また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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【Ep.105】夢中!

コースに立つ。

 

(今日が勝負)

 

勇気を出す日。私だけではない、ユタカさんだけでもない。

一頭と一人、一緒に。

 

「大丈夫なのか、勇鷹」

「それを確かめに行くんです」

「……すまない。調教師だというのに、計りかねてしまって」

「仕方がありません。約束は守らなきゃいけない、けど絶対守れるとは限らない……僕はもう、2回も破った」

 

ユタカさんと調教師(ニンゲン)さんが話してる間、私はコースを注意深く見渡していた。ぐるりと一周、走り切る自分をイメージする。

何度でも、何度でも。今度こそ。

 

(いつも立ち止まってしまう最後のカーブを、突き抜ける)

(いつも止めてしまう最終コーナーを、通過してみせる)

 

あそこさえ越えられれば……立ち竦む自分さえ超えられれば、そう望みを抱く。さぁどうなるか、希望となるか絶望となるか?

 

(走ってどうなるの)

 

その時、頭の中に声。何の事は無い自問自答だった。

 

(クロ君はもういないんだよ)

 

約束は果たされない。私がノロノロしていた所為で、彼は私を置いていってしまった。

なのに、何でまだ走るのか。破られた誓いに何の意味がある?

 

(違う)

「破ってしまったからこそ、拘るんです」

 

愚かな話。取り返しがつかなくなって、だからこそ一層執着するなんて。

それでも、このままじゃ終われないんだ。

 

「スズカは諦めてない。なら俺も諦めません、貴方達もそうでしょう?」

「……ああ」

「ならそれが全てです。その前の()()()()約束に頓着してられない」

 

私を待ってる誰かがいる。私達の復活を望んでくれる誰かがいる。

それはエアグルーヴかも知れない、黒鹿毛(スペシャル)君かも知れない。フク君かも知れないし、下手するとステイゴールドだって……数え切れないニンゲン達も。

具体的に誰かなんて関係ない。私はその全てに対して再起を誓った、だから!

 

「『“今”の約束を守る為に、何度でも挑むんだ……!!』」

 

夢破れても、約束を破ってしまっても、それでもと。

その事を恐れて夢を捨てるなんて、未来を約束しないなんて。そんなの、生きてるって言えないから!

 

「……多くは言わない。ベストを尽くして、取り戻してくれ!」

 

調教師さんが手を振り上げた。準備の合図、単走。私の視界に、幻の鉄格子(ゲート)が浮かび上がる。

さぁ、タイミングは覚えてる。頭の中にある記憶を導火線として、体に思い出させろ。

 

3。

 

2。

 

───っ、1!

 

「スタート!」

 

その瞬間、飛び出した。いつぶりだろうか、会心のスタートダッシュだ。これ程のは、それこそ本当に12度も月を遡らなきゃいけないぐらい久し振りだろう。

 

(向かい風……)

 

望むところ、だなんて余裕は無い。ただでさえ走る感覚が衰えてるし、強い風を受ければ速くなるのを嫌でも感じる。速く感じるという事は()()()を思い出し易くなる。

思い出すという事は、つまり……いや、だからこその“望むところ”でもあった。

 

『あの時の私を、乗り越えるんだ』

 

より強く前を意識した。以前はいつもそうしていたように、でもより強く。微かに“景色”が垣間見えて、消えた。

これをもっと、長く続けられるように。

 

「大丈夫、大丈夫だ。余裕はある。タイミングも分かってる」

 

ユタカさんの声は、私に言ってる?それとも彼が彼自身に言い聞かせてる?

でも首筋に添えられた手は間違いなく、私と心通わせようと努めてる証。なら私だって!

 

(私はいけるよ、ユタカさん)

「……そうか」

 

伝わったかな。前はもっと素直に通じ合えて、あの頃にまた戻りたい念が強まる。頑張る理由をまた一つ取り戻した。

一つ、一つ、また一つと戻していく。コーナーへ。

 

(あの時だったら)

 

本番なら。ここで更に突き放す。後ろにいる他の馬達、その足音を遠ざけるタイミング。

その為には勿論、足に力を込める必要がある。足に力を込めるには根性が要る。今の私に、それはある?

