「あのね、ゴールド君」
「…」
「通達は1か月前には届いてたよね?」
「……」
「気持ちは分かるよ。私だって、君の立場だったら抵抗したくなる気持ちを否定できないだろう……けど寮の部屋も無限じゃない。というかそもそも、ラスト先輩自身から事前に退寮届を受領してしまってるんだ」
「………」
「ゴールドくーん?」
上へ下への騒ぎの果てに、せっかく整えた荷物ごと廊下に放り出された俺。今、駆けつけたフジキセキ寮長が立て籠もり犯と化した同部屋の先輩に降伏勧告をしてるのを横で正座して眺めている。
……応答は無い。ただのドアのようだ。
「すまないねクロスクロウ君。よもや1日目からこんな目に遭わせてしまうとは」
「あっいえ俺に申し訳なく思う必要は無いです。無いんですけど」
「けど?」
「今から他の人の部屋と代わって貰うって無理です?」
「無理」
「デスヨネー」
いったい何が先輩をあんなに怒らせてしまったのか。俺よりも遥かに小柄な肉体から繰り出されたあの暴虐パゥワー、脅威の一言に尽きたし。
とはいえずっと廊下にいる訳にもいかない。盛大に暴れたお陰で野次ウマ娘が集まり、視線が集中して流石に居心地が悪かった。
「あの子誰?初めて見る顔だね」
「編入生だって」
「グラスさんとキングさんを立て続けに泣かせたらしいよ」
「え゛!?“鬼人”と“侠王”を!?」
「それを追い出したゴールド先輩ヤバ過ぎない?」
ぐぐぐぐぐ……流石に恥ずい、つーかやっぱ泣かせた噂広まってんじゃん!あーもうこーなるから嫌だったんだチクショー!!
「寮長、せめて教えてつかぁさい……俺の何が先輩の逆鱗に触れちまったのかさっぱりなんですよぉ」
「ん~む、話すしかないか。ステイゴールド君はかつてとても慕ってる先輩と同部屋だったんだけど、その先輩がレース中に故障して入院中なんだ」
「そら拒否りますわ」
真っ当過ぎて草。ゴールド先輩ってば一途じゃないですか。
というかなんだその先輩は、さっき退寮届出してるって聞こえたけどまるで
「しゃーないです。野宿します」
「この寒空に新人を放り出すほどこの寮は冷血じゃないよ!?ちなみに美浦も温血だよ!」
「つっても、あと残ってるのって共用スペースでしょう。そこに俺が、見通しも立たないまま居座るのはちょっと……」
寮長の気遣いはありがたいけど、初日から特別扱いをてんこ盛りされようものならこっちが申し訳なさ過ぎてぶっ壊れちまいそうだ。まぁ寒いのは慣れてるし毛布を2枚くらい追加で借りて凌げば……あっダメだ、返そうにも洗う手段が無い。どうする家康。
「ぐぐぐぐぐ……ッ!!」
「いや私の部屋に来れば良いじゃないか。どれだけ他者に頼るの嫌なの……」
恩を貰っても返せる元手が無ぇーんですよこちとらァ!
生まれてこの方、
「そりゃぁ、まだ冬真っただ中だし。窓を開ければそうなるよ」
「やがて雪が降る」
「さりげなくトラウマを布教しないの。というか、今どこから外に出ようと?」
「人だかりをかき分けるのも難儀なので、いっそ飛び降りて出ようかなって」
「……一つだけ空き部屋があった。地下牢で反省の一夜がお似合いかな?」
「ゴールドせんぱーい、このままじゃ牢屋に入れられちゃいますよ~」
「君の方だよ?!」
「ファッ!?」
アイエエなんで!被害者なのに地下牢なんで!?そも、そんな物騒なモンが
ああもう、いよいよもって視線が痛い。マジでどうしようかな、最終手段としちゃ寝ずに走り回って凍死を回避するってのも……待て、思ってたより
よっしゃ、そうと決まれば後は脱出の算段を立てるまでだ!何か知らん内に寮長から目を付けられちまったっぽいし、何とか目を盗んで荷物諸共に行方を晦まさないと。でも制服のままだと走りづらいし、どこで着替えるかも算段つけて、そんでもってそんでもって———
「「あっ」」
開いた。開かずの扉が開かれた。
隙間から見えたのは、此方をジト目で睨む瞳。
