また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

28 / 181
必殺技特訓回。

ついこの間、社会人の仲間入りしました!
不束者ですが先輩方、よろしゅう頼みます


【Ep.19】特週!

聞いていた。

キングと走って、帰ってきた後。空から隣のクロスの馬房(へや)に、1羽の鳥が入って行くのが見えた。何か妙な予感がして、壁に耳を当てた。

 

グラスの想いが、聞こえた。

クロの意気が、轟いた。

 

その相手は、僕じゃない。

くそっ。

 

 

『……んんんんん〜〜〜っ!!』

 

 

抱いたのは怒りだった。でも相手はクロじゃない、僕だ。

2人の視界に入れない、僕の弱さだ。

そんなモヤモヤを振り払いたくて頭を振るけれど、難しい。どうしようも無いイライラが内心を占めていく。

 

「今日のスペシャル、集中出来てないですね」

「えっ、そうですか?」

「タイム自体は悪くない、走り自体にも迷いは無い。けれどその中の、走り方を迷ってるように見えた」

 

ユタカさんの声が聞こえる。内容は分からないけれど、僕の事について話してるのだろう。

 

『ユタカさん。僕、勝ちたい』

「スペシャル」

『でも、このままじゃダメな気がするんです』

「大丈夫だよ……って言っても、伝わんないし何より納得できないよな」

 

皐月賞の時よりも身体が仕上がってるのは分かる、でも足りない。どんな不利を受けても覆せる、だなんて胸を張るにはまだ遠い。

それを埋める術は無いんですか、ユタカさん?

 

「ん〜……そうだ、生沿君」

「な、何ですか」

 

そんな時、ユタカさんが声を掛けたのは新人のヒト。さっき汗だくでこっちに来たけど、恐らくクロの練習に付き合ってからこっちに来たんだろうか。さっきからユタカさんと僕の走りを見ては、何かを手持ちの紙に書き込んでいた。

 

「騎手のベストな騎乗の特徴、って何だと思う?」

「ええっと……馬に負担をかけない、体重を消す騎乗っすかね」

「正解だ。セオリーとしてまず押さえておくべきなのはそれだね」

 

何を話してるのか知らないけれど、今の内に僕なりにいろいろ考えてみよう。

現状、ユタカさんの乗り方に全く問題は無い。見事に体重を消してくれて、走り易い事この上無いから、後は僕の問題だろう。

 

「でも、その“先”があるんだ」

「もっと良い乗り方があるんすか?」

「ああ。体重をただ消すだけじゃない、見えている世界すら変えてしまうような……」

「あの、それって前に僕が若葉Sで乗った時みたいな」

「君が伝えてくれたのは、正確には“世界の解像度が上がった”って感じだよね。流れ込んでくる情報を素直に受け入れられたっていう……僕が今言ってるのは、正直それとは()()()()と思ってもらって良いよ」

 

踏み出す足の力?姿勢?ううん、どれも今がベストだ。他に何を変えられるだろうか。

そうだ、回転数!……いや、簡単に上げれたら苦労なんてしてない。どうしよう?

後は、これしか無い。

 

「そんなに違うんすか」

「延長線上にはあるけどね。実戦初騎乗でその域に至った事自体が驚きで、君とクロスの相性の良さを証明してると言えるけれど……でも、まだ“定石止まり”と言わざるを得ないだろう」

「……勇鷹さんは、いけるんすか?その領域に」

「実の事を言うと、こんな大口叩いといてスペシャルとはまだなんだ。けれどそうだな──もうすぐ、行けると思う」

 

 

ユタカさんとの、コンビネーション。

 

 

「人馬一体の境地、ってヤツに」

 

 

僕が彼に、呼吸を合わせるんだ。

「僕と彼が、呼吸を合わせるんだ」

 

 

「という訳で臼井さん。ダービーまで残り1週間強ですけど、ちょっと調教内容変えてもらって良いですかね?」

「んな頃合いやろうと思うとったわ。ほれ、予備に温めといたBプラン表」

「ありがとうございます、さすが話が早い!」

「あっ、あの、俺は」

「気にすんな、明日以降も来てええ。けど、無駄にしたらタダじゃおかんで」

「は、はい!」

 

 

 

 

 

翌日から、ちょっと練習内容が変わった。ユタカさんの指示が、以前より弱まったんです。

 

『ユ…ユタカさん?』

「良いんだスペシャル、好きにやってくれ」

 

自由にされたら、僕がユタカさんに合わせられないよ!?こんなんじゃタイミング分かんない……

 

