……いや、何よりもまずお待たせしました。いや長く掛かっちまったぁ
『出ァーせェーッッッ!!!!』
『うるせぇ!騒ぐな小僧が!!』
『あァ゛!?やんのか老害ッ』
『兄貴も新入りもやめてくださいよ〜……』
うざい。どいつもこいつも。現状に満足してる同族も、何より
生まれてこの方、全てにおいて自由が無い。確かに走る事はできる、その衝動を発散する機会はある、だがそれは悉く“ニンゲンの意図の中で”に限られてるんだ。走る時間も場所もニンゲン次第、決めつけられて俺達の意思なんてお構いなし。
……走る事でさえその有様なんだから、他の事なんて尚更。剰え、奴らは俺から母さんすら奪いやがったんだぞ!!
『
『オイ新入りの青二才!無視すんな!お前が売った喧嘩だろうが?!』
『……ケッ、どっちがうるせェか分かったモンじゃねェな』
『んだとぉ!?』
『だから先輩落ち着いてって!新入り君もポーズだけで良いから謝ってよぉ!!』
ここにいる先輩サマ方だって皆似たり寄ったりの境遇だろうに。どうしてそう呑気に過ごせるのか、全然理解出来ない。したくない。
こんな場所で甘んじてられッか。
(自分で何も決めれないで、生きてるッて言えんのかよ)
もう沢山だ。もう決めた、脱走する。今までは明日の飯だの寝床だのの不安で渋ってたが、我慢の限界だった。
母さんと引き離されて寝床を変えられ、やっとそこに慣れたと思ったら別の場所に運ばれ、新しい仲間を得たと思ったら今回の移動。これがずっと続く?冗談じゃない!
『ラストさん!ちょっと助けてくださいよ!!』
『……』
『ラストさぁん!?』
確か俺をこの
『宛はあるのか?』
その時。
横から突如かけられた声に、俺の思考は逸らされた。
『……ンだよ、おっさん2号』
『テメ、俺に飽き足らずラストさんまでっ』
『落ち着け。俺が話す』
皮肉げに煽ってはみたものの、揺らぐ様子は欠片も無く。寧ろこっちの方が、無意識に耳を傾けてしまう。
そんな、不思議な声音で。首だけ出して覗き込んできた、ソイツは。
『で。宛はあるのか』
『……何のだよ』
『抜け出すつもりだったんだろう』
どうやらお見通しだったようで、隠し事は難しそうだと薄々感じ取った。仕方が無ェ、暴かれた所で何も変わりゃしないんならいっそ、最後に愚痴でもブチ撒けてやるさ。
『宛なんか無ェ、強いて言うならニンゲンのいない場所だ。俺たちが生きていく事、それを奴らに絶対に邪魔されないどこか』
『あると思うか?』
『あるさ!見つけてみせる!!』
『無いさ。あったとして、お前は見つけられない』
断じられる。だがそう言われンのは慣れっこだ、そんなので俺は止められねェ!
……けれど。
『ここまで連れてこられたんなら、その道中で垣間見るぐらいはしただろう?そこら中に蔓延る人間達、その数、その繁栄を』
『………!』
『いいか。この時代で、この世界で、“
目が……眩みそうになった。嘘だと切り捨てるには、その目は真剣味に満ちていて、信じてしまえばもうお終い。
それじゃ、それじゃあ……!
『俺達は、逃げられないッてのかよ…!!』
『……そういう事に、なるな』
今度こそ目眩。足元が崩れ落ちるような絶望感、希望は無いのだと突きつけてくる現実に心が折れた。
俺達に自由は無い。これからも、それを得る事は叶わない。
トドメになったのは、次の言葉。
『更に言えば。全ての前提を無視して逃げられたとしても、そうなれば割を食うのはお前の母親になる』
『は?』
『考えてもみろ、母親がお前を孕んだのも人間の手筈があってこそだ。なんの考えも無しにそんな事はしない、となればつまり
その俺が、いなくなれば。人間の領域から逃げ出したら。
ニンゲン共の視点で……母さんに、俺を生ませた事が、無意味になる?
『……お前の母親の、胎としての価値にも影響するかもな』
『は?は?はァ!?』
『まぁ無いとは思うが、それでも人間側の事情なんてこっちには分からない。何がどう転んでどう判断されるやら』
俺の進退で、母さんがどう扱われるかが、決まる?
ふざけンな。
(俺達は)
馬は。
(物じゃねぇ)
生命だぞ。
『
それを
まるで道具かそれ以下の扱いじゃねぇか!!!
