ついこの間、社会人の仲間入りしました!
不束者ですが先輩方、よろしゅう頼みます
聞いていた。
キングと走って、帰ってきた後。空から隣のクロスの
グラスの想いが、聞こえた。
クロの意気が、轟いた。
その相手は、僕じゃない。
くそっ。
『……んんんんん〜〜〜っ!!』
抱いたのは怒りだった。でも相手はクロじゃない、僕だ。
2人の視界に入れない、僕の弱さだ。
そんなモヤモヤを振り払いたくて頭を振るけれど、難しい。どうしようも無いイライラが内心を占めていく。
「今日のスペシャル、集中出来てないですね」
「えっ、そうですか?」
「タイム自体は悪くない、走り自体にも迷いは無い。けれどその中の、走り方を迷ってるように見えた」
ユタカさんの声が聞こえる。内容は分からないけれど、僕の事について話してるのだろう。
『ユタカさん。僕、勝ちたい』
「スペシャル」
『でも、このままじゃダメな気がするんです』
「大丈夫だよ……って言っても、伝わんないし何より納得できないよな」
皐月賞の時よりも身体が仕上がってるのは分かる、でも足りない。どんな不利を受けても覆せる、だなんて胸を張るにはまだ遠い。
それを埋める術は無いんですか、ユタカさん?
「ん〜……そうだ、生沿君」
「な、何ですか」
そんな時、ユタカさんが声を掛けたのは新人のヒト。さっき汗だくでこっちに来たけど、恐らくクロの練習に付き合ってからこっちに来たんだろうか。さっきからユタカさんと僕の走りを見ては、何かを手持ちの紙に書き込んでいた。
「騎手のベストな騎乗の特徴、って何だと思う?」
「ええっと……馬に負担をかけない、体重を消す騎乗っすかね」
「正解だ。セオリーとしてまず押さえておくべきなのはそれだね」
何を話してるのか知らないけれど、今の内に僕なりにいろいろ考えてみよう。
現状、ユタカさんの乗り方に全く問題は無い。見事に体重を消してくれて、走り易い事この上無いから、後は僕の問題だろう。
「でも、その“先”があるんだ」
「もっと良い乗り方があるんすか?」
「ああ。体重をただ消すだけじゃない、見えている世界すら変えてしまうような……」
「あの、それって前に僕が若葉Sで乗った時みたいな」
「君が伝えてくれたのは、正確には“世界の解像度が上がった”って感じだよね。流れ込んでくる情報を素直に受け入れられたっていう……僕が今言ってるのは、正直それとは
踏み出す足の力?姿勢?ううん、どれも今がベストだ。他に何を変えられるだろうか。
そうだ、回転数!……いや、簡単に上げれたら苦労なんてしてない。どうしよう?
後は、これしか無い。
「そんなに違うんすか」
「延長線上にはあるけどね。実戦初騎乗でその域に至った事自体が驚きで、君とクロスの相性の良さを証明してると言えるけれど……でも、まだ“定石止まり”と言わざるを得ないだろう」
「……勇鷹さんは、いけるんすか?その領域に」
「実の事を言うと、こんな大口叩いといてスペシャルとはまだなんだ。けれどそうだな──もうすぐ、行けると思う」
ユタカさんとの、コンビネーション。
「人馬一体の境地、ってヤツに」
僕が彼に、呼吸を合わせるんだ。
「僕と彼が、呼吸を合わせるんだ」
「という訳で臼井さん。ダービーまで残り1週間強ですけど、ちょっと調教内容変えてもらって良いですかね?」
「んな頃合いやろうと思うとったわ。ほれ、予備に温めといたBプラン表」
「ありがとうございます、さすが話が早い!」
「あっ、あの、俺は」
「気にすんな、明日以降も来てええ。けど、無駄にしたらタダじゃおかんで」
「は、はい!」
翌日から、ちょっと練習内容が変わった。ユタカさんの指示が、以前より弱まったんです。
『ユ…ユタカさん?』
「良いんだスペシャル、好きにやってくれ」
自由にされたら、僕がユタカさんに合わせられないよ!?こんなんじゃタイミング分かんない……
「自由に、馬なりに。君のやりたいように」
『……うぅー、分かりましたよ!』
なんだか分からないまま、僕の動き出したい時に力を入れる。いつもはユタカさんの指示を待ってしていたそれを、自分にとって一番しっくり来る時に。
「むぐっ…そっか、ここか……」
ユタカさんは相変わらず体重を消したまま。走り易い……けど、これじゃ勝てない。だってクロに乗ってるオクブさんも、同じような乗り方だから。
それじゃ前と同じだ。クロに、逃げられちゃう。
「よし、ゴールだ。今日はここまでで良い」
『……良いの?』
「良かったよ、スペシャル。明日もよろしくな」
ユタカさんの事は信頼している。でも胸に巣食う不安は、それを押し潰しかねない程強くなってて。
こんなので大丈夫なんでしょうか、僕?