「自由に、馬なりに。君のやりたいように」

『……うぅー、分かりましたよ!』

 

なんだか分からないまま、僕の動き出したい時に力を入れる。いつもはユタカさんの指示を待ってしていたそれを、自分にとって一番しっくり来る時に。

 

「むぐっ…そっか、ここか……」

 

ユタカさんは相変わらず体重を消したまま。走り易い……けど、これじゃ勝てない。だってクロに乗ってるオクブさんも、同じような乗り方だから。

それじゃ前と同じだ。クロに、逃げられちゃう。

 

「よし、ゴールだ。今日はここまでで良い」

『……良いの?』

「良かったよ、スペシャル。明日もよろしくな」

 

ユタカさんの事は信頼している。でも胸に巣食う不安は、それを押し潰しかねない程強くなってて。

こんなので大丈夫なんでしょうか、僕?

 

 

翌日。同じように、馬なりに走った。

けどまぁ、昨日に比べればユタカさんの指示が強くなってたかな?でも全然気にならなかった、それぐらい弱かったから。

若干、走りやすくなったような気はするけれど。誤差範囲で。

 

 

その翌日。またも、馬なり。

また少し強くなった手綱捌き、でも以前と比べればまだ体感半分にも満たない。

………だと言うのに。また力を入れやすくなった。何が起きてるの?

 

 

さらに、翌日。

指示の力は7割ぐらい。今まで、僕を制御してきた力。

それが変わっていたのを、ようやく自覚した。

 

(抑えられ、ない)

 

出来る出来ないの話じゃない。されるされない、という意味で。

抑制する形でコントロールしてきていた手綱が、跨がり方が、今では僕を後押しするようにしてきている。前とは、確かに違う……!

 

「すげぇ……すげぇ!」

「もう分かったのかい?飲み込みが早いな」

「はい!全然違います、押し留めるんじゃなくて促す形のコントロール…!」

 

新人君の驚きに、内容は分からずとも僕自身も共感していた。こんな事が出来るなら、なんで早くやってくれなかったんですかユタカさん!?

 

──いや、聞くまでも無い事ですね。答えは、既に僕の中にある。

 

「これは馬と信頼関係を築いた上で、お互いに癖を知り尽くし合わせないと成り立たないんだ。必然、長い付き合いが前提になる……スペシャルは素直な馬だったから、その点は本当に助かった」

 

ユタカさんが、ずっと僕に乗ってくれたから出来た。僕に走り方を教えてくれたから出来た。

僕が、ユタカさんの乗り方を深く知った今だからこそ出来た。

ユタカさんが、僕を深く知った今だからこそ出来た。

 

そしてこれは、何よりも───

 

 

「奥分が諦め、宮崎が排した視点から生まれる力やな」

「臼井さん」

「なるほど、これはアイツの鼻を明かしてやるのに持ってこいや。で、今の完成度は?」

 

今のクロには、無い力。

オクブさんはクロの邪魔をしない、それだけを重視して立ち回ってる。でもそれじゃ、ここには至れない。決して!

馬と人がお互いに歩み寄って、初めて成立するコンビネーションだから!!

 

……けれど。大きな問題が、一つだけ。

 

「………ダービーには、ギリギリ間に合わないかも知れません」

 

時間が、足りない。実戦で使うにはまだまだ遠い…。

でも贅沢は言ってられないんだ。

 

「でも諦めませんよ。何ならダービー中に完成させてみせますから!」

「そんな主人公みたいな奇跡に頼んなや!……ま、それを全力でバックアップするのが俺らの仕事やからな。ぶちかましたれ!!」

「勿論です。行くよ、スペシャル!」

 

やれる事を、やれるだけ。精一杯の、全身全霊で!

やってやりましょうユタカさん。ダービーでは僕が───

 

いや、違う。

 

 

「『僕()が、勝つ!!』」

 

 

 


 

 

 

「すげぇ…すげぇよ勇鷹さん。追い付けるのか俺……?」

「知るかいな………ま、感謝しとき。拓がダービー獲ったら、その恩恵を一番に受けるのはお前なんやからな」

「へっ?あの、恩恵なら既にこれを見せてもらう事で受けてますけど。それとは別に?」

「……知らんっつうのは、幸せなモンなんやなって」

「?」

「宮崎に()()として見初められた不運を呪っとけ」

「?????」




現実にこんな技術は無い?あしたのジョーのクロスカウンターだって現実に即してないんだ、これぐらい許容範囲よ行ける行ける!(楽観)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。