三人、位置に就く。条件は変わらず、但し最終直線ではやや向かい風になるか。
内側から順番にジハード・キング・俺と並んで、さぁ準備は整った。行末達が固唾を呑んで見守る中、よーい。
ドン。
「ふっ────!!」
(オイオイ舐めてんなぁ!)
まず飛び出したのはキングだった。本人が一番苦手だって言ってた逃げを自分から選ぶなんて予想外、だけど実力的に突出してるんだから理解できなくも無い。納得はしたくないけど。
そして問題なのはその勢いだ。幾ら短距離走とはいえこのペースは……!
(やばっ、追込とか理由付けて控えてる場合じゃねぇ置いてかれるッ)
(先行の位置に入れたとはいえ、これ差せるかアタシ?!)
焦りの感情が一致したのか、斜め前のジハの顔色が見えるみたいだ。もうコーナーを曲がり切る、並んどかねぇ、と……!??
『甘いッ!』
(ハァ?!!)
最終直線に入った瞬間、俺達の視界に壁が出来た。その正体は、キングが蹴り上げたウッドチップの飛沫。
凄絶なまでのパワー差。あれ程のハイペースを繰り広げながら、それでも尽きないスタミナ量。それを微塵も察知させず、勝ち目があるのだと錯覚させる技量。
……圧倒的過ぎる。
「クロー!意地でも離されちゃダメっすよー!」
「喰らい付けジハード、練習量はキングと変わり無い筈だ!!」
(んな事言ったって……!)
幾ら先に走ってたとはいえ、充分休憩は取ってて体力も回復してたんだ。寧ろ体が温まってた分、条件は俺達の方が有利だった。
のに、末脚も削られ、どんどん距離が開いていく。ジハードは追い縋れてるのに。これが、真に才能ある奴と無い奴の、ちゃんと入学当初から積み重ねてきた奴と積み重ねてない奴の差なのか。
(仕方ない……ワケ無いだろッ)
これが現実だ。今はどうしようもない、だから未来でこうならないよう頑張っていこう──
“今はダメ”なのが既に認められない。何故かって?キングが煽って
(こんな俺でも、期待に応えられるって、示したい……!)
でも思ってるだけじゃ、意味が無い。自分の弱さが腹立たしい。
そんな鬱憤が自責となって、
「諦めないでッ!!」
叱咤。
キング。走ってるのに、お前。
「頭が高いのよ!
「はぁ!?」
って、二言目に続いたのはまるで矛盾するような言葉で。意味が分からない、と思うより先に……
「この威光を見上げて──下から突き上げるの!」
「「!!」」
「それが貴女達の本懐でしょう!?」
「──はっ」
……心を撃ち抜かれる。たった三言で、諦める事を諦めさせられちまった。
やっぱりキングは、お前達は凄いよ。その強さが俺を沸き立たせてくれる。
(高みから、好き勝手、言ってくれて)
そうだ。怒りを自分に向けても爆発力にはならない、出すなら外だ。この感情は誰かに向けてこそ初めて意味を成す。
でもそれは加害だ。誰かを傷付けるのは嫌だった……けど。
お前らはそれでも足りない。
今の俺の怒りなら、跳ね返してくれるだろ?
「!!」
「クロス、お前……!」
それが分かってるから、全力でやれる。そう信じて、
ところで、怒るのってどうすんだっけ?やっべ忘れてるわ、なんか良い記憶ないかな。俺が昔、一番不満に思った事と言えば──
────ふと思い出す。
瞬間、信じられないぐらいに体が前傾した。
「ぁ──あ゛あ゛ッ!!!」
「あの走法は、!」
「ストライドっ!」
もう時間切れだ。勝負はとっくについてて、残りの距離じゃ光か音と、または風にでもならないとキングは差せない。
でも諦めない。何が何でも、爪痕は刻み付けてやる。その一念でただ前へ、一歩。
詰める。
一歩。
詰める。
ジハードに並ぶ。
詰める。
キングに少しだけ近づいて──
──終わった。
「くそーっ!!」
結局、大きく離されての2着でゴール板に見立てたポールを通過。そしたらまるで嘘だったみたいに自分自身の気迫から解き放たれ、そして叫んだ。
何だったんだ今の?って、えぇいそれどころじゃない、今は勝者への祝福だ!めっちゃ疲れてすぐにでも寝込みたいけど!!
「負けたよキング!流っ石だなホント」
「……うん」
あれ?こういう時、キングは高笑いしてくれるイメージなのにどしたの?
「いや胸張れし。さっき見せてくれた覇気はどうしたんだよ、なぁジハぼん」
「オイ!」
「ぃたァい」
尻餅付きながら相手を持ちあげてたら、頭頂部に激痛。こら殴んな!脳神経は再生しないんだぞ!
