【Ep.109】十五!
──勝利騎手インタビューです。生沿騎手、おめでとうございます!
「ありがとうございます!昨年のリベンジが出来て良かったです……ああいえ、あの時俺たちは勝負を投げ出したのに、そのリベンジっていうのは烏滸がましいかも知れないですけど」
──しかし、秋の天皇賞を2回目の挑戦で制覇とは、これもまた大記録ですよ!何よりスペシャルウィークとコンビを結成してからの初勝利でもあります、この大舞台で!!
「ええ、その意味でも本当に勝てて良かったです。良縁に恵まれました。人にも……馬にも、本当に」
──……見事な走りでした。暗雲を払うような、鮮やかな差し切り芸でした。レース中、ここが厳しかったとかそういうのはありましたか?
「そうですね、一番考えてたのは、どうやればスペの力を最大限まで活かせるかって部分でした。なのでコース取りも、馬群を突っ切るよりいっそ大外ブン回しで、アイツは多少の距離ロスなんて意に介さないっすから。その点がある種繊細だった
──“そこ”、とは?
「すみません、ちょっと……そこを詳しく話すと、興奮とかで止まらなくなりそうなんで。“重なろうとする過去との戦い”だった、とだけ。振り切れたと思うので次は大丈夫です、はい」
──分かりました。では最後n「ただ」……ただ?
「すみません。振り切ったって、今言ったばかりなんですけど…
…やっぱり、クロが背中を押してくれたのかなって……!」
「やられちまったなぁ……」
あの凱旋門から1ヶ月弱。俺はテレビで見てただけ、それしか出来なかったけど。
……その瞬間だけは、目に焼きついていた。
ホクトベガ。
俺が死に追いやったアイツと、彼は、同じ道を辿ってしまった。目にして、思い出さずにはいられなかった。
出来る事は本当に無かったのか?こんなにも似た状況と条件が整ってたのに、なんで気付けなかったんだ。
経験がある俺が止めるべきだったんじゃないか、って。じゃなきゃ、アイツに顔向けできないじゃないかって。
そうやってウジウジしてた俺に、生沿君は。
「“俺達の背中を見てて下さい”って…生意気な」
ボヤいてはみるものの、目の前で成し遂げられちゃ為す術も無い。事実、俺はこの目を覚まさせられてしまったんだから。
悪夢を祓う、鮮烈な流星だった。
「情けないままじゃ、いられないか」
過去は過去。ただ今に輝く光を見ろと、そう言われた気分。確かにその通りだけど、後輩に説教されてハイそうですねと従ったままじゃ、先達として不甲斐ない。スカイにも、それこそホクトベガにだって顔を向けられないよ。
だからリベンジしないと。調子に乗り始めた若造の鼻っ柱を、感謝を込めて叩き折らなきゃ……な!
「ですよね、奥分さん!」
「私はそうじゃないなぁ」
「あれーっ!?」
そうだな!と賛同される流れを想定してたら、返ってきたのはまさかの否定。アテが外れて須っ頓狂な声を上げてしまう。
「お、俺、何か間違ってましたか?」
「いや。君の方が正しいよ、騎手として。問題があるのは私の方だ」
「それはどういう……」
問おうとしてやめた。ある種の決意、それを秘めた瞳の前に無粋と悟ったからだ。
何かしようとしてると、そう察するには容易過ぎて。
「私はもう行くよ。ちょっと寄らなきゃいけない所が出来た」
「奥分さん、何するつもりですか」
「君には無関係だよ、縦峰君。私はただ——少しだけでも、清算しに行くだけだ。僕自身の恥と——」
——
そう告げて去っていく彼を、俺はこれ以上呼び止めなかった。これ以上踏み込んでくるなという拒絶と、何よりその必要が無かったから。
彼もまた、彼自身の抱える物と向き合おうとしている。肝心の内容は分からないし何たってかの
だから見送った。彼が臨むその道筋に、光明がありますようにと祈りながら。
奥分幸蔵は後悔の中にあった。
騎手としての根幹すら揺らいでいた。あの日見た紅蓮の景色は、そうさせて余りある物だった。
(何が“舐めるな”だ)
あの日、生沿に叩きつけた言葉。それすらも悔恨の波に呑まれて融けている。
あれが最後の、クロスクロウとまた会うチャンスだった。
(耄碌しちゃいない、だ?どの口が言う)
否、そんなものは最初から無い。あの日、彼の中に生沿からクロスを譲られる選択肢など無く、そして唯一妥協できる勇鷹の手に委ねられた時点で奥分の介在できる余地は無かった。だがそれでも、自分が乗っていればと。
(救えたかもしれない、だなんて……大それた事は考えないけどさ)
もっと別、もっと前。
先行策を、教えてやれていれば?
もっとクロスと、主戦騎手を交代させられるまでも無いくらいに息を合わせていられれば?
