また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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修正してドーン!
重ね重ねになりますが、矛盾点を指摘してくださった方々、本当にありがとうございました


競走馬編-導き手
【Ep.12】生沿!


「……降りたいんですか」

 

臼井厩舎に設けられた事務室で、三者が向かい合う。1人は臼井調教師その人、1人は宮崎。

そして最後の1人。今の問いを受けて、首を縦に振った奥分幸蔵であった。

 

「はい。急な事で申し訳ありませんが……」

「いや…責める意図は無いんやけど、マジで困るんやが。えっどうすんの三冠路線ここからやぞ」

「すみません」

「いやホンマに謝って欲しい訳やなくてですね……考え直してくれません?」

 

懇願するような姿勢を取る臼井、しかし奥分の決意は固い。沈黙を続ける宮崎の方はチラと目を向けてから、再び口を開く。

 

「クロス号は、自分の走りで勝つ事を覚えてしまいました。これ以上私が教えようとすると、それ自体が彼のストレスになりかねない」

「いやしかし、だからこそあんな自分勝手なアホ馬に乗ってくれる騎手なんか出て来てくれる訳無いんや……」

「いえ。それが良いんです」

 

は?と声を漏らす臼井に、奥分は苦笑で返した。

 

「矯正を施してきた身で言うのもなんですが、見てみたくなってしまったんですよ。あの馬の賢さは、どこまで行けるのかって」

「……」

「邪魔したく、なくなってしまった。でも悔しいですが、私だとどうしてもセオリーを押し付けてしまいそうで……ね」

 

静かながらも、爛々とした光を瞳に灯すレジェンド。臼井は、きっと彼はルドルフと出会った時も同じ目をしていたのだろうか、とふと考えた。

だが、それでも臼井は粘る。

 

「常道を行くのは騎手として当然のことでしょう。なぁ頼みますわ。オイ宮崎も頭下げろやお前の馬の事やろが」

「それには及ばないかと」

 

そうでしょう、宮崎さん。そう投げ掛けられた言葉に、彼はようやく口を開く。

 

「……次の騎手の目星は、もうつけてある」

「何やて?」

「やっぱりでしたか」

 

予想だにしない言葉に、臼井は驚きを。奥分は納得を示した。その一方で、発した宮崎本人の目には苦渋も喜悦も浮かばない。ただ、黒々とした瞳で他2人を見据える。

それを受けて奥分は、苦笑。

 

「奥分騎手が調教に参加し始めた折、模索し始め……新馬戦から探し始めた。そして、見つけた」

「……なら、安心して任せられますね。薄々察していましたよ」

「奥分騎手」

「勘違いしないで下さい、貴方の判断に異論は無いです。貴方がそう判断したように、私とクロス号は実際()()()()()()んですから」

 

宮崎の、騎手に期待していない事が丸分かりのカミングアウトにも、奥分は気を害さない。ただ己が認めた事実として、粛々と受け入れる。

しかし。

 

「それでも、最初の主戦を任された身としては。抑えておかなきゃいけない義理ってモンがありましてね」

 

圧。伝説と呼ばれ、それに値する経歴を重ねて来た威厳がその瞬間、部屋全体を満たした。並の人間がそこにいれば、即座に気圧されて慄くしか出来なかっただろう。

しかし放った側と同様、受けた側も然る者。調教師歴20年目でベテランとなっていた臼井、経済界の荒波に揉まれて来た宮崎はそんな無様な反応はしない。

だが逆算的に語れば……放たれた重圧は、そんな二者を一瞬刮目させる程に強い物だった事からその強さを証明出来るだろう。

 

「クロスは素晴らしい馬です。彼をぞんざいに扱うような真似は決してしないと、誓ってください」

「……」

「貴方に言ってるんです、宮崎さん。宮崎雄馬さん」

 

音は立てない。声も大きくはない。ただ静かに、押し続ける。その力が強まる。

 

「私の見立てでは、クロスの適性はマイルから中距離が限界です。3000mを走れないとは言わない、だが“向いてない”」

「夢を諦めろ、と?」

「少なくとも()()()()なら選ばない道です」

 

