また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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Q.クロと佐岳メイが出会ったらどうなる?
A.大変過ぎる事になる


【第10話】見出!

「こりゃ、なるほどなぁ」

 

おハナさんが尻込む訳だ。双眼鏡で眺め終えたレースの顛末に、俺は心の中で同僚に謝意を表する。

手に負えない。生半可な覚悟と手腕では、競走ウマ娘へと()()出来ない。そういうウマ娘だったか、彼女は。

 

「レース中に前転して、さらに立ち止まっちゃうとは。気概は見上げたモンだが…ねぇ」

「………」

 

人助けも結構な事だ、大した善性だよ。実際それで一人のウマ娘が救われている、それに越した事は無い。無論リスクの塊みたいな行動はしてたし、それに他人を巻き込んで被害が拡大しかねない場合だってあるだろう。だがそれは既におハナさんが叱っているのを双眼鏡で確認しているので、今更指摘する事でもなかった。

問題なのは、その為に一切の躊躇なく勝利を捨てた事。

 

「個vs個の競技である以上、感情の割り切りとそれを後押しするエゴが重要なんだよこの世界は。救助は裏に控えてる人達の仕事であって、主役たる出走者には別の役割がある。それを彼女は、言っちゃ悪いが投げ出すようなウマ娘だったって訳だ」

 

レースはチームプレイではない。手を取り合い協力する場ではなく、あくまで蹴落とし合う争いの舞台なのだ。「私こそが」という傲慢が無い、あったとしても他の情念に押されてしまうようなウマ娘では、勝ち残れない厳しい世界だ。

クロスクロウは今回、その情念の不足を露呈する結果となってしまっていた。バ群の中で飛び込みする程の根性と覚悟を見せながら、次の瞬間にあっさりとそれを捨てる姿勢を示してしまった。幾ら素質があろうとも、これでは……

 

……トレセン学園は“走るウマ娘”の為に存在している。走らない子に、残念ながら座る席は無い。

 

「さて、ここまで見て聞いてどう思うよ?」

 

と、わざわざ口に出して説明したのは隣の新人に利かせる為だったり。さて行末君、君はどうする?

 

「君にあの癖ウマ娘を制御できるか?」

 

ウマ娘をその価値観から変えて、レースに情念を向けさせられるか。不可能とは言わないが、新人の身にはいささか厳し過ぎる案件だろう?

 

「……制御、ですか」

「俺もあんましたかない性質(タチ)だけどね。実際俺ん所(スピカ)の方針は真逆、自由奔放やりたいようにって具合」

「たはっ。それじゃあ——スピカ向きじゃないっすね、クロスクロウは」

「そーゆー事。放任してたら多分“いつの間にか競走ウマ娘自体やめてた”まであり得えそうだ」

 

俺は多分、面と向かって話し合っても彼女を繋ぎ止められないだろう。そう分かってるのなら引き受けるべきじゃないと思った。おハナさんもそれはきっと同じだ。あそこまでシームレスに勝負から降りるウマ娘なんて、ちょっと説得出来る気がしない。

 

「こりゃ、彼女が去る時は俺も去るぐらいの気持ちじゃないとダメっすね」

「それはトレーナー全般に言える気概だけど、彼女を変えようとするなら特にだな」

「変えませんよ。俺には変えられません」

「ま、そうだよな。少なくとも君は退いた方が…」

「なので、俺は彼女と命運を共にします」

「良i———ゑ?」

 

だからこそ呆気に取られた。

自分でもそうそうできない覚悟を、後輩が既に決めていたなんて思いもしなかったから。それも、本格的なトレーナー活動はこれからという新人が。

 

「ちょ…ちょいちょい、行末君や?」

「……」

 

呼びかけても返事は来ない。土手を降り、クロスクロウの下へ向かい行く彼の脚は止まらない。

街頭に引寄せられる蛾のような。焼かれると分かっていてなお構わないような、そんな足取りで。思わず心配になって、伸ばそうとした手を———俺は降ろした。

 

「…俺にとってのスズカが、君にとってのあの子って訳かい」

 

ウダウダ言っては見たものの、俺だって似たようなモンだ。あるウマ娘に強烈に惹かれて、夢を見て、賭けてみたくなった。俺にとってはそれがスズカで、そして彼にとってはそれがクロスクロウなのかも知れない。

———もし、ほんとうにそうだったのなら。

 

「逃げるなよ~……?」

 

エールでもあり、叱咤でもあり、自分への戒めでもあり。そんな呟きを、人知れず。

それだけ告げて、自嘲気味に俺は笑った。

 

 


 

 

「幾つか聞きたい」

 

要約すると「ヘッドダイブも急停止抱き止めも危険走行だから失格!他の子を巻き込んだらどうするつもりだ!普通に公式レースでもアウトだから二度とするな!!」と東条トレーナーに叱られた。んでもって、俺自身も怪我してる可能性あるから保健室行けと言われた。

当然と言うべきか、連れ添いとして立候補してくれたのはスペとグラス。でも僅かに先んじて、申し出たのが……

 

