また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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2006仏 - 英雄を制す者

最初から何かおかしかった。それに気付いたのは、馬房(へや)から別の場所(けいばじょう)に連れて来られてからの事。

 

「ディープ?どうしたんだい?」

 

胸の内がバクバクして、深く速い呼吸を繰り返してる。視野が狭まって、見える世界が太く黒く縁取られてた。気付けばこうなっていたんだ、予兆なんて無かった。

でもニンゲン達には何故かバレない。というより体が上手く()()()()()()というか……

 

まるで、昔上手くやった誰かを、なぞっているみたい。

 

そうだ。上手くいってる。この状態だと体が強く跳ねてくれるんだ。これなら、どれだけ上手に走れなくとも(パワー)で貫き通せる。

貫いたら、勝てる。勝ったら皆喜ぶ。

ノイちゃんもユタカさんも、楽しんで、喜んでくれる。それはとても嬉しい事だ。

だから、勝つんだ。

 

「……まさか」

 

時間間隔はグチャグチャで、夢の中にいるみたいだ。なんでって、もう鉄格子(ゲート)の中にいるから。ここに来るまで歩いた記憶が飛び飛びで抜け落ちてる、辛うじてリオとかいう奴に話しかけられたのを覚えてる程度だ。

でもそんな事はどうでも良い。何も無い。

 

調子がいい。

 

勝てる。

 

勝たなきゃ。

 

勝つんだ。

 

勝って、帰るんだ。

 

「ッ……糞っ!辞退d」

『征ってくるよ』

「え?」

(……あれ?)

 

不意に、後ろから聞こえた声。でもユタカさんは僕が言ったと思ったみたいで困ってる。

近くの枠に入る馬がいるのかな?でも、僕の両隣は既に埋まってた。

 

『勝手にさせてもらう』

「?」

『まだ死んじゃいない。だから、出来る事を』

 

続く呟き。どうしても気になって、半目だけ振り返った。

 

見えた。

 

見えてしまった。

 

『母さん』

『────っ』

 

──銀色のお化け。前にも見た彼が、僕の真後ろに。

真っ赤な目で、虚な瞳で、宛てど無くフラフラして。それでもゆっくり、僕に近づいてくる彼がそこにいた。

 

でもなんでだろう……怖くない。

 

『分かってる。余力が残ってたら、燃え滓が残ってたら、それじゃ悔い無しなんて口が裂けても言えない』

 

歩み寄って、徐々に()()()()()()。なのに目を逸らせない。

怖い姿で怖い事を言ってるのに、それに怖く思えなかった。なんで?僕はどうなってるの?

 

でも、でも、ああ。

勝ちたかったんだ、貴方()

 

『後悔しない。させない。誰の期待も、誰の無念も、無為にはしない』

 

そうだ。僕の持つ物全てを引き換えにしてでも、僕の中に何も残さない。全て出し尽くして、結果にする。

それこそがこのレース。僕が勝つ為に為すべき事だ。

 

馬場はグチャグチャ最悪、芝は不慣れ、周りは百戦錬磨の強豪ぞろい。

それがどうした。舐めるな』

「ディ……っ、あ──」

 

今度こそ完全に重なって、一つになる。僕に宿って、力を貸してくれる。前頼んだ事そのままに。

ありがとう、お化けさん。

ユタカさんの重みを感じない。何も分からなくなっていく、視野がグングン狭まって……

 

……心臓が、強く、

 

『命を賭けるには、良い日だ』

 

跳ねた。この身体は、もう僕のものじゃなかった。

 

『命を、賭けるには、良い日だ』凄い『集中状態、助かる』心の底から『関係あるか』それすらも『正しくない』これまでもやってきたように『命懸け』『対等』『なァ』『あああぁ嗚呼始まる始まる始まる』『待ってて呪って見守って勝つんだ勝つんだ勝つんだ勝たなきゃいけないんだ全員蹴落とすんだッッッ!!』

 

感情が溢れ出す。

ユタカさんを勝たせなきゃ、皆と対等にならなきゃ、それには命をチップにしなきゃ、奪った命に報いなきゃ!やらなきゃいけない事が多過ぎるっ!

なんで?僕は誰かの命を奪った事無い。

こんなの知らない。

でもやんなきゃ!勝つんだ!()()()でも蹴落として勝つんだッ!!

 

だから……ッ!!

