私の名はエアグルーヴ。牝の馬だ。
かつて背に乗せたニンゲンと共に芝を駆け抜け、自分で言うのもなんだが強く勝ち続けた。その様を他のニンゲン達、そして馬達が「女帝」と呼んで畏れた程に。
私自身、その呼び名に相応しく在れるよう振る舞うようになっていたのだが──まぁ、これに関しては今は置いておくとしよう。
問題は今、引退してからの事。
『たわけーッ!!!』
『うぇー……』
そう、大問題だ!この愛すべきバカ娘!自分が何したのか分かっているのか!?
『雨の中走るの気持ちよさそうだったから走っただけじゃん』
『お腹の仔の事を考えろ!現役の頃とは話が違うんだぞ!!』
そう言っても、不満そうにそっぽを向いて隣の馬房に引っ込んでしまう牝馬──私が産んだスズカの娘、ノイジースズカ──はいつも通りの調子で文句を垂れてきたのだった。
『赤ちゃんも楽しんでくれてるもん。ずっとお腹の中でじっとしてるだけじゃつまらないでしょ』
『言い訳するな、それは晴れの日にすれば良いだろう?!』
『そんな事言って、雨が嫌いな仔になっちゃったらどーするの!!』
こっ、この……ああ言えばこう言う様は誰に似た。スズカではな……いやスズカか?私ではない、きっと私ではない。
そもそも子供だ何だというが、雨の中を放馬してまで走りに行ったのはお前個馬が走りたがったからだろうが。子供を言い訳にするな、たわけ!
『べーだ。私だって私なりに子供の事を考えてるもーん』
『どうだか。いい加減もっと母としての自覚をだな……』
『もう聞かないもんねー!お母さんのたわけ!!』
それだけ言って以降、ノイの
全く、幼い頃は大人しくていい仔だったというのに。ニンゲン達に預けて4年ほどで、こうも変わってしまうとは。
そう思いながら私は、ノイが幼かった頃を想起する事にした。目に入れても痛くなかったあの頃を。
『お母さんお母さん!もっと走ろ、ねぇ走ろ!?』
『おお良いぞ、その調子だ♡誰にも邪魔出来ないな♡』
凄まじい逃げ足だ!末は無敗三冠牝馬だな間違い無い。なんたって、私とスズカの仔なのだから。
『あはは、先頭きもちいー!ねぇお母さん、置いてくよー!』
『スズカに似て可愛いだけでなく聞かん坊までそっくりときたか♡コイツめ♡コイツめ♡♡』
『くすぐったいよぉ!仕返ししてやるっ』
しかし所詮は幼子、私にかかればすぐさま捕まえられる。だがこの素質、同世代の中でも遥かに抜きん出ているだろう。
勝てる!どんな奴が相手だろうと負ける筈がない!!
『たわけ♡♡お前は愛情を一方的に受けてれば良いんだ♡小さな逃亡者めが♡♡♡』
『ふふんだ、その名の通りに逃げ出しちゃうもんねー。じゃあ、もう一回行こう!』
『良いぞ♡♡でも私から逃げ切れると思うか?♡♡♡そんな愛らしさを振り撒いておいて♡』
『負けないよー!でも、そんなに可愛いなら牡達も私にメロメロかなぁ?』
……は?
ああいや、その通りだ。この仔が競走馬として外に出た時、いつか必ず牡馬達と遭遇する。時と場合によっては、不埒な視線を向けて擦り寄って来る者もいるだろう。
ましてやノイはこの愛らしさ、可憐さ、綺麗さを併せ持っているんだ。出会った牡馬全員発情するんじゃないか?するに決まってる。いつぞやの
そんなの。
そんなの。
『●すしか無いではないか……!』
『お母さん?』
『なんでもないぞ♡』
叶うならこの仔にどこまでもついて行き、
仕方があるまい、その対応法は追々教えていかなければ……
……だがそれ以上に、今この瞬間を楽しませてやりたい。母と娘として共に過ごせる、限られたこの時間を、この仔がこれからの未来での糧と出来るように。
『そういえばお母さん。スズカって誰?』
『お前の父親だ♡凄い牡馬なんだぞ♡♡走る時は凛々しいのにどこか抜けてるのが可愛い奴でな♡』
『お母さんは
『!?!!?』
『私にもそういう
『それは許さん。絶対に許さん。ノイに手を出そうとする奴など、この足で睾丸蹴り砕いてやる』
『えぇ……』
………あれ?
私、叱るどころか腐るほど甘やかしてないか?
というか……叱った事あったか?
(嘘だろう私………えっ嘘だろ!?)