 

「任せて」

 

ああ、そうだった。独りじゃない。

私に根性が無かったとしても、ユタカさんがいる。

姿勢を変えたのか、体全体が軽くなる。あんなに焦がれ馴染んでいたコンビの形に、少しずつ戻っていく……!

 

「……向正面だ。見えてきたぞ」

「っ!」

 

でもその興奮も一瞬。視界に映る直線、その奥にある場所。

あの日、私が挫けたのは、ここに当てはめるなら、きっとあの辺り。

 

(……怖がってられない)

 

これは勇気?それとも無謀

どっちにしろ、もう止まらない。止まれないんじゃない、自分の意思で“止まらない”。

 

(私に託された意味を、果たす為に)

 

私自身が走りたい、それは勿論ある。走るのは本来楽しい筈だから。

ニンゲン達の期待に応えたい、それもある。私を甲斐甲斐しく世話してくれて、脚に気を遣ってくれて、走れるよう入念に準備してくれる。その思いに応えたい。

ライバル達と競いたい。エアグルーヴと走った記憶が、フク君と走った記憶が、更に後に続いてくる後輩達との競走を欲させるから。勝ちたいから。

でも、何よりも大きな物がある。

 

(クロ君)

 

君はどうして。

 

(私を、助けてくれたの?)

 

 

 


 

 

 

何故クロスは俺を助けたのか。

スズカを救ったあの奇跡。自分に使えば良かったのに、俺に使って。その結果、彼自身は黄泉の彼方へ旅立ってしまった。

何故だ?

 

(俺のせい……だなんて、自責してる場合じゃない)

 

お前も多分、そう思ってるだろう?なぁ、スズカ。

俺もお前も同じなんだ。救われた。助かってしまった。クロスによって掬い上げられた命だ。

 

(……なんでだろうな)

 

クロスは俺達に、何を望んで救済を託したんだろうな。

何を俺達に見たんだろうな。

 

『……私だって分かりませんよ』

 

その時だった。微かに、スズカの思いが伝わった。分かった。

あの時と同じコンディションに至りつつある証拠。高揚と同時に恐怖を覚え、でも噛み潰して冷静に。

 

「栓無き事だってのは承知の上さ」

「せん?」

「考えても仕方が無い、って事。当のクロスには、もう聞けないから」

『それでも、気になってどうにもならない』

「……だよなぁ」

 

スズカも同じ事を、クロスについて考えてたから繋がり合えたんだ。それを維持して、でも走りにも集中したまま。綱渡りのマルチタスク。

僕自身の感覚もまた、あの凱旋門の前のそれを取り戻しつつある。

 

「──ただ」

「ただ、何だい?」

 

その時、ふとスズカが。

 

「走り続けてくれって、言われたの」

 

………そうか。

それを君は、それだけを君は。

 

「望んだのか」

 

クロスクロウ。

俺達に、君は。

 

 

 

 

先頭の景色

          Lv.1

 

 

 

 

「俺達に、夢を見てくれたんだな」

 

夢。

ユタカさんからその想いが伝わった時、全てが腑に落ちた。そうか、夢か。

クロは、私達に夢を見てたんだ。

 

『きっと、全部見えてたんですね』

 

彼には、彼の目には。

私たちの辿る未来の、全てが。

あの日、本来、私がどうなったかも。

ユタカさんが、どうなったかも。

 

「だから、“夢の続き”をくれたんだ。きっと」

 

ねぇ、クロ君。君は見たかったんじゃないの?

私達が走り続ける姿を。

あの日に終わりを迎える筈だった私を、あそこで終わりにしたくなかったんでしょう?

 

(だから会う度に、念入りに)

 

走れるか。

大丈夫か。

逃げ切ってくれ。

何度も何度も、そう言ってくれたんだね。

 

『ありがとう、クロ君』

 

ありがとう。そう何回言っても足りない。

走れるよ。私、走れるよ。

今だってホラ。あんなに怖かったコーナーを、あっさり過ぎ去った。トップスピードで、まだ全盛期には遠く及ばないけど、それでも全速力で。

あの大欅(大きな木)のあったであろう場所を、容易く。

 

「君に、君にこそ……!」

 

うん。うん。

私もそう思うよ、ユタカさん。

何よりもこの景色を見たがってくれた彼にこそ、見せたかったよ……!

 

『私がユタカさんに夢を重ねたように』

「俺がスズカに夢を掲げたように」

 

君が皆に、夢を見させてくれたように!

