また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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【前回のあらすじ】
トレーナー、ゲットだぜ!


北の大三角

「ところで質問なんだけどさ」

 

つい先ほど、俺はこの3年間を共に駆け抜ける相棒(トレーナー)を得た。名前は行末健一、中央入りして1年目の新人だ。

不安が無いといえば嘘になるけど、右も左も分からないペーペーなのは俺だって同じ。だったら俺の心が求めるままに、俺を求める彼の心のままに、素直なそれを行動として出力しようと思った。そうやって生まれたコンビだった。

で、そんな相棒からの質問である。

 

「幕府の子達とはどんな関係なの?めちゃくちゃ気を掛けられてるけど」

「……幕府?何それ」

「スペシャル達の事っすけど。えっ知らなかったの?」

「初耳パンの耳だよぉ!!?」

 

どんな事したらそんな呼ばれ方になるのかワケワカメ。なんか黒船に由来する名前のウマ娘に丸ごとひっくり返されそうで縁起でも無ぇな!

名付けた奴に理由を小二時間くらい聞きたいところだけど、それはひとまず置いといて。

 

「どんな関係つっても……正直ここまでチヤホヤされる理由が俺にも分からんというか、キングスカイエルに至っちゃほぼ初対面だし」

「つまりスペシャルとグラスに関しては心当たりある訳っすか。あーやっぱり」

「やっぱりって何よい」

「さっき三者圧迫面接されたから」

「ファーwww……」

 

……いやあのさぁ!!マジで何なの!?悪い気はしないけどホント何なのスぺ!俺の何がお前らを駆り立てんの!?!!?

幕府だなんだをひとまず置いといて正解だよ、えっ何俺何かしらのフェロモンでも出してる?臭うのか?!こう見えてちゃんと毎日風呂には入って——あっでもシャンプーは毎回最低限量に留めてたなそういや——でも洗ってるし!!

 

「少なくとも臭くはねぇはずだ。ねぇ筈、だ……っ!」

「俺の鼻は全然気になんないっすけどねぇ」

「人間の嗅覚とウマ娘のそれは比較にならねぇかんな。漏れ出たのを嗅ぎ付かれたんだろ、多分きっとMaybe」

「考え過ぎだと思うっすけどねぇ?」

「うぉおおお汚臭を撒き散らしてたとか末代の恥だぁぁぁ」

「いやホントに考え過ぎだと思うし、そもそも仮に匂いだとしても近寄ってくる以上は汚臭どころか好きな匂いなんじゃないっすかねぇ?」

 

悪ぃ行末、そう楽観できるほど徳積んできてねぇんだわこちとら。とはいえこのまま悶えて立って何一つ話が進まないのも事実、ここは別の仮説を基に考えてみよう。

 

「グラスとスぺに限って言や…千歳で1回だけ会ってたから、かなぁ?」

「幼馴染だったんすね」

「そんな深い関係じゃないよ」

 

だって、会ったのはその時だけ。その程度の繋がりで大事にしてくれるなんて、そんなまさか。

 

「でも、今でもすぐ思い出せるくらい大事な思い出なんすよね。お前にとっても」

 

……。

 

まぁ、なぁ。

 

 


 

 

初めての“飛行機”。初めての“空”。

 

「すごかったぁ……」

「飛行機が?」

「うん!」

 

初めての、“旅”。

母さんといっしょに、初めての連続。楽しいの一言で、母さんの周りをついピョンピョン跳ねてしまう。

ああ、いけないな。周りにいっぱい人いるし。

 

「ここも“空港”なんだよね。出発したところと同じ」

「……そうよ」

「でも、あそこが違う!」

 

俺が指差したのは、空港のほぼ真隣に広がる広大な敷地。芝が敷き詰められて、俺と同じウマ娘が家族と共に走ってるのがここからでも見えた。

俺が乗って来た空港に、あんな場所は無い!

