カンケルの挙動とか妙に好き
「……集まったね。始めるよ」
「OK、デス……」
リギルの選抜レース、その全行程が終わった後。私は皆と一緒にいつもの空き教室に来ていた。目的は勿論、件の緊急会議。
「クロさんのあの走り方。幾らなんでも危険過ぎるわ」
「それもそうだけど、問題は救助の一件だよ。毎回あんな簡単に身を投げちゃってたら、3年間を走り切るどころじゃない」
キングとスカイが挙げた2点に対し、それぞれに同意を込めて深く頷いた。あの行動を繰り返したらクロの身そのものが危うい。
確かにクロの、誰も見捨てない姿勢は格好良かった。そういう所に、その背中に憧れてここまで来た。けどそれを踏まえて尚、あれは看過できない。
「オレ的には、クロさんには無事に走ってて貰わないと倒すどころじゃないからねぇ。グラスちゃんだって同感でしょ?」
「完全に同感かは判断材料に乏しいですが、結論としては同じです。私はもう……芝に倒れるクロの姿は、見たくありません」
「とはいえどうするのよ。あの調子だったらクロさん、目の前で故障や不調が起こり次第また同じ事を繰り返すわよ?事故なんて予防は出来ても絶対にゼロには出来ないし……」
「……むぅ」
キングと同様、私としても良案は思い付かない。そもそもこれはクロの意識の問題で、要はもっと彼女自身の身を大事にしてくれれば済む話なのだ———けれど、そう伝えてもきっと届かない。それは先刻、スカイの詰め寄りに
となればどうするか。
と、ここで気付く。
「……門……」
「……エル?」
ただ一人、黙したままの友人に。
ううん、正確には何か呟いていた。それを私が聞き漏らしていた、それだけの事。
「彼方……新たな地平…まさか………」
「エルさん?どうかしたの??」
「ケッ?……い、え。エルもどうしよっかなって、悩んでマシタ」
誤魔化すような笑み。強張ったその表情を見れば、何か隠していることは明白で。
でも、
「そっか」
ここは敢えて聞かない事にした。クロに無事でいて欲しい気持ちはエルも同じ、もしかするとこの場にいる誰よりも強いかも知れないんだ。なのに明かさないという事は、それが彼女なりに不要だと判断できる程度の物だったんだろう。或いは、私達にすら明かさない方が良い特大の爆弾だったのか。
……前者だと思う事にする。エルの手が、微かに震えているのが見えたから。
「うん、これ以上はもうあんまり話進まなそうだね。クロには改めて私から話しておくよ、自分を大事にしてッて」
「私もフリーだけど、助力は不要かしら?」
「キングはスカイの監視をお願い。クロ関係になると暴走するって今回の選抜飛び入り参加で分かったから」
「失礼な、人を制御不能の不発弾みたいに言ってくれちゃって」
「いやその通りでしょう……まさに今あなたが自己紹介した通りじゃない」
「ちぇっ」
一度で伝わらないなら何度でも。私がまずクロと、一対一で説得を試みてみよう。幸いにもまだ時間はあるんだ、クロにはゆっくり変わって貰えば良いんだから。
だからグラス、焦らないで。
「……分かってるつもりです」
机の下で握り締められた掌、それを優しく包み込めば言葉は要らなかった。でも分かるよ、だって大好きな人の危機だもん。
だからこそ、落ち着こう。ね?
