アタシ達にどうしろってんだコレ
『なぁおっさん、ジャスまだー?』
「シップ、今日の種付けはもう終わったでしょ」
『いねぇんならマンボの奴が何処なのか教えてくれよぉ、膝に矢を受けちまったとか聞いたから心配で心配で』
「うーん、欲しいのは牝馬じゃなくて飼葉か?でもご飯もう食べたでしょシップ」
『あーもうやっぱお話にならねぇ!
「どぁーっ!?」
小生意気なニンゲンやろーの
ほらどうだ、俺は優しいだろーッ!?
『押し付けがましい』
『DQNもいいとこ』
『フジ先輩を見習って欲しいわ』
『イキリ乙』
『はいはいつよいつよい』
『ンだとコラーッ!!?』
正論を振り翳しても、返ってくるのは呆れが混じった愚痴ばかり。なんだよなんだよ皆ノリ悪いな!そんなハジケ方じゃこの先の荒波乗り越えていけねーぞ!それでも
『頼りにはなるし悪くない奴だとも分かってはいるんだけどねぇ……』
『牝馬にだって優しいし、でも出しゃばり癖とオラつきがね……』
『もうちょっと抑えて貰わないと支持のしようがね……』
『文句あっかー!!あんなら大声でー!!』
『『『こういうとこだよねぇ………』』』
くっそー、芝の上でブイブイ言わせてた頃のやり方が通用してくれねー。ドイツもコイツもイタリアも一丁前に『俺達もう若くないんで。そういうノリはノーサンキューです』みたいな澄ましたツラでスルーしやがる──“イタリア”が何かって?ゴルシちゃん知ーらない、だって又聞きだもの。てつを。
……いや俺だってさ、空気読めてるかなーって自分でも不安になる時はあるし、実際読み間違えてやらかした事だってあんのよ?そんぐらいの自覚はあるわ舐めんな。
でもそういう時は隣のジャスが上手いこと場を取り成して軌道修正してくれたし、尼並さんが慰めてくれたりしたんだよあの頃は!ちくせう、俺にはやっぱりあいつらが必要なんだなってはっきりワカンダフォーエバー。
『せめて元気でいてくれよ~……』
『あっショボくれた』
「ふう、助かった。早く戻らないと」
ここで出たのが俺の悪癖。輝かしい黄金時代を思い出すとちょっぴり
あーあ。鼻毛が伸びて尻尾みてーにブン回せたらなー。今逃げてったニンゲンもピョイっと捕まえれるんだけどなー……なんて、思っていたら。
「よーし正念場だ」
「落ち着いていてくれよ~…?」
暫く後、なんだか妙に緊迫した空気を纏ってまた来やがった。新顔を一頭引き連れて。
『新入り?』
『妙な存在感あるな』
『……へぇ?』
俺より年上。威圧感は
って待てや!俺より目立つたぁ早速生意気だぜこんにゃろー!!!
『オイ新入り!初顔合わせってンならよぉ、まず挨拶するのが常識ってモンじゃねぇのかオォン?!』
「あっ不味い」
「よりによってゴルシが一触即発かよ!!」
ニンゲンが慌てふためくが関係ねー、これは俺のメンツの問題だかんな!決めるとこ決めとかないと、後々序列関係がエラい事に……コラそこ陰口叩くでない!早速序列グチャグチャじゃねぇかたまげたな!?
だからな新入り、事を荒立てない為にもとりま頭下げとけ?いやもうこの際下げなかったらどうなるとかは無いんだけどよ、これでも此処なりの秩序ってヤツがあるからさ。な?───
───お~い?
『……!』
「落ち着いてる……よな?」
「芦毛を目の前にしても拒否反応なし!第一段階、クリアだ!!」
一通り喚き通してみたが、新入りの栗毛は一歩も動かず。っつーか動じず。代わりに目をまん丸見開いて俺を凝視していた。
が、ガン付けられてる?喧嘩売られてる?んにゃしかしその割には敵意ゼロじゃね?
『あ、の』
『って喋れるんかい!──何じゃいな』
『君が此処のボス、って事で良いんですよね』
『他にどう見えたってんだい』
『勘のいい新顔だなぁ、歳の功か』
『実際ボスとしての求心力は0を超えた0』
『ムードメーカーとしては100点満点中200点オーバーなんだけど……』
『じゃぁかましゃッ』
『……ぷ、フフッ……!』
ハナからこの有様じゃ、って心配した矢先にこれだよ!あーもう舐められちまった、こりゃ改めて誰が一番偉いかを個馬個馬に知らしめてやらにゃ。いやでも新入りの緊張感が取れたっつー意味じゃ良いのかい?良くないのかい?どっちなんだい?!
