君は完璧で究極の
翡翠。
2006年9月10日、人々はその光に夢を見た。
身勝手にも、思い込んでしまったのだ。
彼女は、傷痕へ報うべく生まれてきたのだと。
どうやらここは“ふらんす”という場所で、俺が生まれて走った
俺の父親はまた別の遠い場所である“にほん”に居る。そう教えてくれたのは、偶然出会った鳥だった。
『オマエ、ナンデソンナニ、スペノ事ヲ恨ンデルンダ?』
『お前に言う義理は無い』
『シカシネェ……マンボハ友達ヲ守ラナキャイケナインダカラ』
『よく回る舌だな』
『アーッ……』
本当によくしゃべるこの鳥は、名をマンボというらしく。更に、俺の怨敵である父親とは親しいときた。
憎らしい。母さんを
『エ?ワンダーアゲインニ、何カアッタノカ??』
『は?』
『口ニ出テタゾ』
『……────』
『アッオイ待テ!流石ニ教エロ、グラスダッテ無関係ジャナインダゾ!』
『えぇい煩い!母さんは元気だよ多分、少なくとも俺の知る範囲ではっ!!』
これ以上言えるわけが無い、言って堪るか。俺が離れるその時までずっと、そして今もきっと、母さんが想い続けてるだなんて。そんな弱みを晒して堪るか!
『ゲ、元気ナラ良インダガ。多分、イヤ絶対オマエ、ナンカ誤解シテルッテ。スペハ拗ラセテルケド良イヤツダシ、話セバ分カルッテ』
『母さんを誑かしておいて?俺の顔を見る度、匂いを嗅ぐ度、優しい笑顔の裏でどれだけ母さんが傷付いていたか知らないだろッ』
『アーッ。オマエ、メッチャ隠シ事ド下手ダナ……』
『もうどっか行けーッ!!』
『リフジンッ!?』
絶対違う、断じて俺がチョロいんじゃない。こんな聞き上手な鳥に付き纏われたら何もかも洗いざらいブチ撒けさせられる!
と思い込む事で俺は心の平穏を守り、マンボとやらを追い払う事に成功したのだった。
……
それを傷付けた自分の父親を、だから俺は、ずっと許せないでいる。この怒りに何の生産性も無いなんて、分かり切っていたとしても。
多分きっと、これからも、この怒りを上回る熱意なんて無い。
そう思っていた。
『ヤッホー!君中々顔良いね、プイちゃんを可愛い系とするなら君はカッコいい系かな?』
──まさか。
よもや1週間を待たずに前言撤回する事になるだなんて思わなかった。
ニンゲン達に連れられた
『あれれ?もしもし、この可愛いノイジースズカに何か一言貰えませんかぁ~』
『やめようよノイちゃんー。ここは僕らの言葉が通じ難いって、ここ数日でもう分かってるでしょ』
『諦めたらそこでレース終了だよ!ほらプイちゃんもナンパ!逆ナンパ!!』
『僕は牡だって!というか誰からそんな言葉習ったの?!』
『マッピー』
『マンボさぁん……』*1
言語は通じないながらも、纏い放つ快活な空気が不快感を良しとしない。まるで強制的に陽気にされる、というか
洗脳にも似た無敵のほほえみ。俺の目にはそう映った。寄ってきた黒鹿毛の牡馬なんか視界に入らない程だ。
誰?
お前は、君は、誰なんだ?
『……~~~~!落ち着け俺、惑わされるな莫迦ッ』
『ん?どしたの、気分悪い?』
『平常心平常心平常心……』
『動かなくなっちゃった』
『ノイちゃんはさぁ……自分の愛嬌に無頓着過ぎない?』
『やったぁプイちゃんに褒められたっ』
(そうだよ褒め言葉だよ、だからタチ悪いんだよ……!)
目を強く瞑って精神統一を試みる。こんな簡単に一目惚れしたなんて露呈してみろ、牡馬として面目丸潰れだ。俺は初対面の牝馬なんか気にしない。牝馬なんかに絶対負けない!!
『あ、目を開けた。なんかごめんね』
『俺は見蕩れてなんかない』
『おっ、今の挨拶!?私はノイジースズカだよ、今日はよろしくね!』
『良いか!俺を落としたいんなら!その脚で強さを証明してからにしろ!!以上』
『待ってー!プイちゃんの紹介がまだ出来てない~!!』
『僕は良いってば!というか上見て上!!』
『うえ?』
「…………」
「────」
『僕達が近寄り過ぎたせいでユタカさん達の空気が死んでる』
『それは本当にごめん』
危なかった……あのまま対峙してたらいよいよ脳をやられるところだった。レース中ならともかくレース前から危機に陥るなんて思ってなくて、まさかの心労に溜息が出る。
……でも、もう大丈夫。俺の本質は“怒り”、それを今再確認できたから。
(
その為に積み上げてきた勝利だ。早く勝ち上がって、
だというのに、途上で色恋なんかに現を抜かしていられるか。復讐するは俺にあるんだから。
「ああ、良かった。イレ込んだかと思ったぜ、兄弟」
『悪かったな』
「
……まぁ。その過程でニンゲンの、相棒の期待に応えてやるのも吝かじゃないが。
勝とうぜ、兄弟。この“ふらんす”とやらでも、最強は俺達だ。
…………
《ノイジースズカ速い!早くて速過ぎる!!これが日本の“大逃げ”か、狂気にも程があるだろう!?》
『ィ~ヤッフー!!かっ飛ばすよゾイっぴ!!!』
まだ中盤を過ぎたか否かという時勢なのに、栗毛の尻尾が遥か前で揺れる。一体なんだ、彼女に跨るニンゲンは盛大なバカか!?
