また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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サブタイを何度か「切腹!」と読み間違えた今日この頃。書いたのは自分なのに

という訳で、ようやくブライアン編終了です。長らくお待たせして申し訳ありませんでした


【第19話】切望!

その子はとてもびっくりしたと思う。

何せ実の母親との別れから数時間後、見知らぬおっさんに連れて来られたのは都心に聳え立つ大豪邸(宮崎家)だったんだから。

 

「引き取った。今日から面倒を見てやってくれ」

「ちょちょちょ(ちょ)父さん!?急に、えっ何その子!?」

「お前の妹になる子だ」

「隠し子ォ!?」

「違う」

「あらあらまぁまぁ」

 

所在無げにあたりを見回すウマ娘。そのボサボサの黒髪を見るに裕福とは程遠い暮らしをしていたことは明白だった。

変な方向にとはいえ()()()()()()お父さんが実の娘にそんな生活をさせる訳無いなんて分かり切った事なのに、当時の私は動転して気付かなかったっけ。逆にお母さんは動じなさ過ぎだったけど。

 

「一応聞くが悠真、人道に悖ってはいないな?」

「彼女の母親からの打診です。法に基づいた契約も結んでいます。その書類がここに」

「そうか。なら良い──いや良くないが?」\バチコーン/*1

「痛い。何故ですか」

「いや養子とるなら事前に家族に相談ぐらいせんか!?私は良いとしても伴侶(梢君)(美鷺)にも連絡無しはアウトに決まってるだろうこのバカ息子!!」

 

「……えっ、と」

「ごめんね急に。ところで、貴女の名前を教えてくれないかしら」

 

お父さんとお爺ちゃんの取っ組み合いが目の前で勃発し、目を白黒させるウマ娘にお母さんが問い掛けた。私もそれでようやっと落ち着けて、共に答えを待つ。

やがて開かれた唇からは、やや小さく。

 

「クロス……クロウ。です」

 

クロスクロウ。その名はこの娘が運命から授かった物。そして彼女に唯二、残された物の一つ。

その事実を咀嚼している内に、お母さんはさらに続けて言った。

 

「クロスちゃん。私は宮崎(あずさ)、こっちが娘の美鷺(みさき)っていうの。受け入れられないかもしれないけれど……これからは私達が、あなたの家族になるわ」

「「!?」」

 

私とクロスちゃんの意見が初めて一致したのは多分ここ。衝撃の事態をすぐさま受け入れたお母さんへの驚愕、それが一気に場を制したから。

 

「…良いのかい梢君。私とてこの子をそう易々と見捨てるつもりは無いが、しかし…」

「私は夫を信じてますから。彼がする事には絶対に正当な理由がある、私は妻としてそれを支えるだけです。ね、貴方?」

「梢……ありがとう」

「ですが何の相談も無かったことに関しては別件ですからね。また話しましょう」

「ハイ」

 

トントン拍子に進んでいく話に私は付いて行けない。目まぐるしく変わる状況を何とか把握しようときょろきょろ周囲を見回していたら、件のウマ娘の子と再度目が合う。寂しそうで不安そうな、その瞳と。

 

「ここにいても……良いんですか?」

「───っ!!」

 

多分反射行動。控えめに呟かれた懇願に、思わず私は抱きしめる事で答えていた。

母性本能ってこんなに強いんだって思い知らされた気分だった。事前に知らされる事もない新しい家族で、なのにこうも身体が動くなんて。でもクロスちゃんの心を溶かすにはそれでも足りなかったみたいで、彼女の手は私を抱き返すには余りにも力無くまさぐるばかり。

 

「良いよ。大丈夫、良いんだよ……!」

 

それを補えるように言葉を掛け続ける。これが私の、姉として出来た最初の事だった。

 

 

 

という顛末でクロスちゃんが家族になってから、凡そ1年が経った頃。その期間で彼女も余所余所しいながらも我が家に馴染み、その一員として生活していた。

私がそれに貢献できていたかは分からないけど、自分なりに彼女と仲良く親しく接してきたつもり。

 

遊びに行く時は遠慮するクロスちゃんを引き摺ってでも連れて行ったし。

海に連れてった時は溺れる寸前まで一緒に泳ぎ倒したし、山に連れてった時は滑落寸前まで一緒に追い駆け回したし*2

同じ小中一貫校に後輩として転入してきた時には「イジメたら(コ□)す」と問題児達に啖呵切りまくって守ったし。変なちょっかい掛けようとした年上男子は実際張り倒したし*3