『そうだ、道具だ。玩具だ。人間からすればな』
『───ッ』
その瞬間に、プツリと。
俺の中で、何かがキレる音。
『………ろしてやる』
俺達をゴミみたいにしか思ッてないヤツらなんか。
『殺してやる……ッ!!!』
許さない。全員許さない。1匹ずつ喉笛噛み千切って、頭を蹴り潰して、殺し尽くしてやるッ!!
『出来ると思うか』
『やるんだッ!!』
『無理だ。数人死なせたところで、囲まれて返り討ちだろう。わかってるだろ?』
『うるさいうるさいうるさい!』
お前はもう何も喋るな。俺のやる事に口を出すな。
煩わしくて、やかましくて、ウザくてうるさくて……!
『母親を質に取られてるとさっき話したばかりなのに、もうそれか』
決めた。
お前からだ。
そう思うやいなや、俺の身体は扉を打ち砕いていた。自分でも驚く程の力での体当たり、でも心は凪いでいる。
周囲の驚いた気配、でも気にならない。俺の第一標的は、すぐ隣で視界に捉えているから。
『……そうくるのか』
ああ。まずお前から黙らせる。ニンゲンなんか怖がって、生きる事を諦めたお前から!
ニンゲンに降参して媚び売ってるお前を潰せなきゃ……超えられねぇよ!
『怖がれよ、ホラ』
抵抗しても良いぞ。老いさらばえた腰抜けなんかに負けるか。絶対に俺が勝つ、勝ってみせる。
『お前、これから死ぬんだぞ』
力には自信がある。体格はまだまだだけど、小回りなら絶対に俺の方が利く。喉笛に噛みついて、一瞬で終わらせてやる。
『ニンゲンよりも、俺を怖がれよ』
『………』
そら、もう目の前だぞ。閉じ込められたままの無防備なお前の首に、俺の口が近づいてンぞ?
ニンゲンよりも、俺を怖いって思えよ。
『……ビビれよ……』
じゃなきゃ、じゃなきゃまるで、俺は怖くないみたいじゃねェか。
『……ンだ、よ………』
なんで…なんで……!?
『ンでそんな……ッ
何故怖がらない。何故臆さない!?
もう俺の歯が触れてんだぞ!!脈打つ
『死ぬのが、恐ろしくねェのか?!』
『……お前は、怖くないのか』
『質問してンのは俺だッ』
『お前が答えろ』
吼えられた訳でもないのに、気迫に押されて息を呑む。次いで、震えを自覚。
怖がってるのは、いつの間にやら俺の方で。
『怖いもんか……怖いもんかッ!母さんならともかく、俺は俺自身がどうなったって!』
『ほざけ若造』
そして俺は、今度こそ負けた。積み重ねられてきた重みを前にして、完全に。
怒りも強がりも、懇切丁寧に叩き潰されて。
『死が怖くないだなんて言ってる内は、死力を出しても高が知れるな。訂正するぞ。お前が脱走した所で、人1人殺し切る事すら出来やしない』
『なっ……』
『何も知らない、学ぼうともしない餓鬼に……何が出来る?何を壊せる、何を守れる?言ってみろ、青二才!』
さっきと同じだ。真剣味に溢れた視線と言葉、きっとそれはコイツの経験を踏まえてるからこそ真実を言い当てる。だからこそ俺は、どこかでコイツの言う事を“正論”だって分かってしまって。
何の事は無い。最初から俺は、コイツに負けていたんだ。
『……死が何たるかも分からないまま、死を語るな。死へ突き進むな。その先には後悔しか無いんだから』
そう、最後にだけ優しく告げられた瞬間、全身から力が抜けてしまって。立てない。
ヘナヘナと情けなく座り込んだ俺の前で、扉が開く。アイツが、俺が開けなかった
見下ろす瞳の色は──酸いも苦いも呑み干した果ての、漆黒色。
『名前は何だ、若造』
『……ステイ、ゴール、ド』
『そうか、お前が……嗚呼。そうか』
一瞬だけ、そこに混ざった金色の光。俺の、色?
『学べ、ステイゴールド』
そんな俺の思案を掻き消すように、彼は俺に語り掛ける。その声音はやっぱり、よく耳に馴染んで染み渡っていった。
『世界を知れ。生き方を知れ。よく見て、よく選んで──実行に移すのは、それからで良い』
『……学ぶって、どうやって』
『そう難しい事じゃない、ただ生きているだけで良いさ。生きてれば自然と、自分の世界は広がっていくから』
『………』
『だから。死んでも良いだなんて、軽い気持ちで言うな。思うな』
簡単だろ?と彼は言う。俺は言い返す言葉も無い。
ただ、少しの沈黙の後……一つだけ疑問が浮かんだ。
『そんなに死ぬのが嫌いなら、何で俺に殺されかけたのに怖がらなかったんだよ』
そう問い掛けると、俺の金色を飲み込んだ黒から、僅かに色が滲んだ。それは微かな“青”。
かつて燃えて、そして彼の瞳を焼いた蒼炎。その残り火?