 

『 ど け ぇ ッ ! !』

 

────ここから先の意識は希薄だ。正直、あんまり覚えていない。

 

でも凄く走れてる事は、足が地面を蹴る定期的な衝撃は覚えてる。遠のく意識の中でそれだけは。

あ、そうでもないや。他にも覚えてた。

 

それはニンゲン達の視線。声、僕に期待して、僕を応援して、張り上げてくれる声は辛うじて耳に入ってた。

最初、彼らは僕に驚いたようだった。そんなに僕が強く走ってる事が意外?舐めないでよ。僕はもっとやれるよ、ホラ。

 

そしたら喜んでくれた。これなら勝てるって言ってくれてるようで嬉しかった。ノイちゃんがいつも沸かせてるみたいに、僕も彼らをそう出来た。

やれるよ。見てて。僕を、見てて!

 

でも、途中から。

 

喜びから、怪しみが視線に混じる。どんどん楽しそうじゃなくなっていく。

途中からはもう心配そうに。なんで?そんな目で見られる為に走ってなんかないのに。

なんで?なんで?どうして??

僕を見て悲鳴をあげるの?

叫ぶの、止めるの、嫌がるの。

分かんない。

 

『お前は、強いッ!!!』

(えっ?)

 

まさか。

来た。

 

『強いお前を──── 踏 み 潰 し て や る ッ ! ! ! 』

 

リオ(アイツ)が来た!

嫌だ。負けられない負けられない、だって()はここにいるんだ!皆に願われてここにいるんだッ!だから!!!

 

『勝ちに、いくんだァァァぁぁ!!!』

 

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DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact

EXTREME-CLAWS

          Lv.

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DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact

 

息が上がって、胸が苦しい。でもまだ力が足りない。

お化けさん。もっと力を貸して。もっと、もっと。

皆の為に。

ノイちゃんの為に。願いの為に。

ボクに、もっと力を……!

 

 

刹那。

 

視界が黒に閉ざされた。

 

『ッ!?!』

 

突然の事で、何が起きたのか全く分からなかった。死んだのかとさえ思った程だ。

 

その正体を把握したのは結局、一瞬置いての事。

 

『ディイイイィィィィプゥゥゥゥッッッ!!!』

 

耳元で搔き鳴らされた癖のある金切り音。

 

それが鼓膜を引っ搔いて、漸くだった。

 

 


 

 

これは、マンボの仕事だ。

マンボがやるべき事だ。

 

《ぁ、ここで手応えが変わっ、ぁあ、一気に上がって……ああっ!》

《ダメだ──ダメだっ!それはダメだ!やめてくれ!!君まで行かないでくれ!》

《誰か止めてくれッ!!!》

 

人間達の悲鳴が聞こえるより早く飛ぶ。絶好の位置で、安全に、馬達に置いて行かれないだけの加速を得るべく。

 

……死ぬかもしれない。

少し間違えば、地面に叩きつけられる。下手すると後続の馬たちに踏み潰される。その様子を想像すると、怖くて鳥肌が立ちそうだ。

 

鳥だけに。なんて、冗談を吐ければどれだけ良かったか。

 

(──それでも!)

 

やらなきゃいけない。だってコレは、あの日の焼き直しだから。

それを知ってるマンボにしか、見てるだけだった俺しか出来ない事だから!

 

意を決し、空を叩いた。自分の全力で風を押し、重力に引かれ、マンボは一筋の矢となる。狙うはディープ、その馬体がコーナーを回り切った横っ面!

 

『────ッァア!!』

 

果たしてその目論見は……成功した!タイミングはドンピシャ、マンボの身体はディープの顔に覆い被さる。頭絡を爪でしっかり掴んで、完全に取り付けたんだ!!

 

『ディープッ!!!』

『ッ!!』

『落チ着ケ!自分ヲ取リ戻セ!!』

 

相手の鼓膜が破れるのを覚悟し、耳元で喚き立てる!こうでもしなきゃ疾走する馬は聞いてくれないって、経験則で分かってるからな。

だがディープはそれでも止まらない。精一杯叫んで、翼で額を叩いて、頭絡を引っ張ったってビクともしちゃくれない。

やがて目が合う。その瞳に────()()()を垣間見た。

 

『……ッ!!』

 

やっぱり。見間違える訳が無い。その鮮烈で煌々たる赤色は……いつか、マンボ達が見喪った日輪だ。

 

 

クロス。

 

 

クロスクロウ。

 

 

お前、やっぱり此処にいたんだな!

