また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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桜の木の下には何が眠る?


【第16話】桜下!

空気が水っぽさを帯び、(むし)が徐に喚き始める。あの()に会ったのはそんな季節での事だった。

 

酷く惨めなレースをした。あの時の()()には何一つ残っていなかった。力も、勇気も、矜持も、何も。

これまで築き上げた物を自分自身の手で、大勢の前で台無しにして……オレは今、息だけをしている。

 

そんな俺の所へ、奴は唐突に現れた。

傍目から見ても衰えた肢体で。そうでありながら、かつての強さを思わせる風格を纏って。

歴戦の猛者。俺がなれなかった姿。思わず目を逸らす。

 

『ラストアンサーだ。覚えているか』

『……知ら、ん』

『!!』

「うぉっと!?」

「ブライアン、どうした!」

 

僅か一瞬。向けられたのは、ドス黒いまでの思念。目を合わせてすらいないのに伝わってきたそれに、オレは恥も外聞も無く臆した。臆して、こけた。

 

『…そこまで落ちぶれていたのか』

『ち……違…ッ』

 

一転、見上げた視線は呆れの色。次いでオレを引っ張っていたニンゲンに目配せし、その指示に従うよう促される。圧倒されたままのオレに、抗う選択肢など無く。

 

立たされる。並んで、歩く。地面に蹄を鳴らす、二頭(ふたり)揃って。

 

『……言い分はあるか』

『え?』

『酷い負け方をしたと聞いた。何故だ』

 

ふと掛けられた質問に、咄嗟に返すことは叶わなかった。これは何だ?何を言っても言い訳にしかならない気がする、どうしろと?

 

『思った事を言えばいいだろう』

『っ……短過ぎたんだよ、距離が』

 

そんな俺の苦慮を一蹴する一言に、半ばヤケになって明かす。先日の醜態、その内容を。

 

『半周だけの走りじゃ、スタミナなんて余るに決まってる。加速だってロクに出来ないし、もっと距離が欲しかった』

『……驀進できる奴は限られるからな。お前は違ったか』

『そうだ。オレが強いのは最低でもあの2倍、ううんもっと欲しい。なのに勝てるわけが無いだろ!』

 

バクシンというのが何かは分からないけれど、なんとなく流れで意味は分かったので流す。そんな事より、一度噴き出た不満がもう止まらなかったから。

今になって沸々と怒りが湧く。どうしてオレが、こんな思いをしなきゃいけない?

 

『何で、なんでなんだよ!苦手な分じゃ負けて当然だ!もっと、もっと───』

 

『長ければ、勝てたか?』

 

そう身勝手でいられたのもその瞬間までの事。胸を張って言える返事を、今のオレは持ち合わせない。

言い返したかったさ。勝てるって、オレはこんなものじゃないって、見せつけてやりたかったさ。

 

『……っ、あ、ゎ………』

 

でも出来ない。得意な距離でも何度も負けて、何度も恥をかいて、オレの矜持は既に折れている。こんな状態で“勝てる”と言えるほど、オレの面は厚くなかった。

言い淀む声すら満足に出せず、吃音の呻きすら小さく掻き消える始末。そんな俺にいよいよ呆れたように、奴は大きく溜息を吐く。

 

『その有様では、もうおしまいだな』

『ぅ………』

『これにも言い返せないか。かつての三冠馬が、嘆かわしい限りだ……念のためもう一度聞くぞ。()()()()なんだな?』

 

念押しするような声音に、またも恐れおののく。影が怖くて仕方が無かったころの自分にどんどん戻っていく、還っていく。

 

いや───とっくの昔に戻っていた?

 

 

違う。最初から変わってなんかいなかったんだ、幼く臆病な自分から。

 

 

『──あぁ……』

 

諦めと同時に吐き出した肯定。どう思われようと仕方の無い弱音で、言った瞬間に自分の中の何かが切れる。

もう強がっていた頃の自分には戻れない。異郷のあの子に格好つけていたブライアンは、今この瞬間に死んだ。

それを聞き届け、見届けた奴が顔を上げる。天を仰ぐ、総てに対し諦めた(さじをなげた)と言いたげに。

 

『そうか、そうか。本当にそうなんだな』

 

そうだよ。もう見放してくれよ、楽にさせてくれよ。

走れないんだ。速くなれないんだ。オレはもうここで終わりで良い、これ以上格好悪い所を誰にも見せたくない。

 

異郷のあの子にも、

小生意気な栗毛にも、

追いかけてくれた同輩にも。

 

だからオレは、もうここで。

 

『………』

『クソ、そうかよ。じゃあもう──

 

お前に負けた奴らも、ここでおしまいだな!!』

 

……?