 

「『君に夢を見せたかったなぁ……!!』」

 

SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka

SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka

先頭の景色は譲らない…!

          Lv.0

SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka

SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka

 

もう叶わない。それでも届くように、届かせるように。

私達に贈られる歓声が、もういない君へと聞こえるように。

 

「あぁ───!」

 

ね、ユタカさん。

泣いてる場合じゃないよ。私だって我慢してるんだから。

でも、うん。そうだね。

 

「頑張ろうなぁ……!!」

「うん………!」

 

夢を駆ける。夢の続きを駆け抜ける。

その道が報われるまで、彼の遺した祈りに報いるその日まで。

 

 


 

 

眠くならない。

お腹が減らない。

だというのに意識は暗くなるし、何か喉に通したくて仕方がないし。満腹なのに気付かなくて、苦しくなったりも。

イキゾイには、悪い事しちゃったな。僕が呻く度に寄り添って、お腹を撫でてくれた。彼の時間を無茶苦茶奪っちゃった、ごめんね。

ああそうだ、毎日イキゾイと一緒に来る……ミツル、だっけ?僕に構わない方が良いよ、心配するだけ無駄だよ。だって、多分治らないもん。

クロは、帰ってこないもん。

 

夜は、明けないもん。

 

 

 

ずっとずっと暗いまま、そう思ってたある日の事だった。

いつも通りに暗闇の中、迷い続ける夢の中で。

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

見えた一筋の光。

新緑の風が、通り過ぎた軌跡。

 

「……!」

 

思わず辿り始めた。だって、だってこれは!

 

「栗毛先輩!」

 

走ってる。先輩が全力で走ってる、そうじゃないとこの軌跡にはならない!走れるようになったんだ!

まだ姿は見えないけど、この先できっと……

 

「走っ、て」

 

走って。

走るって事は。

 

『人間の所為で殺されるんだよ、遅かれ早かれ俺達は』

 

現れ、一瞬で掻き消えたのはステイゴールド先輩の幻影。違うよ、それは違うよ先輩。人間だって命を賭けてる。

───で?

 

(結局、僕達が危険に晒されてる事実は変わらない)

 

僕はそれ自体に反意は無い。もうユタカさんやイキゾイの覚悟を疑う事は無いし、そのつもりも無いから。けど、他の馬がそうとは限らなくて。

栗毛先輩が怪我を乗り越えた、それは良い。けどまた走ってるって事は、また怪我する未来に突き進んでるかも知れないって事で。

その延長線上には、ステイゴールド先輩が言ったように、死が待ち受けていて。

クロはそこに、辿り着いてしまった。

 

(……祝えない)

 

祝ってあげられない。治って良かったですねって、そのたった二言三言が言えなくなっていた。死んで欲しくないから。

 

「どうしよう」

 

やっぱり、この意見に最後は行き着く。何も分からない、何も選べない。やっぱり僕は、クロがいないとダメなんだなって。

情けないなぁ、僕。

 

「ああ、もう……!」

 

ポタポタと滴。どこから?僕の目から。

本当に惨めだ。こんなんじゃ(おとこ)なんて名乗れやしない、クロから日本(ここ)を任されたのに立ち上がれない。誰にも顔向けなんて、出来る筈が無い。

ずっと暗がりで、ずっと泣くしか………

 

 

「……黒鹿毛君」

 

その時、光が僕の横を過ぎ去った。一瞬の事で、気付いたのは数瞬遅れての事。

二、三歩過ぎ去ってから、その光は減速。僕の少し前で止まる。そっか、僕たち馬が走るのはコースだもんね。この暗闇の中でもそれは変わらないんだ。だから、僕がちんたらしてる間に、あなたは一周してしまったのか。

 

「走れるように、なったんですね」

「ええ。ユタカさんと、クロ君がいたから」

「良かった」

 

あっ、思ったより素直に言えた。走る先輩の横顔が綺麗で見惚れたからかな、やっぱり走ってなきゃって思えたのかも。先輩にとっては、走る事が正解なんだね。

……僕は、どうなんだろ?