「キングよりもまずはお前だ!何だあの走り!!」
「いや俺よりまず勝者だろ
「アタシ達は
「何それ……知らん……怖……」
でも怒り半部に喜び半分といった形相のジハードは聞きやしない。更に身に覚えのない事にまで言及されて、俺の脳内はもうテンヤワンヤだ。
あっ行末達も走ってきた。この際聞いてみよう。
「行末~。俺なんか変なとこあった~?」
「変も何も!自己ベスト大きく更新っすよ、やったじゃないっすか~!!」
「ジハードもそれに引っ張られて良い伸びを見せた!良かったな、今の試走だけでも共同トレーニングにした甲斐があったぞっ」
「……勝てなきゃ意味がありませんもんッ」
んなアホな。不満げにプンスカしているジハードを横目に、俺はだらしなく口を開ける。こんな自分の強みも自覚できないまま得たせいかなんて、実感もロクに得られんじゃないか。
(……いや、或いはそれこそが高望みなのかもな)
でもここで思い直す。今日の併走の目的は、この世代における実力水準から俺がどれだけ離されているかの感覚を掴む事だ。
繰り返した模擬レースでの連敗でそれは嫌というほど把握できたし。更に最後に自分の新たな引出しを見つけれたとなれば成果は上々。今日1日の結末としては何も不満点が無い、負けた事以外。
「結局積み重ねなんすよ。その中で引き出し見つけて、それを開けるよう更に積み重ねて、繰り返していく。実感を得るのはレース本番まで待つのが吉ってね」
「え?思考読んだ?」
「へ?言ってなかったっすか??」
「そもそも
「あたっ」
つまりは行末の言う通りだった。このモヤモヤを抱えたまま、次の着火剤にする……ってのをまずは意識してみるか。取り敢えず不満に対する怒りが、今回の好成績のトリガーになったのは確実だし。
……で。
「キング。なんか言いたいんだろ?」
「────ええ。言葉を選んでたの」
今一番興味あるのはこっち。この場で最も強く、最も含蓄のあることを言ってくれそうなライバル。いや、負けた俺がライバルを名乗るのは烏滸がましいか?でも見上げて、
そんな高みのキングが、果たして選んだ言葉とは。
「ハッキリ言って……意外だったの。貴女があんな、強い怒りを叫ぶなんて」
「俺って最初からこんなモンだよ。幻滅させちゃったならスマン」
「ううん、そうじゃないわ。寧ろ親近感すら感じて……いえ、
そう言って首を振る。一拍置いて、見開いた瞳と共に彼女は言った。
「クロさん。レース中にも行ったけど、貴方は下から突き上げてひっくり返すのがお似合いよ。間違っても上に立って統率する王様タイプじゃないもの」
「えー。俺も王になりたいんだけど。時代を作ったウマ娘、例えば
「王にならなくったってそれは出来るわよ、ブライアン先輩みたいな“怪物”とかね。だから……」
差し伸べられた両手は俺の頬へ。そっと撫でるように、俺なんかを慈しむように。
「貴女は、頭を下げるの。上げて見下ろす王じゃない。俯きながら光らせた視線で、その傲慢を穿つ刃……王たる私が、その鋭さを保証するわ」
「酔狂だなぁ。その刃で貫かれる側がそれ言っちまうのか」
「承知の上よ。
刹那だけ。キングの
そして離れていく手は名残惜しげに。けれど次に瞬きした時には、キングはいつもの調子に戻っていた。
「────さ!次はジハードさん、貴女よっ!」
「フン、施しは要らないね!クロスと同じ扱いなんてあーヤダヤダ」
「見栄を張っていては追い付く導にも追い付けないわよ?そんな調子では私やグラスさんどころか、またクロさんに負けるでしょうね。オーッホッホッホ」
「何だとー!?」
「待てキング!サラッと言ってたけど“また負ける”って何だ、今日は10戦9敗でジハードの大勝だろが!!?」
「黙れ2着!最後に勝った奴だけが勝者だッ!」
「最後以外全勝した奴がそれ言うの!?」
「元気だなぁ。これはもう1戦かな」
「明日は予定変更で休ませるっすか」
「止めろや大人
ギャアギャアと騒ぎながら、赤く染まりつつある空の下でジハードから逃げ回る。煽った責任を感じてくれたキングが止めてくれるまでそれは続き、その頃には日もとっぷり暮れていたのだった。
……かつてクロさんは、俺の走りを肯定してくれた。頭を上げる、非効率な在り方を否定しなかった。
今回したのはそれの後追いに過ぎない。かつての恩を返した、ただそれだけだ。感謝される事でもなかった。むしろ感謝を伝えさせて欲しいぐらいだった。
でも。
クロさんの、あの感情。
叫び。
怒り。
意外だった。
でもある意味、安堵していた。
クロさんも、怒るんだ。怒れるんだ。
ちゃんと自分の事で、不満を呈せるんだ。
利他の塊だと思っていた。それは今でも変わらないし、尊敬している。けれどそんな彼にも利己の心があったというのなら……
(解放して欲しい……と、言えていれば)
届いただろうか。何故か強烈に
分からない。やはり今の彼は、もとい彼女は謎だらけだ。前世で旧知の仲だったからなんて、何のアドバンテージにもならない事がよく分かった。
さて、この事をどうスぺさん達に伝えよう。というかエルはちゃんと宥めれたのだろうか?スカイは落ち着けているのか?
