また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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「……ありがとうございました」
「俺は何もしてないっすよ。奥分さんと……クロスの頑張りです」
「それでも、です。まだ競馬場に不慣れな私を案内してくれて……心強かったですから。クロスクロウの馬券も、買えましたし」
「…踏み出せそうっすか?件の、“一歩”ってヤツ」
「………まずは、母には黙って祖父母を説得します。父と会うのは、その後になるかと」
「無理する必要は無いっすからね」
「いえ。これは私の問題ですから」

(……俺も、見習わないとな)


【Ep.17】決意!

「……えぇ」

 

レースを見て、最初に漏れ出た言葉はそれだけやった。

いやだって……えぇ?

 

「臼井さん、あの」

「待て。待て」

 

言いたい事は分かる。分かっとる。ただ俺にも事実を飲み込む為の時間くらい寄越せや。

えぇと。んん、その、これはつまりや。

 

「クロス号、グリーンベルトの存在と特性を完全に理解しとらんか?」

「誰も教えてない筈ですよね」

「教えても普通分からんからな」

 

やけど、違った。あの馬だけは違った、らしい。

得意な最後方からのレース運びをわざわざ捨ててまで、逃げを選択したあの判断。序盤から終盤までずっと続いたそれは、もはや“掛かり”の一言では説明がつかない。理性を持った判断が無ければ有り得ない。

 

「これもうレースに出すより研究施設に売った方が今後の競馬界に貢献するんとちゃうか?」

「宮崎さんの前でそれ言っちゃいますか」

「今更やろ。見てみぃ、全く意に介しとらn…」

 

俺の余裕が続いたのはそこまで。隣に控える宮崎の顔を見るまでの事。

ふと見たその横顔は。

 

「……くっ、く」

 

凶悪なまでに、狂喜に歪んどった。

何や?俺は、悪鬼羅刹と契約でもしてもうたんか?

 

「そうだ、これだ。これを待っていた……見ててくれ美鶴、俺は…!」

 

果ての無い妄執を瞳に浮かべ、噛み締めるように笑みを吊り上げるその姿。

俺はその姿を見て……どうしようも無く、悔しかった。

ターフに目を戻す。スペシャルが、勇鷹に促されて地下馬道へと向かっていた。

一見、頭を下げてしょぼくれたその姿。でも分かる。その胸の内には、リベンジへの誓いが燃えている。

 

(覚えとれよ、宮崎……ッ)

 

次。東京優駿。

世代にその名を冠するのは、スペシャルウィークや。

 

 

 

▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

何もかもが予想外だった、皐月賞。

レース後、俺は()()をよく知る人物を訪ねずにはいられなかった。

 

「拓さん、どうも」

「縦峰さんか。今日はどうも」

 

スクリーンに映る奥分さんのインタビュー。それを見据えながら、彼は応えてくれる。

けど、分かっているのか拓さん。

 

「さっき、奥分さんとすれ違ったよ」

「それは……」

「道を塞がれたのは、彼の手腕による物だと思っていた。いや、そう思いたかった」

 

けど、違うんだよな?

 

『前と同じですよ。クロスが……クロスクロウが、全部やってくれました。私はその邪魔をしなかっただけです』

 

画面から声が聞こえてくる。

 

「……今のと、同じ事を言われたと?」

「コース取りに関して讃えたら、な。奥分さんじゃないとしたら、あの馬が勝手にそうした事になる」

「その通りだろうね。もしかして、朝日杯での走りとインタビューをまだ信じてなかったクチかい?」

「新人が、アレに乗り続けて耐えられると思うか?」

 

レジェンドの後釜に新人が乗る、と言う噂は聞いていた。だが囃し立てるほどの関心は無かった。今日、この時までは。

 

「地獄が出来上がるぞ」

 

とてもじゃないが、見過ごせない。

スペシャルウィークなら良かった。キングヘイローなら何も言わなかった。なんなら俺の跨ったセイウンスカイでも──いやそれは流石に不満を表明するが──まだ、()()に比べれば、許せる。

だがあの馬だけはダメだ。今日この目で見て、確信できた。

 

「レジェンドの手に余る馬だ。新人に任せて良い代物じゃない、このまま奥分さんから乗り変われば人馬のどっちかが、或いは両方が潰れかねない」

「……」

「スペシャルとクロスは仲良いらしいし、よく調教で一緒になったりするんだろ。拓さん、陣営に進言出来ないのか。というか奥分さんはどういう判断を下してるんだ?」

 