 

『へ?』

 

そんな声が出ていた。誰の事だ?

オレが終わったとして、それに巻き込まれるような誰かがいるのか?

 

『だってお前、覚えていないんだろう?』

『何を、』

『今まで誰に勝ってきたか!誰を下してきたかも忘れちまったんだろう!?』

 

狼狽えるニンゲン達を強引に振り払い、奴はそう告げてオレと正対した。睨みつけてくる鋭い眼に何かを思い出しかけ、でも言われた通りやはり出てこない。

そうか、コイツは俺とどこかで戦って……でもオレは、その事を。

 

『憎みたくないんだよォ!!()()()を負かしたお前の疾走(はしり)を~!!!』

 

惑うオレを絶叫が叩く。

痛い。オレの体じゃない、オレの心がでもない。

でも分かる。奴が、痛くて、泣いている!

 

『勝ったお前が覚えてないんじゃ!お前が敗者として去った時、誰が“敗者の敗者”なんか省みてくれるんだ!?』

『それ、は、』

『そのお前がこの有様じゃァ!!!まるでライスの頑張りが無意味だったみたいじゃないかァ!!』

 

涙ながらの訴えに何一つ返せない。アイツとは、嗚咽に曇ったその名前が誰なのかも聞けない。きっとそれは、オレに負けた誰かで、オレの後塵に拝した誰かで、でもそれ以上の事は何も。

そんな奴らがいっぱいいる。オレが歩んできた足跡の分だけいるんだ、と。

 

オレがここで終わったら。

惨めなまま、おしまいになったら。

彼らは、どうなる。

 

『……勝者だろ、お前は』

 

息を整え、問い掛けられた。オレの存在意義、オレのアイデンティティを。

 

『───なぁ……お前は、ナリタブライアンなんだろう?』

 

頼むからと。終わるなと、終わってくれるなと。

俺にその末路は許されないと、そう言ってくれていた。

だから俺も、こう答える事が出来た。

 

『…そう、だ』

 

死ねない。まだ終われない、止まれない。鳴りやまない胸の奥の鼓動が、踏み潰してきた影が迫る限り。

 

『オレはまだ…シャドーロールの怪物(ナリタブライアン)だ!!』

 

 

 

オレは走った。

 

背を押され、誰かの祈りと、呪いを背負って走った。未来の為に、強かった自分をもう一度目指して走った。

 

全力を懸けて、走って、走り抜いて、そして───

 

 

『もう遅いよ、ブライアン君』

 

 

それでも同輩(ローレル)に、敵わなかったんだ。

 

 


 

 

《体制完了しました、第41回有マ記念───ゲート開いたッ!》

 

ブライアンちゃんの走りはよく知っている。私が一番分かってる。

その底力も、限界も、全部。

 

「……」

「っ」

 

中団後方に位置付く彼女に対し、私はその左斜め前に陣取った。ジロリと一睨み、けど何も怖くない。

怖くないブライアンちゃんは、ナリタブライアンなんかじゃないから。

 

《スタートが心配されたヒシアマゾンは後方からのレース、予想通りカネツクロスがペースを作っていくのか。3コーナーから4コーナーへ、後方からはマヤノトップガンが追っていますっ》

 

ウマ娘のレースでは実況もまた重要な情報源。目だけでなく耳でも、要注意なライバルの情報が手に入るからだ。逃げるマヤノちゃんも追い込むヒシアマちゃんもこれで把握して、そしてマーベラスちゃんに関しては目視出来る範囲にいる。中団前方、先行策。

 

……位置が見事にバラけた。お互い邪魔し合う事も無く、順調にそれぞれの作戦を遂行するだろう。私に張り付かれたブライアンちゃん以外は。

ピッタリと張り付いて、塞いで。

脱しようとする動きを、妨げて。

皆からの視線を、遮って。

 

