また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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またまた遅れました。もう年末、さらば2023
今年も皆様、誠にありがとうございました

【2025-1-15】
フレアカルマの台詞を加筆


【第14話】執着!

四つ足の生き物が二頭、歩く。

ただ隣で、ただ黙して、並んで歩く。踏み締めるウッドチップの、乾いた音だけが、ただ。

 

ここはどこだ。

ここは、何だ。

私は今、何を見ている。

 

二頭、歩く。

私はただ、それを後ろから眺めていた。

 

『───なぁ』

 

やがて一頭、口を開いた。何故かどこか、聞き覚えのある音で。

 

『お前は、ナリタブライアンなんだろう』

 

私の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

「ブライアン!」

「っ!」

 

我に返る。そうだ、今日は有馬記念で、私は控え室で待機をしていたんだ。

目を瞬かせれば、ピントの合った視界に映るのは物憂げなおハナさんの表情。

 

「不調か?」

「いや……」

「なら…例の“夢”か」

 

問い掛けに返すのは首肯。いつからか私の網膜に浮かび上がる幻想、それに微睡んでいたと伝える。

深刻な問題ではない。トラウマのように苛む訳でもないそれはしかし、私が不調になればなる程に色濃く意識させられているように感じられた。

 

「そう。なら良い……いや良くはないけれど」

 

不調()原因でこそあれど、逆に不調()原因にはなり得ないそれ。その旨を知っているおハナさんも、別段厳重に警戒する事は無い。しかし裏を返せばそれは、夢を見ている間は未だ力を取り戻せていない事の証左になる。

 

「後悔してないの?」

 

ふと、問われた。俯くおハナさんの唇は、何かを堪えるように強く結ばれていた。

 

「何を?」

「私を選んだ事よ。貴女に無理を強いた、私を」

「互いの納得と了承の上だろう」

 

短いローテーションでの度重なるレース。当初集中力を欠き、その自覚もあった私には最適解だったと思う。

……同時に。

 

「だが、アレが貴女の故障と無関係だとは言えない」

 

消耗が積もっていった事も、否定できない。

右股関節炎を発症した時の痛みは、未だに記憶に色濃く残っていた。

 

「結局、あの転機から一度も最盛期を取り戻してあげられなかった。情け無い限りだわ……」

 

未来は、変わっていたのだろうか?

もし私が、提示されたプランを拒んでいたら。

他に舞い戻る道があったのなら。

おハナさんではないトレーナーを、選んでいたのなら。

 

 

()()()()だな。

 

「顔を上げてくれ」

 

視線が合う。そうだ、有馬記念だぞ。今するべき事は俯く事じゃない。アンタともあろう人に、そんな姿勢は似合わない。

 

「私は確かにアンタを選んだ。けど同時にアンタも選んだ筈だ、私というウマ娘を」

「……ええ。選抜レースからずっと目をつけて、貴女をスカウトした」

「ならその目に間違いは無かったんだろう。そしてその上でやる事をやったのなら、あと残されてるのは──胸を張って、私の隣で踏ん反り返る事だけ。違うか?」

 

そう告げると、彼女は眼鏡の奥の目を丸くして──苦笑に瞳を歪ませた。

 

「ぷはっ……全く貴女ってば。昔から本当に生意気よ」

「そんな私を堂々と抑圧してきたのはアンタだろうが」

「人聞きが悪いわね。ビシッと言わなきゃ貴女、聞く耳持たないじゃない」

「それもそうか」

 

──さぁ。もう時間だ。

皆もうターフに出てるんだろう?

 

「ええ。アマゾンが……皆が、お前を待っている」

 

分かってる。

だから、行くよ。

 

「……ああ」

 

立ち上がる。2本の足で。

 

「ブライアン」

 

振り返りはしない。ただ聞くだけで充分だった。

 

()()()()

 

 

「……当たり前だ」

 

やっぱり彼女は分かっていた。この虚勢を、震える声音を。

だがその上で、そう言ってくれるのなら───

 

「勝ってくる」

 

進む他は無いだろう。

“強がる私”が一番強いのだと、そう言ってくれるのなら。

 

 

 


 

 

「やっ」

「げっ」

 

盛況極まる場内を抜けて外に出てみれば、運があるのか無いのか鉢合う黒髪。今丁度中山レース場に到着したようで、いつも通りの呑気な面構えで会釈してきたクロさんに、私は思わず苦虫を噛み潰して応じる羽目となった。

 

「“げっ”とは何じゃい“げっ”とは」

「そんな()()()を引き連れてゾロゾロ来られたら引くでしょ」

「まー、やっぱりこの人数だとねー」

 

クロの傍に控えた謎のウマ娘に肯定されながら見遣るは後方。そこに見えたのは、茶髪の若人に群がり引っ付き振り回す幼ウマ娘達の姿でしたとさ。

ちなみに振り回すってのは比喩じゃないからね。物理ね。

 

「人間ブーメラン〜!」

「うぇああああ」

「おにーさん、がんじょー!!」

「たすてけぇ」

 

「──って待てやお前ら!ストップストップ!!行末を解放しろぉ!!」

「みんなー、周りの迷惑になるから落ち着いてー」

「いや黙認かと思ったら普通に無制御ですかい。ところで君、名前教えて貰っても良い?」

「フレアカルマですー。クロがお世話になってますー」

 

 

 

「んで、スカイはなんでこんなとこに?」

「ローレル先輩と話してきたんだよ。ちなみにスペちゃん達は席を確保してるから」

「そりゃ助かる」

 

それから5分。ハッスルする子供達をウマ娘3人がかりでなんとか諌めて、私とクロさん達は観客席の方へと歩いていた。

だんだん近づく喧騒が、いよいよその時が迫るのを雄弁に伝えてくる。クロさんはその事を分かってるんだろうか?

