また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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グラス曇らせの時だけ筆の速度が体感10倍くらいになるの、我ながら本当にどうかと思う
スペ君に刺されても文句言えねぇ


ある老馬【前編】

草を食む。

 

空を見上げる。

 

俯く。

 

また、草を食む。

 

目を閉じる。

 

日が、暮れる。

 

 

暗く、静かに、世界が影。目に映る物を融かしてゆく。

 

星だけが、その中に煌めいていた。

 

 

 

………スぺさんが行ってしまってから、ずっとこんな感じだった。

何もする事が無くなってしまった。やる気も起きなくなった。そうなって何年目だろうか?

キング君でさえ、もういない。

 

 

寂しい。

 

 

『──っぅ──』

 

身震いしたのは寒さだけじゃない。寄り添う相手がもういないから。

マンボ君も病を患い、エビナさんの家から出てこれなくなってしまった。シーラちゃん達だってとっくの昔に。役目を受け継いでくれる鳥は今もいるけれど、それは私達と言葉を交わした子達ではない。

 

今までと同じだ。そうやって一頭(ひとり)、また一羽(ひとり)、そしてまた一人(ひとり)と、消えていく。

皆、この寒空にボクを置いて。

 

 


 

 

グラスワンダーは一見落ち着いている。

でもそれが表面上に過ぎない事は、担当スタッフ全員で共有されている認識だった。

 

「大丈夫でしょうか」

「そんな訳が無いだろ」

 

苦渋を噛み締めながら吐き捨てた先輩に、私は無言の肯定を返す他無かった。

横目で控室の台、その上に鎮座する残骸を見遣る。懇切丁寧に粉砕されたステカセを。

 

……クロスクロウの足音、嘶き声の録音。それをグラスワンダーの前で流した機の末路だ。

 

あの凱旋門中継を目にしたその日から、彼はおかしくなった。有馬記念でそれが爆発した。スペシャルウィークが寄り添っていた時は寛解してくれるが、そうでない時は無自覚な自傷行為に及ぶ事さえある程に。

それを緩和出来ないかと、クロスを思い出させてやればまだマシになるかと、そういう善意(もくろみ)で設けられた試み。臼井厩舎から拝借したクロスの音声データをこのラジカセに嵌め込んで……事態が悪化したのは語るまでも無い。

 

それでも、スペシャルウィークがいた。

彼が傍でなんとかしてくれた。グラスを支え続けてくれた。ラジカセを壊したのも彼だが、発狂したグラスの心を守る為だった事は明らかだった。

その総大将も、最早いない。

 

「今は……嵐の前の静けさ、という事なのかもな」

「何をしてやれるでしょうか」

「分からん。()()()()()()という案が上から出てるが、前みたいに裏目に出て終いになるかもしれん」

「………」

 

夕陽に照らされるグラスワンダー。飼葉の量もめっきり減ったその背は、あまりにも寂しげで。

残る救いは()()しか無いのかと、拳を握り締める他無かった。

 

 


 

 

マドバさんが来た。顔には皺が増えて、でも匂いですぐ分かる。

久方ぶりに心が持ち上がって───でも、すぐ落ちてしまった。

 

「無理しないでくれよ」

 

差し出されるご飯を口に含む。一握りのそれは、食欲が無くても辛うじて飲み込める。マドバさんの手からの物なら、なんとか。

でも貰う寸前、そして咥えた直後──彼の後ろに、見えてしまった。

 

『……!、っ』

「あ………」

 

スペさんのもう一人の相棒。そして、クロの最期を見届けたニンゲン。

見えた瞬間に体がこわばり、呼吸を忘れ、草を放してしまう。

 

数拍の沈黙と硬直の後。私が選んだのは逃避。とは言っても、そっぽを向いて馬房(へや)の隅に蹲るだけ。

それでも彼が視界に入らなければそれで良かった。

 

「すみません、窓葉さん」

「謝りたいのはこっちだよ。しかし……今回もダメだったか」

「やっぱり俺は、彼にとって良くない思い出にしかなれないんすかね……スペの奴がいた頃はまだ顔を見せてもらえたんすけど」

 

彼は悪くない。けれど受け入れられるかと言えば否だ。

これ以上掻き乱さないで欲しい。その一心で、耳を絞り塞ぎ耐える。目を瞑り、暗闇の中で気を鎮める。

──貴方を見ると、何もかも思い出してしまうから。

 

「出直します。また予定ついたら教えてください」

「ああ。気が向いたら僕の厩舎にも寄ってくれ、紹介したい馬がいるんだ」

「……ちなみにですが」

「癖馬」

「でしょーねっ──じゃあな、グラスワンダー」

 