 

「ノーザンファームね。ちょうど良い機会だし、走って来たらどう?同年代の友達を作る良い機会よ」

「嬉しいけど、母さんはその間どうするの?」

「──どうしようかしらね」

「じゃあ母さんと一緒にいるよ。走るのは帰ってからでも出来るしさ」

 

まぁ、仕方ないか。走るのも遊ぶのも好きだけど、母さんだけ置いてけぼりには出来ないから。

母さんと笑い合いたいんだ。最近あんまり笑わなくなった母さんだからこそ、楽しむなら一緒に楽しみたい。楽しませてあげたい。

 

「ほら、あそこにベンチがあるじゃん。一回座ろ!」

 

元気の無い様子の母さんを「疲れてる」と解釈した俺は、その手を引いて歩き出した。いや、正確には歩き出そうとした。

 

 

もう片方の手を掴まれて止まるなんて、想像だにしてなかった。

 

「っ──!」

 

母さんじゃない。でもここに、母さん以外の知り合いなんていない。

じゃあ誰が、と振り返った俺の思考はまた止まる。目に映ったその()()()に。

 

青い。

碧く、蒼い、瞳。

 

「ク、ロ……!」

 

真っ白なのに病的さを感じさせない、外国人特有の肌色。スッと透き通るように整った顔立ちの彼女は、栗毛を乱して俺を見つめていた。

その眼差しに射抜かれて、大切な事を忘れてるような、そんな気分にさせられた。

 

「クロ!やっと、やっと会えた……!!」

「ちょっ……え、何?俺、何かやった?」

 

より固く手を握られた上で、さらに距離を詰められる。ただでさえ綺麗な顔立ちが直近に迫って心臓に悪い。それでパニクって、変な言葉が口を突く。

 

「待って、まず君は誰?迷子?」

「……分からないんですか」

「ぅ、うん」

「………そんな。嘘だ、クロまで覚えてないなんて、そんな事……!」

「待ってよ、何が何だか」

 

覚えてないと言われても。確かに何か記憶にあるような気はする、けど肝心の内容はてんで分からないんだ。じゃあ今は、気のせいだって思うしか無いだろ?

でも、このままじゃ。泣かせてしまう。

碌な事を言ってあげられなくて、泣かせてしまう。俺が不甲斐ない所為で。

 

「分かんないよ」

 

落ち着けないまま、思った事をそのまま吐き出すこの口を止められない所為で。

俺は盛大に──

 

「俺、君みたいなウマ娘と会うのは初めてだよ。だって一度会ったら忘れる訳無ぇもん!!」

 

──ミスった。

それくらい綺麗だって、せめて伝えるつもりが。出て来たのは実質、否定と拒絶を表す言の葉。

違う。こんな事を言いたかった訳じゃない。

 

「──ぁ──」

 

その瞳から光を消したかったわけじゃない。

泣かせたかった、わけじゃ、ないのに。

スルリと、握られていた彼女の指が解ける。俺の手を掴んでいた細いそれが、力を失い落ちてゆく。

待って、と。突き放した身でどの口がと、そう咎めたくなるような言葉が出そうになった、まさにその時だった。

 

「グラスっ!!」

 

人ごみを割って入って来た影が、その手を拾い上げたのは。

 

「……スペ、さん?」

「え、誰?」

 

グラスと呼ばれた栗毛の少女が見せた反応から、彼女にとっても予想外の闖入であった事は想像に難くない。だから俺が素っ頓狂な声で疑問を呈してしまったのも責められる話じゃない。筈。

 

「ダメだよ……2人は一緒じゃなきゃ……!」

 

そして、スペさんと聞こえたその子の一声がこれ。俺からしたらもう訳が分からないことの連続、正直“頼むから落ち着かせてくれ”と言いたくなるほどに。

 

でもそんな考えは、改めて2人の顔を見たら消え失せた。

涙に潤んだ4つの瞳。その全てに映り込む俺の姿。俺の存在その物を求めるような、切望の色。

……妙な納得があった。自覚してなかった欠落に満ちていくような、でも肝心の正体ばかりが不明のままな歯痒さ。ムズムズとする胸の内に、自分が何を思ってるのかも曖昧で。

 

ただ。

 

「よろしくグラスワンダー。それと、スペちゃんで良い?」

 