 

(ああ、そうだ)

 

先輩が走るなら。()()を渡しとかなきゃ、だよね。

そう思って僕は、自分の胸に手を突っ込んだ。痛みは無い、苦しみも無い、不思議なくらいにあっさりとそれは取り出せた。栗毛先輩はその様子にびっくりして固まっちゃったけど。

 

「な……何してるの!?」

「何って、やだなぁ。これは元々先輩の物じゃないですか」

 

それを返すだけですよ。

天皇賞春(あの日)、スカイの策に弄された僕を助けてくれた先輩。その大逃げの力。

 

「今の僕が持ってても、しょうがないので」

 

だったら活かせる相手に。そう思えば、今手元にあるこの光を渡す事に何の躊躇も後悔も無い。クロだってきっと、同じ状況になったら同じ事をすると思う。

これで良い。これで良いんだ。先輩は先に進んで、僕はここまでで、それで───

 

 

 

 

パシッ

 

「───ぁ」

 

頰を打たれた。それを知ったのは、痛みを感じるより先に、揺れ動いた視線と()()を閃かせた先輩を知覚したから。

 

「なん、で、」

「しっかりしろ、スペシャルウィーク君……!」

 

何で僕の名前を知ってるの?

何でそんなに怒った顔をしてるの?

何で悲しい気持ちを纏ってるの?

 

「そんなだらし無い君から力を譲られて、私が満足すると思ったの?」

「でも!」

「でもじゃない!そんな姿のままじゃ、誰も報われない。他ならない()が、浮かばれない!!」

 

……分かってる。

 

「分かってますよ、そんな事は……!」

「だったら何故!!」

「分かった所でどうするんですか!?目指す道が見えないんじゃ、着くべき場所を知らないんじゃ、動きようが無いじゃないですかッ!!!」

 

道標の無い場所で彷徨ったって、一層惑って終わるだけ。そんな有様で動くなんて出来る訳ないじゃん!

……そんな僕の悲鳴に、先輩は。

 

「迷っても良いじゃないか!!」

 

え……?

 

「迷っても、良い?」

「迷わなきゃ、探さなきゃ道は見つからない。迷う事を怖がってちゃ、ダメだ!

 

迷わなきゃ、見つからない。言われてみればその通りで。

そうか、そうだった。僕の周りは皆そうだった。

グラスは自分で怪我から復帰した。スカイだって、クロ(目標)がいないまま菊花賞を勝ち切った。エルも、何度負けてもへこたれなかった。

特に、キング。彼は一度だってブレない、揺るがない。今だって彼が一番平静を保ってて、クロは彼のそういう所を好いてたっけ。

皆、迷いながらも自分の道を探し続けてた。

………僕は、どうだ?

 

「君のゴールはそこで良いの?」

 

違う。

 

「クロ君の示した道を行くだけが、君の馬生なの?」

「違う!!」

 

そうじゃない。そんなんであって堪るか!

僕は、僕は……!

 

「くっ……そぉぉぉぉ!!」

 

自然と罵倒していた。自分を取り巻く全てが悲しくて、悔しくて。

でも、それだけで心が澄んでいく気がするのはどうして?

 

「君は君の足で立つべきなんだ」

 

見上げれば、栗毛さんの姿。彼の背後には、もういつの間にか暗闇ではなく青空が広がっている。

 

「立てば、そこが居場所になる。進めばそこが道になる。()()()()()()()()()()()

「……ああ」

 

そうだった。クロはいつだって、誰にも予想出来なくて。つまり誰も知らない道を行って、気づけば僕たちもそれに続いてた。そうか、クロがしてたのはそういう事だったんだ。

決して楽な道じゃない、自分で切り開く。けど、それこそがきっと。

 

「生きるって、事なんだ」

 

なぁんだ。もう示してくれてたんだね、クロ。

 

「……でも、決めるのは君自身だよ」

「分かってます」

 

少なくとも自分では、もうそのつもり。独り立ちしなきゃ、その時が来たんだ。

 

「最強になるって誓ったから。日本をよろしくって、言われたから」

「……君も、そうだったんだね」

 

“も”?ああ、栗毛さんもそうなんだ。クロに託されたんだね。

 

「私は夢を。君は約束を」

「僕は僕の道を、先輩は先輩の道を」

 

自分の足で、進んで。

この(まえあし)で、掴み取るまで。

 

「………ッ!」

 

握りしめた手を見てたら、視界が滲んだ。重いよ。重過ぎるよ。やっぱりもうちょっと、ほんのもうちょっとだけでも、一緒に背負って欲しかったよ。

早過ぎる。

 

「本当に、そうだよね」

 

栗毛さん。あなたも?