『何も分からないまま、死を知らないまま死に向かった奴を見た』
青色の正体を看破しようとしてた俺に、返答が来る。彼の全てがきっと、その一文に乗せられていて。
きっとその炎は、散ったんだって。彼の心に消えない火傷を遺したんだって。
『お前とは全然違うヤツだった、人間を好いていた。だが──あぁ、そうなんだ。アイツにしろ、お前にしろ、人間の思惑を発端に自分を加熱して、突き進んで。それを重ねたのかもな、俺は』
『何だよ……俺はそいつじゃねェぞ』
『思ってしまった事実は変えられん。それに、
行動?と聞き返せば頷きが返ってきた。何が何やらと思っていれば、鼻息一つと共に彼は言う。
『ただ息をするだけの日々だったんだ。
『コツ?生き甲斐?』
『無駄に長く生きてきて、レースのイロハだけは会得済みなんだよ。これをお前みたいな若輩に伝えるのがきっと、もしかしたら……』
『………?』
『…俺の命の、“意味”かも知れない』
重く深い、黒色の後悔。その言葉に、俺はロクに返事をする事も出来ず。
ニンゲンが吊るした灯り、その逆光を受ける先達の影を。ただ茫然と、網膜に焼き付けるしか無かった。
『……懐かしい夢だな』
目を覚ませば見慣れた天井。俺が、“ステイゴールド”が、真の意味で生まれた日の記憶を辿っていたらしい。
『先輩、元気にしてるかねェ』
あの馬からは全てを教わった。比喩じゃなく、今の俺を構成する物の総てを、だ。
走り方。
休み方。
息。
スタート。
……何よりも、
(“手の抜き方”を教わったお陰で、俺は今も俺でいられる)
健康なままの俺で、人間に従わないままの俺で。欺き・怠慢という、最低限の抗い方を知ったから。
力がある事だけをニンゲンどもに見せつけて、期待だけさせて、応えてやらない。この時点ではまだ
『アンタにだけは……頭が上がらねェよ』
ここまで生きてこれたのは、“答え”に、どこまでも好き勝手に生きると言う道へ辿り着けたのは、彼に会えたからこそで。
季節を2つ巡った、その程度の師事期間。でもそれは、俺にとって何よりの宝物。
──だからこそ、後悔もある。
(でも俺は、アンタの答えじゃなかったんだろ)
黒色の瞳を澱ませた青を、俺の黄金は祓えなかった。彼の生き甲斐にはなれた、けど所詮それ止まりだった。
道を
(元気にしてると、良いな)
そう願うしか無い。やっぱり脱走して会いに行こうかとすら考える程に。
どうか、報われてくれ。苦しんだ分だけ、そうでなくとも少しでも。
あの苦悶に焦がされた瞳に、光が映っていて欲しい。彼に思うのは、想うのは、それだけだった。
『……そういや……』
その時、ふと思い出したのはあの栗毛。去年の冬、怪物みたいに何もかも食い荒らして行った顔だけ可愛いあの生意気なガキだ。
ラスト先輩に会って、その走りを継いだアイツ。どうしてるんだ?元気なのか?
『ま、会ってみりゃ分かる事か』
この時の俺は、そんな能天気な考えで回顧を締め括った。
潰れてなければと、ニンゲンを困らせてりゃ上々だと。そう、思っていた。
『……ッ───!!!』
強烈な頭痛。やっぱり
でもやった甲斐はある。その“無理”にこそ価値があるんですから。無理やり領域へ入るという実例、それを経験として得られた。
もっと、もっと無理して。搾り滓しか残らないよう……ううん、飛ぶ鳥が跡を濁さないよう滓すら残さない。あの場で、あの地で、約束したあの
その為に、未練がましいボクを、ボク自身から切り離す。生きたい、死にたくないと喚く恥晒しを、自分の奥底に封印する。“
『謝りませんよ、ラストさん』
だって、謝ったところで何になる。償いにもならない、貰った物でこんな所業に及ぶなんて。
ならばもういっそ、恨んでもらう他ない。その怒りに後押しされ、地獄に落ちるとしよう。この身にはそれがお似合いだ。
『ボクなんか、壊れてしまえば良いんだ』
ラスト君はね。疲れちゃったんです
疲れてる所に、自分の出来なかった事を全部やり遂げた(ラスト視点)あの芦毛野郎に会っちゃったんです
よりによってソイツ、“同類”だったんです
分かってた筈の事も、ソイツを前にして、分かんなくなっちゃったんです