『いえ、少々昔を思い出したので、つい。これからよろしくお願いしますね、ボス』
『お、おう。分かったなら良いんだぜ分かったなら』
『僕はグラスワンダーと言います。呼び名を教えて頂いても?』
『シップで良いぜ。ゆっくりしていってね』
ホッ。礼儀正しい奴で良かった、さっきチラッと聞こえてきたように歳の功ってヤツかもな。
兎にも角にも、よろしくなグラスワンダー!ここじゃ
・
・
・
『お~いグラスの爺さん!!今日は何教えてくれんだ~?』
『シップ君はいつも元気で羨ましいです。とはいっても、ボクの“受け売り”だってもう残量無いんですけどね』
『まぁそん時ゃそん時よ。爺さんの話面白いしなっ』
『はいはい』
『めっちゃ懐いとる……』
『あの暴れ馬が?!』
『なんという事でしょう*1』
「グラスの精神安定を確認!ゴルシも落ち着いてます!!」
「万歳!!ばんざーい!!!」
……クロだとは思う事は無かった。幸いにも、毛色と体格で幻覚を見てしまわない程度には、ボクの頭は狂っていなかったらしい。
シップ君は、
『これが
『正解です。復習も完璧ですね』
『知識のアップデートはボスの務めだかんな。しっかしニンゲンって奴も不思議だぜ、なーんで違うモンに同じ名前付けんだ』
『さぁ?ボクに教えてくれた馬曰く、ニンゲンって結構アバウトな所があるそうなので』
そういう彼自身も大概アバウトな所があったなぁ、と想う。そういう所も大好きだった。
シップ君は違う。雑把に見せかけて、でも見かけよりこまめ。
蜘蛛は苦手ではない。柵の向こうでかつての僕みたいに、息を吹きかけて弄んでいる。ここもクロとは違う。
彼は、クロではない。
分かっている。
『あっ虫だ』
『…!』
その最中、羽音。思わず慄いてしまったその挙動は、ボクの衰えを克明に顕わしているのだろうか。
『えーと。ハチ、だったよな?』
『──ええ。そう、ですね』
『おうおう元気な野郎だ、どっか行けー』
シップ君が追い払ったそれは、かつてクロと見つけたミツバチよりも大きく物々しい。そうでなくとも当時から怖かったというのに、臆すのが癖となってしまった今のボクには強い刺激となってしまう。
そして、そんな僕より前に出て、ハチを追い払うシップ君の姿は───ッ。
(違う、違う。落ち着け、ボク)
彼はクロじゃないって、そう思ったばかりだというのに。湧き出た邪念を、じっと念じて追い出そうと試みるけれどなかなか消えてくれない。
『グラス爺さん?』
再び目を開けるようになる頃には、日の位置が変わっていた。まだ暮れてはいないけれど、それでもだいぶ時間を経てしまったようだった。
『……すみません、シップ君。暇させてしまったようで』
『良いぜっての。爺さんの隣、なんだか落ち着くんだよね』
『そうなんですか?』
『“別にいっかぁ”っつー感じ?泰然自若っていうんだっけ、そんな爺さんの態度に倣ってノンビリしたくなンだ』
泰然自若?
思わず失笑したくなった。今のボクほど、それに似合わない馬なんていないから。
『そう見えたなら、きっと勘違いですよ』
『そうかァ?』
『ええ。ボクはただ……
……それだけだ。
この世界への希望を失くした。生きる事の意味を絶たれ、意義を見出せなくなった。だからボク自身の事以外で何があってもあまり変わりはしない、それだけ。
変わらないのではなく、変わ
『……うん。シップ君、やっぱり君はボクから離れた方が良い』
『えっ、なんで?』
『アップデートが重要だと言ったのは君でしょう。今のボクはそれとかけ離れた存在です、悪影響を及ぼしてしまうかも知れません』
そんな僕がなぜ息をするのをやめられないのか。死への恐怖ゆえ?それとも本心では生を諦めていないから?または世話してくれるニンゲンの為?はたまた、ただの惰性?
ううん。盲信だ。
クロさんの言葉。
それを継いだスぺさんの予言。来世。ここではない世界の存在、来世。
実在するかも分からないそれに希望を見出し、縋りついて。そこへ行く為に、取り敢えず命を抱いている。
なんて自分勝手で、見苦しい所業だろうか。
『──まぁ、実際俺はアンタに影響受けてる自覚はあるけどさ。それが悪影響かどうかは、俺が決める事にするよ』
『ぇ』
『まー時間はあんだ。勿論アンタだけにつきっきりって訳にもいかないし、他にもおもしれ—奴はいるけど、今日は爺さんと一緒にのほほんとさせて貰うよ。別に良いだろ?』
そんなボクの隣で、柵を隔てて「減るモンじゃないし」と言ってくれるシップ君。その鷹揚さに幾らか救われ、ボクもまた腰を下ろした。
陽が落ちる。
時が、流れていく。
日が昇る。
時が、去っていく。
止まってはくれない。
愉しかったあの頃は遥か彼方。もう戻れず、求める事さえ出来はしない。
クロがいなくなって、スカイ君が遠ざかって、エルも逝って、スぺさんとキング君まで。
誰も彼もいなくなって、マンボ君も来れなくなって、安息の地で独り。
それでも生きると決めた。
死ぬわけにはいかない、と決めた、から。
例え途中、どんな寂しさに襲われても。
身も心も凍て付かせるような寒さに見舞われても。
雨が降っても、風に吹かれても、その中に貴方達を感じられなくとも。
『生きて』
生き永らえて。
『生きて』
生きつづけて。
『いきろ』
いいきかせて。
みぎも、ひだりも、わかんなくなっても。
だれなのか、わかんなく、なっても──あれ?
