プチ・エルサレム
「覚悟、決めろよ」
“聖戦”が始まる。
「そっちこそ、泣き言は無しだぜ」
剣呑な視線が交錯する。
お互い譲れぬモノの為、臨戦態勢となった両者。その間には中立な一人を除いて何者も立ち入れず、周囲は固唾を呑んで成り行きを見守るのみ。
やがて訪れるは審判の刻。凛とした声と共に、火蓋は切られる。
「───始め!!」
振り下ろされたグラスワンダーの手。その瞬間、クロスクロウとエアジハードは目の前の敵……
……ではなく、並べられた
「しゃあっ!勝った!!」
「字牌が揃ってたか?まだまだここからだぜ!」
「いや、
「ハァ!?やられたクソッ!あっツルちゃんそれチー」
「……クロさん、3人麻雀だとチーは出来ませんよ」
「マジか」
「意地見せろクロ~ス!!」
「やったれジハードー!!!」
卓に並べられた13個の駒。それらを決められた“役”に揃え、得点を競い合う。麻雀とはそういうゲームであった。
どういう訳か博打に用いられる印象の強い本遊戯であるが、それ自体は違法性もアウトロー性も全くない健全なゲームである。分類としてはボードゲーム、将棋やチェスの同類と言えるだろう。
「ハッ、こりゃ勝負も決まったな。そうら今度はカンだァ!!」
「うわウッソだろ、どう巻き返したモンかな」
「悩め悩め!!これでアタシの………あっ」
「どうかしましたか、ジハードさん」
「ちょ、ちょっとタンマ。セイちゃん、アドバイスお願い」
「ん~、今ルールブック呼んでるから待って……(うわ、勢い余って
「おぉぅふ……」
同級生らの声援を受けながら、二歩進んで三歩下がるグダグダっぷり繰り返す両者。そうしている内に盤面はどんどん進み、残り牌も数える程になった頃。
ん?という声を発したのは、見守っていたキングヘイローだった。
「待ってツルさん。少しストップ」
「え。私、何か不味い事しちゃった?」
「そうではなくて」
彼女の視線の先には、クロス・ジハードと同じく卓に就いて牌を並べるツルマルツヨシ。麻雀は最低でも3人いないと出来ない為、両者の肩を持たない完全な中立として彼女も参加していたのだ。
尤も趣旨はクロスとジハードの雌雄なので、彼女は勝つ気も特に無い。なのでとりあえず適当に手元の牌を捨てていたのだが……
「なんかツルちゃんの牌列、見覚えがあるのよ」
「待つデス、私も今ルール呼んでて……あ、読み方分かんない」
「カナ振ってあるよエルちゃん。えぇと、これは」
エルコンドルパサーとスペシャルウィークも覗き込んで頭をひねる。ブックをめくる音が暫く響き、そしてそのページは現れた。
ジハードのコーチをしていたセイウンスカイと、審判を務めていたグラスワンダーも。
「……どうしようコレ」
「ツルさんが上がってどうするのよ」
「でもこのままじゃ
「だったらいっそ……」
「まぁ締まらない終わり方になるぐらいならねぇ」
「……おーい。何があったんだ」
「まさか、えぇ……マジで
休み時間もあと僅か。このまま最後までやるか、いっそキッパリ終わらせてしまうか。
キング達が投げたのは匙。
「やってしまって、ツルさん」
「あ、うん。ツモ」
それは終わりの引き金。終幕を告げる鐘の音である。
ジャラリ、開示されたツヨシの牌。その列は以下の通りだった。
| 一 萬 | 九 萬 | ◉ | … … … | Ⅰ | Ⅲ Ⅲ Ⅲ | 東 | 南 | 西 | 北 | 發 | 中 | 中 |
「はい。ツルさんの大差一人勝ちよ」
「嘘だろォォォォ!?」
「しかも一萬?がドラ?っていうヤツだね。ヤバいねコレ」
「う…嘘だろ……こ、こんな事が、こんな事が許されていいのか」
怒涛の決着に湧き上がる周囲、慟哭するジハード、戦慄するクロス。しかしルールブックを読み上げるエルは、彼女ら……というかジハードに安息を許さない。
「クロ-サンとジハード-サンの点数が同じなんで、この場合は……牌を出す順番が早い方が順位が高くなるそうデェス」
「つまりこの場合、クロさんが2位と」
「しかも本命相手でも引き分けどころか負けた──ッ!?!」
「なんか試合には負けたけど勝負には勝ったわ」
「悪運の強い……」
「セイちゃん、顔。顔」
今回の
その目でクロス、そしてその側に控えるグラスを睨み付け、毅然と叫んだ。
「──また明日だ!明日こそ、グラスと昼ごはんを共にするのはアタシだからなキリスト野郎〜〜!!」
「俺はキリスト教と関係無いっての……お前だってムハンマドじゃねぇだろ」
「でも十字架の意匠多いじゃん、耳飾りとかッ」
「……言われてみれば」
「「「意識してなかったの!?」」」
「そもそも何で私がトロフィー扱いなんです……?」
(グラスさん、それ本気で言ってるの?)