その言葉に少なからず反応を見せる。宮崎だけでなく、臼井もまた。

その名は“花の15期生”を深く知る者ならば、避けては通れない物だから。

 

「代わりに適性距離ならば……彼の全力を発揮できる状況ならば、唯一無二の力で暴れ回れると保証します。何より貴方自身が言っていた筈です、“あの馬は鏡だ”と」

「臼井氏から聞いたか」

「ええ。期待を掛ければ応えてくれる、ならぞんざいに扱えば……結果を出す以前の問題だ。分かるでしょう?」

 

再びの沈黙。溜息と共に行われたそれを前に、奥分は待つ。

数秒か、数分か、或いは数時間か。当事者の体感時間ではそれ程に長く感じられたその間を経て、ようやく答えは返された。

 

「約束は出来ない」

「……っ」

「だが善処はしましょう」

 

食い縛られた奥分の歯からとうとう怒号が飛び出すかに思われたが、続けられた言葉に寸での所で押し留められる。

宮崎の目は、静謐を保っていた。

 

「反故にはしない、それは必ず貫き通す。だがあの馬は私の物だ。その進退に関する最終決定権は私にある」

「守るつもりが無くともおんなじ事言えるよな、それ」

「今この場にそれが必要か?」

「あ?」

「良いんです、臼井さん」

 

なんやと、と(いき)り立ちそうになる臼井を押し留めたのは今度は奥分だった。あくまで平静に努めて、彼は言葉を紡いだ。

 

「元よりこれは私の、何も対価に持ち出してない“お願い”に過ぎませんから」

「しかしなぁ…!」

「そんな裏付けの無い口約束で“善処する”と引き出せた。私は今は、これで満足ですよ」

 

そうは言いながらも、眼光は猛く鋭く。真っすぐに射抜かれた宮崎は一見平気だが、その実首筋にヒヤリと滴を流す。

しかし両者引かず、そして撥ねつけず。これで“取引”は成立したのだった。

 

 

「……ところで。私の後任となる騎手について伺っても?」

「せやな。聞かせろや」

「今年競馬学校を卒業する新星だ。生沿健司、という」

 

 

 

 

 

「いや宮崎……そいつ多分、皐月でクロスに乗れへんぞ」

「えっ」

 

 

 


 

 

 

オッス!オラ、クロスクロウ!

事件はスペと一緒の調教中に起こったんだ!

 

「クロス、すまなかったね」

 

……ん?レジェンドさん今なんて?

 

「君にはきっと、私より良い屋根がいる筈だから」

 

えっ。えっ?

 

「止まった……もしかして惜しんでくれてるのかい?」

 

ちょ、待って?

 

「君に乗せて貰えて良かったよ。今日は良いタイムを出そう」

『待ってぇぇぇぇ!?!!?』

「ぅわっ!?」

『はっや?!』

 

驚愕のあまり、併せ馬でスペを後ろから差し切って先にゴール。完全に追い抜かされたと前回言ったな、ありゃ嘘だ(震え声)。

ってそれどころじゃねぇよ!えっ奥分さん降りんの?待ってくれよ、俺何か悪い事したか!?

 

………心当たりしか無………!!

 

確実に、確実に朝日杯での追い込みだ!!あのトンデモ名古屋走りがお気に障ったんだ……!

っ、うぅ〜!でも他に選択肢は無かったんだよぉ!アレ以外にグラスを見返してやる方法もチャンスも無かったんだ!

いやでも迷惑かけた事には変わりないし、見捨てられて当然……やっぱヤダ〜!!次からはちゃんと言う事聞くから許して〜!

 

『こうなりゃヤケだ、ぜってぇ降ろさねぇかんな!死ぬまで走り続けりゃ降りれんだろ!!』

「うわぁ暴れ出した!」

『クロさん、邪悪な湿気(しっとり)に負けないで下さい!*1

「あーこりゃ不味いな…ん?スペシャル、いけるのか?」

 

 

----------------------------------------------------------------------

\__ <そしてタロウがここにいる

<                 

----------------------------------------------------------------------

 

 

数分後。そこには元気に走り回り過ぎて疲れ果て、スペに手綱を咥えられたクロスクロウ号の姿が!

