ご迷惑をおかけします
【Ep.15】青雲!
あれから1週間。とうとう迎えた皐月賞。
『来ちゃったな』
『来ちゃいましたね』
見事に仕上げてきたスペの隣で、人でごった返した観客席を見る。いやぁ、人時代の俺が死んだのが確かコロナ禍の最中だったから……こういうの、やっぱ良いなぁ。朝日杯で一度体験したからこそ尚更そう思う。
『今日はクロさんとの初めてのレースですね!お互い頑張りましょう!』
フンス‼︎と気合を入れるスペが愛らしい。その調子で愛される日本総大将になってくれれば、親友としては誇らしくはあるのだけれど。
…あるんだけど、緊張感無さ過ぎない?
『だって、やっとクロさんと競えるんですよ?グラスがいないのは残念だけど、こんなの嬉しくて緊張なんか出来ませんもん!』
『……それは確かに嬉しいな!』
『でしょう!?』
そうか、やっとスペと初めてのガチンコ勝負出来るんだ。そう考えると急に楽しくなってきたぞオイ!
あーなんかもう三冠とかどうでも良いや!*1
『……へぇ。貴方達、知り合いだったんだ』
その声に頭を冷やされ、小躍りしていた俺達はその方向へ向く。見えたのは、緑のメンコを被った馬君。その名は……!
『……えーと。どちらさんでしたっけ?』
『名も覚えてないとは失礼な。全く、GⅠだというのにまるで落ち着きも無い……貴方達のような浮ついた奴らに、これ以上負ける訳にh』
『キング!』
『『えっ』』
そう、キングヘイロー!俺が知らず知らずの内に併走していたのは、なんと彼だったのだ!
いやぁ、終わった後に生沿君にぶっちゃけられた時にはマジでビビり倒したわー。せめて始まる前に言ってくれよな、そういう大事な事は!
『キングヘイロー!不屈の競走馬、グッバイヘイローから継いだ血統を証明するべく走り続ける根性努力家!』
『ちょ、なんでそんな事まで知っt』
『尊敬してんだ!アンタの諦めない魂に憧れた!!』
アプリの育成の時点で好きだったんだよ、キングヘイロー!
何度阻まれても、何度否定されても、泥に
『いやぁこの前は変な事言ってごめん、俺が忠告して良い立場じゃなかった!寧ろ俺にお前を見習わせてくれ!!首下げないキング最高!』
『いや本当に急にどうしたの?!』
なぁキング。今お前がどんな表情してるのかはメンコの所為でちょっと分かりにくいけどよ。
お前ホントに最高だよ。多分、日本競馬史上こんなに気高い奴はいねぇよ*2。
『キーング!キーング!』
『そのコールやめて!!恥ずかしいから!』
推さなきゃ……お前は報われなきゃいけない奴だ。
一体何考えて高松宮記念に臨んだんだ?本当に格好いいよ……。
『一流のサラブレッド、キングヘイロー!!』
『やめ……やめて、ちょっ、お願いだから』
お前の誇りに満ちたあの面構えを思い出すだけで、武者震いの鳥肌が立つんだよ!
この黄金世代の一等星が。俺が今から激推ししてやる…!
『やめてよぉ……』
『はいストップでーす』
『たばっ!?』
ゴツンという頭の衝撃に目を覚ますと、俺と額を突き合わせるスペと、目を閉じてプルプル震えるキングの姿。あれ?俺なんかやっちゃった?
『急にあんな捲し立てられたら誰だって怖がっちゃいますって。クロってばもう……』
『す…スマン』
『何だよぉ……お前変だよ…気持ち悪いよぉ』
『ゲフォアッ!(内心吐血)』
推しに気持ち悪がられた……あぁ、今思い返せば酷過ぎるオタク失格ムーヴだったな、大反省だ。キング、マジでごめん。
『分かんない、分かんない……期待された事はあっても、身に覚えの無い事でこんなに褒められるの初めて過ぎるもの……』
『すみませんね、ウチのクロが迷惑かけて。あとでちゃんと言っておきますから、ご安心を』
『グスッ』
……なんかスペとキングの距離が近まってる!?いやそれ自体は嬉しいんだけど、えっコレどう反応したら良いの?反省するのは前提として、喜べば良いの?悲しめば良いの?俺の粗相が発端だから複雑過ぎるよぉ!!
なーんて、思っていたら。
『やぁやぁ皆さん、お揃いで。オレも混ぜてもらってよろしいですかな?』
そう言って、一頭の芦毛が俺たちの輪に歩み寄ってきた。ただならぬ気配をその身に纏わせて。
……芦毛。そう、芦毛。
まさか。
『む!前のレースで僕と競り合った馬!』
『にゃはっ、覚えててくれましたか。光栄ですよぉスペシャルウィークさん』
毛色、スペの証言、そしてその笑い方。
間違いない、コイツは……!