同級生の女子達とは一緒にクロスちゃんを着せ替え人形に見立ててお洒落したり、写真撮って永久保存したり*4、それはもう色々と──

 

───あれ?これ見方によっては虐待じゃない?ちょっと謝ろっか。いや謝るで済むかなコレ。嫌じゃなかったかどうか、今度それとなく聞くか───

 

──まぁ色々と、触れ合い続けた。その甲斐あってか、今では「クロ」「サキ姉さん」と呼び合えるくらいにはなったから無駄ではないと思う。うん。

 

ただ気になる事として、掃除とか皿洗いとか、お手伝いに当たる行動を率先的にしようとする所がある。それだけなら良い子を超えた良い子で可愛いんだけど、どこか強迫めいた所があるというか……やっぱりまだ馴染み切れてないのかな。お爺ちゃんが持ってるトレーナー教本とかに興味を示すあたり、ウマ娘らしく走るのが好きみたいだから、そこを起点にもっと仲良くしたいな。

 

閑話休題(ともかく)

 

「サキ姉さん、先帰ってますね」

「クロ!行くなクロ!!私を置いて行くなぁぁぁあああ!!!」

「ハイハイ居残り続きのミサキングは置いてお姉ちゃん達と帰りましょうね〜〜」

「じゃあクロちゃんはあーし達が送ってくっから、鬼舞辻美鷺は勉強頑張ってね」

「うがー!!」

 

現在それなりに姉妹として良好な関係を維持してる私はしかし、自前のアクティブさに学生生活を全振りして学業を疎かにしたのが祟っていたのだった。

補修つらみ。クロちゃんとの貴重な下校時間がそのものがー!!

 

「おおん……ただでさえクロちゃん人気で絡めないのに、姉として情け無い」

「友達いっぱいできたもんね〜。男子にも女子にもモテモテだぁ」

「…あはは。ウマ娘だからですよ」

「その年で謙遜たぁ生意気なっ。オラッ久し振りにウチらで独占できるんだから構え、美鷺(ミサ)っちと違ってウチらは家で会えないんだよっ」

「うわー!?サキ姉さん、また家でー!!!」

「クロ〜〜!!」

 

引き摺られていく妹へ手を伸ばし、姿が見えなくなって暫くしてから力無く項垂れた。まぁ奴らは信頼のおける同級生、クロちゃんを問題なく見送ってくれる事だろう。

 

ちなみに私の家、まぁ言うまでもなく色んな意味でデカいのだが。それに(かこつ)けてお父さんもお母さんもリムジン送迎だの護衛だの付けようとしてた事がある。

でも歩いて来れる距離の学校でかつ、治安も良いこの地域でそんな事したら悪目立ちが過ぎる!特に反抗期を自覚した今となっては、自分の一挙一動が親の意向で大事にされるのは幾ら何でもウザかった。ので、ゴネにゴネて()()()()のは無しにしてもらってたり。

 

「ま、我儘こいた分はちゃんとやんなきゃってね!」

 

お父さんが好きだ。不器用で、言葉少なく、でも明らかに多忙な職位なのに人並みの家族団欒の時間を捻出してくれているお父さんが。

自分の愛情表現に自信が持てないばかりに、バースデープレゼントの額が年を追うごとにインフレしていくお父さんが。

 

お母さんが好きだ。そんな父を献身的に支えて、私を出産してあんまり外に出れなくなった後は“内助の功”を体現するように家庭を築き守ってきたお母さんが。

そんな中でも私と真剣に向き合い、時に叱ってくれた厳しく優しいお母さんが。

 

お爺ちゃんが好きだ。いつも朗らかで甘えたい時に甘やかしてくれて、遊び心を教えてくれたお爺ちゃんが。

ウマ娘競走に詳しくて、レース解説を交えて一緒に楽しんでくれるお爺ちゃんが。

 

そんな家族に報いたくて、その一員として誇らしく在りたくて、だから反省して勉学に取り組む。今まで散々遊んだ分、取り返して見返さないと!