ダメだぁ、流石にもう単純なスタミナじゃスペに勝てん……流石は未来の春天馬……。

 

「助かりましたよ拓さん」

「いえいえ、スペシャルが上手い事立ち回ってくれたんで」

 

そうだよ、あと拓さんの手綱捌き!アレで上手い事進路を塞がれてやたら体力使わされちゃったんよ、いやぁキツイわ。三冠路線でこの拓&スペタッグを相手する為には、やっぱ奥分さんぐらい凄い人が乗ってないと安心できねぇ……まぁ、それ以前に俺が奥分さんの騎乗に従えないのが問題なんだけど。

うわーん!奥分さんが降りたら俺はどうすりゃ良いんだ!そもそも俺みたいな駄馬に次の乗り手は見つかるのか!?

 

「いやぁ、ウチのクロスがすみませんでした」

「いえいえ。彼も僕に合わせようと頑張ってくれましたし。懐いて貰えてたなら騎手冥利に尽きるってものです」

 

いよいよ終わっちゃうよー!!行かないでよ奥分さーん!!

 

「……いやこいつマジで滅茶苦茶取り乱すな!?」

「奥分さん、この子本当に人語を理解してるんじゃ……」

「無いとは言い切れないのが…ところで臼井さん、()は?」

「もうそろそろ着いてもおかしくない頃合いなんやけど……」

えぁろ(あの)くぉ(クロ)ひゃふわいほろ(流石にその)あられふいれ(慌て過ぎで)……くふふっ』

『うぐぎっ…他馬事だと思ってんなお前……!』

ぅい(無理)やぉいえんぉわっはクォ(あの威厳のあったクロ)ふぁ()ふぁ()はははっ!』

 

こ、ここまで笑われるとは…死活問題なんだものしょうがないでそ!というかそもそも笑うな!笑うならせめて手綱を口から離しなさい!*2

 

 

「すみません、遅れました!」

 

 

その人が来たのは、スペに何か言い返してやろうとしたそのタイミングだった。

俺の馬主に引き連れられた、ソワソワと落ち着きの無い青年。馬主のおっさんが太々しくも堂々としてる分、なんというか頼りなさが際立っている。

 

『あの人誰です?』

『知らん…怖。次に俺に乗る人……か?』

『えぇー?オクブさんとか、僕に乗ってるユタカさんと比べたらなんか頼りなくないですか?可愛いですけど』

 

コラッ!比較対象が悪過ぎるだろそれは、っていうかケモナーならぬヒトナー趣味をさらっと披露してるんじゃありませんケシカラン!

 

──って、ふと思ったけど。俺らってよく考えたら二頭でそれぞれ奥分さんと勇鷹さん、つまり新旧レジェンド乗せてたのか。うわーっ勿体ない!もっと二人と二頭での調教時間を大切にすれば良かった!

って選り好みは良くない良くない、今は目の前の新騎手さんに意識を向けよう。俺なんかに乗ってくれるんだ、例えどんな人でもウェルカムでいくぞ〜!

 

「悪いな。私の方の用事に遅れが出てしまってね」

「フンッ、言い訳なんか聞きとう無いわ。卒業早々遅刻とは、幸先が思いやられるのう」

「ぐぅっ……すみません」

 

 

えっ、学校…ってまさか競馬学校!?えっそのレベルの騎手の卵ォ!?

いや乗られる事に不満は無ぇよ。寧ろ逆に騎手君が心配だよ、プロ入りして最初に乗るの俺で良いの?自分で言うのもなんだけど、普通の馬の平均(スタンダード)からはかけ離れてる自信があるよ?!もちろん悪い方向にな!!