 

『クロォォオオオスッ!!!』

 

やっと会えた。こんな再会なんて望んでなかったけれど。

こうなったら呼び掛ける相手はディープじゃない。その奥深くに根差したかつての友を、マンボは全力で呼び続ける。

 

『モウイイ!!モウイインダッ、ヤメテクレ!』

『ぐぅうぅッ』

『オマエノレースハ、終ワッタンダヨ!!ダカラ・・・・・・()()()()()ンダッ!!!』

 

届け。届け。どうかこの想いよ、祈りよ、彼へ。

俺達はお前を見捨てた。そしてずっと、その事を後悔してきたんだ。身勝手にも、見苦しく、未練がましくずっとだ。

エルも、グラスも、スぺもスカイもキングも。馬達だけじゃない、エビナもマドバもイキゾイも……お前の知らない、信じられないほど多くのニンゲン達も。

傲慢と言え。自業自得と罵れ。

 

その代わりに……募り募ったこの祈りだけは、お前の下へ!

 

『ダカラ、頼ムカラ──ッ!?』

 

……そう念じた所で。所詮マンボの願いなんて、何にもならなかったようで。

 

『ぎ……ぃぃぃッ!!』

 

ディープ(クロス)からの返事は、拒絶だった。力いっぱい頭を振って、マンボを振り落とそうと。

こうなっては妨害どころじゃない、捕まるので精いっぱいだ。そしてそれすらも、もう……

 

・・・
・・・
・・・
・・・
!!

 

脚が離れた。

一瞬で遠ざかる。あの日と同じ、マンボの羽根の届かない世界(スピード)へ。

まだだ。まだ終われない。クロスは帰るべきだ、ディープはここで終わっちゃいけないんだ、だから絶対に止めなきゃ。その為に出来る事は。

 

もう……無い。

 

(くそっ……!)

 

なんでだ、どうしてなんだ。マンボはどう足掻いたって。友達を助けられない運命なのか。じゃあ、ここまで生き永らえた意味は何だ?

なぁエル。教えてくれ。お前の後を追わなかったマンボの判断は間違っていたのか?

こんな惨めな思いをする為に生きて来たっていうのか。お前達みたいな悲劇が起こらないよう、馬達を見守っていこうって、そう決意したのは無駄だったのか。

嫌だ。いやだイヤだ、そんなの絶対に嫌だ!

 

(誰か!!)

 

いないのか。ディープ達を止められる誰か。スペリオルはあと一歩遠い。そもそも事情を知らない。じゃあ誰だ。いてくれ。頼む、頼む、頼む頼む頼む頼む────

 

 

────あっ。

 

(いた)

 

ディープから完全に離される、その刹那。すれ違った()と目が合った。

 

その時沸き上がった感情は……“怒り”だ。

 

(何をしている?)

 

お前。ふざけるな。暇してる場合か。

分かっている筈だろう、この状況。ディープが死にに行ってる。クロスが、彼を道連れにしてしまう。そんな事をアイツにさせるつもりか。

マンボとお前は()()だろ?あの日、あの時、あの場所で、なーんにも出来なかった。マンボはそれを繰り返してこのザマだ。

 

マンボみたいになりたいのか?

違うだろ?

もうあんなの御免だろ?

 

じゃあさ。

 

(頼む)

 

だからさ。

 

(お願いだ)

 

お前にしか出来ない。

 

(ディープを)

 

止めてくれ!

 

「ユタカァァァァァアアアアアアッッッ!!!!!」

 

 

地面に落ちる直前。

 

ディープの手綱が、引っ張られたのが見えて。

その一瞬後、衝撃がマンボの意識を刈り取った。

 

 


 

 

ファイナル・ディスティネーションという洋画がある。

ジャンルはホラー。一度死を免れた若者が、しかしそれでも追い縋ってきた運命という死神から逃げ惑う話だ。ハッキリ言って他人事に思えず、見ていて気分が悪かった。

 

その感覚がぶり返す。けれど不思議と、不快感は無い。

代わりにあるのは“納得”だった。ここで()()()()()()()()()のか、と。

 

ディープが暴走した。あの日のクロスクロウのようだった。

一見、静謐な精神。でもそこに潜り込もうとした瞬間、引き込まれて熱い光を感じた所まで一緒だ。焼き直しのように、僕は黒焦げにされてディープのお荷物(リュック)と化していた。

 

止めろ。止めなければ。理性はそう言っている。

 

けれど……もし7年前のあの日(1999年10月3日)、僕は死ぬ運命だったのだとすれば?

今日、その()()が回ってきただけでは?それに抗うのは正しい事なのか?