 

「うん。本当に酷いよ……置いてかれちゃ、勝ちようが無いじゃない」

 

その通りだ。酷い逃げ方だ。

僕も勝ちたかった、ううん、僕“が”勝ちたかった。君に夢を見て、夢中になって、だからこそこの脚で抜き去り超えていきたかったんだ。

 

「でも、もう進まなきゃ」

 

ええ。ずっと悔やんでても彼は帰って来ない。何より、悲しんだままじゃクロが可哀想だ。

送ってあげよう。僕の中のクロを、僕なりの弔いで。

出来るかな?

 

「もう大丈夫?」

「はい!栗毛さんは?」

「ユタカさんのおかげでなんとかね」

 

そっか、ユタカさんも頑張ってるんだ。じゃあ僕も、頑張ってるイキゾイと一緒にやっていこう。

クロにはもう会えないけど、約束はまだ生きてるから。果たして、送ろう。

君が心置きなく、旅立てるように。

 

「……そろそろ時間みたい。また機会があったら会おうね、スペシャルウィーク君」

「スペで良いですよ、栗毛さん」

「じゃあ、スペ君。元気で」

 

去っていく背中。でも手を振るだけじゃ、どうにも収まりが悪い。

言いたい事を一つだけ。

 

「頰、痛かったです!」

「!それは、その、ごめんなさ、」

「だから()()()させてもらいます」

「へ?」

 

何首傾げてるんですか。僕達で、やって、やり返す事なんてただ一つでしょう?

 

「レースでまた、会いましょう!!!」

「……!ははっ、望む所───!!」

 

 

 

 


 

 

 

そこで飛び起きた。

正確には、飛び起きようとした。

 

「Zzzzzz……」

『……イキゾイはさぁ』

 

いつの間に入り込んだのやら、僕の腹を枕にして寝こけてる。でもそれは、削れてた僕に寄り添える程、彼は回復していたという事で。

僕も今、そこに追いついたよ。ほら起きて。

 

「んぁ……?あ、スペ。もう大丈夫っすか」

『うん。もう、多分』

 

鼻息を吹きかけると、彼もまた目を覚ました。寝ぼけてないようで何より。

……多分きっと、大丈夫。まだどっちに歩き出すかも決めてないけど、でも歩き出すって決めたから。

 

「そうか。それなら、良いんだけどさ」

『心配かけてごめん』

「良いってば……ところで少し、話があるんすよ」

 

なになに?詳しい事までは聞き取れないから、なるべく簡潔にお願いね。

するとイキゾイは、真剣な表情をして。

 

「俺、まだお前に跨ってて良いっすか?」

『……当たり前じゃん』

 

まさかとは思うけど、前のレースで負けたのをまだ引きずってるの?それを言い出したら僕にも落ち度あったし、やめよーよ。ユタカさんも良いけど、今の僕は君がいいの。

 

「わふっ……ス、ペ?」

『誰よりクロに近かった君だから、いいの』

 

傷の舐め合い、ってつもりは無いけどさ。同じ思い出を共有できる、そんな相手なんだよイキゾイは。それにクロを悔しがらせたいんだ、『俺の相棒なのに』って。散々してやられたんだもの、それぐらいの仕返しは許されるだろうしさ。

だからもっと頼って、頼らせてよ。

 

『相棒、でしょ?』

「!!」

 

顔を擦り付けながらそう言ったら伝わったのか、抱きしめ返してくるイキゾイ。うん、それで良い。ここからお互いやり直そう、1から。

クロの弟分ではなく、一頭前(いちにんまえ)のスペシャルウィークとして。

クロの片割れじゃなく、一人前のイキゾイとして。

 

「……次のレースはな。俺とクロが初めて挑んだ大舞台なんすよ」

『……へぇ』

 

そうなんだ。なんか、燃えてきた。

静かに、でも確かに、心の内でメラメラと。

 

「勝とうぜ、スペ。あの日のクロを超えて行こう」

『うんっ!!』

 

さぁ、待ってろ皆。待っててクロ。

日本一(さいきょう)になる馬の復活を、見せてやる。




───99年、秋の天皇賞。
スペシャルウィーク、逆襲のラン。


本当の敵は、諦めだ。
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