御せられない馬と、御せない騎手。この組み合わせは最悪だ。

今は良くても、制御不能な以上はいつ不幸な事態が起きるか分からない。そしてそれは、本人本馬だけでなく他者が巻き込まれる可能性すらあるのだから。

 

だが、拓さんの表情は浮かばなかった。

 

「すまない、縦峰さん。それは出来ない」

「どうしt」

「新人──生沿君の背中を最後に押したのは、他ならない僕と奥分さんだからだ」

 

絶句した。しかし遅れて、彼らの意見も理解出来た。

騎手と馬の出会いの機会は平等じゃない。掴めるチャンスは傲慢に、積極的にしがみ付くべきだと。彼はきっと、そう新人君を諭したのだ。

……だが、それでも。

 

「スーパークリークと重ねる気持ちは分かる。けどクロスクロウはダメだ、騎手に譲歩する気配が無い」

「や、それは違うぞ縦峰さん。朝日杯より前の3戦、彼は奥分さんの指示によく従っていた」

「だが朝日杯で“成功体験”を得てしまってからはまるで様変わりじゃないか!」

 

あのレース。今までとは打って変わって、奥分さんの指示を度外視して気が触れたようなペース配分をしたあのレース。あれに勝ってしまった事で、クロスクロウは「指示に従わない方が勝てる」と学習してしまった。

そんな馬に新人騎手?拓さんはともかく、臼井陣営は何を考えているんだ!!

 

「臼井調教師は、消極的とはいえ寧ろ反対派だったよ。生沿君をまず最初にクロスと引き合わせたのは、馬主である宮崎氏の方だ」

「宮崎雄馬か……」

 

宮崎といえば、実の父の会社を強引に乗っ取ったと噂の悪どい商売人だ。その父である人は競馬業界に多額の援助を行なっており、直接的な恩を持っている人は特に彼を嫌っている。

そんな馬主が、有望な所有馬になぜ新人騎手を…?

 

……いや。

繋がった、かも知れない。

 

三冠を目指す馬主。

自分だけで朝日杯を勝ててしまう馬。

まだ()()()()()()新人騎手…否。

 

 

()()()()()()()()()新人騎手……!

 

 

(そんな残酷な話があるか…っ!!)

 

将来有望なルーキーを、そんな彼を、これ程までに独善的な──“馬の重り”以下の役割に縛りつけるような悪意で、磨り潰させて堪るか!!

 

「待て、縦峰さん」

 

もう臼井厩舎に直接乗り込む事も視野に入れた俺を呼び止めたのは、やはりライバルである彼の声だった。

 

「何だよ拓さん!」

「生沿君の件は僕に任せてくれないか。フォローも責任も、全て受け持つ」

「……正気か!?」

 

その時俺は、この判断を、拓さんも含めて誰もが幸せになれない物だと確信していた。だってそうだろう、どこに成功する要素がある?

 

「確かに危険は大きい、だが同時に逃せないチャンスでもある。縦峰さんは、クロスクロウはクリークになり得ないと見たようだけれど……僕は今も、そうは思ってない」

「そんな事言ったって───」

「分かってるさ。だから本格的にクロスが生沿君のお手馬になる前に……まず宮崎氏の意識をどうにかしない事にはどうにもならない」

 

だから、と。拓さんは、決意と覚悟を込めて言い放った。

 

「次のダービー。僕とスペシャルで、宮崎氏の三冠の夢(鼻っ面)をへし折って見せる」

「!!!」

 

この男は今、何と言った?

ダービーに勝つ、だと?

 

「拓さん、アンタ……」

「まさかとは思うけど縦峰さん、例のジンクス*1なんて信じるような信心深い人じゃないよね?」

「いやそうでなくともだな…!」

 

ダービーだぞ?東京優駿だぞ?この日本中の騎手という騎手……に留まらない、騎手に憧れる子供すら含めた全員が目指す狭き門なんだぞ!?

 

「やるさ」

 

だがその困難を前にしても、彼は一向に臆さない。

 

「万全の状態のクロスクロウに勝って、宮崎氏の力任せな願いを打ち砕いてやるさ。それが、この件を引き受けた責任ってヤツでしょ」

 

再びの絶句。どれだけの物を背負い込んで、そして成し遂げるつもりなのか。

しかし今回は、前と違ってすぐに我に返る事が出来た。その宣言はクロス陣営だけでなく、他ならぬ俺達にも向けられた挑戦状だったからだ。

 

「……あのさぁ。セイウンスカイも次のダービーに出るんだが、そんな大口叩いて良いのか?」

「もちろん今回の君へのリベンジもかねて、だよ。遠慮なく、クロスクロウ諸共叩き潰されに来てくれ」

「ハッ、良いさ。だが当日、宮崎に目に物見せるのは拓さん達じゃなくて俺達になるだろうけどな」

 