さめざめと泣くグラス達の手を、強く握り返した事。

 

「俺はクロスクロウ。よろしくな!」

 

それだけは確かに俺の意志で、確かな事実だったと言えるだろう。

 

 

 


 

 

「───あっるぇ?そういや俺あの時なんでグラスのフルネームが分かったんだ」

「“運命”ってヤツだったんじゃないっすか?よくある事っしょウマ娘なら」

「クサい事言うない。それよりも続きだ続き、その後な」

「あっまだ続くんすね」

 

 


 

 

「うちのスペがすみません!」

「ゴメンクダサイ、我ガマナ娘ガソソーヲ……」

「いえ。私の娘もそちらのお子さん方を泣かせてしまったようですし」

 

未だ涙は止まらない。けどその時に耳へ入ってきた情報は、一から十まで全部覚えてる。

我慢の限界で崩れ落ちたボク。それを抱き止めてくれたクロ、支えてくれたスペさん。

そこへ差し出されたハンカチは、クロのお母様から。やがてボクの両親とスペさんのお母様も追い付いて、謝罪合戦が始まった事も。

そんな中でも、嗚呼。

 

「もう大丈夫?目、見える?」

 

アナタは変わらない。

こんなにも見た目も種族すらも変わってるというのに、その在り方は変わり無い。

一目見てアナタだと分かった。漆黒の毛色と赫い瞳、だけじゃない。第六感と呼んで良いのだろうか、説明不可能な確信が背筋を貫いたから。

クロスクロウがそこにいる、と。

 

「……っ、んっ……!」

 

なのにこの口は動かない。言いたい事は山ほど溜まって積もり積もっていると言うのに、真一文字に結ばれて硬直してしまっている。そのおかげで、必死に首を縦に振る事でしか肯定を伝えられない。

切なくて、もどかしい──!

 

「グラスちゃん、鼻かんで」

「ふみゅッ……チーン」

「クロちゃんも、もっと近くに寄ってあげて。その方がグラスちゃんも落ち着くから」

Huh()?」

「えっもうかなり近いと思u」

「ほらもっと、こうっ」

 

と思ってたら、スペさんが動いた。強引に。

ボクのクロを引き寄せて──お互いの息が混ざり合うように、抱き合わせるように。

 

「──ぅゎ──」

「ひゅ……っ!」

 

近い。クロの灼眼が、ボクの視界いっぱいに。

スペさん、本当に何も覚えてないの?先程まで得ていた確証が疑念に早変わりし、けど今目の前の状況に心臓が早鐘を打ってそれどころじゃない。

好きな相手と、こんな距離じゃ……!!

 

「クロス」

「っと、母さん!なに?」

「「ぁっ」」

 

……助かったと言うべきだろうか。自身のお母様に呼ばれ、離れてゆく黒髪。名残惜しさを噛み殺して、首を振りなんとか落ち着く。

そうして横のスペさんを見ると、ボクに負けず劣らず悔しそうな表情だった。なんでアナタが残念そうなんですか?

なんて思っていたら、クロのお母様は。

 

「ちょうど良い機会よ。ウマ娘同士で遊んできなさい、例えばあそこのコースで走るとか」

「え、母さんはどうするの。来るよね?」

「私はちょっと用事があるの。夕方に戻って来るから」

「でも……」

「大丈夫、ほらこの財布を預けるから使って良いわ。アナタは自分を律せる子、そうでしょ?」

「……っ……うん!」

 

クロの頭を撫で、そしてボクの両親達と何やら話してから、行ってしまった。手を振るクロを残して、人混みの向こう側へ。

……えーっ、と?