聖戦。それはジハードが定期的にクロス相手に申し込んでいる決闘、その異名である。
ジハードは入学試験でグラスとカチ合って以来、彼女に並々ならぬ執念を燃やしていた。コテンパンに圧されてからずっと打倒グラスを目指しており、クロス編入前は多くの娘がそれを諦めていた中での数少ない“例外”であったと言える。
しかしクロス編入後、情勢が一変した。
グラスが明らかに、クロスにだけ態度が違う。今までが好感度50%対応だったとしたら、奴に対してだけ5回ぐらいオーバーフローした上での200%ってレベル。傍目から見て「結婚の約束してます」ってぐらいにデレデレだったのだ。
ジハードの脳はしめやかに破壊された。
初日、グラスがクロスに抱き付いたその瞬間に破裂した。
その後、ずっと手をニギニギしてるのを見て破砕した。
後日、体育の授業で 膝 枕 なんかしてる所を見た日にゃ爆砕なんてモンじゃなかった。真顔の裏で静かに発狂していた程だ。
そんなのが日常的である。その光景を目にする度に頭がおかしくなり、なんとか落ち着いて寮に帰り、部屋で同室ウマ娘に許可を得てから派手に壊れ、落ち着いて思考回路を組み直し、その過程で脳を沸騰させて熱変性。加熱されたタンパク質が2度と元の形に戻れないように、もうジハードの精神も不可逆の領域に至ってしまっている。
──当然。
「次こそ勝つ!クロスに勝つ!!クロスを超える!!!」
クロスクロウへ向かうのだ。打倒グラス、獲得グラス。その為にまず落とすべき標的だと見定めて。
故にこその
「すっごい頑張って食べるねぇジハードちゃん」
「当たり前だ!ガツガツウララちゃんも!ガツガツ食べなきゃ!ガツガツ勝てないぞ!?ガツガツ」
「うん!ガッツ!ガツガツっ!!」
一応言っておくが、ハルウララの声は串田アキラではない。ないものの、トリコ達にも勝るとも劣らない食いっぷりを披露している事だけは確かだろう。瞬く間に食い漁られるカツ丼、積み上げられるドンブリの数がそれを物語る。
……と、ここで。食器の山から顔を出したウララが問うた。
「じゃあさジハードちゃん、次は何で
「放課後にBDSPのRTA!!メニューバグあり!!」
「走んないの?」
「
「そっかー」
───ウマ娘たるもの、白黒は本来レースで決めたくなるのが
まだその時ではない、とばかりに。
「ガツガツガツガツ───ぷふぅ。クロスはまだ編入してきて日も浅いじゃん?まだ学園生活にも慣れきってない、弱いクロスクロウを倒したって意味無いのッ」
「そうかなー。前の選抜レースでも、エルちゃんとセイちゃんに追い付きかけてたよ?」
「……それでも、アタシが納得出来ないのッ!」
無理やり押し通すように、牛カツ*2を頬張り。その最中、たった今言及された選抜レースを思い返した。
(……忘れるもんか)
それだけではない。脳を爆砕された体育授業、初めてクロスが走りを魅せたその日だって。
無茶苦茶な疾走だった。のに、目が離せなかった事を。あんなに懸命に迸る生命なんて、それこそG1レースでしか見た事が無い。
まだデビューもしてないのに、あんなに
(………払拭するんだ!!)
焦がれたなんて、言える訳が無い。
グラス以外にそんな存在ができるなんて、許せる訳が無いから。
だからエアジハードは我慢する。レースでの決闘を、クロスが本格的なトレーニングを始めるその日まで。そしてデビューを翌年6月頃に控えた年末、その時は近い。
──ジハードの原義は“努力”である。
決して、他者に勝つ事だけを示すのではない。その本質は“克つ”事にこそあると言えるだろう。
この忍耐を経て、自分の衝動を乗り越え、溜めて溜めて溜めて……解き放つ。その刻をエアジハードは待ち続けるのだ。
その道が報われるよう、忍耐と挑戦の日々を送りながら。
「ところで、グラスちゃんの意見は聞いたの?」
「聞いてない。勝つまで聞かない」
「それはダメだよジハードちゃん!本人がクロスちゃんと一緒にいたいなら
「やだーっ!これ以上日常で頭を砕かれて堪るかーッ!!」
……まぁ、グラスに関して我慢出来てるかは甚だ疑問だが。
というか出来てなかったが。
スぺ「キングに止められてなかったら、
キング←(種牡馬時代スぺのグラス過保護暴君っぷりを思い出して天を仰いでいる)
この調子だと来週も火曜・木曜の昼更新になりそうです
【2024/2/15】
風邪気味になってしまいました。来週の投稿目処は不透明です
申し訳ありません