また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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【Ep.24】宣誓!

『はぇー、ここで療養してたのか』

『はい。お陰で、最近ではもう痛みもほぼありません』

『そりゃ何よりだ』

 

飼葉を食みながら駄弁り合う俺とグラス。こうやって対面できる機会自体が今となっては少ないからね、そりゃ存分に楽しませてもらいますよ。

 

『……グラスが怪我してたなんて、僕は初耳なんですけど?』

『そう拗ねんなってスペ。言ったところで、俺達出来る事なんて無いし』

『でもなんかモヤモヤするんですよぉ』

『スペさんは相変わらずですねぇ。クロに信頼されてないから……』

『なんだとぅ!?』

『じゃあ知ってますか?クロの毛の色、最近うっすらと白くなってきてますよ。朝日杯の時と比べると、もう黒とは言えません』

『え゛っ!気付かなかった……言われてみれば、最初に会った時よりも色味が薄くなってる…?』

『近くにいるから、いやいるからこそ見落としてましたね。甘いですよ』

『ぐぬぬぬぬぬ…!!』

 

って思ってたら喧嘩始まったぁ!?なんで!アイエエ、ケンカナンデ!!

というか俺、毛色変わってんの?俺自分の事を青鹿毛だと思ってたけどもしかして芦毛!?やべぇ、全然知らなかった……!

 

『……なんて。冗談ですよ、冗談』

『戯れに決まってるじゃないですか、実際色は結構変わってますが。クロもあの頃から変わらず心配性ですね』

『嘘だゾ、絶対に本気混ざってたぞ』

『『そりゃクロの前ですし』』

 

ファッ?!なんで俺の前だからこそ喧嘩するのか、これが分からない。えっ、何?それってさぁ!原因俺にあるから反省しろ…ってコト!?

 

『いけません。癖になりそうです』

『グラス!クロを弄るの滅茶苦茶楽しいね!』

『両隣がS化していくの、控えめに言って修羅場で草』

 

いやでも、まさかこの三頭で馬房に並び、剰え談笑するような日が来るとは。一番最初の時も三頭並びはしたけど、あの時ってグラスとスペは仲良く出来る状態じゃなかったしなぁ。

と、そんな事を思っていた時の事。

 

 

『そういえば、グラスと僕達っていつまた戦えるの?』

 

 

悪気は無かった。

本当に無邪気な質問だった。それだけは確かだった。

 

だがそのスペの一言は、確実に俺とグラスを凍らせた。

反射的にグラスの方を見る。彼は……気不味げに、目を逸らしていた。

 

『痛みが無いって事は、もう治ったんだよね?えーと、菊花賞はニンゲンの都合で無理としても……その次なら、どう!?』

『スペ、待て』

『えっ?でもクロも待ち遠しいでしょ、グラスと走るの。僕、あの日のリベンジをする時をずうっと待ってるんですもん!』

『スペ』

『なんならこの後の練習で一緒に走ろうよ、また3頭で、でも今度勝つのはぼk』

『スペッ!!』

『っ……!?』

 

……しまった。大きい声になっちまった、失態だ。でも、こうしなきゃ止められなかった。

 

『な、なに……?僕、何か悪いこと…』

『違う、違うんだスペ。すまな…いや、なんというか、くそっ』

『ごめん、ごめんなさい。謝るから、もうしませんから……』

 

肝心な時に、マトモに言葉選びも出来ない俺の頭脳が恨めしい。ヒトソウルはハリボテか、この愚図。なんとか言えよ、スペが怖がっちまってるだろ……!

 

 

『良いですよ』

 

…え?

グラス?

 

『やりましょう、スペさん。あの時のように、この三頭で』

『……いいの?』

『………はい』

 

グラス。

お前、分かってんのか。

 

『分かっていますよ、クロ』

『ならどうしてっ』

『現実を直視しなければ。私も、スペさんも』

 

そう言う彼の目は据わっていて。過去三度の戦いで、そんな目をした彼を曲げるには相当な対価が必要である事を知っていた俺は、黙らざるを得なかった。

 

 

 


 

 

 

「臼井先輩、ちょっと」

「どうした?」

「グラスワンダー号が立ち止まっちゃいました。どーしましょ」

「え。グラスはこの後単走での軽い慣らしの筈ですよね」

「明らかにクロスとスペシャルの方に行きたがってるな……」

「どうしましょうか、緒方さん」

「……仕方が無い、か」

 