 

「あ、俺の名前はクロスクロウです。よろしくお願いします!」

「へぇ、この歳で挨拶ができるのか。立派だなぁ」

「What a smart pony. I wish Mary and Agatha to follow his example.」

「すみません英語はちょっと……」

 

ペコリペコリと礼を重ねるクロに近寄る。恐る恐る、彼女へ近付く一歩を確かめるように。

キュッと摘んだ袖の感触が、先ほどの触れ合いが嘘幻ではない事を証明していた。

 

「ク、ロ」

「ん?どうしたの、グラスちゃん」

「あの、その、えっと」

 

やりたい事、やるべき事はいっぱいある。クロに記憶は本当に残ってないのか、無いならどうすれば取り戻せるのか。でもこうやって間近になったら、どれにも動き出せない。

いっそ、ずっとこのままで良い。彼女の存在を確かめられるこの距離のまま、時間が止まれば良いとさえ。

そんな停滞を破ったのは、やはりスペさんで。

 

「走ろう!」

 

ボクとクロの手を掴む掌。アナタも覚えていない筈なのに、それを疑わせるほどの力強さと心強さだった。彼女もまた、ボクと時を共にしたスペさんなのだと思い知る。

 

「私、他のウマ娘と会うの初めてなの!ねぇ、走ろ!!」

「……だな。オーケー負けねぇぞ?!」

 

繋がれた手を引っ張られ、誘われ。クロの手とスペさんの手、私の手が繋がったまま。温もりを伝え合うまま風を切る。

 

「あっ───」

 

……これだけで、満たされるなんて。

ただ共にこの風を、同じ時を分かち合えるだけで。

この3人(3頭)だからこそ。

 

「あ、は……っ!!」

 

気付けば笑っていた。

楽しかった。嬉しかった。プラスの感情が溢れ出して、どこまでも昂るままに。

クロの足音が聞こえる、スペさんの背中が見える。ずっと聞きたかった音、見たかったその景色の中にいるのだと。その幸せを噛み締めたその瞬間。

 

 

 

精神一到

          Lv.1

 

 

 

「「──ッッ!!」」

 

意図せず取り戻したのは領域。この世に生を受けて以来、失われていた世界。

その向こうに、ボクの走りを目にして刮目する2人の姿を見た。驚愕し、戦慄し、その上で喰らわんと笑ってくれている。

 

「あははっ……!」

 

昂り荒ぶる情動に任せて、ボクは走った。クロと、スペさんと、走り続けた。

 

 

 

その後だって同じ。気の向くまま走って、疲れて、また走っての繰り返し。それだけの事が、クロとスペさんと共に在るだけでどこまでも輝いた。

両親が見かねて止めるまでそれは続き、3人揃って息を荒げて芝生に倒れる始末。その時ふと、隣のクロの胸を見やる。

息をしている。上下に確かに動いて、生きてる彼女が、懸命に今を刻むその姿があまりにも尊くて。

 

「ん?どうかした?」

「っ!?」

 

夢中で見つめてたら、勘付かれたのか視線を返された。更に何を勘違いされたのか、放り出していた左手にクロの右手が絡められる始末。

ドクンと高鳴った心臓が、その鼓動が、アナタに知られてない事を祈りたい。

そんな風にクロの一挙手一投足にドキドキしながら、自らの好意を再認識させられながら、昼を過ごして。いつしか日が傾いて。

汗だくの身体を拭い、夕食だって共にした。初めて食べた本場のスシ、お茶。ただでさえ美味しいそれが、クロ達と一緒なだけでこんなにも。

 

………でも、幸福は長くは続かない。

 

「グラス、もうホテルに行かないと」

Never(イヤだ)!!!」

 

分かりきっていた事だ。前世()の時と同じ、幼いボク達の行動時間は他者(大人)によって制限される。クロともスペさんとも今日はここまで、けどそれを受け入れられる程ボクは賢くはなれない。

だって、あの時わがままも言わなかった結果、二度と会えなくなったから。

 

「クロと、一緒に、いたい……!」

「グラスちゃん……」

 

恥じらいもワサビ(侘び寂び)も知った事か。今度こそクロと、一緒にいるんだと抱き付いて駄々を捏ねる。幼子の身で親に抗う数少ない手段。

そんなボクの頭をクロが撫でる度、視界の潤みが更に増していった。ごめんなさい。アナタにまた迷惑を掛けて、でも、それでも。

 

