また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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【豆知識】未来でゴルシが凱旋門ショーに行った時、向こうでは「ジャパンが芦毛馬を送り込んできたぞ!?」と騒ぎになった
なんなら「トラウマを掘り起こすな!」という旨のガチクレームも来た


「パドックで騎手と客が話すのは規定的にかなり不味い」との忠告を受け、投稿日の23:53に該当部分を改正しました。ご迷惑をお掛けしました。


【Ep.13】宮崎!

【速報】俺氏、駆け込み寺の第1期生徒になる【癖馬】

 

い、生沿だと……!?新人騎手だと言ってたじゃないか!騙された!*1

……というか生沿騎手、最近卒業したって事は1998に騎手デビューしてたのか。はぇーすっごい、面白い偶然があるもんだね。

 

『機嫌良くなりました?』

『割かし良いね』

 

ドリームジャーニー、デュランダル、スイープトウショウ、最近ではメイケイエール……そして何よりオルフェーヴルを駆った男!というか寧ろ駆られた男!

そんな人に乗って貰えるんだから、光栄ってモンよ。まだその実績を積む前段階だけど現状。

 

……ん?いや待て、これ下手したら俺って後世では「ikziの最初の加害者」扱いされるのでは?ヤベェ急に不名誉感増して来た、主に俺自身の自業自得で!

カレンチャンたすけて*2

 

『急に誰に助け求めてるんですか。というか、ちゃん付け…?いつの間にそんなに親しく……』

『いや、“カレンチャン”でフルネーム。ちゃん付けしたら“カレンチャンちゃん”になる』

『……前から思ってたんですけど、ニンゲンの名付けって変過ぎませんか!?』

 

それは本当にそう。ぐうの音も出ないくらいそう。でも実際可愛いから困るんだよなぁ…。

ちなみにカレンチャンって、史実だと生沿騎手お手馬の中では数少ない良心だったらしいね。しかし厩舎じゃボス馬だったとも聞く。うーん、よく分からん!#カワイイカレンチャン!(ヤケクソ)

 

「よーしクロ、久しぶりの実戦だからな。気合入れていくぞー」

『へいほいさー!んじゃスペ、いってくら』

『いってらっしゃーい!』

 

そうしている内に、馬房から出される俺。そう、今回は若葉ステークス。俺にとっては、皐月賞に備えたステップレースとなる。スペの方は既にきさらぎ&弥生賞を突破して先約済み。俺も賞金額は足りてるけど、調子の確認とこの1ヶ月で鍛えた生沿君との実戦訓練を兼ねてるって訳だ。

……そう、皐月賞である。恐れていた同世代間の骨肉の争い、とうとう開幕である!

いやぁ来ますよセイウンスカイが!キングヘイローが!そしてさっき俺を笑顔で見送ったスペが来ますよぉ三冠で!クソが!!(急ギレ)

何故怒ったかというと、何を隠そう馬主のおっさんは俺に三冠を期待しているのだ。つまりどれか一つでも取り零した瞬間、馬肉ルートがあり得るのである。

黄金世代相手に負けた瞬間に、である。

 

 

……えっ。俺の馬生、もしかして半分詰み……?

いやだって、朝日杯だってグラスが俺を見限りかけていたからこそ裏をかけた訳で。初対面で何の感想も抱いてないセイウンスカイやキングヘイロー、そしてすぐ側でずーっと俺を観察して来たスペを相手取って、勝てって。

無理じゃん。

 

 

 

『…なーんて。言ってる場合かクロスクロウ!!

「うおっ、どうしたクロス号!?」

 

弱気なってる暇なんて無ぇ!グラスとの約束の為にも、スペにカッコいい姿見せてやる為にも、落ち込んでなんていられねぇんだ!

やってやる、やってやるさ!クラシック三冠路線が何だ!?舐めるなよ!サンデーサイレンス産駒がただのサラブレッドじゃない事を見せてやる!!*3

 

と、そんな風に自分を鼓舞しながら馬運車に揺られる俺。数時間後、気合を漲らせながら無事競馬場に到着し、無事生沿君と合流したのだった。

 

 

 

合流できた、までは良かったのだが。

 

「おーい。どうしたクロス号」

 

いや生沿君よい。パドック中にソワソワし出した俺を心配してくれるのはありがたいんだが、気付かん?

ずーーーっと、ある一点から注がれる敵意にも似た視線をさぁ。

 

「………」

 

えーと…お嬢さん、何か気に障りましたかね?俺の方は貴女に会った記憶ございませぬが。

あっでもどこかで見たような気がする顔立ち?気のせいかどうかももう分からん!