 

「……ま、ええわ。大方、宮崎にゴリ押されたクチやろしな。被害者同士仲良くしようや」

「えっ、いやっ、ども…アハハ……いえ違います!宮崎さんにはお世話になってて、感謝してもし切れないっす!!」

「まぁ私の事はどうでも良いんだ、早く本題に移ろうじゃないか」

 

あっ馬主がこっちを手招きした。あの、場を仕切るのは本来なら臼井氏の役割の筈なんすけど…あーもうホラ、見るからに顔顰めてる〜。

 

「うわすげぇ、本物の拓勇鷹さんと奥分幸蔵さんだ……サイン……ダメだ落ち着け健司、そういうのは後にしろ………ここここんにちは。いきぞいけんじ、じゅうはっさいです」

「やぁ。君の事は孝四郎から聞いてるよ」

「若いなぁ。この歳にもなると、それだけで羨ましい」

「ぁっ(恍惚)」

 

お前も戻って来いよ、勇鷹さん達のファンなのは分かったから!そう、ちゃんと自分で戻って来て!よく正気に戻った、頑張った!偉い!!(親目線)

 

「……!すみません、取り乱しました。勇鷹さんが乗ってるのがスペシャルウィーク号で、奥分さん乗ってるのがクロスクロウ号……で、合ってますかね」

「そうだよ。よく勉強してるね」

「いえいえ流石にそれぐらいは……いやしかし、コイツ……?」

 

ぁ?何だよジロジロ見t……いやそりゃ見るわ、見ない訳無いわな自分のお手馬になるのかも知れんのだし。

というかそもそもの話、彼は俺に乗ってくれるのか?ここで拒否されたら、今度こそヤバくね?

 

「やめるんやったら今の内やぞ」

 

うぐぉおおお!臼井さんそれ言っちゃらめぇ!でもご尤もな制止だからこそ何も言えねぇ!!

あっ、もしかしてパチスロでリーチ懸かってる時ってこんな感じの緊張感なのか?今が多分、7……とは言わずとも、2あたりが並んであと一個ってパターン……ヤベェわ、俺パチンカスになる(?)*3

 

 

「……いえ。その…」

「乗ってみたいかい?」

「良いんすか?」

「私はね。さて、そちらの方々は……」

「…ふん」

「ふむ…」

 

と思ってたら、俺に触れてそんな事を言い出した。奥分さんは快く応じたけど、それに対する臼井氏の相変わらず不機嫌そうな顔と馬主の満足げな顔は……うん、オーケーのサインやな!

ほれ乗ってくれ、若手君。君に決めた!*4

あっでもこれで奥分さんは屋根やめちゃうんだよね……うぅ、迷う。でも各方面の気遣いを無碍にはしたくないし……

ええい、ままよ!

 

「おっ……しゃがんだ?」

「どうやらクロス号は君を気に入ったらしい。まぁ、ああなった臼井さんは喋りたがらないし、乗ってみたらどうだい?」

「で、ではお言葉に甘えて……」

 

ふふふ、勇鷹さん。俺は確かにこの騎手君の若干及び腰っぽい部分を気に入り始めているが、どっちかと言うと気に入られるのに必死だぜ!

って奥分さん降りちゃったぁ!うぅ、今まであざした……そしてサーセンでした……*5

 

あっ、新人君が跨った。じゃ、立つゾ^〜。

 

 

 

……おっ?

 

 

 

「……自分から人を乗せ、そして立ち上がるまでの動作。これほどの賢さとは…賢いから癖馬なのか、癖馬だから賢いのか」

『ファッ⁉︎』

『言われてますよ〜?』

 

ううううるさいやぃ!ていうか、スペ、お前なんとなく人語分かってきてねぇか……?

いやでも…なんというか、何だ?これ。

 

「馬主である私の前で“癖馬”ときたか。度胸あるじゃないか」

「……あ!ちちち違うんです、あくまで賢いので!賢いのが前提なので、むしろ褒め言葉として捉えて頂ければ!!」

「御託はええわ、何より癖馬なのは事実やろうが。で、どうするんや?」

「……なんというか。妙にしっくり来る感じは、確かにあります」

 

……お?

もしや来た?来たこれ?

確変??