 

僕はクロスの代わりに生き残った。本当は逆の筈だった。“それ”が今起こる事に、一体何の不都合があるだろう。

 

それでも止めるべきだ。

いや、止めないべきだ。

このままなら勝てる。

死ぬぞ。

僕が死ぬなら。

ディープさえ勝てるのなら。

それでも。

 

瞬間、目が合う。錐揉みしながら振り解かれ、後ろへ流れていく鳥と。

 

その叫びに呼ばれ、一気に頭が冷えた。

 

僕は、俺は、一体何を考えていた……!?

 

(違うだろう、“屋根”ってのは!!)

 

レースにおいて、騎手は馬に全責任を負うのが仕事だ。なのになんて情け無い!俺は全てを放り出そうとしたのか!

生沿君、君の言う通りだ!ディープインパクトに跨るのは拓勇鷹しかあり得ないんだから……彼を未来へ導かなきゃいけないんだろ!?

 

死んでる(死なせる)場合かよッ!!」

『ユタカさ……?!』

 

ブツン。俺とディープな繋がりが、そんな音を立てて切れる。途端に虚脱感が総身にのしかかるけど、そこで終わらない。

渾身の力で、でも首に負担を掛けないよう注意しながら手綱を引き上げた。前傾姿勢をやめさせ、加速を強引に中断。これで止める!

 

『なんで、どうして!?ユタカさんまで!!』

「ディープ!俺は、俺はなッ」

 

分かってるよ。お前が、俺たち人間の意図を汲んで、この凶行に及んでくれた事なんて。おかしな話だよな、そんな原因でしかない俺が止めるなんてマッチポンプもいいとこだ。

 

そしてお前は、これを聞いたら生沿君が怒るかも知れないけれど……やっぱりクロスに似てるんだよ。

人間(おれたち)の願いを背負って、どこまでも速くなる馬。それがクロスクロウで、そしてお前。同一視するつもりはなかったけど、時たま重ねて見ていた事は許して欲しい。

 

どこまでも俺達は、お前に重荷を背負わせる。競馬という業にまみれた世界で生きる以上、その宿命からは逃れられないらしい。

 

でも、あの鳥が──マンボが身体を張ってくれたんだ。命を賭して俺を目覚めさせたんだ。

だからこそ俺は………!

 

生きて(生かして)勝たなきゃ意味が無いんだッ!!」

 

エゴを吐く。全力を込めて、業に沈んだ自分を貫き通す。じゃないとあの日の銀色に顔負け出来ないから。

 

ディープの抵抗は強い。一瞬でも誤れば振り切られる、どころかまた鎮められて心を()()()()()()そうだ。マンボが身を呈して、俺が足掻いて、それでも足りないというのか。

 

あと、一手。

 

「────誰か!」

 

彼に()()を与えてくれ。鮮烈な体験を浴びせて、その目を覚まさせてやってくれ!生沿君はいない、ノイジースズカもいない、海老奈も窓葉さんも奥分さんも誰もいない、それでも誰か。

 

(スペッ)

 

スペシャルウィーク。力を貸してくれ。

彼を継ぐ者(ディープインパクト)に、彼の後を追わせないでくれ。

俺達が不幸にした君の因果で、俺達が彼に背負わせた夢を粉砕してくれ───!

 

『どうなっても良いんだ!動け、動けッ動け!!!』

「ダメだ!やめてく……っ!」

CrossClaw CrossClaw CrossClaw CrossClaw CrossClaw CrossClaw CrossClaw CrossClaw CrossClaw CrossClaw

DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact DeepImpact

EXTREME(エクストリーム)-()CL

『ふッざッけんッッな!!!』


SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder

SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder SuperiorWonder

Lucifer Rerises(魔王再臨)
          Lv.6

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「──スペ…………?」

 

ふざけるなふざけるなふざけるな!

こんな終わり方があるか、こんな決着があるか!

 

『そうだろ相棒ォォォ!!』

「全く、なァッ!!!」

 

前を走るプイとやら。そいつの手綱が引っ張られたのを見た瞬間、頭が沸騰した。

何をしてる。馬とニンゲンでまるでチグハグじゃないか、そんなザマでこの大舞台に出てきたのか?どういう了見だ、どれだけ半端な覚悟なんだ。

そんなザマで、俺に見せつけるだけ()()()()て……()()()()()だッ!?