「落ち着け!事前に調べた通りのハイペースだ、乱されなければお前なら十分詰めれるっ」
『ッ、ああ、すまない』
手綱を軽く引かれ、気を取り直す。そうだ、何より大事なのは自分を見失わない事。それさえあれば憂う事など無い。
『ぅう……なんで、力が……!』
(コイツはダメそうだな)
冷えた頭で耳を澄ませば、斜め後ろから聞こえてきた弱音。さっき栗毛の彼女と共にいた鹿毛のようだがもう上がって来れる様子は無い。ならば今の立ち位置的に、注意すべきは前方のみ。
“侵略”だ。
《フォルスストレートに入って依然ノイジースズカ先頭、っアメリカの魔王ここで来るか?本仕掛けという訳ではないがしかし、徐々に距離を詰めて二番手だっ》
『待って……僕は、まだ──ユタカさん!?どうしてっ!』
ジリジリ踏み躙るように詰めていく。時に
幾らリードを稼がれていようが関係ない。こうやって物理的にも心理的にも間際まで寄って、押し潰す!──今回は流石に無視できないリードで、それ故に相応の力も使わされるが。例えそうだとしても!
《さぁ最終コーナー!三番手シロッコを置き去りスペリオルワンダー猛追!!限界が近いか、尚も粘るノイジースズカを捉えるか!?いや捉える!》
『来たねプイちゃ……え!違う!!?』
『残念だったなァ!!』
まさに予想外、といった驚嘆の表情に思わず笑いが零れた。
確かにお前は綺麗だろう。姿だけじゃない、その疾走も見惚れるぐらいに合理的で美しかった……だがそれだけだ。それもここまでだ。
俺が惚れるんじゃない。もし俺達の間に色恋が起こるとしても、それはそんな形じゃない!
『お前が!俺に堕ちるんだッ!!!』
『……!!』
《捉えた!最後の勝負、ここで魔王が姫を捕らえ────》
開ける視界、待つ歓声。あとはその中に待つゴールを一番最初に突っ切るだけだ、隣の
その光景を具体的にイメージし、叶えるべく脚へ力を込めた。俺の
『──ゾイっぴ』
「ああ、ノイジー。もう大丈夫っすよ」
『じゃあ────行こっか!!』
差し返された。
最後の足掻きだと思った、のに。
『えっ──?』
止まらない。
苦労して詰めた距離が、逆再生みたいに広がって……!?
『待ッッッ待て待て待て待て!!』
「ファッ⁉︎日本の時のデータより3倍はヤバいじゃねぇかどうなってんだ!!!」
『来るねぇ、やるねぇ!それでもッ!!』
《い、いや違う!?なんてパワーだ日本のお転婆姫、粘り、いや粘らない、差し返s、どころじゃない!!》
今ここで言っても信じられないかも知れないけれど、俺の領域はとても強い。威圧と共に標的へ放てば、相手の領域を押し潰してしまえるほど。だから俺は“侵略”とさっき言ったんだ。
その俺の領域が。勝利を約束された末脚が。
離される。
圧し掛かろうとした栗毛の彼女の領域へ、でも付いて行かずに引き摺られ、ブチブチと引き伸ばされて。
切れた。
『───あっ』
その瞬間だけ垣間見える、世界。スピードの向こう側。
静かで、どこまでも綺麗な。
『勝つのは私ッ!!!』
『………!』
彼女だけの、“景色”。
それを体現するかのように、視界はすぐに現実に戻り。そして決着が付いていた。
《
「「「おおぉぉぉおおおおっ!!!」」」
『どうも皆〜!ありがとねぇー!!』
「………クロ………」
歓声を上げるニンゲン達、それに応えるべく勢いそのままに凱旋の走りを見せる栗毛の彼女。愛される為に生まれてきたかのような光景で、そして次の
ああそうだ、これは前哨戦だ。これまでの経験でなんとなく分かっている、本番はあくまで次。今回無理に勝つ必要はそもそも無く、飽くまで“慣らし”と戦力偵察が主目的だって。
「ちょっとこれは……作戦練り直さなきゃだな。スペリオル、早く帰って休もう────スペリオル?」
……なんて、言い訳にもならない。
あんな強さと、美しさと、愛嬌と、その三つが高度に混ざり合った姿を見せつけられて。
頭がどうにかならない方が、おかしいだろ。
《おや、2着スペリオルが近寄っていくよ。騎手の制御が効いてない様子》
