また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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【Ep.2】影響!

『ねェ、コレは?』

『桜。日本を代表する春の花だな』

『コレは!?』

『イラガの繭。気を付けろよ、幼虫に刺されたら痛ッたいぞ〜』

『アレは何!?』

『おっミツバチじゃん。日本のミツバチって相手に寄ってたかって蒸し殺す必殺技持ってたっけな』

『ナニそれコワイ』

『だいじょーぶ、馬は刺されない限り熱くも痛くも痒くもないから』

『ジャあ、コレは?』

『女郎蜘蛛はヤメルルォ!蜘蛛だけは無理なんだよ俺!』

 

コラ、咥えるな!!飲み込んだらタンホイザしちゃう*1んだぞ!?ペッしなさいペッ!こっちじゃねぇよ茂みの方にだよ!

 

「すっかり仲良くなりましたね、コイツら」

「隣同士とはいえ、ここまで接近するとは……」

 

鞍上の人の呟きを背に受けながら、俺とアメリはお日様パッパカ調教中。俺がここに来てから1ヶ月ほど経った頃合いの、麗かな春の日だった。

 

 

アレからアメリとは色んな事を話したし、たまに一緒に走ったりもした。俺が日本の事を話すだけじゃなく、逆に米国の話を聞いたりして会話も弾んだ。そのお陰かとても親密になれたと自覚してるし、向こうもそう思っているのか、一緒に馬房から出された時にはピッタリくっ付いてくる。正直可愛い。

 

『走りタイ、走りタイ。早くクロと走りタイデス』

『まぁまぁ、それは上の人らが合図してくれるっしょ』

「よーし、それじゃあ馬なりの併せで行くぞー」

『自由に走れってさ』

『ヤッター!』

 

手綱が緩んだのを見計らって走り出す俺、ついてくるアメリ。俺とコイツが併走する時には大体こうなる。

これがマークって奴なのかな?知らんけど。

 

『速いデスね!』

『そちらこそッ』

 

俺より数ヶ月早くここに来ていたアメリは、そのぶん完成度が俺より高い。なのに同じペースで先行出来ている理由としては、生産牧場で自主練積んできた経験が挙げられるだろう。いやだって……走れなかったら死ぬって分かってて、練習しないなんて選択肢ある…?

放牧された瞬間に走り出す!疲れ切るまで走る!疲れ切ったら休む!少ししたらまた疲れ切るまで走る!これを放牧終了まで繰り返しましたとも、ええ。素人なりになんとか自分のステータスを伸ばそうと四苦八苦しましたとも。

そしてその結果が、コレ!

 

『ボクが、かちマース!!』

『待てぇぇぇえ!』

 

絶賛敗北中!普通にアメリに抜かされてるんですけど!?

アカン、ちゃんとした施設で訓練積んだ奴は文字通り馬力が違うわ!やっぱ素人の付け焼き刃には限界があるってハッキリわかんだね。受け入れ難いが。

 

『負けて堪るかぁあああ!!』

 

なんせこちとら命が懸かってんだ!あっそれはアメリもそうか。いやでも普通に勝ちたいってのもあるし!

ともかくこれ以上突き放させはしない。幸いスタミナは残ってる、このまま食らいついて……っとォ!?

 

「ストップ、ストップ!抑えて!」

『あばばばばば』

『ヤダヤダ、ヒッぱんないでくらファイ!』

 

手綱を引かれ、二頭揃って急減速。うーん、今回はここまでかぁ!