 

 

 

………そう励んだその日、私は誘拐された。

 

「麻酔ちゃんと効いたか?」

「大丈夫だ、ちゃんと脱力している。とっとと押し込んで縛るぞ」

「失敗したら死ぬなオレら」

 

薄暮の時間帯、帰路を行く最中に停車してきたハイエース。通り過ぎようとしたその瞬間に伸びてきた手に腕を掴まれ、そこから先の記憶があやふやだ。意識も朧げで視界だってふやけている。

……けど、口に何か突っ込まれたら流石に抵抗だってするもので。

 

「むぐ〜〜〜ッ!?」

「うわ暴れ出しやがった!回復早過ぎだろ」

「まぁウマ娘ならともかく、所詮ヒトミミ娘の中坊だ。俺が抑えとくからお前が縛れ」

「ウマ娘といや、2時間くらい前にここ通ってったのがコイツの妹だっけ。目が合った気がしたんだけど気の所為か?」

「知るか。バレた訳でもあるまいし、そろそろ車出すぞ」

 

その時はまだ誘拐だとか分からなくて、ただ見知らぬ男達に閉所で押さえ込まれてる事実が恐ろしくて仕方なくて、必死に暴れて叫んだ。けど猿轡を咬まされた口と拘束された手足じゃ抵抗なんて出来ず、簡単に押さえ込まれてしまう始末。

 

(お父さん、お母さん!お爺ちゃん、クロ……っ)

 

走馬灯みたいに家族の顔が脳裏をよぎって、その一人一人に心の中で助けを求めて───最後に(クロ)を想った。

 

その瞬間だった。

 

「──なっ」

「むぐっ?」

「え……ぇえ?!」

 

“バガンッ”という効果音の後に“!”が幾つ付いても足りないぐらいの爆音に次いで()()()()()()。停止中の車では本来あり得ない挙動に、中の誰もが顔を上げて周囲を見回す。

時を経ずして、最初に“それ”を視認したのは私を引き摺り込んだ男その人だ。

 

「は……ァ!?あのウマガキなんで此処に!!」

むお(クロ)ーっ!!!」

 

その名の通りに、漆黒な髪を後ろに束ねた彼女がそこにいた。真っ赤な瞳を限界まで引き絞らせて、スモークガラスの向こうから私たちを睨みつけている。見えない筈なのに、ここに私がいるって分かってるみたいに。

また車が揺れた。

 

「お、オイ!早く発進させろ!!」

「ダメだッ、コイツ初手で()()()()()()()やがった!!」

 

私の呻き声に呼応してくれたみたいに、後部座席のドアノブを激しく引いてくれている。幼いとは言えウマ娘、その動作の度にハイエースは軋みを上げて揺るがされた。

やがて一等大きい破砕音とともに、視界に光が差し込んだ。ついで、伸びてくる手。

 

引っ張られる。

 

「ヒぅっ!?」

「待ちやがr───」

 

抱きかかえられたと認識したのは、物理的に遠くなっていく男たちの声を右から左に聞き流しながらの折。こういうのってバ耳東風っていうんだっけ?最近国語の授業で習ったような、うたた寝で聞き流したような。

 

……その間にも、拍動が身を震わす。

始めは恐怖に震える自分の物だと思った、でも違った。それは横抱きにされた私の隣、即ちクロの胸元から伝わって来たから。

ドクドクと絶え間なく、早鐘みたいに打ち鳴らされながらも一つ一つが重いそれは、まるで大きい四足動物が踏み締める足音みたいで。強く激しい、これがウマ娘の力なのか。

 

鼓音に包まれて、幾ばくか経った頃。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

「……ク、ロ…」

 

もう十分すぎる程現場から遠ざかって、気付けば我が家が見える通り。そこで止まったクロは、私を抱きかかえたままその場に座り込んでしまった。

騒ぎを聞きつけ、家から人が駆けつけてくるのが見えた。もう、多分、大丈夫……?

 

「大丈夫だよ、姉さん」

 

内心の問いに答えるように、その声は真横から聞こえてきた。

私を抱き締めるクロの声だった。

 

「もう大丈夫。大丈夫だから……!」

 

いつか私がそうしてあげたように、守るみたいに強く抱いてくれるクロ。そこでようやく、私は震える自分に気が付いたんだ。

ああ、怖かったんだって。

 

「ひっ、あ、ぅ…こ゛わ゛か゛っ゛た゛よ゛ぉ゛──!

「分かってるよ。俺がいるよ」

「う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛っ!!クロ゛ぉ゛~!!!」

「美鷺、どうした!何があった!」

「クロちゃん……?!」

 

駆け付ける家族。警備の人達も。でも何よりもクロの力とぬくもりが頼もしくて、温かくて。

それに包まれた私は、年甲斐も姉甲斐も無く、一人の少女として泣き続けてしまったのだった。

 

 

それからは勿論大変だ。けどなんだかんだ丸く収まった。

両親からは心配されて叱られて、登下校含む全ての外出時に護衛をつけられるようになっちゃった。まぁ私自身も安心するから何も不都合は無いし有難い。

お祖父ちゃんは見た事も無いくらい怒って、誘拐を計画した実行犯どころかその黒幕まで暴いて日本から追い出したとの事。一時期その影響で社会が揺らいだものの、お父さんが社の影響力を拡大して穴埋めしたそうな。抜け目無いやら何とやら……ちなみにこれはお爺ちゃんの()()さんから教えてもらった事だったり。

