また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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【Ep.20】東京!

結論から言うと。

 

『間に合わなかった〜〜!!』

「間に合わなかったなぁ」

 

うぐぐぐぐ、後もう少しだったのに!ダービーさん、1日だけ下さい!後生ですから!!

雨よ降れ、雪よ降れ〜!!!吹き荒れてレース場を荒らしてくださーい!!

 

『何だ何だ、スペにしちゃ珍しい慌てようだな』

『……そういうクロは、落ち着いてますね』

『こちとらGⅠ2勝馬、下手に騒いだらグラスに笑われちまうからな!』

 

馬道で前を行く彼は、そう言って優しく笑う。あぁ、その笑顔が好きです。好き、なのに。

………また、グラス。

 

『クロ』

『何でぇスペ』

『僕は、クロのライバルですか?』

『えっそうだけど?』

 

何を当たり前の事を、と聞きたげですね。でも、それはこっちのセリフなんですよ。

それを、分からせてあげます。

 

『じゃあ、悔しがって下さいね』

『えっ』

『ライバルに負けたら、悔しくて当然ですから』

『……ああ、そうだな』

 

そう言って、敢えて顔を背けながら横を追い越して行った。宣戦布告は上手くいっただろうか?挑発したクセに、こっちの方が勝手に熱くなりそうなのが困った所だけれど。

 

「気力が漲ってるね、スペシャル」

 

ユタカさん。クロは強敵だよ。今見ても、体がしっかり鍛え上げられてた。

 

「敵は万全、対する此方の準備は不充分、人馬一体は未完成」

 

完成には漕ぎ着けなかった、コンビネーション。それで迎える大一番。

 

 

『……最高だ』

「……燃えるシチュエーションじゃないか」

 

 

やれる。不思議な確信がある。

このレース、誰にも負けない。負けてなんてあげない!

 

 

 

▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

さて始まりますよぉ東京優駿!通称日本ダービー!

いやぁ来る所まで来ましたねぇマジで。グラスからのお手紙もらって1週間、俺ァもう元気100倍のモリモリマッスルよ!めちゃくちゃ走り込んでやったわ、ガハハ!

 

『やーやー、気合入ってますねぇクロスさん』

『おうスカイ。グラスへの伝言サンクスな』

『もうランポちゃん*1から聞いてますよそれは。2度も言わなくて結構ですから』

 

そう言うスカイの身体から立ち昇るのは湯気……じゃねぇ、気迫ゾこれ。無自覚に幻視と現実の視界をごっちゃにしてたわ、怖っ。

まぁそれぐらいの気迫がスカイから漏れ出してるのは間違いないんだけどさ。仕上げて来たねぇ、セイウンスカイ…!

 

『そういうクロスさんこそ……』

『ん?何?』

『…覇気、漏れてますよ』

 

はき?あら〜、スカイさんったらお世辞が上手!睨んだらドンッ!ってあの観客席の半分くらい気絶させれちゃう?なんて、そんなワンピースじゃあるまいし。

 

(気付いてないの……?周りの馬が、クロスさんに気圧されてさっきから近寄れてないの)

『あっそうだスカイ。前伝え忘れたんだけど、ストレッチって知ってる?』

『いや初耳だけど』

 

何ですそれ?と聞き返すスカイを前に、俺は実演。体の各部をグ〜ッと伸ばすいつものヤツ。

 

『これしたら気持ち良いし、疲れも取れやすくなるゾ。あと怪我の防止にもなる』

『……都合が良過ぎる。詐欺か何かに引っかかってません?』

『でぇじょうぶだ、実証もあるかんな。俺は前の皐月賞での無理な逃げみたいな無茶苦茶な走りを繰り返して来たが、このお陰で今まで無事故・無故障なのだ』

『……まず無茶苦茶な走りの方をなんとかしません?』

『無理。そうしないとお前らに勝てないもん』

『えぇ……』

 

そう言いながらもスカイは俺の真似をして、すぐに「おっ、本当に気持ち良いですね」と言い出した。そうだろうそうだろう、人間時代の付け焼き刃もそれなりに使えるってモンだ!

 

『あ〜……気持ちいい、かも?』

『だるるぉ?』

『ま、気休め程度に考えときますよ』

 

じゃあまた。今度は()()()()()差し上げますからね〜。

そう言ってスカイは去っていったが……ククク、そうはいかんぞ。さりげなく俺を逃げに誘導しようとしたろ?