「……うるせぇ。ひとまず入れ、でも荷物は置いとけ」
先輩は。ステイゴールド先輩はそう言って、俺に譲歩の姿勢を見せていた。
ラストさんは元々私物が極端に少ないヒトだッた。あると言ったら最低限の寝具や衛生品くらいで、娯楽用品なんてもっての
……だから気付くのが遅れた、ッてのは言い訳だ。
全てを知ったのは、駿川のババアが“後始末”をしに来た時だった。宝塚から半年が経った時の事だった。
「出走前日に、ラストさん本人から退寮届を受理してたんです」
「戻って来られる可能性を信じたかったのですが……植物状態で目覚める見込みさえないとなれば、ずっとこのままにしておく訳にもいきません」
意味が分からなかった。寧ろ半年も待ってくれたのが、学園側の慈悲ですらあった事を悟る余裕すら無ェ。
立て籠ったのはその日が初めての事。駿川を無理やり追い出し、最後に残されたラストさんの布団を抱きしめてただ呆然と夜を過ごした。
……聞きたかった。
一言でも、言ってくれてたら。
何一つ伝えてもらえないだなんて、その程度の信頼だなんて思ってなかったから。
だから決めたンだ。ラストさんが帰ってきたら、腰を据えて問い詰めようッて。
面と向かい合って、その為に彼女が帰ってくる場所だけは俺が確保しておく。退寮してようが荷物を実家に運ばれようが関係無ェ、いつだって再入寮出来るように。
ラストさんさえその気になれば。目覚めれば、すぐにでも。
そう、思ッてた。
「……えーと」
俺は今、それを阻む最大の障壁と対峙してる。退寮手続きが済まされちまってる以上、公式には俺の同室相手の座は空白な訳で、そこに滑り込んできたコイツをどうしてやるか。さっきみたいに無闇に放り出したって、コイツの行く先が無い以上は根本的な解決にならねェ。
「何突っ立ってンだ。座れよ」
「あっはい」
このままじゃ開く埒も開かねェので、適当な所での着座を促した。
なんか地べたに正座した。は?
「……他にあンだろ」
「え?」
「いやだから。座るにしても他にあンだろ、ッて」
「いやー寮長からこの部屋の話を聞きまして。
……頭湧いてんのかコイツ?
この部屋がラストさんの物だなんて、この学園じゃ俺ぐらいしか言ってねェ戯言だぞ。強いて言うならライスシャワーの奴やブルボン、バクシンのアホも言いそうだがアイツらはヘタレて諦めてやがるから除外。だから、俺の言う事なんか「未練がましい」の7文字で切って捨てる事だって出来ンだろ*1。
「と……とにかくだ。ほら、椅子」
「あざまーってこれゴールド先輩の椅子じゃないっすか。使えませんよ」
「だからってラストさんの椅子使わせれッかよ」
「じゃあ三角座りしときます」
頭湧いてんのか?(2回目)。
ええい、ンだコイツ。真面目に付き合ってたらこっちの脳がイカれそうだ、トレセンはもっと編入審査厳しくしやがれ。ともかく早く本題に移るぞオラ。
「これは本当に、本当に100歩譲っての提案だからよく聞けよ。まず最初に、この部屋に入る事は許してやる」
「っ!ありがとうございます!!」
「だが条件が三つ!まず一つ目に、ベッドじゃなくて床で布団敷いて寝ろ!」
「はい!」
「二つ目!!寝る時以外は入って来ンな!!」
「はい!!」
「最後!!!俺に話しかけンな、以上!!!」
「はいっ!!!」
「頭湧いてンのかッ!!?」
「どこに怒る流れありましたっ?!」
お前マジでいい加減にしろよ!こっちは自分でもかなりエゲツない提案した自覚があるッてのに、なんでそうホイホイ二つ返事で承諾すンだ頭湧いてんのか!?(4回目)
「あ゛〜〜ッ……もういい、もういいよテメェ。一つ目はいいし二つ目もこの際守ンな。やたら出入りしたらキレるけど、そうじゃなきャもういいから」
「分かりました、でもラストさんの物を使うのは気が引けるので床で寝ますね」
(コイツッッッ……!!)
嫌味か?嫌味なンだよな?言い出しっぺなのはもちろん俺だが、それを込みにしても1発ブン殴って良いか?