結局のところ、これが一番なのだろうか。ジョッキーとして、騎手として、ターフの上で結果を決めるのが。

だが現状、所詮外野に過ぎない俺達が介入出来るのはそこだけで。そして同時に、それこそが最も効果を与えられるというのなら。

何よりやらなければならないんなら、他に選択肢なんて無いんだ。

 

俺はセイウンスカイとで。

拓さんはスペシャルウィークとで。

 

クロスクロウと宮崎雄馬に、勝つ。

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

負けた。

完全敗北だった。

 

「セイウンスカイ、元気無いですね」

「あの敗戦が堪えたかなぁ」

 

ニンゲン達の言葉も、左右の耳を流れていくだけ。それぐらいショックだったんだ。

ただ負けるだけなら、こんなに凹まない。だって弥生賞では、スペさん相手に闘志を燃やしただけだったし。

でも、違ったんだ。

クロスさんに、全部上回られたんだ。

 

頭も。

技術も。

体も。

 

自信のあった部分を、尽くねじ伏せられた。(あまつさ)えレース後、心すら見透かされていた。

それ以来、ずっと。

 

『……くそぅ』

 

悔し紛れに地面を掻く。そう、悔しいんだ。あまりにもあんまりな負け方で、悔しくて仕方がないんだ。

けどそれ以上に、勝てるビジョンが浮かばないんだよ。

あの黒い背中を追い越す未来が、突き放す未来が見えないんだよ。

ねぇ、フラワー。フラワー(ねえ)、教えてよ。

こんな絶望に陥った時は、どうしたら良いの?

 

 

『シケた面してマスねぇ』

『エム君』

『エルデェス!!』

 

その呼び声に顔を上げれば、そこにいたのはエルコンドルパサー。オレと同じ、この場所(美浦)で暮らしている馬だ。どうやら調教帰りで鉢会ったらしい。

遠い地で生まれたらしく、妙なイントネーションで話す。なんだか妙に耳に残るそれは、オレに顔を覚えさせるには効果的だった。

 

『その割には名前を覚えてないようデスが…?もう何回目デスか』

『いやぁ、反応が良くてつい。ごめんねエス君』

『エルデェス!!!』

『デス君』

『そっちじゃないデス!もう原型無いデスよねソレ!?』

 

ごめん、面白過ぎてやめられない。可愛いですねぇエル君は。

……はぁ。

 

『その様子だと、中々大変なようデスね。そんなに強かったデスか』

『うん……凄かったよ。クロスさん』

『それでずぅーっと凹んでると。情けないデスねぇ』

 

うぐっ、と後ずさる。ぐうの音も出ないけど、そこまで言わなくてもさぁ……!

 

『やり返せば良いじゃないデスか、次のレースで。クヨクヨしてる暇なんて無いんデショ?』

『無いよ……あぁ、全然無いさ!分かってるよそんな事は!』

 

でもしょうがないじゃんか!あんなに格の差を見せつけられて、どう飲み込めと!?

オレの強みが全部、全部強みじゃなくなったんだよ!!アイツに比べたら、全部!!!

 

『時間が無いんだよ…次には、次にはもう……!』

 

間に合わない。ニンゲン達の言うダービーには、到底。

それまでの間に、この敗北は咀嚼し切れないんだ。大き過ぎるんだ。

オレはもう、もう……!

 

『じゃあ、次の次があるじゃないデスか』

 

 

……。

 

へ?

 

『次の、次?』

 

(イエス)!セイ達の走るレースは次のヤツ(ダービー)と、次の次のヤツ(菊花賞)があるんデショう?次がダメなら次の次、デース』

『……そっ、か』

 

そうか。焦る必要なんて無かったんだ。

ずっとチャンスがあるだなんて甘い話は無い。けれど、もっと高い視点で先を見て、機を測る。それぐらいは許されるんだ

……でも。

 

『オレは、すぐに勝ちたいなぁ』

 

雪辱を、ずっと待ったままだなんて耐えられない。果たせる機会を一つも逃したくない、全てに挑みたい。

……けれど。逸る気持ちは、落ち着けられた。

 

『ありがとう。なんだか視界が広がって……今なら、勝つビジョンも浮かびそうだ』

『それは何よりデス。グラスもアナタも、クロスに負けっぱなしじゃ知り合いとして立つ瀬がありませんし…そんなザマのままじゃ、先にエルがクロスクロウに勝っちゃいマスよ?』