 

なんて思いながらもパドックを回っていた、2周目の時の事。お嬢さんに、明らかに手招きされたでござる。ん?お呼びですかい。

 

「ちょっ、クロs…あぁ列が……厩務員さん!」

「全力で引けぇ!客と接触させるなァ!!」

「嘘ォ!?ふんぬぅぅぅ!」

 

いやスマンね生沿君、厩務員さん。なんだかこの娘の誘導を無視しちゃイカン気がしましたもので……って滅茶苦茶引っ張られるな!?う、動けん!

 

「……凄い、本当に来た。ダメ元だったのに」

ブルロッ(ちょ、待って嬢さん。まだそっちに行けん)

「パパに相馬眼なんてあったんだ……」

 

おうそうですよ。俺は人の指示を理解出来る馬なのです。頭が良いのです(従えるとは言ってない)!

 

 

……って、え?()()

 

気が付いたら、お嬢さんはいなくなっていた。

 

っと、引き戻される戻される。良いの?多分馬主の関係者ゾあれ。いやまぁ公的手順を踏んでない以上、パドック中だし時間を割けないのはその通りなんだけど。

 

 

まぁいいや、やる事は決まってるんだ。誰にも負けはしない、負けは許されない。

 

グラスの名誉を守る為にも、こんな所で負けてる訳にゃいかないんだよ。俺は。

 

 

 

▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

───結果から言うっす。

俺達は、圧勝した。それはもうビックリする程のポテンシャルを見せつけて。

主戦騎手にしてもらってから、調教とかにも参加して馴れさせてもらって、しかも拓さんにも教えを乞うて貰ったこの1ヶ月強。思ったより暴れないなとか、思ったより言う事聞くなと思いながら、それなりにコイツの事を分かっていったつもりだった。

でもその度に言われた、臼井調教師からの「コイツは本番で本性出す」という言葉。そして、宮崎さんからの「彼に任せれば良い」という言葉。

その意味を俺は、ようやく理解したんす。

 

スタートした瞬間、足を緩めるクロス号。差しかと思いきやそこでも留まらず、すぐに最後方へ。朝日杯でもやった追い込みかと、自分なりに即座に合わせたつもりだったっす。

でも今思えば、その時点で一手遅れてた。

 

後方に下がり、自分は最下位になってからペース維持を指示しようとしたっす。でもクロス号は、俺が指示するより早く自分の定位置を定めてみせた。

また、一手遅れた。

 

最終コーナー。俺は入ってからスパートを掛ければ良いと思ってた。後から思えば、それじゃ間に合わなかった。

クロス号は、俺が指示しようとした一拍前に動き始めてた。

更に、一手遅れた。

 

 

世界が、()()()()

比喩じゃなくて、本当にそうとしか表現出来なかった。時間も空間も違う、何もかもが外界から隔絶された異世界だった。クロスが駆けたのは、そういう場所だった。

情報がエグいくらいの勢いで、大量に流れ込む。クロスの目を通じて、肌を通じて、振動と共に鞍越しに語り掛けてきた。

促されるままに、鞭。

異世界の景色が、線になって後ろに消えてった。

 

序盤を巻き戻すみたいに順位を上げていって、気付けば先頭。そこからも面白いぐらいに千切って、気付けば4馬身差での勝利。

 

 

凄い馬だ、と思ったっす。

コイツと居ればどこまでもいける、と思ったっす。それぐらいの全能感が、相性の良さがありありと掌握出来た。

 

……その上で、教えて下さい。

俺の騎乗に、意味はありましたか?

 

 

「ありがとう生沿君。やはり君で正解のようだ」

 

いや、俺何もしてないっすよ。何もさせてもらえなかったっすよ。

そんな俺の、何が正解だったんすか?

臼井さん、教えて下さいよ。

 

「……」

 

無言で肩叩かれても、俺分かんないっすよ。

怒って欲しかったんすよ。なんて情けない騎乗なんだって、いっそ殴って欲しかったんすよ。

それすら烏滸がましいんすか?

 

勇鷹さん、貴方の言った通りでした。確かに俺は今日、クロス号に競馬を習いました。良いコンビになれると思うっす。何より意図が、それを実行に移す判断が、重なってましたから。

 

……俺にとって、だけ。

俺は、クロス号の足枷でしかなかった。

 

 

なぁ、クロスクロウ。

ありがとうな。追い込みの位置とか、教えて貰ったよ。勉強になったよ。俺の実力さえ伴えば、良い具合に事を運べそうだよ。実力さえ伴えばな。

 

なぁ。

レース後、俺を労わるように顔を舐めてきたお前。

 

お前は、こんな俺で満足なのか?