 

 

「姉さん、今度一緒にCORNER(コーナー)1行こ!」

「姉さん見てた!?俺のファインプレー!!」

「姉さん、晩ご飯だってさ。一緒に行こ?」

 

 

でも、一番変化したのはやっぱりクロだ。

よく笑うようになってくれた。私を助けた件で「危ない事するな」って叱られて、でもそれ以上に「ありがとう」って褒められてから。

どこか遠慮していたのが一転、快活な表情や勝気な側面を良く見せてくれる。学校では元からそうだったらしいけどよりその傾向が強くなったみたいで、可愛いだけじゃなく格好良くなってきた感じ。

助けてくれた時に垣間見た鋭い目つきも相まって、私すらも時折ドキッとさせるぐらいだもん。お姉ちゃんの性癖を歪ませないで!私はノーマル!!

 

ともかく、これがきっとクロの“素”。本来の彼女の姿で、そしてそれが我が家の中に今度こそ溶け込んだ。

これできっと、彼女はもう大丈夫なんだと思えた。何気ない事でちゃんと笑い合える本当の姉妹に、食卓を暖かい空気で囲める家族になれたんだって。

 

 

──でも、今にして思えば。

この出来事が、クロの生き方を完全に決めてしまったんだって……この所為で、今こんな事になったんじゃないかなって。そんな疑問が私に中にある。

 

大喝采を映すテレビ。有馬記念の熱狂を伝えるその画面に、見逃せる筈の無い黒髪が垣間見えた刹那、興奮も忘れてそんな事を思い出していた。

 

 


 

 

走る。

疾る。

奔る。

はしる。

逸る衝動に任せて足が、ひたすら回り続けた。まるで自分の体じゃないみたいだった。

 

(速く)

 

本能が速度を要求する。肉体がそれに応える。意思が介在してないみたいだ。

それで良かった。

 

(もっと速く)

 

雲が流れ、寒風が頬を掠めて、流れる汗と共に熱気を帯びて後方へ。自分の中のドロドロ諸共置き去りにしてくれるように。

 

(ずっと、速く)

 

この時間が続いてくれればいいのに。それを邪魔する熱さを置いていくように、とっくの昔に上着なんか投げ捨ててしまった。真冬にはあまりにも似つかわしくないタンクトップ、もちろんすれ違う人々からは奇異の視線。でもオレはこれぐらいが丁度いいや。

それで体温はどうにかなって、でも肺が先に限界を迎えた。忘れていた苦悶が喉の奥から迫り上がった。

 

「───カは、……!!

 

地面を抉っての急停止、そしてえずき。気管と食道が痙攣し、危うく吐きかけたのを力づくで飲み込む。知らぬ間に消耗しきっていたらしく、そのまま地面に膝を突いた。

数秒の安静。荒げていた息が落ち着いてようやく、沈みゆく太陽を認識した。

 

「ここまで来ちまってたのか」

 

中山からザッと10㎞強といったところ。1時間ぐらいは走っていたんだろうな、夕陽が今いる土手を真っ赤に照らしている。

紅く、熱く。地平の街並みを染めていく。

 

「───ッ」

 

あの中に、どれほどの人の営みがあるんだろう。

その中のどれだけの人が今日、あのレースを見ていたのだろう。

ナリタブライアン先輩を。サクラローレル先輩を。その激突を、画面越しに見ていたんだろうか。或いはこれから見る事になるのか。

 

落日が更に赤みを増す。地面にドンドン消えてゆく。

昔からそれが、何故か無性に大嫌いだった筈なのに……反比例するかのように、俺の内心では興奮が沸き上がりつつあった。

 

───()()、なりたい!

 

(あんな風に、俺も───!!)

 

「クロっ!!!」

 

また走り出そうとしたその時、手を後ろから掴まれた。声音は聞き慣れた物で。

 

「やっ……と!見つ、けた!!」

「……スぺ……」

「急にどうしたの!?皆心配したよ!!」

 

帰ろう、と差し伸べられる掌。半日前の俺なら素直に謝って、んでその手を取ってただろうな。

だって見りゃ分かる。スぺの汗だくの姿は、真冬の寒気の中で蒸気を振り撒くその姿は、方々を駆けずり回って俺を捜してくれてた事の証左だ。きっとグラスや行末達も同じ状況で、()()()の為にそんな労力掛けさせてるなんて良心が咎める。

その事を謝って帰る。それが必要。

 

………でも、今はダメなんだ。

 

(わり)い。まだ走りたい」

「え」

「体に、刻み込んでおきたいんだ。今じゃなきゃダメなんだ!!」

 

あの走りが網膜に焼き付いている今日、この時、この時間でないと。そうでなきゃ忘れてしまう!