 

《い、一瞬の隙を突きスペリオルワンダー!差すか!?差す!差した、差し切った!!》

「行けぇ!」

「頼む、止めて!!」

「お願い……!」

《ディープ急減速!拓勇鷹、()()()()()か?!》

『黙れッ』

 

この勝利に何の意味がある?最早何も無い、全部台無しだ。

だから俺を応援なんてするな、俺はそんなガラじゃない、そんな無意味な事をしてくれるな。

だって今から起こるのは、喝采に値しない黒ずんだ出来事。つまり俺が為すのは──

 

『や、め──』

『報復だアアアアッ!!!』

 

──コケにされた事への、呪い返しだから。

 

《サンデー!スペシャルウィーク、グラスワンダー!見ていてくれっ!!今ここにスペリオルワンダー、》

 

俺の本質(ふくしゅう)。それを為すだけ!

 

 

《世界ごと!英雄を制すッ──!!》

 

 

踏み抜いたゴール板。ニンゲン達の悲鳴が消え、代わりに後ろで微かに哭く声が聞こえた。気がした。

本当なら凱旋(ウイニングラン)をしていた所。だが俺は疲れた身体に鞭打って、急ブレーキじみた減速を掛ける。相棒も意を汲んでくれたようで、降りる。

 

俺の目的はもう前には無い。後ろだけだ。

 

『───っ……は、ァッ!ぼ、ケハッ、ぼく、は……!?』

「ディープ!もう大丈夫なのかっ」

『ユタ、カさ……ゲホッゲホッ!おばけさん、カヒュ、どこ……ゲホッ!!』

『………!!!』

 

決着が付いたというのにありえない静寂の中、勝者である俺より視線を集める敗者。気に食わない、けど納得もあった。()()()()を続けていれば、こんな結果にはなってなかっただろうから。

そうだ。こんなのは勝利じゃない。こんな結末、俺は受け入れない!!

 

『認めないからな』

『!』

『スペリオルワンダー……?』

 

 

座り込んだソイツ──プイとやら。その眼前まで歩み寄り、見下ろし、吐き捨てる。俺のありったけの怨嗟(いかり)を込めて。

 

『お前から受けた屈辱……百万倍にして返してやる!今日の事を永遠に後悔させてやるッ!!』

 

この一戦だけで終わらせるものか。この走りで、お前の存在を全否定するまで終われないから。

だから“次”だ。お前の故郷で、また、絶対に!

 

…………その想いも、啖呵に乗せて切ろうとした。

そうしたかった。

 

『ご…ごめ………──!!』

『ッ、オイ!この期に及んで目を逸らすな!負け犬!!』

「……?待てよ相棒、なんか様子変だぞ」

『お前が口を出すな!これは俺達の問題で、俺の怒りだ!!』

「ディープ……?今度はどうしたんだ」

 

暫く、俺と視線を交わしていたプイとやら。だがそれが唐突に逸れて、その状態で固まってしまう。この時はただ「臆病者め」としか思わなかった。

でも、どれだけ罵倒を叩きつけても動かない。むしろ俺の方を見たいのに、それが出来なくて困ってるような素振りすら。

 

『……オイ。何見てんだ』

『お化け……さん……』

『幽霊でも見たような顔しやがって。そんなの、存在する訳が──』

 

いっそ同じ方向を見て、何もないじゃんかと嗤い飛ばしてやろう。そう考えて振り返った。

 

 

──負、けた、ぁ?』

 

 

目を……疑った。

 

『は?』

 

芦毛の馬がいる。フラフラと、プイが走ってた延長線上の位置を、彷徨っている。

慌てて、俺達の後ろで走り終わった奴らを見返した。1、2、3、4、……プイ含めて9。俺含めて10。全員各々、疲れた身体を落ち着かせてる。

 

じゃあ、コイツは何だ?

 

『なん、で?勝たなきゃ、勝てなきゃ、いけないのに』

 

『お化けさん……っ』

『知ってる、のか?』

 

返答は首振り。否定の方向。どうやらプイも詳しくは知らないようだ。

でも、じゃあその涙は何だ?アイツを見て、お前は何が悲しいんだ?