 

 

 

 

 

「クロスクロウの騎手さん、ですよね」

 

そんな俺に声が掛かったのは、レースが終わった後の夕方。競馬場近くの公園のベンチで、1人座っていた時の事だった。

思案に耽っていた顔を上げると、そこにいたのは1人の少女。年齢は中学生ぐらいだろうか。

あー…ぇ?どこかで見たような?

 

「すみません。パドックでクロスクロウの邪魔をしてしまって」

「へ?……あっ、もしかしてあの時クロスが客席側に行こうとしたのって!」

「私が手招きしたからです、多分」

 

ええっ、あの群衆の中からジェスチャーを視認して従ったんすかクロス……ああいや良いんすよ、全然気にしてないんで!むしろ御せない俺の方に問題があるんで!

という旨を伝えると、安心したような気不味そうな顔をして「隣、失礼します」と座ってきた。えーと……これは、どういう展開っすかね?

 

「そろそろ暗くなってくる頃合いだし、帰った方が良いんじゃない?親御さんも心配してるでしょ」

「大丈夫です、母は今は家にいないので」

「あー、えーっと…」

 

そういう事じゃない、と言うのもなんだか違う気がして。言葉を選びながら、もう一つ攻め口があるのに気付いた。

 

「お、お父さんとかも心配してるよ」

「離婚しました」

 

とんでもない地雷を踏んだぁ!?バカッ、俺のバカ!!

 

「当然ですよ。お母さんが、どれだけアイツらに追い詰められたか……っ」

「そ、それは大変だったっすね」

「あなたも、アイツに振り回されてるんでしょう?ご愁傷様です」

「ほぇ?」

 

疑問が口を突いて出た瞬間、しまったといった顔で少女の顔が歪む。でもそこにあったのは後ろめたさとかではなく、ただ言うのが遅れた事に対する自覚のみで。

 

「すみません、申し遅れました。私、()()美鶴と申します」

「アッハイ」

「宮崎雄馬の娘です。がご迷惑をお掛けしてます」

「アッハ……」

 

ぃ?

へ?

え?

ゑ?

 

「えええええええ!?!!?」

 

今目の前で!ペコリと頭を下げる礼儀正しい綺麗なお嬢さんが、あの(いかめ)しい宮崎さんの娘さん!?いや、言われてみれば面影はあr…わ、分からない!驚きでひっくり返ったあたり、頭を地面に強打した所為で思考が回ってくれないっす!

 

「あっあの!大丈夫ですか!?」

「すすすすみませんっす、ちょちょちょちょっと焦っただけなので」

「今も明らかに焦ってますけど…」

 

いやいやいやすみませんホント!深呼吸して落ち着きますんで、ハイ!

 

「すー、はー!ヒッヒッフー…よし。こんにちは宮崎さんの娘さん……この際、美鶴さんで良いっすかね?俺は生沿健司っす、よろしくっす」

「よろしくお願いします、生沿さん」

 

いやぁ、なんか色んな意味でアガっちゃうっすね。でも我慢だ健司、こういう局面なんてこれから幾らでもあるんだから。ほら、落ち着いて。よし。

 

「ところで今日はどんな用件で?宮崎さん──あっもちろん雄馬さんの事っすよ──を通せば、こんな所じゃなくてトレセンの温かい応接室でも話せるでしょうに」

(アイツ)とあまり関わりたくないので…今日来た事も内緒でお願いします」

「あっはい」

 

そう前置きしてから、彼女はゆっくりと事情を語り出した。俺はただ、聞き役に徹したっす。

 

「私、動物が好きなんです。特に、高速で躍動するような……チーターとか、それこそ馬とか」

「それは良い趣味っすねぇ」

 

訂正。普通に話してました。

でもそんな俺に対して気に障った様子も無く、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「……でも。それがアイツと同じだと知ってからは、胸を張って動物好きだとは言えなくなってしまって。最近では、本当に好きだったのかどうかも分からなくなって……」

「えっ、宮崎さんって馬好きだったんすか!?」

「離婚する直前、アイツの書斎に入った時に、ミスターシービーとトウカイテイオーの写真が大きく飾ってあったのを覚えています。好きじゃなきゃしないかと」

 

シ、シービーにテイオー……確か宮崎商事の先代社長が亡くなったのは1981年だった筈だから、それ以降の馬の写真が飾られてるのは間違い無く当代の宮崎さん本人の趣向による物だろう。