翌日。同じように、馬なりに走った。
けどまぁ、昨日に比べればユタカさんの指示が強くなってたかな?でも全然気にならなかった、それぐらい弱かったから。
若干、走りやすくなったような気はするけれど。誤差範囲で。
その翌日。またも、馬なり。
また少し強くなった手綱捌き、でも以前と比べればまだ体感半分にも満たない。
………だと言うのに。また力を入れやすくなった。何が起きてるの?
さらに、翌日。
指示の力は7割ぐらい。今まで、僕を制御してきた力。
それが変わっていたのを、ようやく自覚した。
(抑えられ、ない)
出来る出来ないの話じゃない。されるされない、という意味で。
抑制する形でコントロールしてきていた手綱が、跨がり方が、今では僕を後押しするようにしてきている。前とは、確かに違う……!
「すげぇ……すげぇ!」
「もう分かったのかい?飲み込みが早いな」
「はい!全然違います、押し留めるんじゃなくて促す形のコントロール…!」
新人君の驚きに、内容は分からずとも僕自身も共感していた。こんな事が出来るなら、なんで早くやってくれなかったんですかユタカさん!?
──いや、聞くまでも無い事ですね。答えは、既に僕の中にある。
「これは馬と信頼関係を築いた上で、お互いに癖を知り尽くし合わせないと成り立たないんだ。必然、長い付き合いが前提になる……スペシャルは素直な馬だったから、その点は本当に助かった」
ユタカさんが、ずっと僕に乗ってくれたから出来た。僕に走り方を教えてくれたから出来た。
僕が、ユタカさんの乗り方を深く知った今だからこそ出来た。
ユタカさんが、僕を深く知った今だからこそ出来た。
そしてこれは、何よりも───
「奥分が諦め、宮崎が排した視点から生まれる力やな」
「臼井さん」
「なるほど、これはアイツの鼻を明かしてやるのに持ってこいや。で、今の完成度は?」
今のクロには、無い力。
オクブさんはクロの邪魔をしない、それだけを重視して立ち回ってる。でもそれじゃ、ここには至れない。決して!
馬と人がお互いに歩み寄って、初めて成立するコンビネーションだから!!
……けれど。大きな問題が、一つだけ。
「………ダービーには、ギリギリ間に合わないかも知れません」
時間が、足りない。実戦で使うにはまだまだ遠い…。
でも贅沢は言ってられないんだ。
「でも諦めませんよ。何ならダービー中に完成させてみせますから!」
「そんな主人公みたいな奇跡に頼んなや!……ま、それを全力でバックアップするのが俺らの仕事やからな。ぶちかましたれ!!」
「勿論です。行くよ、スペシャル!」
やれる事を、やれるだけ。精一杯の、全身全霊で!
やってやりましょうユタカさん。ダービーでは僕が───
いや、違う。
「『僕
「すげぇ…すげぇよ勇鷹さん。追い付けるのか俺……?」
「知るかいな………ま、感謝しとき。拓がダービー獲ったら、その恩恵を一番に受けるのはお前なんやからな」
「へっ?あの、恩恵なら既にこれを見せてもらう事で受けてますけど。それとは別に?」
「……知らんっつうのは、幸せなモンなんやなって」
「?」
「宮崎に
「?????」
現実にこんな技術は無い?あしたのジョーのクロスカウンターだって現実に即してないんだ、これぐらい許容範囲よ行ける行ける!(楽観)