 

『分かんないよぉ……っ』

 

……それっきり、プイの奴は俯いてしまう。周囲のニンゲン達には見えてないようで困惑するしか無く、俺もまた芦毛の馬を再度見ている事しか出来ない。

そうしてる内に、幽霊に変化が訪れる。

 

『帰れない、よぉ』

 

ボキリ。音無き音がした、存在しない芦毛の右前脚から。

 

『生沿ぃ。勇鷹さぁん。おっさん、嬢ちゃん。ウスイさぁん』

 

ドロリ。溶けていく、腰の辺りから。

 

『キングぅ、エル、スカイぃ』

 

ゴプリ、泡立ち。

ボロボロ崩れ。

 

ズタズタに壊れながら、彼は歩いて。

 

『スペぇ。グラス、ぅ』

 

 

────かえりたいよぉ』

 

壊れて。

消えた。

 

プイの瞳に宿っていた赤い輝きを携えたまま、銀の馬体は虚空に去った。

 

凪いでいた風がまるで今更になって思い出したように吹く。それを受けてなお、俺は今起きた出来事を受け入れられない。

確かに、奴は存在していなかったんだ。奴が零した臓物は芝に遺されちゃいないし、足跡だって無いし、臭いの痕跡さえ感じ取れない。あの芦毛は此処にいなかった、それだけは確固たる事実の筈だ。

 

でもそれなら……何故俺は、その存在を記憶している?その姿をハッキリと覚え、プイと共有できたんだ?

 

《──ぶ──無事です。ディープインパクト健在、3着はレイルリンク》

《良かった……》

《クロスクロウみたいだったな》

「何が……起きたん、だ?」

『……っ』

 

ニンゲン達は事情を知っているのだろう。だが彼らは事の仔細を知る事は無く、当事者のプイもまた口を開けないまま。

 

……もう分かってる。このレースには、とんでもない過去が、歴史が眠ってるって。

迂闊に触れるにはあまりにも痛々しく悍ましい来歴が、俺達の踏んだ芝には眠っていた。それに俺とプイは触れてしまったんだ。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……ッ!!』

 

だからって。

 

『オイ』

『っ、何だよ』

『泣いてる場合じゃないだろ』

 

渇を飛ばす。それはプイだけじゃない、臆しかけてる俺自身へ向けての物だ。

 

『立たなきゃ、走らなきゃ──()()()()()()()

『っ』

 

歩き出す。へこたれたままの奴を置いて一頭、相棒を半ば引き摺りながら。

幽霊が怖かったのは否定できない。あんな化け物が徘徊する場所に長居したくなかった、そんな臆病さがあった事をいまさら否定したりしない。

 

でも、俺は生きてる。この場で命を散らしたのだろう、そして今もこの場に縛られてるのだろうあの芦毛とは違うんだ。それを今すぐ証明したかった、この足で離れていく事によって。

 

『じゃあな負け犬。お前がもう立てないってんなら──次は、ノイジースズカだ』

『……!』

 

それに、生きてるって事はやるべき事をやらなきゃいけないって事だし、そしてやりたい事が出来るって事だ。俺にとって前者は親父とプイへの応報で、後者がノイジー。ここで勝った以上、残すはその三つだけ。

 

馬道(くらやみ)の先にそれを見据えて、俺は進む。この野望が果たされるか阻まれるまで、進み続けてみせる!

 

 


 

 

『アーッ。死ヌカト思ッタ』

 

地面に叩きつけられ、人間がよく蹴ってるボールみたいに跳ね飛んで、その上で馬群に呑み込まれ……ところがどっこい、マンボは生きている。意識を取り戻した時、自分が息していたことが不思議でならない位だ。

吹っ飛んだ方向が良くて巻き込まれなかったのか、たまたま踏まれずに済んだだけか。いずれにせよとんでもない幸運で……いや、違うな。

 

『守ッテ、クレタノカ?』

 

もう世界のどこにもいない片割れ、その姿を空に探した。当然見えない、けれど見守ってくれている気がして。

そのまま周囲を見回す。ディープは……良かった、生きてる。スペリオルはふてくされたように歩いて行っちゃたけど、健康ならそれが一番だ。他の馬も異常は無さそうだな。

 

クロスはいない。やっぱり、マンボの目には映ってくれないのか。

 

『勝手ナヤツダヨ……』

 

危うく引き起こされかけた惨事を思いながら、マンボは飛び立つ。軋む体を抑えて、人間達に捕まる前に。

じゃあな、クロス。ひとまず暫くは、大人しく眠っててくれ。

また来るから。

 

『ゼッタイ、連レテ帰ルカラ、ナ』

 

 

凱旋門賞【G1】 2006/10/1
着順馬番馬名タイム着差
Superior Wonder2:26.0 
Deep Impact2:26.42
Rail Link2:27.13.1/2
Hurricane Run2:27.73
Pride2:28.01.1/2




これにて2006仏の外伝は終了。2006のJCはまたいつか
次回は本編に戻ります
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