「お姉ちゃん」

「へいスペぼん、どした?私達もそろそろ帰んなきゃいけないけど」

「お姉ちゃんは“とれせんがくえん”って所に行くんだよね?」

「そうだよ。私達みたいなウマ娘がいっぱいいる場所、中央トレセン学園」

「……だったらさ!」

 

“それでも”のその先を、スペさんが引き継ぐ。ボクとクロの肩を掴んで、明朗に笑い掛けながら。

 

「2人も来れば良いんだよ、“とれせん”に!」

「「───!!」」

 

突飛なその提案は、確かに希望そのものだった。

トレセン学園、ボク達が走る為の場所。日本も祖国(アメリカ)も、それは変わらない。そこに通うという事はつまり、前世と同じく競走の道へと進む事を意味する。

 

「……そうだ、そうですよ!クロ!」

 

()()()()()だ。ボクとクロを最初に繋いだのは競走の道で、そして今生で再び引き合わせてくれたのも走りだった。それでまたアナタと繋がれるなら、それなら、これ以上の事は無い。

少なくとも、その時のボクにとってはそうだった。

 

「また走りましょう!今度は日本(ここ)のトレセン学園で、もっと大きな舞台で……!」

「すんげぇ方向に話が広がったなぁ」

 

思い浮かべていたのは勿論、スペさん達と走った有馬記念。何もかもに悔いが残った最悪の思い出だけれど、あそこにクロさえいたなら。

アナタに、アナタの見初めた“有馬のグラスワンダー”をこそ、今度こそ見せたい。

アナタの前で、勝ちたいんです!!

 

「……アメリカのトレセンには行かないの?」

「この国のトレセンが良いです」

「本当に?」

「アナタのいるトレセンじゃないと、意味がありません」

 

ボクがそう言うと、クロは数秒ほど思い悩む素振りを見せ──その後、意を決したように微笑み返してくれた。彼女の服を掴むボクの手をギュッと握り返して、それを返答として。

 

「じゃあ──待っててくれ」

「……それっ、て、」

「絶対に追いつくから」

「───うんっ!!」

 

その言葉が聞けた。それだけでもう良かった。

最後に、覚えておく為に、一際強く抱きしめる。クロの匂い、鼓動、存在を自分へ焼き付けるように。

 

「……また会おうな、グラスちゃん」

「えぇ、また……!」

 

体が離れる。最後に結んでいた指が離れ、クロが手を振る。

今日はここまで、今回はここまで。でもきっと、次があるから。そうクロが約束してくれたから。

 

See you(さよなら)……!」

 

喉を震わせそう言った。手を振るクロと、見送るスペさんの姿を、瞳に焼き付けた。

行き交う人々の波が、ボク達を分つまで。

 

 


 

 

「グラスの視点だとそんな感じだったかぁ」

 

ここで一度、お互いの過去を擦り合わせようと。そんなスペさんからの発案に乗って、ボクは当時の記憶を掘り返した。ある意味で、ボクの今世が始まった日の事を。

 

「スペさんの記憶と齟齬でも?」

「ううん、全然同じだよ。ただ視点を変えると、本当な見え方が違ってくるなぁって」

「でも、どうして今更こんな事……」

「グラスはさ」

 

言葉が遮られる。隣から、紫の視線が肌を刺す。

 

「クロの隣にいたい?」

「え」

「答えて」

 

唐突な問いに、目を白黒させられた。答えは勿論YESで、揺らぎようなんてある筈も無い。

無い、筈だったのに。

 

「イキゾイさん……いえ、行末さんの件ですか」

 

彼の事を思い出すと。

クロと彼の絆を、思い返してしまうと。

 

「クロの隣には、ボクより、彼の方が良いんじゃ………」

 

入る隙間も無い程に。結局今世でも繋がりあった両者、ならボクが下手に横入り出来る余地なんてあるのだろうか?