「…ちょっとエルが不安なんだ。部屋で落ち着かせてあげて」
「……私は、エルの助けになれるでしょうか」
「出来る。というか、君にしか出来ない」
「エルの
彼女にだけ聞こえるよう囁き。また一人呟き始めてしまったエル、その心に一番近いのはグラスだから。
その旨を告げれば、意を決した顔でグラスがエルに寄り添う。話しかけられたエルの表情が和らぎ、その様子にひとまず安堵して、次はツルちゃんのお見舞いについて切り出そうとした。
その折、足音。
私とグラスの耳が、ピンと立った。
「──ですからね。保健室は体調不良に対応する為の場所であって、体調不良を引き起こす場所ではないんですよ」
「はい……」
「トレーナーなら自己管理して下さい。ウマ娘を同じルートで追いかけて追い付く訳が無いでしょうに」
「はい…すみません……」
出会って2秒で嘔吐した成人男性を介抱してから5分後。俺はスヤスヤ眠るツルぼんを尻目に、保健室の先生の前で彼が正座する様を眺めてた。
いやしかし先生怖いね。怒らせないようにしとこ*1。
「全く。特に異常があった訳ではないので、このまま職務に復帰して下さい」
「ごめんなさいっす……」
「大変だね
「バ群の中で前転して手首を捻挫したあなたがなんで他人事なんですか。つい先程、似たような内容を私に言われたのを忘れましたか?」
「サーセン」
もう怒らせてたわ。怖かったぁ*2。
………で、2人揃って摘み出されたのが10秒前の事だ。
「———で。俺と来てくれってのはどういう意味?」
「覚えててくれたのか」
「あんな
という訳でやっとこさ本題。この推定トレーナー君が俺を求めた意味、期待した役割についてだ。
ルドルフ先輩から物理的に距離を取るべく中々本腰入れて走った自覚があるけど、コイツはその道中をずっと追いかけて来たって事になる。相当大事な案件じゃないと、そんな事しねぇだろ。
……まっ、契約の申し出ってのは流石に無いだろうけどな!選抜レースで負けたし、“勝つ為以外の小細工禁止”ってルールも破ったし、高望みはしないでおくが吉ってn
「俺と専属契約を結んでくれ!」
「ズコーッ!!」
「うわぁどうした!?」
見て分からんか?ズッコケだよズッコケ、予想外極まって色々ぶっとんじまったわ!!
いやそれより、はぁ?!専属!俺と!?!!?
「俺!ルール違反!!レース放棄!!!敗北!!!!」
「何の事っすか?」
「さっきの選抜結果だろ見てたろ?!」
そんな奴が昨日の今日、どころか20分の10分でトレーナー契約してみろ。こう……アレじゃん!
「示しが付かねぇだろ!!」
「それ気にするとしても君じゃなくてシンボリルドルフっすよね」
「……確かに」
論破されて草。じゃなくて、こう、なんというかさ。
オマエ、本気で俺を選ぶつもりか?
「苦労するぞ」
「クロスクロウだけに?」
「やかましいわ本気で心配してんだぞ」
「ならこっちも
「ぐぅ……ッ」
問いかけたら即論破され、更に問を投げ返される始末。はてさてどう答えりゃいい物か、正直ここからは入れる
でもそれを許してくれる相手ではなかったようで。
「ん~……いやまぁ、俺って無名どころか新人っすし。もっと有名どころの良いトレーナーにしたいって言うなら、仰る通りでとしか言いようないんすけど」
「そっ———そうじゃない!」
その誤解だけは嫌だ。いや新人トレーナーっていうのは今初めて知ったけど、でも俺がここで尻込みしてるのはそれが理由じゃない。アンタが原因なんかじゃない。
……いっか。なんか、コイツ相手に隠し事は出来ない気がするから。
ゲロっちまおう。
「……俺、勝手なんだよ」
「へ?」
「多分、俺、かなりアンタを振り回す事になる。配慮とか無いまま、それぐらい勝手な事をするつもりでいる。下手するとそっちの経歴を傷付けるような真似───例えば今日みたいな事して、今度は
「!」
「新人なんだろ?初っ端からキャリアで博打するのはこう……違うだろ」
俺の性根の問題。若年ながら積み重ねてきた半生、それを経ての所感だった。
名高き東条トレーナー率いるリギルを志願したのもそれが一因だ。彼女の名声はもう揺るぎなく、俺が何しようが変わりは無い。危なくなった時のリスクヘッジも信頼が置けるし、場合によっちゃ俺の気性と現実を擦り合わせる助力をしてくれるかも知れない。
……改めて考えると東条トレーナーのキャリア損傷を前提にしてるの失礼過ぎねぇか俺?
いやしょうがないだろ俺だって勝ちたいし!勝てるような強い指導者に育てて貰いたいし!!グラスと同じチームに入りたかったし!!!*3
なぁんて、自分の中で正論と我欲が殴り合いしてた折の事。
「だとすると、リギルはよりにもよっての“最悪手”じゃないっすかね……?」
「へ?」
彼の問い掛けに素っ頓狂な声が出た。えっ、俺変な選択してた?