残念だったな、既にイメトレで逃げじゃ勝てない事は実証済みだ!今回は芝の具合も変じゃないし、後ろから万全の追い込みさせてもらうぜぇぇぇ!!

 

……が。それでもスカイは突き放してくるだろうな。何より屋根もまた作戦を考えて来てるはずだ、それにも注意を払わないと。

何より気になるのが───

 

ふと横に視線を遣る。見えたのは、キングと向かい合って何かを話しているスペの姿。

 

(さっきのやり取りが、どうにも頭から離れねぇんだよなぁ)

 

雰囲気は、ここ暫く話してない間にだいぶ変わっていた。けど、その変化は特に1週間前から大きく変わったように思える。

何があったのかは知らないし、本質とかは変わってないのはさっきの会話で分かってるけれど、なんつーか……覚悟完了、って感じ?

 

次の瞬間。振り向いたスペと目が合った。

 

『……ッ!!』

 

恐怖した。背筋に冷たい物が走る感覚を覚えた。

何も言われてない、変な顔をしていた訳でもない。ただじっと、こちらを貫く視線。まっすぐな、殺気にも似た何か。

何だ、スペ。

何がお前をそこまで変えた?

 

「クロス、ゲートの時間だ」

 

奥分さんのその言葉で正気に戻った。そうだ、レースに集中しないと。

どっちにしろ最後方から行くんだ、マークとかはされない……筈!とにかくベストを尽くすんだ、グラスの為にも俺自身の為にも。

 

 

 


 

 

 

《府中の空を覆っていた灰色の帳が、少しずつ薄くなっていきます。第65回日本ダービー、この18頭の中でスポットライトを浴びるのは唯一頭です。放送席の解説はセブンの芳田仁志さん、そして先月ジョッキーを引退されました西孝治さんです。えー西さん、今のこの時のジョッキーの気持ちというのは……》

《そうですねぇ。ここで考えてもしょうがないからスタートに集中ですかね》

《開き直りですか!しかしどんな展開になるんだろうかという事はずーっと頭の中を渦巻いてるんでしょうねぇ》

《そうですねぇ、特に拓勇鷹さんはその中でも……》

《……拓勇鷹は。先日ダービー勝利とクロスクロウ打倒宣言をした彼は、今どういう風に乗ろうと思ってるんでしょう》

《そうですね、クロスは適応力がとんでもなく高い馬ですから。生半可に引き摺り下ろす作戦では躱されてしまうでしょうし、それよりはスペシャルウィークの力をどう引き出すかに焦点を絞っているでしょう》

 

《さぁスタート地点には矢野亜豆アナウンサーがいますが、矢野さん》

《はい。スタート地点ですがどの馬も活発というか、元気が良いなぁという印象です。拓勇鷹騎手と奥分幸蔵騎手は落ち着いた表情、一方で福延優斗騎手は緊張気味という話がありましたが、でも懸命に自身と馬を宥めてるんじゃないかなと》

 

《さぁ芳田さん、最後の見解を伺いたいと存じますが》

《そうですね。4強と言われてますけど、2着に食らいついたセイウンスカイ・馬場の不利を薙ぎ払って詰めたスペシャルウィーク・立ち回りさえ良ければチャンスがあったキングヘイロー、そして何よりグリーンベルトを自分で見切って適応してみせたというクロスクロウ。これまでのレースの内容からして、4頭が抜けてる事は間違いないと思われます。正直、他の馬を寄せ付けてません》

《その中でも特に、と思うのはどの馬でしょうか?》

《……やっぱり、クロスクロウですかね。朝日杯での2度のスパート、そして皐月賞で見せた逃げ。これもう他の陣営からしたら対策のしようが無いんじゃないかと思います、個人的にはキングヘイローの単勝に期待していますけれども》

《先日のインタビューで、奥分騎手をして“皇帝ルドルフに匹敵する”と太鼓判を押されたその賢さ。屋根のかつての相棒と同じ“絶対”を見せ、宮崎氏の野望に王手を掛けるかクロスクロウ。そして他の馬はその快進撃を止める事が出来るのか?》

 

《……この、東京優駿のレコードはアイネスフウジンの持つ2:25.3。さぁ、今スターターが壇上に上がりました》

《えぇ……!》

《第65回、日本ダービーのファンファーレです!

 

 

 

響け音色。届け遠くまで。

このレースが、歴史へ永遠に刻まれるように。

*1
アーッ!ヨウムノマンボ!




1998年の東京優駿の実況を、書き起こしにより一部引用させて頂きました
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