心配になって帰路を急ぐ。きっと今日も夜更かしは避けられないだろう、という予感と共に。
「あーストライド走法とピッチ走法ね完全に理解した」
「本当ですか?」
「ごめん嘘。教えて」
「も~しょうがないですねぇ先輩はッ!」
日は変わって、今日は賢さトレーニング。自分が発揮した疾走をいかなる時でも発揮できるよう、その種類を勉強しつつ自分に合ったやり方を俺は探していた。
ちなみに1年生のアーちゃんがサポートに駆け付けてくれてる模様。どうやら他の後輩4人との熾烈な争いを勝ち抜いて俺の隣に座る権利を得たらしいけど、俺の何がお前らを掻き立てるんだ?
「いやぁ、補助サンキューっすよアr……アル……アローラノスガタちゃん」
「ローまでしか合ってませんが?」
「ごべん」
「行末をイジメないでやってくれ。俺の世話で死ぬほど疲れてる」
「はーい!」
ヘッドロックから解放されて崩れ落ちた我がトレーナー。その体を抱き留めつつ、本を閉じる事にした。長時間読んでたら目が文字の上を滑っちまうからなぁ、難儀難儀。
「セ
「セ
「それそれ」
ところでアーちゃんはかなり賢い。走る為に勉強をすっぽかすようになるまでは成績上位者だったようで、焦りも無くなった今ではちゃんとその座に返り咲いてる。
そのお陰というべきか彼女の教え方は非常に分かりやすく、付け焼刃の学識しかない俺として彼女の助けはまさに渡りに船だった。感覚的には一人で勉強してる時よりも遥かに理解が進むし、なんなら倍くらい癒されてる間である*2。
でも、今日の所はここまで。
「じゃ、もう帰るか。明日もあるしな」
「明日?何かあるんですか」
「夜間訓練から友達が帰ってくんだ。凄ぇ綺麗な子でな、アーちゃんも一目見て損は無いよ」
「綺麗……?」
そう、グラスだ。そう長い期間ではなかった筈なのに、会えなかった寂しさが募り積もっていた事を、今口にした事で改めて自覚できた。困ったな、明日が予想以上に待ち遠しいぞ?
「グっラスっに会っえる~♪」
「…………」
「おっと、だらしねぇ姿見せちまった。今のは他の皆には内緒な?」
「!えぇ、私と先輩
そうやって密約を交わした瞬間、ポケットから震動。これは……
「珍しいな、姉さんか」
「ご家族からですか?」
「うん。まぁ毎日LANEで話してはいるんだけど、この時間帯ってのが」
いと麗しき事この上ない美鷺姉さん。宮崎家で俺を迎え入れてくれた大恩人、その筆頭格である。
姉さんは心配性で、俺がちゃんと朝起きたか・飯を食べてるか・いつ帰宅したか・寝たかを執拗に確認したがる節があるからなぁ。俺なんかに構うなんて時間が勿体無さ過ぎるからやめて欲しいんだが、一方でそこまで強く心配して貰える事を温かく思えもした。
しかし、前述のどの条件にも当て嵌まらない頃合いでのLANE通知。はてさて内容は……?
< 宮崎美鷺
◢チキチキ!抜き打ち検査だよ!!
誰に対するヤツですか?◣
◢そりゃクロだよクロクロ
はぃ???◣
◢お姉ちゃんはね!妹が新環境に馴染めてるか不安なの! という訳でまた明日ね~(>∀<)ノ
あした◣
|
「明日!?!!?」
えっ急!姉さんはこういう風に思い付きで爆走する節あるけど今回は輪をかけて急!オイどうすんだよ全然迎える準備できてねーぞ?!つーか平日!!姉さん学校は!??
「起きろ!助けてくれ行末!!こうなった姉さんは俺一人じゃ止められないんだ!!!」
「うぅん……美鶴ちゃん勘弁して……未成年との交際は不味いぃ……」
「やっべ相棒が法を犯す寸前な可能性が出てきた」
「大丈夫です先輩!私がしっかりお義姉さんに挨拶しますからっ」
「えっアーちゃんって宮崎家と血縁あったの?」
「ありません!なので“義”です!」
「??????」
姉、来襲。行末の寝言。なんだか暴走してるように見えるアーちゃん。そして、グラスの帰還。
一挙に押し寄せたイベントの数々に、堪らず俺は頭を抱えたのだった。
そして何で俺を巻き込んだ??」 _
言い訳利くからですっ!ああもうあんなに引っ付いて、僕の手で _
引き離せるかな?!というか姉さんってまさか
そんな状況なので、小屋の横で誰かが盗み聞きしてたなんて思いもしませんでしたとさ。チャンチャン。