救う云々以前に、運命を変えられた筈だ。マティリアルのような悲劇の轍を、歩ませずに済んだ筈だ。
……そんなIFを思い描きたくなるほどに、凄惨な現実。ハッキリ言おう、伝説たる彼ですら心折れていたと。
(なぁ、トウさん)
想いを馳せるは、先立たれたかつての朋友。全てを見通していたその視線に、また縋りたくなって。でももういない。
(クロスは最後に、何を思って逝ったんだろうな)
己をこうなるまで走らせた自分達への怒りか、恨みか。楽な勝ち方をさせてあげれていれば、あの自由で思いやりに溢れた名馬は、今頃母国で喝采の凱旋を披露してくれていただろうに。
ハクセツの血を、その栄光と共に時代へ繋いでくれただろうに。
縁の塊だった。奥分幸蔵の
もう良いじゃないか。日本競馬は変わった、確かに強くなった。見ろ、クロスだけじゃない。海外G1を勝ち取ったエルコンドルパサーを筆頭に、それを圧倒したサイレンススズカや追随してみせたグラスワンダー。エアグルーヴのような牝馬も台頭し、何より彼ら彼女らを御せるだけの騎手の層も厚みを得ている。それを牽引する役割だって、奥分でなくとも拓勇鷹がいる。
もう良いじゃないか。再び、頭の中で反響した。
海外に置いて行かれる時代は終わった、もう心配は無い。辞め時だろう、奥分幸蔵。あの日、4人で語り合った未来は叶えられたんだ。足るを知ろうじゃないか。
もう、良いじゃないか。
そうして闇に沈んだ意気を、いとも容易く光差す場所へ引き摺り出された。
(楽にさせては、くれないのか)
希望があれば、それを掴まずにはいられない。人は絶望したまま生きれるようには創られていないのだ。
だから奥分は、魅せられた
(君は、クロスの最期を目の前で見た君は、それでも前を向くんだね)
テレビは最後の瞬間まで映していた。奇跡の再臨を待ち侘びたのだろう画面が見せた、クロスの吐血とそれを浴びる青年の姿。それでも、愛しき血だまりの中で立ち上がるというのなら。
僕も何か、しなければと。
足取りは覚束ない。希望はあっても道は無い、迷いながらそれでも。
辿り着いたドア。チャイムを鳴らす。応対してくれた馴染みの婦人に通してもらい、中へ。
導かれた書斎でその姿を見た。どうしようもない程、見違えるように痩せこけていたその姿に絶句しながら、それでも声を出した。
「柴畑」
「……何だ、奥分」
今にも潰えそうなか細さでの返答。辛うじて聞き取れたそれに瞑目し、奥分は一呼吸置いてから問う。
「悔やみきれないか」
「
奥分は失意で、彼は自責で。それそれ、その結論に至るまでの過程は違う。
だが彼らの持った結論と願望は結局、同じところに行き着いていた。もう辞めたいと、終わりにしたいと願っていたのである。
「宮崎雄馬の背を押したのは俺だ、退路を断ったのは俺だ。俺の切った啖呵がこの始末を齎した。お前の“夢”を、台無しにした」
「……君の弁は、全部が全部間違いではなかった筈だ」
「間違いだとは思っとらん。ただ……
「それが辞職だと?」
「“末路を見届けてやる”と、俺はそう言ったんだ」
柴畑の口から出てくるのは、彼自身の罪状と約束。というよりそれは、自分に課した“契約”と言って良い程の強制力を伴っていて。
「俺は言った。アイツは言われたとおりに末路まで見せた。次は“俺の番”だろう、必然的に」
「それでやる事がそれかい」
「俺の末路だ。もう馬には関わらない、それしか無い」
「見方によっては逃げだよ」
「いいや、言い訳の余地無く逃げその物だ。が、それでしか誠意を示せないのなら」
「……そうかい」
決意は固く、簡単には揺らがない。それ以前に奥分としても、旧友がその道を納得の上で選んだのなら強く引き止める気も無かった。
そして。柴畑だけではない。
「俺はもう良いから、他の奴らに行ってやってくれ。そしてそれ以前に自分自身をケアしてくれ。皆碌な事になってないだろ」
花の15期生はあの日、大画面で悲劇を目の当たりにして総崩れとなっていた。競馬関係者としてクロスクロウに期待していた者、宮崎雄馬の件で忌避しながらも認めつつあった者、一歩引いて静観に努めていた者、その全員が阿鼻叫喚の茫然自失と阿鼻叫喚。一番強硬姿勢だった柴畑ほどでこそないものの、皆精神が参ってしまっている。かくいう奥分自身も、今日のレースの前まではそうだった。
だからこそ理解できる。同期で同族で、そして同じ痛みを分かち合う者だからこそ、共感できる。
そしてそれ故に、自分では彼らを引っ張ら下られないと悟ってしまう。
「…僕は行くよ。次は海弐の所に顔を出そうかな」
「ああ頼む。俺は外出する気力も無い、厩舎には辛うじて顔を出せているが……」
「それを聞けただけでも安心したよ」
夫人に挨拶してから玄関に向かう。靴を履きながら振り返ると、椅子から立つ事もせずそっぽを向いた家主の背中。はて、ここまで小さく見えたのは奥分としても初めてだった。それとも、スペシャルウィークの輝きに見せられて多少胸を張れるようになった分、自分が大きくなったからか?