 

「見ただろスぺ!ブライアン先輩の走り!!」

「──うん。見たよ。素晴らしい復活だった」

「ああそうだ!でもそれ以上に──()()()()だった!!!」

 

ただの復帰勝利ではこうはならない。いやそれだけでも十分偉大な事だろう、でも俺が心揺さぶられたのはそこじゃねぇんだよ!

だって、あの時……ローレル先輩の心は沈んでたじゃないか!!

 

「ローレル先輩だけじゃない、アマゾン先輩も!トップガン先輩もマーベラス先輩も、なんなら観客だって皆してそうだ!誰だってブライアン先輩に諦めを抱いてたじゃないか!!」

「ッ」

「その暗鬱をブッ壊しやがった!!掛けられた期待も夢も全部上回って、あの場に立ち込めてた影を丸ごと焼き切りやがったんだッ!!!」

 

言ってて心臓が熱くなる、下着と皮膚越しに掻き毟って引き千切りたくなる程だ。それは流石に許されないと、そう制止してくる理性さえ鬱陶しい!!

 

「あんな風になりたい!期待を叶えて、熱狂を巻き起こして、誰かの心を日向に引きずり出したい───いや、違う!!」

 

どんな詩的な言葉を並べても足りない、そんなもどかしさが舌を焼く。もう何でもいい、単純明快な言葉でこの情動を表現しないと脳が融け落ちる!

そうだ、スぺ!俺がやりたいのは只これだけなんだ!!

 

()()()()()()()んだ!!俺は!!!」

 

あの日、姉さんを救い出せたように。

あの行いで、俺は人生で初めて、他者を笑顔にできた。笑顔を守れた。

走りで似た事が可能ってんならそれ以上の事は無ぇ!それを先輩が証明してくれたってのに……突っ立ってなんていられるかよ!!

 

「もう止まれねぇ、止まりたくねぇ。何かしてないと、今よりもっと速く、強く……」

 

でもどうしたら良い。実際、ただ闇雲に走ったってバカの一つ覚えだ。今だってグラスに負けてスカイに逃げられエルに突き放され、勝ててない。

勝てない。

勝ちたい。

 

その為に行末の手を取った。一人じゃ強くなれないから、でもそれだけじゃ足りないんだ。まだ必要なんだ、もっと必要なんだ。

でも、誰が───?

 

(───あっ)

 

ふと見上げた。

なんだ。答えは目の前にあったじゃんか。

 

「……スぺ。一緒に走ってくれ」

「…………」

 

渇望に揉まれて自分の欠落を直視した時、お前を視界に入れた瞬間それがハマった。気がした。

理由は分からない。けど俺は……お前の隣でなら、強く在れる気がする。

 

「お前と、勝ちたいんだ」

「───!!」

 

今の自分を追い越す為に。

未来の勝利を狙い、挑み、掴む為に。

その道へ目の前の友を誘う。呵責は無い、相手だって目的は同じ筈だから。

 

そう、手を伸ばした瞬間。スぺの顔色が変わった。最初の困惑から刮目、そして喜びに満ちて──けどすぐさま俯いて。

次に顔を上げた時には、微笑んでいた。

 

「──かっこいいね」

「そうか?」

「そうだよ。クロは、いつだって」

 

なんだか少し的を外したような返答に、つい首を傾げる。でも口元の引き攣りは保ったまま、笑っていられるよう強がって。

 

そんな俺とスぺの間を吹き抜けていく一陣の風。沈む太陽から発せられたようなそれは、迷う夜空を急かしているようだった。

*1
チョップ

*2
梢は激怒した。悠真も叱った

*3
梢はまた激怒した。邪智暴虐に両足突っ込んだ愛娘を矯正すべしと決意した

*4
梢は愛娘を褒め倒した。写真データは共有した




誘拐を目論んだ黒幕は日本どころか人間社会から追放されました。
斗真爺が追い出して満足した後に、悠真が密かに追撃して地下帝国でざわ…ざわ…させられてます(現在進行形)。

そして次回、月曜朝7時に更新。
ようやく、ようやくです。ようやく例のタグが息を吹き返します。
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