 

『あの、ネタとか抜きで新人さんがクロに乗るのは本当に心配なんですけど……新人さんの方が』

『頼むから今だけは黙っててクレメンス…』

 

そんな事は俺が一番分かっているから!と言ってる内に、人間同士の間で話は進んでいく。うーん、完全に俺の手の内から離れていっている……手の出しようが無い。

でも新人くんの言う通り、彼の乗り心地、と言うか俺視点の“乗せ心地”はやけに馴染む感覚がした。

 

『とは言ってもですねクロ、改めて考えるとレース中に先頭と最後方を積極的に行き来するのって、真面目にヤバいですよ。クロが温泉に行ってる間に、栗東(ここ)で併走した朝日杯出走馬さんに当時の話を聞きましたけど、割とドン引きしました。作戦としてあり得ないです。正直、そりゃ前に乗ってた人も降りるでしょうねって感じです』

『うるせぇそれで勝ってんだから結果オーライだ!つーかお前が“自分の走りをしろ”って言ったんじゃねぇかよぉ!?』

『うぐっ……ま、まぁそれでクロ本人は格好良くなりましたし!プラマイ0ですよ、0!』

『こ、コイツ慰め下手だ…何の救いにもならん……!』

 

そんな事をスペと駄弁っている内に、話は済んだようで。

俺の背から、騎手君が臼井氏と馬主のおっさんに向き直って言った。

 

「分かりました。俺が、クロスクロウの屋根(騎手)になります」

 

…ほう。

ほう。

ほうほうほう。

 

つまり、これは。

 

 

7 7 7

 

 

『やったー!』

「うぉおっ!?う、臼井さん、宮崎さん!コイツ、これどういう感情表げっ……」

「多分日本語を理解しとる。頑張れ」

「君なら同調できると信じているよ」

「えぇ!?たっ、拓さん!奥分さん!!」

「申し訳ないが、そこは自分で折り合いをつけてくれ。騎手の卵君」

「わぁぁぁぁ!!?」

 

おうおう元気が良いな!これからよろしく、騎手君!

 

 

 

「これで、秋以降のGⅠでの主戦は決まった訳だ。クロス、ダービーまでよろしくね」

 

ん?奥分さん、その口ぶりから察するにすぐには降りない感じ?

やったー!!(2度目)

ダービーの後は今度こそ別れじゃないですかヤダー!!!

 

 

▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「君をクロスクロウの主戦騎手にしたい」

 

宮崎さんからその話を聞いた時に、思考が止まった。

え?俺が?何の?

 

「クロスクロウのだ」

「無理っす」

 

即答した。宮崎さんの顔に渋い色が浮かんで焦った。

 

「ああああ違う違うっす!嫌って訳じゃなくて、俺の力量的に無理なんです!!」

「合うと思うがなぁ」

「合うとしても、奥分さんの後釜なんて恐れ多いっすよ!」

 

競馬界に名だたるレジェンドのお手馬を継ぐとかとてもとても……!いや光栄っすけど!それ以上にプレッシャーが半端ないって!!

 

「というかそれ以前に、俺が主戦になったらクロスクロウは暫くGⅠ出れませんよ。31勝しないといけませんもん」

「同じ事を臼井氏にも言われたよ。という事で、ダービーまでは奥分騎手に乗って貰う事になった」

「じゃあそのまま奥分さんにやって貰えば良いじゃないっすか」

「本人にその意志が無い」

 

その言葉で思い出したのは、朝日杯でのレース運びとその後のインタビュー。ああ確かに、奥分さんはもうクロス号の屋根を張るのに意欲を示してはいなかったっぽいなぁ……。

 

「という事で、君には卒業し次第クロスのGⅠ以外のレースにおける騎手になって貰いたい。そして秋までに31勝を達成してもらい、以降は完全に主戦を奥分氏から引き継いで貰えないか」

「無茶苦茶だぁ……」

 

というか、つまり「GⅠは奥分さん、それ以外は俺でローテーション」って事ですよね?よくそんな案が通りましたね!?