邪魔して良いのだろうか?そんな疑問が、ボクの中で欲望と正面衝突していた。

クロにとっては、ボクと彼と、どっちと深く繋がった方が幸せなのか。

ボクは、イキゾイよりも、行末よりも、彼女の1番になれるのか。なって良いのか。

 

「……そっか。グラスはそこで迷ってるんだね」

 

情け無い姿をスペさんに見せるのも最早通例。一度クロを喪ったあの日から、ボクはかつてのボクの原型を失い続けている。だからこうやって甘え続けて、抜け出せない。

もういっそ見放してほしいと何度考えたか──と、思っていたら。

 

 

「じゃあ僕がクロを狙うね」

 

 

「…………は?」

 

思考が壊れた。

 

「いや、え……唐突に何を?」

「だってグラスはクロが好きな自分を諦めるんでしょ?正直グラスには敵わないって思ってたからさぁ、だったら僕にも目があるかなって」

「は……ぇ??」

「僕もクロが好き()()()って事、忘れてない?」

「ッ!!!」

 

……そう、だった。ボクがクロを好きだったように、スペさんもクロを慕ってた。

けど、ですけど!

 

「イキゾイさんがいます……!」

「僕としては別に無問題だと思ってるんだよねぇイキゾイは。なんなら2人ともオトせるじゃない?そう、僕ならね!!」

 

どこか『らしく』も無く余裕ぶり、でもその違和感に気付けない程度にボクの中から余裕は消えていた。スペさんが、クロを、オトす?

クロが、スペさんの物になる?

 

「……させません」

「──もう一回言ってみて」

 

そう考えた瞬間、押さえていた我欲が解き放たれた。

なけなしの理性が鳴りを潜め、クロへの欲望と共に“対抗心”が湧き上がる。その発端は即ち、スペさんへのライバル心だろう。

負けたくない。彼女だけには。

否。

 

「そんな事は、させない」

 

スペさんにも、イキゾイさんにも。

 

「クロは、渡しませんから……!」

「……負けられないね」

 

ダメだ。やっぱり、クロはボクの物じゃなきゃいけない。だってボクは、クロだけの物だから。

他の誰かに譲るなんて、して堪るものか!!

 

「じゃあ今日はここら辺で帰るよ。でもグラス、僕達の本懐は忘れないようにね」

「当たり前です。クロを助ける、けどそこから先は譲らない」

「……そうでなくっちゃ」

 

踵を返す盟友。果たしてその胸の内に、どんな思惑があってあんな事を言ったのかは分からない。

けどその言葉は確かに、ボクのクロへの想いを強く再燃させた事は、もう言うまでも無いだろう。

 

「クロ……っ」

 

ボクは彼が好きだ。前世でも今世でも、変わらない。

アナタが欲しい。アナタの未来が欲しい。だから絶対に助けるし、絶対に捕まえてみせる。

今度こそ、勝利を掴み取ってみせる。

 

 

 

「やっほー。盗み聞きしてたよ」

「……ああ、スカイかぁ。趣味悪いよ」

「やつれ果てたスペ君のその顔色に言われたくはないもんだね───いやホント無理しないでマジで」

「構わないよ……当て馬役の一つや二つ……」

「ダメだこりゃ」

 

 


 

 

これが俺の記憶。

今の俺を支えてくれる、大切な始まりの思い出。

 

「あの約束があったからこそ、俺はこのトレセンに来たとも言える」

「なるほど、大事なターニングポイントだったと」

「そゆこと」

 

母さん以外で初めて、俺を求めてくれる人と出会えた。それがどれ程大きな事だったか、助けになってくれたか、多分グラスやスペ本人にだって分かっちゃいない。

それで良い。下手に知られても重荷になるだけだから。俺の中で、俺にとってだけ大事な宝物として。

 

「あの日グラス達と出会えなかったら俺、どうなってたか分からんなぁ」

 

郷愁の中で、視線のやり場を探しながらふと空を見上げた。あの日と同じ夕暮れが、騒がしく地平線を照らしていた。

……騒がしく?