ぐらす?だれ?
ぼくって、だれ?
わかんない。こわいよ、ママ。みんな。
みんなってだれ?
わかんない。
わかんない、けど。
『くろ』
おぼえてる。
それだけは。
それが、なにか、おぼえてないけど。
おひさまみたいにあったかい、そのなまえと。
また、いつか。
「婆さんや。ご飯はまだかいな」
「───……今からですよ、お爺さん」
「おっ。どもども、いただきマッスル」
寒風に過去を思い出していました。山に身を置いた目的こそがそれだったから。
クロも、スぺさんも、誰もいない。あの頃に近い環境で、自分自身を見つめ直す為に。
「ガガーリン」
「へ?」
「寿司くいねぇ」
とはいえ、まさか
前世からより破天荒さを増しているらしいゴールドシップさん──今世では何故か先輩──から、川魚と山菜のあら汁を受け取る。シップ先輩が釣り上げ、もう1人の先輩が採取し、私が捌いた物を支給された品で煮込んで作った物です。流石はトレセン学園所有の山、食材豊富な上に取り放題とは恐れ入りました。
「ほっ……温まりますね」
「だな!いやぁグラスとチーム組んで良かったぜ」
「こちらこそ、シップ先輩の釣りへの造詣の深さに助けられましたよ。蛸を持って来られた時には流石に驚きましたが」
「ヘヘッ、中坊で魚を完全に卸せるスキル持ってる方がイカレてんぞ」
「いえいえ………
しかし、どうして汽水域でもない川に蛸が?」
「さぁ?釣っちまったモンはしょうが無ェだろ」
和気藹々と談話しながら箸を進める。彼女の冗談じみた陽気な口調は健在で、やはりそれはボクの救いになっていました。
……けれど。それでも、やはり。
「シップ~、ただいまぁ」
「ジャスー!お前何処ほっつき歩いてんだ、待ちくたびれて食い始めちまったぞ」
「いやはやメンゴメンゴ。でも労力に見合う物は見つけて来たよ、ほらネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲」
失敗だったかも知れない。この試みは、ボクには少し尚早過ぎました。
あの頃には戻りたくない、クロと一緒にいたい、一緒に走りたい、競いたい。その思いを自覚できても、それ以上に心の悲鳴が強まっている。あの頃に戻りたくない、と叫ぶ。
仲睦まじいシップ君とジャスタウェイ先輩を見る度に、その悲鳴は一層強く。
「何だよおいネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃねーか近似度
「凄く……大きいです……このシイタケ」
「言っちまってんじゃねーか」
あんな風に、一緒にいたかった。
これからそうする、ではない。あの時にこそ。
「グラス~、それじゃこのネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を汁に入れちまって良いk……おーい?」
「あっ……は、い」
「グラスちゃんも疲れたよね。あとは私がやるから休んでて」
「そういう、訳には」
「ジャスがこう言ってんだ、先輩の顔を立てると思って、な?」
ああ、きっと心配させてしまいました。自責の念が強まって体の震えを強くさせる、それが自己満足だと分かっていても止まらない。
でもまだ大丈夫。ちゃんと理性はあります。ボクは狂ってません、大丈夫、生きてる、大丈夫。
クロが
「私は……大丈夫……っ」
「「…………」」
揺れる炎を見つめ、
気遣わしげに視線をくれる、先輩方の表情にも気付かぬまま。
次回は火曜12:00
【2025/3/7 追記】
ゴルシのオオサンショウウオ釣り及び作者の兄の逸話に関する件で、「オオサンショウウオの釣りは禁止されている」という指摘をいただきましたので、タコ釣りに変更しました。
作者の持っている情報から、違法性は無かったと今でも思っています。しかしオオサンショウウオが天然記念物かつ絶滅危惧種であるというデリケートな側面を鑑みて、それを捕まえるという描写は慎ませて頂いた次第です。指摘して下さった読者の方に、この場で感謝を申し上げます。
作者の言葉足らずとモラル不足により混乱を招いてしまい、誠に申し訳ございませんでした。以後は繰り返さぬよう勉強して参ります。
【2025/3/10 追記】
申し訳ありませんが、明日の投稿は無理になりました
来週までお待ちください