えぇ……あの人が馬に関わる理由って“手段”であって、そういう趣味的な物が入ってるとは思わなかったなぁ。

 

「なんか、宮崎さんの人間らしい所を初めて知った気分っすよ。あの人、素の感情を全然見せてくれないんで」

「奇遇ですね。私もその時、“この人に人間らしい趣味があったんだ”と衝撃を受けました。で、それが原因で私は自分の好きな物に自信が持てなくなったんですけれども」

 

…!そ、そうだ、そっちの話でしたね!!予想外な情報を前に話を遮ってしまった、反省っすわ…。

 

「離婚して母に引き取られた後……なんていうか、未練がましいと笑ってもらって構わないんですけど。私、アイツに関する情報を定期的に探ってたんですよ。親戚の筋は使えなかったし使いたくなかったので、大した事は出来なかったんですけどね」

「……」

「でも、ある日見つけました。新聞の、アイビーS杯の予想記事」

 

グラスワンダーに初敗北したというレース。しかし同時に、将来有望な怪物相手に追い縋り注目されたレースでもあった…と記憶してるっす。

 

「驚きましたよ。所有者の所に父の名が載ってて……しかも良いネタになると踏まれたのか、購入理由まで。“家族を取り戻す”ですって」

 

あはは、と笑う彼女。でもそこに朗らかさなんて微塵も無い。

 

「今更、しがみ付いてくるんですか…!」

 

並々ならない黒い情念を、隣から感じる。マトモに目を合わせられない、それどころか悪寒まで。

一体。一体、宮崎さん()に何が。

 

「まぁ、それでわざわざ競馬場まで足運んじゃってる私は、アイツの思惑通りにされちゃってるんですけどね。アイビーSでも京成杯でも結果を残して、グラスワンダーのオマケみたいな形で誌面でも大きめに扱われるようになって。それで朝日杯を勝ったら、今度は主役みたいに一面に──無視、出来ませんでした」

「……親ですもん。仕方ないですよ」

「ありがとうございます。でも……同時に、悪くないかなって気分にもなってる自分がいまして」

「えっ」

 

なんか梯子を外されたような気分。でも、俺はそのまま続きを促した。彼女もそれに従ってくれた。

 

「今日来て、実際に間近に見てみて……再確認出来たんです。あぁ、私はどう足掻いてもやっぱり動物が──馬が好きなんだって」

「それは…何よりじゃないですか」

「えぇ、ありがとうございます。悔しいけど、嬉しかった……あの黒い毛並みが、芝の上を疾走する姿が本当に格好良くて!」

 

話に熱が篭り始める様子に、俺は心の底から安堵する。良かった、クロスクロウの走りは誰かの心を救ってたんだ。

……その時の騎乗が、とても満足出来ない物だった事が本当に悔しいけれど。

 

「だから、お願いします生沿さん。皐月賞、クロスクロウに勝たせてあげて下さい」

「ほぇ?」

 

そんな風に勝手に後悔に陥っていた所為か、唐突なお願いに対応出来ずに間抜けな声を上げる俺。でも美鶴ちゃんは止まらない。

 

「手招きしただけの私に付き合ってくれた健気なあの子に、どうか報われて欲しい。あの子に勝って欲しい。今日、クロスクロウと貴方に勇気付けられた事で……これからもあの子が躍進出来るなら、私も一歩踏み出せそうな気がするんです!」

「ま、待って下さい!俺はまだ皐月賞に出られません、だから跨るのは奥分さんっす!」

「それでもなんです……貴方達が頑張ってる姿を見たら、なんだか元気が湧いてきて…!」

 

そ、そんな無茶な!俺は今日何も出来なくて、そうでなくともしがない新人騎手で、とてもじゃないけど重荷に耐えられる人材じゃないんすよ。そんな願いを懸けられても無理っす!!

 

 

 

……なんて事、言える訳が無くて。

俺はただ、右手に縋り付いてくる彼女の掌を──左手で握りしめるだけという、曖昧な返事を返す事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

皐月賞。俺は見ている事しか出来ない頂き、GⅠ。

 

このままじゃダメだ。

早く這い上がるんだ。一刻も、早く。

 

なぁ、クロスクロウ。

こんなのにずっと耐えてきたのかよ、お前。

応えてみせてきたのかよ、お前

だったら教えてくれよ、なぁ。

 

託された想いに応える方法を……教えてくれよ、クロスクロウ。

*1
お前いつも騙されてんな定期

*2
ロードカナロア「姐御なら俺の隣で寝てるよ」

*3
内国産馬戦線にSS産駒は割と居るものだ、クロウェイ


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