そんな訳が……いやッ!心当たりがッ!あるッッ!!!
思い出せ、ノイと引き離された日を!三日三晩泣いて泣いて泣き腫らした後、放牧地で他の牝馬達と合流した時の反応を──!
繁殖牝馬A:安心しました。「ああ、
繁殖牝馬B:この1年間の変わりよう、半端じゃなかったですからね…
繁殖牝馬C:愛と鞭を使い分けていた先輩が甘やかし一辺倒になるとは、このCの目を以てしても見抜けなんだですわ
リードホースα:ハッキリ言って乱心してたわよ、貴女
ああ、あああ。ああああああ!!
あの時は完全に「何をバカな事を」と思っていたが!明らかに彼女達の言う通りじゃないか!?つ、次会った時にしっかり謝らねば………
しかし不覚だ!如何にスズカとノイが愛しいとはいえ、ここまで自分が乱れるだなんて想像だに……こんな一面、スズカにだけは知られてはならん!アイツの前では凛々しい私でありたい、そのイメージを崩したくないのだ!
ふーっふーっ。落ち着け、落ち着いた。私達繁殖牝馬と彼ら種牡馬の接点が、年に一度しか無い事を、これ程までに感謝した事は無いな。次会う時までに落ち着く時間が充分にあるから。
しかし、そうか。
(あれからもう5年、か)
ノイが旅立ち。お母様と私が取り零した栄冠を勝ち獲って、そして帰ってきた時。そこにいたのは、私の知るノイではなかった。
『ただいま、お母さん』
見違える程に成長していたその肉体は逞しく、声には無自覚に覇気が乗っていた。凛としたその声音は、女帝を超えた女皇の証。
娘に超えられた悔しさと、それを上回る喜びに涙したのを覚えている。
そうか、あの仔は──ちゃんと強くなって、帰って来たのだなぁ……!
『誇らしいよ、ノイ』
よくぞ戻って来た。よくぞ勝ってきた。よくぞ、無事に帰って来た。
母親としてこれ以上嬉しい事は無い。お前は最高の孝行娘だ、ノイ。
お前の仔が無事に産まれ、無事に育つ事を……心から祈っているぞ。
『……ふぁ……あっそうだ。前、牡馬達のところに行った時、お父さんと初めて会ったよ』
『………なに?スズカとか!?元気にしてたか、アイツは?!』
『うん、お母さんから聞いた通りの馬さんだったなぁ。あっそうだ、お母さんがスズカさんをどう思ってるかも伝えて来たから!』
『…………は?』
『大好きって言ってたでしょ?可愛いって、愛らしいって』
『おお、おま、ま、お、まえ』
『走る時の凛々しい顔が好きだって、そう言ってたって伝えたよ』
『えええええええええ』
『アーッ!エアグルーヴ、ノイジースズカ、デンゴン!サイレンススズカ、カラ!!』
『あっ、マンボ君!久しぶりー!』
『くぁwせdrftgyふじこlp』
『アーッ、スズカカラ!エアグルーヴヘ‼︎
“私もエアグルーヴが大好きだよ”
トノコト!』
『はぐああああ!!!』
『おお、熱いねぇ』
『“切っ先のような横顔も、情熱に燃える目も、厳しいながら柔らかい優しさが大好き” ッテイッテタ!』
『ぐぁああああああああああああ!?』
『“もっと頑張って、また会えるようにするから。待ってて” ッテサ!!!』
『すご……あんな馬畜無害そうな顔なのにこんな事言えるんだ。ディープ君はどうなのかなぁ』
『………』
『あれ?おかーさーん?』
『キゼツシテル』
『うわーっ!?ニンゲンさーん!お母さんがたいへーん!!!』
ノイジースズカ
ノイジースズカ(英:Noisy Suzuka)は、日本の競走馬・繁殖牝馬である。幼名は、生まれたばかりからよく嘶いて騒がしかったので「ノイジー」とされ、そのまま競走馬登録の際にも引き継がれている。
日本競馬史上初の牝馬無敗三冠を達成し、また初めてルドルフの呪いを打ち破って生涯八冠を為した。その中でもディープインパクトの無敗記録を
もし彼女が凱旋門賞に出走出来ていれば、日本に十字架を持ち帰っていたかも知れない……と2006年度の凱旋門賞馬、スペリオルワンダーを擁する米国の調教師は語っている。
次の短編はワンダーアゲインのを予定しておりますが、いつになるかは未定です
略して予定は未定
-追記-
アンケート、規約違反してるという忠告を頂きやり直しました。何度もすみません
CM「夢のVS」でクロスクロウが戦う相手は(やり直し)
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