 

 


 

 

 

3頭で、ウッドチップのコースに入る。クロが最初、僕が2番目、グラスが最後。

今回、クロは皐月賞で見せた逃げで行くらしい。その背を僕が先行で、さらにこの背をグラスが差しで追う形になる。

 

『……いくぞ』

 

クロがそう言って走り出して、ついで僕も。

そして背後で膨れ上がる存在感。ああ、あの時と同じ。怖くて、強いグラス。

だからこそ。

 

『負けるもんか…っ!』

 

あの日の屈辱。全力の僕へピッタリと張り付いて、嬲られかけたあの敗北。

それを今、塗り替えてやる!

 

(僕はダービー馬だ!クロを破ったダービー馬なんだ!!)

 

ユタカさんと一緒に、世代の頂点を掴み取ったんだ!

もう、負けてられるか!!

 

『……っ』

 

後ろから息を飲む音。僕の加速に驚いた?でもまだだ、こんな物じゃないよ。

ほら、クロ。そんな所で燻ってて良いの?

 

『スペ…!』

『どうしたの?このまま負けて良いんですか?』

『……んな訳、無いけどさっ!!』

 

でもまだ何か引っかかる物があるのか、彼の声音は芳しくない。けれど流石はクロ、逃げで消耗が大きい筈なのにまだ伸びていく!

それでも!

 

『僕だって同じですよ!!』

『!!!』

 

クロについてく、クロを追い越す!よし、並んだここからだ!!

そして僕の予想じゃ、もうすぐグラスも来る筈だ。三頭並んで、そこからが本当の勝負!誰の末脚が一番強いかな!?

 

『来い。来い、来い!!』

『………!』

 

クロより一歩先に出た!そろそろかな?

クロに差し返された。まだか…っ。

また僕が先へ。グラス、まだ!?

 

『……あ、れ』

 

来ない。

それだけじゃない。

重圧が、消え去っていた。

あんなに恐ろしくて、スリルを味わわせてくれた、グラスの気配が。どこにも無い。

 

そのまま、ゴール。きっと僕の方が速かった、でもそれどころじゃない。

グラス、どこ?

 

『後ろ見てみろ』

 

クロ?後ろならもう見ましたよ、いないじゃないですか。

 

『もっと、後ろだ……』

 

変な事言わないで下さいよ。グラスがそんなに遅れる訳……

 

 

『はっ…は、ぁっ……!』

 

 

……遅れる、訳が……。

 

 

『………すみま、せん。こんなに、遅れて、しまいました』

 

 

───うそ。

嘘だ。

あんなに強かったグラスが。

どうして。

 

『痛むか?』

『ご心配なく、そういうのは全然……です、が』

『衰えて当たり前だ。寧ろ、よくここまで我慢して治したな。偉いぞ』

 

いつの間にかクロが寄り添い、グラスを気遣っている。僕の知らなかった、いや知ろうとしなかった事で、彼を気遣う。

……勝ったのに。勝った筈なのに、惨めだ。

 

『なんで』

『スペさん』

『こんな状態で、なんで勝負なんて受けたのさ!?』

 

堪え切れずに叫ぶ。こんな形の勝利なんて、欲しくなかった……!

 

『そんな有様で勝ちを譲って、僕を慰めたつもり?冗談じゃないよ!!』

『スペ!』

『クロは黙ってて!!!』

 

分かってる、クロの言いたい事もそれが正しい事も分かってる!でもこれは、僕とグラスの問題なんだよ!!

そんな僕の一喝を境に、場を制する沈黙。それを破ったのは、徐に口を開いたグラスの言葉だった。

 

『“今”のボクを、知りたかった』

『……は?』

『夢ではなく、現実を見たかったんです』

 

そう宣って、こちらを射抜く瞳はどこまでも鋭く。一瞬気圧され、でもすぐに押し返す。

 

『……それで?見れたの?本気も出さないまま?』

『あれが、今のボクの“全力”です』

『嘘だ!!』

『じゃあ、貴方の知ってるボクの全力って何ですか!』

 

今度こそ押された。続く言葉も無く、ボクは完全にグラスに気圧されてしまった。

その叫びに込められた悔しさが、本物だと分かってしまったから。

 