 

「ん?サクラローレルと知り合いなんすか」

「同室でして。気になっちゃいますか〜、先輩のウ・ラ・バ・ナ・シ★」

「ぇめっちゃ興味深いっすね」

「こーら、行末を揶揄わんでやってくれや。このままじゃ女子高生の秘密に興味津々な成人男性とかいう明らか事案な光景になっちまう」

「そんなんじゃないし、なんなら今のクロの発言そのものがトドメになった気がするっすよ!?」

「ふしんしゃー!」

「へんたーい!!」

「違っ」

 

ありゃバレた。相変わらず目敏い、だからこそ欺き甲斐があるって物ですけど。

……クロさん、行末さん。今日の有馬記念、どんな見立てだったりします?

 

「んー。サクラローレル先輩かマヤノトップガン先輩ってとこだろ。次点でマーベラスサンデー先輩」

「その3人の中で一番ノってるのがサクラローレルっすから、まぁ人気は1番になるかな。ヒシアマゾンは最近奮わないのがどこまで続くか……後はそうだな、うん」

「あぁ。ナリタブライアン」

 

……気になりますか。やっぱり。

 

「え〜三冠とはいえ過去のウマ娘でしょ」

「少なくとも世間の評価はもう“そう”なっちまってるな。高松宮杯での敗戦が痛い」

「でも三冠なんでしょー?」

「シンザンとおなじ!」

「つよい!」

「かっこいい~!!」

「……そうっすよ。だから期待する気持ちを、誰もがどこかで持ち続けてる」

 

その通りなんだろうね。その走りが、強さが、多くの人の目を焼いたと。人気投票で出走の可否が決まるグランプリ、この有馬記念に出れてることもそれを証明してる。

本当に、()()()()だよ。

 

「ブライアン先輩は勝てませんよ」

 

言えば、返ってきたのはキョトンとした顔による反応。なんだかおかしくて笑いそうになる。

 

「ローレル先輩に勝てる訳が無い。今度こそ終わりです、シャドーロールの伝説も」

「同室の(よしみ)としても、随分確信的に話すんだなぁ」

()()を見てなければ、そう思えるのも当然かもね」

 

直視してきた。

前世で、縛られたままだった自身を。

今世で、囚われたままでいる彼女を。

厩舎で。美浦寮で。鏡で自分を見るように、ローレル先輩を。

 

………取り戻せなかった尊厳(憧れ)を、今も求めてもがき続ける。そんな敗残兵が私達。

 

「だから、クロさん。よく見ててね」

「ローレル先輩を?」

「いいえ〜」

 

クルリと回転、後ろを歩いていた彼女へズイと顔を突き合わせた。

眼前に広がるは真紅の瞳。憧れ焦がれ、私を焦がした憎い火の色がそこにある。突然の接近に戸惑いながら、でも私をその中に捉え写している。

そう。せいぜい見ておいて下さいな?

 

「ブライアン先輩だよ」

 

憧れさせておきながら、追いつく前に消えてしまった星。追われる義務を投げ捨てた不義理者さんめ。

君もそうだ。

その来歴が当馬当人の意図に沿わない物だったとしても、残された者からすれば関係のない話だから。

 

「“元”最強ウマ娘が先輩(サクラローレル)にどう料理されちゃうか……覚えておいてよ」

 

それは他ならない、未来の君の姿になるかも知れないんだから。

ううん、私が君を()()させる。ローレル先輩がブライアン先輩に刺される“トドメ”となるように、私も君の。

 

突き付けるように、相手の唇へと押しつけた人差し指。それで目を白黒させるクロさんの顔を、本番(レース)で是非とも歪ませてやりたいと、私は密やかに熱を上げたのだった。

 

 


 

 

「セイウンスカイ……」

「どしたのー、行末さん」

「ああ、うん。気にしないでくれフレアちゃん」

 

中学生2人が仲睦まじく絡み合っている様子を、俺は後ろから眺めるだけ。そのつもりだった。

剣呑な気配が一瞬、スカイから垣間見えるまでは。

 

「こりゃ、相当対策(メタ)張ってきそうだな」

 

しかしそれも「なぁんてね★」「いや距離感ン!」という軽快に続く会話で流され、まさか幻聴だったかと錯覚してしまいかけた。でも明らかに現実だ。

クロを見るあの目には僅かな恨みさえ乗ってたんだから。

 

ykse(ゆくすえ)~?」

「クロねぇいっちゃうよ?」

「っと、遅れて迷子は勘弁っすね」

 

引きつれる子供達と共に、彼女らの背を追う。しかし一方で、将来必ず打ち当たる事になるライバルへの警戒を、忘れる事は出来なかった。

 

 

 

俺はまだ知らない。

置き去りにされた少女の怨恨を。その痛みと怒りを。

その一例を、この中山レース場で目撃するまでは。

 

 

 

「───今更遅いよ、ブライアンちゃん」

 

 

 

バ道で花開く。

燻んだ桜の、その息吹。




良いお年を。
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