『……セイウンスカイか』
『ご名答〜♪そっちの方はクロスクロウさんでしたっけ。グラス君がお世話になりましたそうで』
グラスと知り合い……?そうか、同じ美浦トレセン所属馬だもんな。知り合っていてもおかしくはない。
しかし、あぁ、成る程。コレは……侮れないわ。
態度は軽薄、だけどしっかりと鍛え上げられた肉体。何より視線が、宙を漂う事なく俺達一頭一頭を的確に見定めている。目標を明確に定めた、算段立ててる知恵者の目だ。
『……怖いな』
『えぇ〜、そんな事無いですよぉ。だってオレなんて、実績も血統も無いし。……まぁ、
ここにいないグラス君達よか、よっぽど上等ですけどね♪』
ほぅら、仕掛けてきた…!
『…は?』
乗るなスペ、戻れ!…と言っても意味無いだろうから言わない。俺もまた、このやり取りでセイウンスカイを量りたかったから。
『いやだって、これから始まるレースって、同世代の中で誰が一番速いかを決めるんでしょ?そこに出る事すら出来ないなんて、あー可哀想に。“怪物”だなんて持て囃されても、走れなきゃ意味無いのにね!』
『っ、グラスが出れないのは人間の都合ですもん!そこに彼の問題なんて無い!』
『それはそれで興味深い話だから聞きたいんですけれども、でも今ここに居ないんじゃしょうがないですよ。指を咥えて眺めるしか出来ないなんて、オレだったら悔しくてしょうがないだろうな〜。うん、調子に乗ってた報いってヤツですな!』
『好き勝手言って…!』
まんまとスペは乗せられた。そして次の標的は、キングだ。
『……陰口はみっともないだろ、セイウンスカイ』
『否定しないさ。でもキングヘイローさん、他ならぬ君も安心してるんじゃない?“良かった、強い奴が減った”ってさ』
『っ、ふざけるな!俺はそんな情けない事は考えない、出たとしても全てを超えていってやる!』
『グラス君と一回も走った事が無いのによく言うよ。オレは知ってるよ、そしてもう彼の“底”すらも。その視点から言わせて貰えばキングさん、君はグラス君には勝てない』
『なっ……』
断言を前に、口を戦慄かせて絶句するキング。漏れ出そうになる怒りをなんとか堪える彼を尻目に、セイウンスカイの視線は最後の標的に向けられた。
俺だ。
『ね、君も分かってるでしょ。グラス君に
『せやな』
『!……へぇ、否定しないんだ』
いやだって…事実だし。流石にあの一回くらいで手放しに誇るほどバカじゃねぇよ。
『今この場にいる奴らで、グラスを上回ってると確定出来る馬はいない。それぐらい、アイツは凄い奴だ』
『でしょでしょ?そんな彼が出られないなんて、哀れで仕方ないんですよねオレは〜』
そう宣いながら、パカパカと寄ってくるスカイ。隣に来た瞬間、耳打ち。
『──なので。マグレでも一度勝った君を負かしたら、グラス君はもっと惨めになると思うんですよ♪』
『……!』
それだけ言い捨ててから、すれ違いざまに向き直るセイウンスカイ。それはもう、見てるこっちが目を細めるぐらい眩しい笑顔で、言い放ってくれた。
『だから皆さん、否定したかったらオレを
『むぅぅぅううううう!!』
『ぐぬぬぬぬぅぅぅぅ!!』
スカイが去った後、怒り心頭なのを隠しもせずに不機嫌を露わにするスペとキング。まぁそうだよな、あそこまで言われちゃ普通黙ってられないもんなぁ。
『そういうクロは悔しくないんですか!?あんなにグラスを貶されたのに!』
『悔しいさ。悔しいけどさ、』
『グラスワンダーの事はともかく、あんなのは勝者となる権利を与えられた者として相応しい態度じゃない。目に物見せてやるぞ、お望み通り背後から……!』
『そうですよそうですよ!ぜーったいに差し切ってやりますから!!』
あーダメだ、二頭とも完全に術中にハマっちまった。
その場で芝を軽く蹴る。俺が今立っているのは、コースの
……1週間。キングと走ってからずっと考えて、考えて、気付いた俺の強み。それを活かさざるを得なくなったと、ここで確信に至った。ぶっつけ本番、やるしか無い。
──それでも。
(だがな、スカイさんよ)
冷静に努めていても、どうしても燃え上がる炎はある。
(怒らせちゃいけないタイプの存在ってのを、知りたいようだな)
これは暗示だ。俺自身がこれからそう在れるようにと、掛ける願い。
そうでもしないと、今にも爆発しそうだったから。
この間、それぞれの鞍上は困惑の渦である。