「いや、リギルってかなり厳しめにウマ娘を管理する方針なんだよ。多分勝手とかあんまさせて貰えないと思うなぁ」
「でもあのルドルフ先輩だって菊花からジャパンCに中1週で直行してたし……先輩たっての願いでゴリ押したらしいから、融通利かせてくれる人なのかなって」
「アレは“我がトレーナー半生における現状最大の失態”って東条先輩が
「おおぅふ……勉強不足ェ」
うへぇ、知らぬ間に大地雷を踏もうとして知らぬ間に回避してたとな。人生何が災いするか分からん、あのまま万が一勝ってたら俺にとっても東条さんにとっても
「それにチーム運営してる人ともなると、他の
「おぅここぞとばかりに畳み掛けて来たな」
「なんかチャンスな気がして」
強かな奴だなぁ。俺としても既にコイツを気に入りつつあるのが一層難儀だ。
気が合う。話が合う。総じて言えば“波長”が合うって言うのかな。向かい合ってると、お互いの境目が溶けて無くなってくような感触すらあった。
(コイツとなら……?)
彼となら、やってけるのか?
上手くいくのか?
「アンタ、名前は」
「そういや名乗り忘れてたな。行末健一だ」
ゆくすえ、けんいち。うん覚えた。何度も口の中で、これまた何故か馴染んだ舌触りがするその文字列を噛み締めた。
そうか。行末っていうのか、アンタ。
………そっか。
「ごめん」
「えっ」
だから俺は、そう言った。
「ちょっと時間をくれ」
怖かったから。
彼が俺に謎に入れ込むように、俺もまた彼に引き込まれつつあったから。
近付き過ぎて、これ以上踏み込んだら戻れなくなる気がしたから。
要するに……俺はその場から、行末から逃げ出したんだ。
呆気に取られたようで、彼は追って来なかった。僅かに覚えた寂寥の、その正体不明さが不気味だった。
と言うのが30秒前の事。もう最初から数えて総計何分経ってるのか、俺にも分からん。
ともかく今、俺は誰かに打ち明けたかった。この胸騒ぎを誰かに相談したくて、具体的に言えばそう、信頼出来るアイツらに話を聞いて欲しいんだ。
どこにいるのか。すれ違ったクラスメイトに聞けば、この棟に向かっていくのを見たとは聞くが……果たして何階にいるのやら?
「スペ〜、いるか〜?」
「なぁに?」
「おわぁどっから出て来た!?」
後ろからくるぞ気を付けろ、とでも言わんばかりの出没である。どっから出て来た、と振り返れば、今しがた通り過ぎた空き教室の扉から出て来たようだった。
「あーびっくらこいた」
「ごめんごめん、ところで、私に何の用?」
「実はさっきトレーナーに契約を持ち掛けられて」
「ホント!?さっすがクロ、もう捕まえたんだ!」
「捕まえたというか捕まったというか」
と事実を言ったら「謙遜は良いから!」と流され肩バンバン叩かれる始末。いやぁ自分でも色々納得してないからここに来たんですがそれは、ってそうだよ相談しに来たんだった!
「けど個人的に色々と不安要素があるんだ。もうチームに入ってるお前とかの意見を貰えたらなって」
「オッケーだよ、クロの助けになれるならなんでも!」
「助かる!ちなみにそのトレーナーの名前は行末っていうんだけどさ」
やはり持つべきモノは頼れる友…友は全てを解決する……!
という訳で聞きたいのは、トレーナーに感じたこの感触をどこまで信じて良いのかだ。間違いなく相性は良いんだ、けどこんな曖昧な物にばかり頼って足元掬われちゃ叶わんからな。だからそこんとこアドバイスよろs………い?
おーい。スペー?
「ゆくすえ……あれ、ぇ……?」
一時停止を押されたテレビ画面みたいな硬直具合。眼前で手を振っても変化無し、オンラインゲームで例えるとクソラグが発生した感じ。
頼れる友、一瞬でバグっちまった。
「Y・K・S・E、I・K・Z・I……な、なんで……気付かなかったの僕!?」
「あっ回線直った」
「トレーナーの顔ぶれは全員把握してたはずなのに!いや待て、今年度新入の分は未確認……まさかそこで見落としてたかぁ僕のバカぁ、お゛ぁ゛ぁ゛あ゛〜〜〜!!」
動揺のあまりすんごい呻き声を上げ、崩れ落ちるスペ。真正面からそれを見てる俺は。
「………小腹が空いたし、なんか食べに行こうか」
「そうします…にんじんハンバーグ5皿くらい……」
「掻き込み過ぎだろそれは」
現実逃避しようと思いましたとさ。ちゃんちゃん。
悪ぃ行末。返事する前にまた拗れる。
【行末のヒミツ】
部屋の内情は察して下さい