 

「借りが一つ出来てしまったよ」

「いやそういう事ではなく……」

 

 

 

そして、実際に乗せてもらって。出た感想が、これ。

 

 

 

「正直、荷が重いです」

 

クロスクロウ号の背に乗って、それが馴染む事を自覚した上で──俺はそれでも、そう言った。

 

「前任が奥分さんで、そして朝日杯馬……に対し、俺って騎手学校卒業生ですよ?」

 

そんな奴が、経験も積まないままGⅠ馬に乗せてもらう?それも、レジェンド奥分すらも振り回すような強い馬に。

 

「ペーペーの俺に出来る事なんて限られてます。もしそれで、この馬に致命的なミスを課しちまうかと思うと……」

「君、ちょっと良いかい」

 

そんなヘタレな俺に掛けられた、憧れの人の声。それに抗える道理なんて無く、半ば反射的に振り返る。

 

「勇鷹さん」

「君は、騎手を育てるのは何だと思う」

 

育てる…育てる?

俺はさっき言った通りペーペーもいい所で……つまり、俺が上を目指す為に必要な事?

 

「……経験、っすかね」

「出会いだ」

 

即座に帰って来た回答。俺の答えに対する否定の語調、そして確信を秘めた声音に息を呑んだ。

 

「もちろん経験を積む事も重要だし、日々積み重ねる事は欠かせない。けどね、それだけじゃ決して足りない物がある。それを埋めるのが出会いなんだ」

「勇鷹さん…」

 

あぁ、と唸った。つまり彼は……

 

「俺にとっての出会い(スーパークリーク)が……コイツ(クロスクロウ)だと、そう言うんすか」

「それは君とクロス次第だよ。けど、そうだなぁ……」

 

クラシック前の時期に。

推してくれる人がいて。

馬が受け入れてくれる。

重ねざるを得ないじゃないか。そう、彼は笑った。

 

「どちらにせよ、そういう出会いは本当に稀だ。数をこなさなくちゃ滅多に出会えない、そういう意味では君の“経験”という回答も大正解だ」

「……」

「そしてそれを、君は1回目で引き当てたかも知れない状況だ。改めて聞こう……()()()()()()つもりかい?」

「…!」

 

ああ、もう。

憧れの人にここまでお膳立てされちゃ、引き下がるなんて無理じゃないっすか。

眼下のクロウ号を見ると、隣のスペシャル号との嘶き合いに終始している。このっ、こっちがどれだけ気を揉んでるかも知らずに…

そして奥分さんまで。

 

「見てて思うよ。クロスと君は相性が良さそうだ」

「相性ですか」

「あぁ。“馬が合う”というのはこの事なのかも知れない」

 

……えぇい、分かりましたよ!試してみますよ、半分素人の身でどこまでやれるか!

だから、付き合ってくれよGⅠ馬!!

 

「分かりました。俺がクロスクロウの主戦騎手になります。勝ちまくって、GⅠをコイツと駆け抜けます」

 

そう言った瞬間、気配が変わった。

明らかな喜色が、クロス号から溢れたのが分かった。

鞍下から、突き上げられる。跳ねる。

 

ブッフィィィン(やったー)!!」

「うぉおっ!?う、臼井さん、宮崎さん!コイツ、これどういう感情表げっ……」

「多分日本語を理解しとる。頑張れ」

「君なら同調できると信じているよ」

「えぇ!?たっ、拓さん!」

「申し訳ないが、そこは自分で折り合いをつけてくれ。騎手の卵君」

「わぁぁぁぁ!!?」

 

ゆ、油断したっす!コイツは奥分さんすら手に余った癖馬だった…!

……でも、不思議と悪い気はしない。なんとなくだけど、波長が合う気がしたから。

 

「俺は生沿健司っていうんだ。よろしくな、クロスクロウ」

 

俺の、最初の相棒。

 

 

 

…ん?

なんで急に止まんの。

えっ、何その「嘘だろ…」って感じの視線は!?

*1
闇に堕ちた

  クロウ  

*2
クロ(お前)が暴れた所為なんだよなぁ…

*3
\__ <競馬にしろパチンコにしろ、ギャンブルは程々に

 <   

*4
トレーナーはトレーナーでも、ポケモンの方のトレーナー気分。しかし思い出せクロ、お前は選ばれる側であり使われる側だぞ

*5
情緒不安定




(最初の相棒って言いましたけど、初騎乗はナチュラルカラーで変わら)ないです。

あとキタサンを引くか迷ってるでござるよ、どーしよー

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