『スペさんの知るボクの全力なんて、まだデビューもしてない半年以上前の事でしょう。その頃とは何もかもが変わってしまってるのに……縛られないで下さいよ!』

『縛られ、る…?』

『そうです、貴方は縛られてる!過去の屈辱に、ボクの影に!その影は、ボクなんかじゃないのに!』

 

図星を突かれた気分だった。ハッとしてクロの方を向けば、彼もまた無言の頷きで返してくる。

またもや、気付けてないのは僕だけだったんだ。それを、グラスは。

 

『でもボクは、諦めない』

 

それでも、と。俯いた顔に、メラメラと滾る瞳を浮かばせてグラスは呟いた。その姿に、どこか覚えがあって。

……ああ、そうか。

今のグラスは──それこそあの日、グラスに負けた僕なんだ。

再起を誓い、復活に進み続ける意志がそこにあったんだ。

 

『なぁ、スペ』

 

前からまるで逆になっていた状況に今更気付き、茫然となっていた僕に語りかけたのはクロ。その声音は戒めるようでいて、僕を慮っていた。

 

『グラスを、見縊ってやるなよ』

『見縊る…?僕、が?』

『あぁ。さっきまで、今のレースで手を抜いたと。グラスをそういう奴だと思っていただろ』

 

違う、全然違う。そう、クロは語る。

 

『グラスはいつだって全力だ。俺達の喉笛を噛みちぎる為に、いつだって全霊だ。それが示す意味は、分かるな?』

『……!』

 

途端、怖気。

そうか。僕を追ってくるグラスは、こんなにも……!

 

(恐ろしい…!)

『怖いですか、スペさん』

 

尚も僕の心を見透かしたように、グラスは嘯く。それで我に返った僕は、漸く睨み返す事が出来た。

 

『あの時、ボクが貴方に抱いたのも、同じ感情でしたよ』

『……そうだったんだ。じゃ、似た者同士だ』

『アハハ。そうかも知れませんね』

 

怖い、怖い、恐ろしい。でもだからこそ、跳ねつけてやりたい。真正面からぶっ飛ばしてやりたい。

遅れて出て来た対抗心と克己心が、僕をグラスと対峙させた。これでやっと、対等なんだ。僕とグラスは……!

 

『……あーあ。お前ら見てたら、俺にも火が着いちまったよ』

『クロも?』

『さっきまで蚊帳の外だったのに。寂しくなっちゃいました?』

『舐めんな、俺だってサラブレッドの端くれだ!!今熱くならずにいつなるってんだ』

 

そう言いながらクロは、僕とグラスと向かい合うように歩み寄って来たけれど。

端くれだなんてそれこそ冗談。君は、僕とグラスの共通の目標。最後に倒すべき相手(ラスボス)でしょ?

 

『僕は、一番になる』

 

だから誓う。二頭(ふたり)の見ている前で、宣戦布告するように。

 

『クロもグラスも倒して、最強になる!』

『ハッ、日本一(いちばん)ってか。お前はそうでなきゃな、スペ!』

『ならボクは不屈。貴方達が何度立ち塞がろうと、何度だって超えていく不屈を示してみせます!』

 

グラスの宣言が飛ぶ。僕に負けない意気を込めて、僕たちに突きつけるように。

そして最後は、クロ。

 

『だったら俺は、風になるか』

『風?』

『あぁ、誰よりも速く強い風だ。ニンゲンの夢も負かしたお前らの無念も、皆纏めて運ぶような強い風。それになって、いつかは世界だって変えてみせるさ!!』

『世界、世界ですか!ハハッ、大きく出ましたね!』

『言うは易し、(おこな)うは難しって言うだろ?つまり、言いさえすれば後はやるだけって訳だなガハハ!』

『またクロが変な事言ってるよ……』

『なにおう!?』

『やりますか?』

 

燦燦と照りつける太陽の下、僕達は笑い合い、苦楽を分かち合った。その絆を胸に、次の場所へ羽ばたく為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕達の誓いは、叶う。

 

 

僕は日本一になれた。

 

グラスは不屈を見事に示した。

 

クロも……風に、なった。

世界を、変えてみせた。

 

 

 

 

叶えたのに。

 

どうして。




1期スタッフ「ノーザンF空港牧場で、クログラスペが併せ馬して嘶き合ったエピソードがあるらしい。脚色してアニメ化したけど、本当はどんな会話したんやろか」
神様「お前の解釈で合ってるで」

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