 

「オイ見ろよ行末、鳥が喧嘩してる」

「へ?うわマジだ、鷹とカラス?」

「トレセン学園付近にあんなの生息してんのかウケる」

「正直怖い」

 

さて、1日が終わる。明日からいよいよ始まりだ、デビューを控えた競争ウマ娘としての日々が。

グラスに失望させないよう頑張るぞと、そう俺は紅の空に祈念を飛ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

夕方。そこに彼女は、エクスプログラーはいる筈だった。

我が子を、待っている筈だった。

 

「……あれ……?」

 

そこには誰もいない。グラスワンダーともスペシャルウィークとも別れを済ませ、約束を果たしに来た少女の視界に、待ち人の姿は無かった。

 

「…遅れてるのかな」

 

そう解釈し付近のベンチへ腰を下ろす。既に夕焼けが、空港のフロアを照らす中で一人。行き交う人々は見向きもしない、それぞれの仕事へ掛かり切りだ。その中に少女は、母の影を探し続けた。

 

5分。

 

じっと。

 

10分。

 

ずっと。

 

30分。

 

 

……1時間。

 

 

「クロスクロウ」

 

母ではなく男性の声。出所は真後ろ。

振り返れば予想通りに男がいる。無表情で、少女を見下ろし見つめていた。まだ若いのに、眉間に深く皴を刻んだ厳つい男だった。

 

「誰ですか?」

 

返す刃は警戒の声音である。耳を絞る仕草での威嚇、だが男は動じない。両者その姿勢のまま、幾秒かの対峙が行われる。

……それに耐えかねたと言うべきか。男が口を開く。

 

「君のお母さんに頼まれて来た」

「母さんに?」

「エクスプログラー。証拠はここに」

 

差し出された手にあったのは、1枚の封筒だった。しかしそれだけで充分だった、クロスには。

母が家から持ってきた物だったから。お気に入りの柄なのだと、ご丁寧にもこの旅に出る直前、鞄に入れる所をわざわざ見せてくれてすらいた。

 

「……開けて読んでも、良いですか」

「好きにするといい」

 

すんなりと手に渡るそれを、まじまじと見つめてから———意を決したように、クロスは封を解く。男は止めない。

 

中にあったのは。

 

 

 

クロスクロウへ

きゅうにごめんね。お母さんは、あなたと離れなきゃいけなくなりました。

宮崎さんと仲良くね。

エクスプログラーより

 

 

 

 

「……?」

 

一枚だけ。その手紙、ただそれだけ。

クロスの脳は、理解を拒んだ。

 

「何これ」

「クロス」

「何なんですかおじさん、これって」

「よく聞くんだ」

「いや……いやいやいや、こんなのウソですよ」

 

笑うしか無いとばかりに、口角だけが歪に吊り上がる形だけの喜悦。目の前の事象を受け止めれば全てが破綻する、それを避ける為の防衛本能である。

男は労しげに見守るのみだ。

 

「……ウソ、だ」

 

終いには悄然と、力無くベンチに座り込む始末。

 

「母さんは、来るんだ」

「そう思うか」

「だって母さんは、母さんは」

「じゃあ、待とうか」

 

その隣へ男も。大柄な彼と幼いウマ娘、余りにも怪しい絵面を呈するものの訝しむ人はいない。

 

 

彼女は、待った。

 

5分。

 

じっと。

 

10分。

 

ずっと。

 

30分。

 

ずうっと。

 

1時間。

 

じぃっと。

 

3時間。

 

……ずっと。

 

 

「飲め」

 

外の光景と同様、とうにその目から光は消え失せていた。目の前に差し出された水にも気付かない程に。

 

「………」

「さっきから何も口にしていないだろう。ウマ娘の腹にはキツイ筈だ」

「……」

「周りを見ろ、もう殆どここに人はいない。お前の母親は、ここから去った」

「…………」

「…俺の所に身を寄せろ。野垂れ死ぬぞ」

「………」

 

反応は無い。それでも男は、コップ片手に待ち続ける。来ない女ではなく、今家の前にいる少女を。

数十秒後か、数分後か。

 

「なんで」

 

やっと、その口が開かれた。

 

「……どうして」

 

男は答えない。その答えを彼は知らない。

クロスはその目から、ただ一つ雫を流す。夜の更けた空港に、彼女を真に救う者は、もういない。




【宮崎美鶴のヒミツ】
2代目サトシの声に公式声優から推されてた
なんか継ぐ前にサトシが主人公降りた
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