 

「この二頭で併せすると良いタイム出すんですけど、熱くなり過ぎて止まらなくなるのが玉に瑕ですよねぇ」

「全くだ。ここまで相性が良いとは……」

「しかしクロも、訓練1ヶ月目でその逸材に追随出来るなんて」

「サンデーサイレンスの血のヤバさだな。()の相馬眼は、腐っても父から受け継がれた者らしい」

 

上で交わされる会話に耳を傾けると、俺の評価は割りかし上々の部類らしい。このまま評価が上がってくれれば、臼井氏じゃなくともどっかの調教師が目をつけてくれたりしねぇかなぁ、と思ってみたり。

しかしアメリ君、お前逸材扱いされてんぞ。良かったじゃん、将来安泰に向けて一歩前進だ。

 

『そうなんデスか?ウレシイ』

『有馬2連覇とかしたりしてな』

『アリマ?』

『寒い時期にあるデッケェレースの事』

 

俺なんか比べ物にならん化け物がゴロゴロ出るゾ〜、と言うと『クロだって強い、負けてナイ』って言って来た。いやお前に負けてるんだが……。

 

「しかし、アメリの1995の引き渡しはどうするんです?時期、既に延長してるんでしょう」

「それについてなんだがなぁ……」

 

そう言うと、アメリに跨ってる人は俺に視線を向ける。えっ、何かまずい事しちゃいました?

 

「まぁ後で、緒方さんに聞いてくれ。そっちの方が詳しいから」

「分かりました」

 

ちょ、そこで切んなよ!気になるだろ!

しかしそっかぁ、アメリはもうそろそろか。

 

 

その後の調教もいつも通り終えて、体を洗って、馬房に戻される。俺は我流のストレッチで体を伸ばしながら、隣のアメリに向けて話しかけた。

 

『アメリ』

『なんデス、クロ?』

『俺ら、もうあんま関わらん方が良いかも知れん』

 

ヒュッ、という音が聞こえた。その正体が何なのかは分からなかったが。

アメリの馬房から、音が消える。

 

『…アメリ?』

『ヤダ』

『えっ』

『ヤダヤダヤダ!なんで?ボク、ワルイことしちゃッタ?あやまるカラ!なおすカラ、ハナレないで!クロといっしょにイタイ!!』

 

途轍も無い速度で捲し立てられた叫びに、俺は思わずのけぞった。聞こえたのだろう、周囲の馬房も俄かに騒めき立つ。

 

『ち、違うんだよアメリ。ニンゲン曰く、お前はもう少しで別の場所に行くらしいんだけど、なんか知らんが俺がその邪魔になってるっぽいんだわ』

『ナンデ?ドウシテ?Why? だったらクロもイッショに来ればイイ』

『そうしたいのは山々だけど、それを決めるのはニンゲン達だ。俺はそれを邪魔して、お前の将来の道を狭めるような事はしたくない』

『No! クロはジャマなんかじゃないデス!!』

『……だったら、俺も嬉しいんだけどなぁ』

 

この1ヶ月間、俺はアメリとかなりの時間を共にした。けど俺は所詮予定外に生まれた望まれない子で、持って生まれた何かの悪影響が知らず知らずの内にアメリに及んでた可能性を否定出来ない。

でもその旨を伝えると、アメリは何故か一層怒ってしまう。

 

『知らナイッ。クロは分かッテマセン!そんなクロのコトなんて、キライ!』

『っ…』

 

……別れた方が良いとは思っていた。でも、嫌われたい訳じゃなかった。そんな俺の甘さが招いた結果だと、すぐに分かった。

 

『アメリ?ちょっと待ってくれ!落ち着いて話そう!!』

 

そう呼び掛けても答えは返ってこない。その日、俺達は初めて無言で夜を過ごした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「アメリフローラの1995がクロに懐き過ぎている?」

 

「ああ、それが彼の引き渡し延長をしている第一の理由だ。このまま引き離すとストレスで体調を崩しかねない」

 

「でも離乳の時程じゃないと思いますし、そこまで気にする事でも……」

 

「寂しさだけが問題なら、私も看過したさ。だがコレを見ろ。第二の理由がある」

 

「……!アメリフローラの子の成績が、1ヶ月前から急激に……」

 

「そう、かなり伸びているんだ。クロと一緒になってから、そしてクロと一緒に走っている時に特にだ。引き渡しが延長されたのは、俺だけでなくミツヒコ……緒方調教師の判断でもある。もう少し様子を見たい、と」