《さぁ一周目、正面スタンド前のホームストレッチです!ファンでギッシリ埋まった中山競バ場を14人が駆け抜けていきます。一番人気サクラローレルはインコース、じっくり待機!》

 

誰からもあなたが見えないように、私が封じる。あなたを奥深くに埋め立てる。その醜態を晒させたりするものか。

その証拠にほら、誰も貴方に言及しない。既に終わったあなたを、私に晦まされただけで誰も探そうとしない。その事実が、私の正しさを証明しているのだと後押しするようだった。

ここに、ブライアンちゃんは立つべきじゃなかったのだと。

 

「ローレルッ!!」

 

……それでもあなたは気付くんだね。ヒシアマちゃん。

続く言葉は無い、レースにそんな余裕は無い。でも言いたい事は分かる。

 

ブライアンちゃんをどうするつもりだ、とか。彼女だけに注力して勝負を捨てるつもりか、とか。私自身がよく分かってる。

 

でもね。ナリタブライアンは私の“光”だったんだよ。走れなかった私の希望だったの。

ダービーに出られなかった私の目の前で、その栄冠を持って行ったあなたに焦がれたの。諦めた菊花の証を掴み取ったあなたに灼かれたの。

妬ましくて、それ以上に強くて、美しくて、納得させられる存在。憧れとして昇華されたその感情は、私に歩き出す力を与えてくれたの。

 

だから。

だから───お願いだから!

 

()()()していて……!」

 

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花開き、世界

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私の記憶の中で。どうか二度と蘇らないよう、丁寧に丹念に埋葬する。

 

ありがとうナリタブライアン。

ごめんね、ブライアンちゃん。

 

「くっ……!」

《さぁ向正面に入り、サクラローレルここで進出か!各ウマ娘ギアを上げて第3コーナーへ──!》

 

元より勝負を捨てたつもりも無い。ブライアンちゃんのセンスは衰えて尚鋭くて、勝負所をよく分かってる。だから張り付いてそれを殺した、活かされたら困るから。

そして同時に、利用させてもらったんだ。ずっとブライアンちゃんを見てた私だからこそ、前にいながらマークできた。彼女が動こうとした瞬間に封じれたし、その瞬間に乗じて始動出来た。

 

ナリタブライアンの強みを継いで(うばって)、私は未来に向かう。もう過去は振り返らない。

 

「終わりだ……全部ッ!」

 

この執着も、未練も、因縁も───!

 

 


 

 

「行っけぇ!先輩ぃぃぃ!」

 

隣でスカイの応援が轟く。彼女がさっき俺に告げた警告、その意味を俺はやっと理解出来た。

 

「嘘だろ……ここまで一挙手一投足を押さえ込むか、普通!?」

 

行末の説明が全てを物語っていた。ナリタブライアンのすぐ直前を独占し、コース選択の自由を完全に剥奪するレース運び。それでいて周りのウマ娘への牽制も欠かさず、彼女を孤立させて周囲から完全遮断した。

この有馬、後半に至るまでブライアン先輩は何一つ大勢に関われていない。ローレル先輩の手で徹底的までに囲い込まれ、除け者にされてしまったんだ。

そのローレル先輩が今、徐々にスパートをかけ始める。いよいよ差が開く、置いて行く。

 

(………なるほどなぁ)

 

お前が見せたかったのはコレか、スカイ。お前が俺にやりたいのはこういう事なんだな、セイウンスカイ。

いや怖いわ。どれだけの深い情念を燃やしたらここまで追い詰められるんだ?

 

(分かったよ。この目に焼き付けてやるさ)

 

お前はブライアン先輩から目を離すなと言った。こうやって何も出来ず、許されず、落ちてゆく栄光を直視しろと。なら望み通りに見届けてやろうじゃねぇか。

でもな。それはただ、無様を眺めるためじゃない。

 

「……何する気だ?」

 

俺なら諦めてる。絶望してくたばってる、そんな絶望的状況にて。

未だ気迫を緩めないブライアン先輩の姿を、最後まで見つめる為だ。

 

「怪物先輩、教えてくれよ」

 

何がアンタをそこまでさせるのか。追い詰め、追い立て、疾走へと駆り立てるのか。

最後の瞬間まで、俺に魅せつけてくれ。

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