足音が遠ざかる。恐れていた気配の消失に安堵。吐息が漏れた。

また向き合えなかった事実だけを残して、今回もこうなった。

 

『ごめんなさい、マドバさん』

「悪かったね、グラス。今日は少し長居するよ」

 

再び馬房から顔を出せば、頰に触れられた温かい手。縋り付くように顔を寄せ、目を伏せた。

束の間のそれだけが救いだった。そうしてる間だけ、心が安らいだ。

 

 


 

 

厩舎を出て振り返る。愛馬達に会っても良かったけど……また今度の機会かな。少なくとも今はそんな気分にはなれない。

 

(お前から託される案件はいつだって特大だよ。なぁスペ)

 

去っていった戦友を想う、けれど彼はもういない。帰って来ない。遺された俺達は、彼がやり残した事でてんてこ舞いだ。

 

……そんなとこまで、クロを真似なくても良かったろ。

 

「って、それを強いた俺達にボヤく権利はありゃしないか」

 

吐き捨てながら手続きを済ませ、車のキーを回す。でもまずったな、ジャーニーは俺の車のエンジン音覚えてるんだっけか。興奮させたら、アイツにも担当の人にも悪い事したな。

 

お前が、ここにいたら。

もっと意気揚々と、来れたんだけど。

 

「クロ。スペと仲良くやってるっすか?」

 

一人ごちる。左手で握りしめた御守りは、いつも肌身離さず身に付けて……グラスと会う時だけ、こうやって置いて来ていた。

だってこれは、クロが織り込まれているから。ロンシャンでアイツが吐いた血。それを受け止めた服を元にしてる。

そんな物をグラスに近寄らせたら…どうなるか分からないだろ。

 

「こっちはまぁ大変っす。でも俺は前を向けた……勇鷹さんもなんとか」

 

()の相棒と出会えた俺。

ディープを止めれた勇鷹さん。

家のしがらみなんて関係無いところで大成出来た美鶴ちゃん。

 

あれから20年が視野に入る月日が経って、やっと傷が癒えつつあると断言できるようになってきた。あの過去を人々は飲み込めるようになった。

なぁ聞いてくれよ、とうとうお前達の擬人化アニメまで放送されたんすよ?スペなんて主人公だったんだ、すげぇ活躍しててさ、まぁ放送中に届く山のようなファンレターの意味をスペ本馬は理解してなかったけども。

 

「お前の名前は権利関係が複雑だったっぽくて明示されなかったけど、それでも大事な役回りで出てたっす。むちゃくちゃ格好良かった。俺から見たお前の姿を、懇切丁寧にスタッフに説明した甲斐があったよ。声優だって美鶴ちゃんがやってくれたんすよ」

 

俺の知るクロが、画面の中で確かに生きてた。俺に当たるキャラも出て、その青臭さなんて目を逸らしたくなるぐらい恥ずかしかった……。

 

「……その愚かさだって、しっかり描かれてた」

 

そこだって、誤魔化せない。

お前を見捨てて国内に引き篭もった、若さ故の過ちと呼ぶにはあまりにも取り返しのつかない愚行を犯した俺がいた。その罪を犯したシーンで、目の前のテレビごと叩き割ってやろうかと思った程に。

 

「でも、アレも俺なんだ。よく分かってるし、分かってくれると勝手に思ってる。あの過去の延長線上に今の俺がいて、今の皆との絆があるから」

 

けれど全否定するのはもうやめ。時計の針はとっくに進んでて、身体はとっくに歩み出していたから。心をいつまでも置いてきぼりにしとく訳にはいかないんだ。

 

だから、見ていてくれよ。俺が俺の人生を歩み抜くその様を。

裁いてくれよ。歩き切って、お前にまた会えたら。俺の生き様を評してくれよ。

そして、その時。

俺はもう2度と、間違わない(離れはしない)

 

「……グラスも、な」

 

その為に、まずはグラスワンダーを諦めない。

アイツを想ったお前の為に、俺は俺の使命を全うしてみせる。

 

決意を新たに捻るエンジンキー。ゴムタイヤでアスファルトを蹴って、俺は俺の戦場(ターフ)へ戻る。

 

 


 

 

最近、ここにいるのが辛くなって来た。

スペさんがいた頃の思い出が、スペさんがいない今と激しい齟齬を起こす。馬房で、外で、洗い場で、至る所で記憶が軋む。

いたのに、いない。四六時中そう思ってる。

正気が捻られ、削れる気分だ。

 