「何ですか?」

「あの応急処置はどこで習ったんだろうか。後学の為に聞いておきたい」

 

シンボリルドルフ先輩。ツルぼんの様子も見ておきたいとの事で、彼女も慕ってる生徒会長サマがお通りになるならという雰囲気になって東条トレーナーにも認められた。グラスとスペは不服そうだったが。

 

「どこでというか……親父が実家に本溜め込んでまして。いつか何かの足しになればと、色々読み込んでたんですよ」

「なるほど、そこに窒息時の応急処置も書かれていたという事か」

「如何せん付け焼き刃なので、後学としては反面教師ぐらいにしかならないのでは?」

「謙遜するな……と言いたいところだが実際、二度目の施術はいただけなかったな。ツヨシの意識の有無を再度確認するべきだった」

「ぐう……すみません」

「謝るなら私じゃなくてツヨシに言ってくれ。尤も、本人は感謝こそすれど不満は言わないだろうけれど」

 

先刻の自らの過ちにトホホ、と溜息。そんな俺を、ルドルフ先輩はじっと見つめていた。

……本当に、じっと。気味が悪いくらいに。

 

「クロスクロウ」

「な、何です?」

 

「いつから()()()()()()んだ?」

 

……あの事か。

 

「発走前に咳が聞こえまして。それが耳に残ったままレースしてたら、後ろから喉詰まらせた声が聞こえたので“ああこりゃ不味い”と」

「……あの混迷極まる展開の中で、ずっと咳の事へ意識を割いてたと言うのか」

「言っときますけど舐めプとかそういうのじゃなくて、俺の生来の()()って奴なんです。集中すればするほど色んな事が頭に入って来ちゃって、それで集中切らしちゃう本末転倒も屡々(しばしば)

 

情報を拾うだけ拾って、それを脳内で処理しきれない。それが俺の昔からの悪癖だった。

要は取捨選択が利かないんだよ、それで積み重ねてきた失敗も数知れねぇや。今回は上手くいった方だけど、もっと器用に立ち回れてたら“ツルぼんを助けた上で1着獲る”ことだって可能かも知れない。それこそ、先刻スカイが俺にそう望んだように。

 

「もっと願いを掬い取れるような、そんな立ち回りが出来たらなぁ」

「出来るさ」

 

誰に言うでもなかった、筈の呟きを。

遮るように、先輩の言葉。

 

「へ?」

 

間の抜けた返事と共に振り返る。立ち止まった彼女は俯き、目を伏せていた。

でもやがて意を決したように、顔を上げて。

 

「君なら、出来る」

 

確信と共にもう一度。ぶつけられた視線に込められていたのは……何だ?

なんで憧憬?

何故アンタが俺に憧れる。逆だろ?

シンボリルドルフは見上げられる側のウマ娘だ。

俺は見下ろされる側のウマ娘だ。なのに、何故?

 

「全て……全ての声を聞き逃さない、君なら」

「会長…?」

「“()()()()()()()()()”を———ッ」

 

………ふむ。

何だか分からんが、今になってもよく分からんが。

 

(ルドルフ先輩は、俺に期待してくれてるっつー事だな!)

 

悩んでたってしょうがない、今重要なのは目の前にある事実だ。あの皇帝と呼ばれた方が俺なんかに望んでくれてる、これほど名誉な事があるか?いや無い*1

…というか。俺の肩を掴んでくる、この震える手を振り払う選択肢自体がそもそも俺の中に無かった。

 

 

だから、会長の手が離されたのは、俺の行動に依るものではなくて。

 

「いい加減にしろよ」

 

その手首を掴み上げ、引き離したのはシリウス先輩。俺も会長も、その視線を彼女へ向ける。いつの間にと。

 

「何の用だ、シリウス」

「見りゃ分かんだろ。こいつは私のモノだ、勝手に唾つけんな」

「いや、あの、えっ」

「君が決める事じゃないだろう。私と彼女の話だ、邪魔しないでくれ」

「天下に名高い皇帝サマと編入したばかりの新人で1on1の対談?傲慢も1週回って見上げた話だ、相手にかかる重圧をまるで考えちゃいない」

「ちょっとー?」

 

挙句の果てにゃ、俺を蚊帳の外にしてお二方の間に火花が散り始める始末。その上で議題は俺のままなんだから離れるに離れられず、もうどうすれば良いやら。威嚇激突の余波でこちとら目が回りそうだ。覇王色の衝突ってこんな感じなのかね、ワロエナイ。

 

——その刹那、一瞬の目配せ。シリウス先輩から、俺へ。

 

「……っ」

(…ん?)

 

何の意味が込められてたのか。数拍だけ思慮して、そして思い至った。シリウス先輩が、レース前に俺に何か伝えようとしてた事を。

確かジェスチャーで、NIGGE———違う。改めて考えてみれば、あの状況でわざわざ差別用語なんて出す訳が無ぇ。あれは———そうだ、“NIGERO”!“逃げろ”、か!!