というか、本当に何なんだ。この芦毛野郎のムーブが一々癪に障る。でもその理由がとんと見当がつかねェ。こんな奴と同室だなンて、神の一つや二つでも呪いたくなるぐらい気が滅入るンだが………
………オイ。
「今度は何です?」
「お前、まさかそれが布団か?」
「そうですが」
いや。布団って、布団ってお前。
それは無ェだろ。
「ただの毛布一枚じゃねェか」
「ただのとは失礼な。くるまって眠りゃ、屋外でもねー限り大抵の寒さは凌げますよっと」
晩飯までおやすみなさい、と。ソイツはそのまま自身をグルグル巻きにして寝転んだ。本気でそこを寝床にするつもりらしく、体を縮こませて睡眠体勢に入っていた。
俺は。
俺は。
「──んぇ?」
蓑虫みたいになったソイツを、その毛布を鷲掴んで。
ラストさんの物だったベッドに、投げ込んでいた。
「うぶはぅ!?え、先輩、なんで」
「うッせぇ!」
ああ、分かッちまった。なンでこんなにも腹立つのか。
さっき放り出した鞄。たったの2袋で、中身はそれぞれ例の毛布と着替え、そして運動シューズと勉強用具。それだけ。少な過ぎる。
自分の物と、自分自身に頓着が無さ過ぎる姿が──よりによって、ラストさんに、重なっちまッたんだ。
(あぁ、くそッ)
放って置けねェ。チクショウ、ラストさんが目覚めるまでだからな。あのヒトが起きたら今度こそ追い出す、その一線だけは守り抜くからな!?
……だからそれまでは許して、受け入れてやるよ。なぁクロスクロウとやらよ。
「──えーと。じゃ、よろしくお願いします!ステイゴールド先輩!!」
「クロ!ごめん、遅くなっちゃって!!」
「大丈夫!?変な事されなかったかしら?!」
「クロに何かあったら、ボク……!」
「無事デスか!?生きてマスか!??ケガ、ありマセンか……ッ!!!!」
「どうどうエルちゃん、落ち着いて…!」
「ちょ急に押し寄せのわああぁぁぁぁぁぁ」
「うるせ〜〜〜ッ!!!」
1分後に即後悔した。お前の取り巻き全員バクシンかよォ!?!!?
「これより、定例会議を始めるね」
「今日2回目だよねこれ。緊急会議に名前変えた方が良くない?」
「仕方ないじゃない。まさか寮でよりによってゴールド先輩と一緒になるなんて想定外だったんだから。名前はまた今度決めましょ」
「まぁ見通しが甘かったね……で、浮き彫りになったのは“クロ周辺で異常が発生した時に誰が駆けつけるか”だよ。今回は皆合同練習中だったからそもそも事態に気付くのが遅れちゃったし」
「私がクロの側に就きます。ずっと傍にいます」
「……で、グラスちゃんは問題が起きたらどうするの?」
「問題の原因を斬ります。この薙刀d」
「反対っ!」
「却下よ!!」
「棄却ぅ!!!」
「………」
「……あの。エル達って5人いるじゃないデスか。で、週5日あるじゃないデスか。1日につき、エル達のうち1人が当番制でクロと可能な限り一緒にいればだいぶ解決するんじゃ?」
「天才かしら?」
「最高の考えだね」
「賛成です」
「エルちゃんの案、採用!!」
「えへへっ……!」
「そうか。編入生は同期とすぐに打ち解けたんだな」
「は、はい!」
「報告ご苦労だった、下がってくれ」
同時刻、生徒会室にて。ガチガチに総身を強張らせたその生徒は、恐る恐ると言った足運びで去ろうとして、
「───ありがとう。これからも期待しているよ、ペンダコペンダ」
その一言に一転、顔を輝かせて一礼。打って変わってスキップ気味に扉の向こうにその姿を消す。
彼女にそんな変化を齎した張本人はといえば、この部屋の主人たる座にて微笑みを浮かべ嘯く。
「初日での接触は叶わなかったか。兵貴神速、やはりただ待つのみでは無策と変わり無い」
それに、と一拍置いて思い浮かべたのは2人の少女。同じ物を求めこの学園に来た、紫電の流星と蒼炎の怪物。
……まさか、ここに来て競合する事になろうとは。
「シリウスといい、全く儘ならんな……っ!」
誰もいない部屋で良かった。誰も来ない時間帯で良かった。
でなければ、この漏れ出た覇気で不要に怖がらせていただろうと。そう、シンボリルドルフはほくそ笑む。
日が暮れる。学園の灯りを、夜の帷が包んでいく。
クロスクロウの学園生活は、まだまだ始まったばかりだ。
【黄金世代のヒミツ】
新入生の時の選抜レースが原因で、5人それぞれに異名が付いている