でも良い事だってある。眠るのが楽しみになった。

その時だけ、クロ達とまた会えるようになったから。クロだけじゃなくて、皆がそこにいた。

今もそうだ。大歓声渦巻く、あの芝の海に。

クロが、スペさんが、エルがキング君がスカイ君が、待ってる。

 

「グラスさん、こっちよ!」

「にゃは。長かったね、待ちくたびれちゃったよ」

「落ち着け、グラスワンダー!」

 

嬉しい。あそこに皆がいる。

頭が痛む。

 

「鎮静剤持って来ます!」

「よく頑張ったね。あと一歩だよ」

「早くしないとスタートしちゃいマスよ!?さぁ走って、グラァス!!」

「早くしろ!人間のパワーじゃ止められん!!」

 

そうだ、一緒に走るんだ。今度こそ6頭で、揃って!

頭が痛む。

 

『グラ、ス……!』

「さぁ有馬記念だ!予告通り、決着つけようぜ!!」

「え……鳥!?」

 

うん。クロ、うん!

頭が痛い、痛い。

ボクは待ってたんだ、この時を!貴方達と心置き無く競えるこの時を!!

痛いっ、痛い痛い。

何の憂いも(わだかま)りも無く!クロ、貴方と私で全力の想いを───!

痛い痛い痛い痛い痛いッ!!

 

『グラスッ!!!』

 

『───っぁ……』

『アーッ。ケホッ。目、サメタカ』

「止まった!今がチャンスだ!」

「頭部出血、ガーゼ持って来いっ」

「マンボを刺激するなよ、飛び去られたら不味いからな!?」

 

懐かしい声に目を開くと、目の前が真っ赤だった。いつもの馬房の壁も、周りで慌てふためいてボクを座らせようとするニンゲン達も、そして窓に座す、久しく見ていなかった()()の姿も。

 

『マンボ、どうして、ここに』

『タブン、元気、モドラナイ。今イカナイト、ニドト来レナイ。ソー思ッタカラ、キタ』

『キェー。ラドン、ドーシタライイ?』

『ディープノ所ニ。アイツモ、寂シガリ屋ダカラナ』

『ラドンワカッタ!キェーッ』

 

かつてより幾分か上手くなった言葉を喋りながら、シーラちゃんの子供を帰らせて、彼は赤く染まったままの壁──の、凹んだ部分へ視線を投げた。ボクはさっきまで、あそこに頭突きを繰り返していたの……?

 

(ツラ)イカ』

『……』

『アーッ、沈黙デイイ。キモチハ分カル』

 

意図しない自傷行為へ走っていた己を自覚し、背筋に寒い物が走る。今見ているのが本当に現実なのかさえ分からなくなりそうだ。

そうやってまた正気を失いそうになるボクを繋ぎ止めてくれたのは、老いて落ち着きを得た友の声だった。

 

『マンボハ、此処ニイル。シバラクイル』

『え……』

『グータラ、シヨウ。ツモル話モアルダロ』

 

ああ。やっぱりボクは、どう足掻いても過去にしか生きられない。マンボと出会えただけで、話せただけで平静を取り戻せてしまったのがその証拠だ。

そんなボクに、あまりにも都合のいいその話を、受け入れない道理なんてある訳無かった。

 

 


 

 

マンボも、歳だ。諸々にガタが来てしまった。

もう長い距離は飛べないし、寒い所で眠る事も出来ない。人間の翼(ヒコウキ)への乗り込みだって、若い頃は軽々出来たのに今じゃすぐ見つかって撤退の憂き目だ。若い頃に張り切り過ぎたか?

馬の伝言役はシーラの子供達や各地の鳥仲間に引き継いでもらったから、心配無いだろうとは思うものの……

 

……それでも今回は、来て良かった。頭に人間達の布を巻き付けて、でも控え目ながら笑みを浮かべるグラスを見て、そう思った。

何の事ない世間話、思い出話。最近あった事や昔あった事、それを分かち合うだけでも価値はあったって。

 

『全ク、サイキンノ若イ奴ハ。気合イガ足リン気合イガ』

『しかしねぇマンボ君、強さの基準も価値も時代によって変わってくるのですから……』

『ヨク喋ル!』

『えぇ!?』

 

うん、良かった。例えこの時だけだとしても、彼が笑えたのなら。マンボだって楽しいし。

……これで良いんだよな。キング。

 

(スペの時は、間に合わなかったからな)

 

だからこそキングの時は急いだ。エビナに大騒ぎして(あし)に乗せてもらって、何とか間に合った。アイツは、看取ってやれた。

その時に言われたんだ。

 

(“最後の長旅を、グラスに頼む”か。最期までお前は、そして最初から王様だったよ)

『マンボ君?』

『アーッ、考エゴト。モウ解決ズミダ』

『本当ですか?隠し事は無しですよ、もう』

(お前が言うか?????)