『言いますねぇ〜……あっ、そうだ。クロスさんからグラスに伝言があるんだった』

『ケ?』

 

去り際のクロスから伝えられた、“焦らなくて良い”という言葉。グラス君へのエール。

 

『“焦らないでくれ、俺は待てるから”……ってさ。君ならグラス君とも接点多いでしょ、オレよりは』

『うーん、とは言ってもグラスは最近休みがちデスからねぇ……あっ、いえ。一つ方法がありマス』

『えっ、どんなの?』

()()()がいるんデスけど、その子は声真似が上手で、あとエル達と違ってどこにでも行けるんデスよ。その子に、グラスへの伝言を頼むとしましょうか』

『恩に着るよ』

 

いやホント、助けられた。感謝しても仕切れないな、君には。

……よーし。ダービーに向けてセイちゃん、気合入れるとしますか!

 

『その意気デスよ!それでも最強は、このエルコンドルパサーですが!!』

『うん。負けないよ、エヌ!』

『エルデェス!』

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 

クロ曰く、皐月賞とダービーの間隔はあまり空かないらしい。ならばこそ、充実した日常を送れなければそれだけで出遅れてしまう。

だから僕はまず、クロと話さない事にしました。

 

『ライバルですから!』

『なんでぇ……』

 

寂しそうにしてるのを見る度に申し訳なくなるけれど、僕自身だって大分キツい。けれど断行したのは、クロと馴れ合って対抗心が薄れてしまわないようにする為。

皐月賞の時から燃え上がっている、この炎を絶やさない為です。

 

 

『行く、よっ!』

『まだ、だっ!!』

 

キングと競り合う。彼よりも速く、早く。向こうもそう思っているように、僕も。

ウッドチップを蹴り上げる。僕が僅かに前に出ると、キングも追い付いて来る。そのまま、ゴールを過ぎて減速した。

 

『はっ、はっ、はっ……もう一本だ!』

『望むところ!と言いたいけど、』

「良いタイムが出ましたね」

「これ以上やると後引きそうですし、切り上げますか」

『……終わりらしいよ』

『そっか。じゃあやるか』

『だね』

 

地面をある程度蹄で均して、二頭向かい合う。そして、伸び。

 

「っとと…いつものか」

「始まりましたね」

 

クロがいつも運動後にやってる“すとれっち”とかいう動作。教えてもらって僕もやってるそれを、キングにも教えてあげました。

怪我とかしにくくなるらしいけど、クロ本馬としても自信は無いみたい。でも、デメリットが無いならやり得でしょう?

 

『ぐぅぅぅぅ〜っ…!これ、本当に効くのか?』

『実際気持ち良いでしょ?』

『それはそうだけどさ……!』

 

キングとしても半信半疑らしいけど、それでもやってくれるのはやっぱり適度に心地いいからだろう。僕がやってる理由の一つもそれですし。

……何より。これがクロの強さの一助になってるなら、同じ事をして、僕達も強くなれない筈が無い。

 

『次は、勝つ』

『それは残念だな。ダービーは俺の物だ…!』

 

ギラギラした視線をぶつけ合う僕達。でもそれだけじゃなくて、仲良く出来るのはやはり同じ悔しさを共有しているからだろうか。

 

クロと、セイウンスカイ。

二頭の戦いを、後ろから見ている事しか出来なかった僕ら。

僕はクロに置いて行かれて、キングはセイウンスカイに押し込められて。

 

『このままじゃ、終われないもんねぇ…!』

『当たり前だろ……!』

 

クロ。僕、グラスに負け続けてた頃のクロの気持ちがやっと理解出来た気がしますよ。

グラス。きっと君も今、同じ気持ちなんだよね。

 

『見返してやる……っ!!』

 

敗因は分かってる。でも言い訳にはしない。それを埋められない実力差があった、それだけの話だ。

だから。それを凌駕出来るくらい、自分を磨き上げるんだ……!

 

 

大一番まで、残り1ヶ月。

スペシャルウィーク、頑張ります!

*1
勇鷹騎手の元ネタの人は、1997年までは「ダービーにだけは勝てない」という噂があった。勇鷹騎手も同様に




黄金世代の新規ウマ娘が

①エアジハードの場合
助かる。今後の構想がやり易くなる
名前的にもクロとネタにし合える

②アグネスワールドの場合
ちょっと困る。朝日杯周りの扱いをどうしていくか
まぁそこまで大きくはない

③ツルマルツヨシ
割と困る。今考えている母方の血統案を練り直さなければ……

最終兵器な追加ウマ娘は

  • エアジハード
  • アグネスワールド
  • ツルマルツヨシ

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