《米国の彼も素晴らしい末脚でノイジーに追随したね!いやぁ2頭の叩き合いが今から楽しみ、ってちょっと待って。
《ぅゎ本当》
残り3歩の間合いで、彼女も此方に気付いたようだった。それなら話が早い、と俺の方から口を開く。
『俺は、スペリオルワンダーだ』
『すぺりおるわんだー……それが貴方の名前なんだ、やっぱり格好いいね。私はノイジースズカだよ』
『Noisy Suzuka。覚えた、しっかりと』
言葉は分からずとも固有名詞なら伝わる。それで互いの名前を、やっとここで分かり合えた。相手はレース前から伝えてくれていたけど、それを今ここでようやく飲み込めた形となる。
けれど、次言う事は伝わらないだろうな。ううん、伝わらなくて良いんだ。自分に誓う、自分だけの誓約だから。
『俺の
『んぇ?なんて??』
やりたい事は決まってた。けど、“欲しい物”が出来たのは初めてかも知れない。それも母さんや父さんの関係無い、俺自身が欲する望み。
ノイジースズカ。君が欲しい。ただそれだけ。
惚れさせられたこの身で、次こそ君を貶めてみせる。
……でも、首を捻る本馬とは別に、どうやら
『アイツ……アイツ……っ!』
『……ふん』
ノイジーに付いて回っていた腰巾着の鹿毛。どうやらアイツも俺と同じ
けれど相手にならないだろう。今日のレースで分かった、アイツの脚はこの
俺だけだ。ノイジーと戦り合えるのは。
『次だ。次は勝つ、待っていてくれ』
『う、うん!次も負けないよ、リオ君っ』
意味が通じずとも懸命に返してくれる彼女。その優しさにまた解かされながら、俺は決意と共にターフを後にしたのだった。
ノイジースズカです。皆の期待に応えて勝ちました、イェイイェイ!
『という訳でご飯の時間だよ、全員集合ー!ケホッ』
『……咽せてるじゃん。深呼吸して落ち着こ』
『だいじょぶだいじょぶ、だって私最強だもん』
『調子に乗ってる……』
なんだかプイちゃんがローテンション極まってますけれども、一方私はとっても上機嫌。あの歓声を浴びれたからね、仕方ないよね。
『でもプイちゃん、今日はどうしたの?最後も全然スピードに乗れてなかったし』
『うん……ここの芝、ちょっと走りにくくて。後は
『そう、そうなの!なんだかここ、めっちゃ、走り易くてさ!!』
どうやらまだ慣れ切ってないらしく、攻めあぐねた結果が今日のレースだったみたい。何の声が聞こえたのかも気になるけど、でも私自身の話になってそこは吹っ飛んでしまった。
『なんだろうね。自分でも信じられないくらい蹴りやすくて、ゾイっぴも困惑してたぐらいなんだ。だからこそリオ君に追い付かれかけた時はビック、ケホッ、ビックリしたんだけど』
『……リオ?』
『あのカッコいい馬の名前!スペリオルワンダーっていうんだって、また競うの楽しみだな〜〜♪』
『ふ〜〜〜ん……』
あれ?不機嫌?なんか私の機嫌と反比例してない?
ウリウリ、そんな顰めっ面じゃ可愛い顔が台無しぞ?笑え笑え〜〜!
『んみゅ、やめてよ!今更だけど、ノイちゃんに可愛いって言われても嬉しくないんだ!嬉しいけど!!』
『ご、ごめん。でもどっち?』
『今のは忘れて』
頬を突いてたら飛び出してきたカミングアウトに驚いた。まさかそれで傷付けてたなんて思わなくて、流石に反省……ん?嬉しいのに嬉しくない?冷静に考えたらどういうこtエホッ、エホッケホッ!!
『────ノイちゃん?大丈夫?』
『だいじょぶダイジョブ、レースの後で咽せたのが長引いてrケホッ!!』
『ノイちゃんっ!』
あれ。おかしいな、止まんないや。折角楽しかったのに、ゾイっぴ達を喜ばせてあげられたのに、こんなんじゃ心配させて台無しになっちゃう。
だってこの興奮を止めたくない。強くて、熱くて、そして……あれ?
熱い。そうだよ、頭が熱い。コレ流石におかしいよね。
気付いたらボーッとしてきたし。なんか立ってられなくなってきたし、フラフラして。
『ユタカさん!イキゾイさん、
「何だ何だ。ディープが騒ぐなんて珍し……ノイジー!?」
あー。ホントごめん、プイちゃん。リオ君。
これちょっと……ダメっぽいや。
エアグルーヴ『訴訟も辞さない』
(フォア賞トロフィーの)