 

大爆走しやがったいつぞやを思い出しながら飲み込む。どうせ今も引き摺ってるだろうし、掘り返す事も無い。俺達の安穏にそれは不要だろう。

そして……時間だ。

 

『アーッ!チョックラ失礼』

「グラスワンダー、包帯取り替えr……うおっマンボ!?」

『え……?』

 

部屋に来た人間の肩に飛び乗る。グラスの体温があってなお、マンボに北海道(ここ)は寒過ぎるからな。

 

「ちょ、背中に回られて離れない!どういう意図!?」

『人間ヲ伝ッテ、エビナノ家ニ帰ルヨ。世話ニナッタナ』

『待っ……て』

『此処ニイルノガ辛イッテ言ッテタケド、人間ガオマエヲ別ノ所ニ移ソウッテ言ッテタノヲ聞イタ。ダカラ大丈夫ダ、タブン』

『待って!』

『待テナイヨ』

 

懇願に首を振る。マンボだって出来れば一緒にいたいけど、それが叶わないならせめて、憂いを出来る限り晴らしてあげなければ。

……一つ、聞いてみよう。

 

『グラスハ、ナンデ、生キテル?』

『え……』

『ズツキ、リセイアル時、シナカッタ。死ノウトシナカッタ。ジャア、今ノオマエニハ、生キル理由ガアルンジャナイノカ?』

 

最後に自分を見つめさせてやれれば、或いは。一縷の希望に縋って問うてみる。

グラスは数秒ほど俯き、震え、そして。

 

『…死にたくない訳、ないじゃないですか』

 

爆発した。

激しくはない。とても静かだった。でも目から涙を、口から嗚咽を、止められなかった。

 

『でも、でも……!スペさんが、“来世でまた会える”って!クロがそう言ってたって!!』

『………ソウ、カ』

『そう言われたら!今生きてる事に絶対意味はあるって!そう信じるしか無いじゃないですか…!!!』

 

泣かせてしまった。最後の最後で、マンボはやらかしてしまった。

でも同時にこうも思う。()()()()、って。

 

『ソウカモナ』

他馬事(うまごと)みたいに…っ』

『イーヤ。マンボニハ、エルガイタカラナ』

『!』

 

マンボもグラスも、同じなんだ。会いたい奴はもういない、過ぎ去った過去の中でしか会えない。思い出の中でしか、エル達は生きててくれない。

エルの子供達には関心があるし似てる子達もいたから、その未来も見届けたいって思ってた。嘘じゃない。

嘘じゃないけど……それでも何より、エルにまた会いたかった。それが叶わないこの生に、意味の存在を疑った事だって。

 

『デモ、クロスガ言ッタナラ、キット会エル。ソウダロ?』

 

なぁグラス。今マンボは、お前によって救われたんだ。生きて来て良かったって、エルに胸張って会う為に生きていこうって、そう思えたんだ。

その事を、誇りに思ってくれないか。

 

『……です、ね。ボクはクロを信じてますから』

『アーッ。マンボモソウダ。エルノ信ジタクロスヲ、クロスヲ信ジタマンボヲ信ジル』

 

その信頼がある限り、マンボとグラスは大丈夫。そう思えたからこその“良かった”だった。

きっとグラスは耐えられる。その約束を思い出せたなら、一頭(ひとり)でも。

 

『ジャーナ、グラス。また会オー』

『ええ。また、“来世”で』

 

さて、もうシンミリするのは終いで良いか。最後くらい笑顔で、多少無理してでも。

そんな思いに応えてか、グラスも努めて微笑み返してくれた。マンボも精一杯の羽ばたきで応えたのだった。

 

 

少し後。グラスが別の牧場に移ったと聞いたのは、エビナの家で寛いでいた時の事だ。

 

「……どうするマンボ。俺達も北海道に引っ越そうか?」

『アーッ、馬達ノ世話ドースンダオマエ。キャッカ!』

「冗談だよ冗談、怒るな──ってお前最近人語理解し始めたよなやっぱり」

 

伊達に歳取ってないからな!




【ドリームジャーニーのヒミツ】
トレーナーが持っているお守りを見るとメチャクチャ不機嫌になる。が、表には出さない

長くなったので前半は此処まで。後編は金曜昼
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