「頼みがある」
すると、一声。
「宮崎雄馬に会ったら……いや、何でもない」
「……言えよ」
「いや。お前にも、彼にも、迷惑なだけだ」
「このまま言わないならずっと
「………」
そう返して数拍。その逡巡を経て折れたのか、柴畑は絞り出すように言った。
「…謝りたいんだ。知る事もせず、しようとも思わないまま敵視して、追い詰めた事を…」
「………!」
ダメだ。奥分はそう思った、衝動的だった。
謝る事が、ではない。もしそう思うのなら、思うなら
「だったら、ダメだろう。諦めては……!!」
「っ」
もしそう思うなら、自分で動かなくてはならない。何故なら当の宮崎雄馬は行方が知れず、何より謝る側がじっと待ってるだけでは話にならないからだ。それこそ“誠意”が無い。
そんな事は柴畑本人だって分かっている筈。にもかかわらずこのザマなのは……それだけ、この件の傷の深さを物語っていた。
だから言わなければ。もし彼が
「今年のジャパンカップ、日にちは知っているか」
「——11月、28日」
「見に行くぞ」
有無は言わさない。とうとう狼狽した顔で振り向いてきた柴畑に、畳みかけるように捲し立てた。
「私の騎乗馬が出る予定は無い。他の同期達も皆呼んで、観戦するぞ。現地でだ」
「な、ぜ、」
「どうせ今日の天皇賞だって見てないんだろう、お前」
「それはそうだがっ、だから何故だ!?」
「見てから考えろ!」
先には言わない。先入観無しで彼らを見て欲しい、彼らが描く軌跡を見て欲しい。
生沿君とスペシャルウィークは、きっとまた、鮮烈な輝きを見せてくれるだろうから。柴畑達なら、そこに何かを見出せるだろうから。他ならない奥分自身もそうだったように。
また頼ってしまって申し訳ない。だがそれでも、やはり奥分は仲間たちを見捨てられなかったのである。
──勝った。
まずは一勝。でももっと欲しい、まだ終われない。
クロが青空に輝く太陽なら、僕は夜を照らす星になるんだ。そう決めたんなら、この程度で満足なんて出来てられない。
まだ僕は、足るを知りたくない。
『ストイックだなぁ。大したものだよお前、本当に』
『身近に良い見本がいたからね。見習わせてもらってるよ、キング』
『……そういう所も含めてだよ!』
スパートを駆けたキング、僕も続く。やがてニンゲンがストップを掛けて、そこで今日の
『結構軽めだったね。もっとやりたいんだけど』
『次のレースが近いんだろう、お互いに。それでもこうやって一緒にやる辺り、それぞれ別のレースなんだろうけれど』
『ウカウカしてられないね』
こういうの、クロはなんて言ってたかな。ええと、勝ってカブトムシをシメろ?もっとちゃんと聞いとけば良かったなぁ……って、ウジウジするのはもう終わり!自分で立つって決めたんだから、それを皆に見せていかないと。
『さ、帰ろうキング!レースが近いなら休んで整えないとね!』
『ああ!その通り……ん?』
へ?どうしたのキン……あっ!見覚えのあるこの影は!?
『アーッ。オツカレサマ、スペ、キング』
『マンボ!君もお疲れ様』
『はるばるご苦労だな。今日は俺の
『イヤ、イーヨ。マダ
うーん。やっぱり、マンボはまだ立ち直り切れてないみたい。僕達も持ち直し切れた訳じゃないけど、それにしたって彼は最近飛び過ぎだから。特に伝言を託してない時も往復してるし。
『……ウゴイテナイト、オチツカナインダ』
『だが、その疲れ切った顔で帰って来たエルを迎えられるのか?悪い事は言わない、一晩くらい寝ていけ』
『………』
キング君の忠告に押し黙ってしまうマンボ。こんな時、僕はどうすれば良いのかな。
僕なりに掛けられる言葉、出来る事を探す───けれど、どうやら
『ウーッ、マンボ!』
『……ヒドラ?』
『シーラちゃんの仲間さん!』
『名前覚えてやれよスペ……』
「次々飛んで来たぞ」
「ゆっくりさせてあげましょっか」
飛んできたもう一羽の伝言鳥。しかし用としては、僕達馬じゃなくて寧ろマンボの方にあるようで。
『シキュウ、シキュウ!マンボ、キケ!』
『アーッ。
蚊帳の外になりながらも聞いてたら。
『エルコンドルパサー、ハッケン!カエッテキタ、カエッテキテタ!!』
『『『……!!!』』』
エルの帰還。クロの最期を見届けてくれた彼が、やっと……!
「アメフラシの歌」
「PROMISE」
……なんで俺は今まで未視聴だったんだろ……