 

「失礼しまーすッ!!!」

「「——は??」」

 

そう考えるや否や、俺はその場から一刻も早く離れるべく走り出した。すみませんシリウス先輩、やっと意図が分かったので今こそ遂行します!ルドルフ先輩から逃げろって事だったんすね、あーやっと分かったスッキリ!!

 

「待て待て待て!今のは“私の背に隠れてろ”って意味だよバカ!オイ止まれ分からず屋!!おたんこニンジン!!!」

「逃がす、ものか———ッ!!」

「行かせねーよッ」

「離せシリウス!!何故そうやって私とクロスクロウを引き離す!?」

「今自分で実証してんだろうが!!クロスとお前が出会うとロクな事にならないんだよ、()()な!」

「それを決めるのは私だ!!退()k、退いてくれ!!!」

「退くかああああ!!!」

 

「あれっ、ちょっ、クロスどこ行くの!?待って追いつけな……」

「良い所に来てくれた行末君!!シリウスを引き離してくれ!!!」

「オイそこの野良トレーナー!!こいつクロスのストーカーだ、アイツに目を付けてんなら止めやがれ!!!」

「……なぁにこれぇ」

 

詳細は分からずとも、後ろでシリウス先輩が時間稼ぎしてくれてるのが聞こえてきたので内心で感謝。そのまま俺は、選抜レースで発揮し損ねた末脚でコース上からの離脱に成功したのだった。

 

 

 

 

 

「っていうのが10分前の事ね」

「濃過ぎる……」

 

辿り着いた先は元の目的地でもあった保健室。レース中の飛び込み前転で手首を若干痛めてたらしく、テーピングを施された右手をさすりながら病床のツルぼんに経緯を説明した。呆れられて草。

 

「シリウス先輩って、高等部の怖い先輩だよね。ルドルフさんとも仲が悪いって聞くし……クロスちゃんは怖くないの?」

「怖い怖くない以前に、俺がトレセンに来れたのはシリウス先輩のお陰なんだぜ?面倒見の良い人だし度々助けられてんだ———ところでその呼び方、ツルぼんもルドルフ先輩と何か縁あんのか」

「私、テイオー先輩と親戚なんだけど。昔引き会わせてもらって、良くしてもらったんだ。それ以来憧れてて」

「おーそりゃ初耳」

 

和気あいあいと話しながらも、そろそろ本題に移る時分かと深呼吸。次いで俺は、ツルに向けて頭を下げた。

 

「悪かったな、あんな手荒な真似して」

「え……い、いいよ。むしろ私に感謝させてよ、お陰で助かったんだから」

 

ルドルフ先輩とも話した俺の過失。やり過ぎた応急処置、でもツルは笑って流してくれるようだった。けどそれはそれとして、俺自身がちょっと納得いかなかったりもするが……。

 

「とはいえなぁ。あれから胃とか心臓とか痛くない?かなり強めにやっちまったから心配でさ」

「全然!もう元気元気ですぐに走rゴフゲホガフォッ」

「ダメージ来てんじゃねぇか!!」

「違…これ、元から……ヘケッ」

「だったら尚更じゃいっ」

 

あーやめだやめ、これ以上話続けたら余計拗れそうだ。俺じゃなくてツルの為にやめるべきだな、解散!大人しく寝とけ寝とけ、と背中に手を添え(もた)れさせた。

 

「私こそ、ごめん、ねぇ」

「——俺が勝手にやった事だ。気にすんな」

 

そうやって横たえさせたその時、零れるように呟かれた謝罪。内容は分かってる、俺のレース中止の件。自分が問題無ければ俺は勝負を続けられたのに、ってところか。

……なるほどなぁ。

 

(善行のつもりでも、他人を傷付けちまうんだな)

 

怒りを突き付けてきたスカイの事も、今目の前で眠りに就いたツルの事も。俺が走り切らなかった事で、彼女達は傷付けられた訳だ。その責は俺にこそある。

とはいえ、あの行いは後悔できないし、同じことが起きたら迷い無く繰り返すだろう。その時、今度は誰を失望させる事になる?ルドルフ先輩か?シリウス先輩か?その果てに、スぺやグラスとの絆すら裏切る事になるのか?

 

 

おやっさんの期待すら損なったら。俺に生きていく場所は、資格は、残されるんだろうか。

 

 

「どう擦り合わせたもんかねぇ」

 

前途は多難まみれ。それに辟易とする気持ちを少しでも減らしたくて、長く溜息を吐く他無い。答えを見出せないまま、俺は力無く保健室の扉を開いた。

 

 

「ぜぇぇぇぇぇ……やっと、追いついたぁ」

「ふぁっ」

 

その瞬間、鉢合わせた青年が。

行末健一という名だと後に知る、彼こそが。

 

「クロス、クロウ…俺と、来てくれぇ……」

「うん。とりあえず息整えような」

「おrrrr」

「わぁ要救助者が増えたぁ!」

 

答えへの道標になるだなんて、この時には思いもしなかった。

*1
反語




L'Arc実装が今回で良かった
もうちょっとでスピードシンボリをおばアサマよろしく老齢で出す所だった
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