天才だ、何が助かって良かっただ。

クロスが生きてれば、今後も多くの人馬を救い続けたと。そう思わずにはいられないんだよ。

 

「勇鷹」

 

何だよ海老奈。慰めの言葉は要らないぞ。

 

「マンボって鳥がいる」

「は?」

 

何だ?急に何の話だ、鳥?

 

「ヨウム……まぁ大方、どこかの飼い主かペットショップから逃げ出して野生化したんだろうが、エルと仲良くなって馬房によく来るんだ。エルを家族みたいに見守る様から、アイツの父であるキングマンボに倣って厩舎の人がそう名付けたんだが」

「それがどうしたんだよ」

「お前にも無関係じゃないぞ。どうやってかエルの遠征にもついて来てて、あの事故の時だってエルに寄り添ってたんだ。クロスとも仲が良かったんだろうな、離されそうになったら抵抗してた」

「っ……」

 

そのマンボとやらは、クロスと親しかったという。という事は、彼らの仲もまた僕が引き裂いたという事。

彼らだけじゃない、スペシャルもクロスを慕っていた。グラスワンダーを含む同期の馬も親しげな様子があったと聞いている、そんな彼らの絆を俺は。

 

「勝手に落ち込むな。本題は次だ」

「これ以上何が、」

「俺が帰国する時、手荷物鞄に入り込んでたんだよ。マンボが」

「……は?」

 

どうやって所持物検査を通り抜けたとか、そもそもどうやって入り込んだとか、色々疑問が浮かぶ。海老奈もまたそうだったようで、肩を竦めて続けた。

 

「ふと忘れ物が無いか気になって開いてみたら、二の腕くらいもある鳥と目が合ったんだからたまげたよ。声を出さなかったのが自分でも不思議だ」

「で、どうしたんだ」

「……そのまま連れ帰って、美浦で放したよ」

 

それは……確かに興味深い話ではある。笑い話ならオチが欲しいが、しかしそんな話をする空気じゃなかった筈だ。

海老奈の次の句は、そんな俺の無言の問いに答えるように。

 

「不思議じゃないか?マンボは本当にエルと仲良く寄り添ってたんだ、海外遠征中はずっと。クロスが一旦帰国した後なんか、本当に気がつくと一緒にいた」

「……?」

「そんなマンボが……なんで、エルを置き去りにしてまで、俺の手荷物に潜り込むなんて危ない真似までして、帰国を焦ったんだろうな」

 

彼の口ぶりから、エルコンドルパサーとマンボの仲の良さは伝わってきた。だからその疑念に関してもある程度は共感出来る。

実際問題、何故?その答えはすぐさま示された。

 

「これは俺の推測なんだけどさ。マンボは、伝えに行ったんだと思う」

「……クロスの、死を?」

「ああ」

 

瞬間、海老奈の目が鋭くなる。彼が睨んだのは彼自身が煽った酒の水面、だがその鋭利さに俺もまた息を飲まされた。

 

「遠征前から、よく発見報告は上がってたんだ。グラスワンダー、セイウンスカイ、キングヘイロー、そしてスペシャルウィーク……その馬房に、マンボと思しい鳥の姿を」

「まさか、彼らに一刻も早く伝える為に」

「それが1番大事だと、マンボは判断したんだ」

 

1番の友から離れてまで、死という重い現実を背負って。海を渡った?

鳥が?エルコンドルパサーの為に、クロスに関わった馬達の為に?

 

 

──俺は。

 

 

「マンボは多分やるべき事を果たした──ここでさらに、最後の疑問なんだがな」

 

海老奈の問い掛け。

それが、号砲となる。

 

()()として、俺達がやるべき事って……何だろうな」

 

瞬間、店を飛び出していた。何にも頓着してる暇は無かった、それが俺のすべき事だったから。

何を置いても、何よりも先に、彼の下へ。

俺を求めてくれた、(スズカ)の下へ!!

 

 

「野郎払わずに行きやがった!」

「良いですよ。彼のツケにしときますから」

「すみませんね店長。……っ、はぁ。俺もエルに寄り添えればな」

 

 

 

 


 

 

 

信じて貰えなかった。馬房で思い出すのは今日の調教(リハビリ)、限界を越えようとした私をユタカさんは止めてしまった。

当然だ。あの日私は確かに怪我して、死にかけたんだから。またそんな事になる前に、ユタカさんが阻むのは当然だった。

けど。

 

(それでも、走るんだ)

 

信じて貰えないなら、信頼を失ったなら、取り戻すまで。

危険なのは分かってる。そこにユタカさんを巻き込むのが傲慢だというのも分かってる。その上で、私にはやっぱり彼しかいないんだもの。

 

(大丈夫)

 

根拠なんて無い。無理矢理にでも信じ、自分に言い聞かせる。私は走れる、ユタカさんと走れる。

クロ君が憧れてくれたように、また走れる……!

 

「スズカ!!」

 

その時だった。

聞こえた、来てくれた。私が待ってた、1番聴きたかった声。

 

『ユタカさん…!』

「スズ、ウプッ、ごめ、ウォロプッ」

『って大丈夫ですか!?』

 

なんか変な臭い(アセトアルデヒド)を撒き散らしながら、覚束ない足取りで歩いてくる!?

でもその目は確かに、私を見据えていて。それは私の知る、強くてしっかりしたユタカさんで。

 

「すまなかった、スズカ」

 

息を整えた彼の手が、私の頬に。私もそれに応えて。

これだ。この感覚を待っていた、貴方と心を寄せ合うこの時を。歩み寄れ合えるこの時を!

 

「今度こそ君を信じる。だからまた、俺を信じてくれないか……!」

『はい!!』

 

その言葉だけは、しっかりと聞き取れた。かつてそうだったように、そしてこれからも。

 

 

二度と、貴方を疑うものか。

離す、ものか。




【マンボのヒミツ】
2000年以降は海老奈仁義の家によく立ち寄って実質拠点とした。海老奈も餌や寝床を常備し、実質的に彼の放し飼い状態となる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。