 

「あー…これは確かに離し難いですね。言われてみれば、他ならないクロの成績も負けず劣らず加速してます」

 

「この時点でとんでもないスタミナを使ってどんどん追い上げてきてるからな。無名の牝馬から生まれたとは思えないよ。しかもクロに至っては“足を溜めてスパート”という概念を理解している節があるし、それをアメリフローラの子に教えている素振りすらあるときた」

 

「二頭とも緒方ミツヒコ氏に引き取ってもらうというのは?」

 

「いや、厩舎がもう満杯だそうだ。どっちかを選ぶしか無くて、それでミツヒコはかねてより目をつけていたアメリフローラの1995を選んだ」

 

「うーん……延長に関しては納得しましたが、こっちでずっと面倒見るのも無理がありますよ。レースへの出走だって遅れてしまうかも知れない」

 

「そう、そこが問題なんだ。彼ら二頭が自発的に離れてくれれば、こっちとしても機を測り易いんだがなぁ」

 

「困りましたね……」

 

 

「……そういえば臼井君。君の父親が担当する予定の」

 

「ええ。キャンペンガールの1995が明日来ます。将来有望ですよ、1ハロン14秒台を叩き出したとか」

 

「確かそっちもサンデーサイレンス産駒だったな。アメリフローラの子とキャンペンガールの子、良いライバルになるかも知れん」

 

「……クロも一緒に、三頭で中山の直線を突っ切るかも知れませんよ」

 

「ほう。いつの間にかそんなに入れ込んでいたか、彼に」

 

「アイツの賢さは舐められませんから」

 

「そうか……実の所、私もそう思い始めている」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

結局、翌日になってもアメリとの関係は改善出来なかった。

調教でも全然近寄ってきてくれないし、話しかけても返ってくるのは沈黙。厩務員や鞍上の人達も不思議がっている。

離れるべきだとは思ったけれど、こんな喧嘩別れをしたい訳じゃない……。

 

「よーしこっちだぞ。良い子だから」

 

どうにか出来まいか、と帰って来た馬房で唸っていたその時。アメリの方とは逆側の隣で、馬房が開かれる音がした。次いで、馬が入ってくる気配。

 

(この時期に新入りかぁ)

 

気分転換に、馬房から首を出して覗き込もうとするけど見えない。まぁそりゃそうだよな、と引っ込めようとした瞬間。

 

ニュッと出てくる向こうの頭。覗いておいてビックリする俺。

 

『うおっ……新入りか。俺はクロ、よろしく』

『……』

 

うわぁ、めっちゃ睨んでくる…覗いたのは悪かったけど、そんなキレられる覚えは無ぇぞ?こちとらアメリとの関係改善に忙しいんだ、問題増やすのはやめてくれ!あっ増やしたの俺自身かァ!

 

『……キャンペンガールの子。って、皆呼んでる』

『えっあっ、おう』

 

と思ったら答えてくれた。ありがたいありがたい、キャンペンガールの子ね。よろし……

 

 

えっ、キャンペンガール?

 

『ごめん、質問いい?』

『なに?』

『ティーヌさんってニンゲンにお世話されたりした?』

『……!』

 

キャンペンガールの子の目の色が変わる。これは…えっ、マジ?マジで言ってる!?

 

『お母ちゃんがそう呼ばれてた…知ってるの!?』

『ス……』

『ス?』

 

この時、俺はもう頭が沸騰して興奮状態の極みだったと言える。だって仕方が無いじゃん。

目の前にいるのは。

 

 

『スペシャルウィーク……!』

 

 

黄金世代に輝く流星。

ウマ娘の、主人公なんだから。

*1
2022/1/20時点で、マチタン蕁麻疹の原因蜘蛛説は飽くまで噂の範疇とのこと。なおクロは不勉強なので把握してない




ちなみに最後のシーン。スペと顔を見合わせたままのクロを、背後からアメリがじっと見ています

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