今年の新入生は豊作だ。
いや言い方が不味いか。兎にも角にも、新しい才能達が群雄割拠で目覚ましい。ライバル達に恵まれた幸福な時代であると同時に、強大な相手に何度も立ち向かわなければならない不幸な世代とも言えるだろう。
かのグッバイヘイローの娘にして、既に人望高く他者を従える王威。
世代の王者へ、キングヘイロー。
一見軽薄ながら、その裏は堅実。煙に巻くだけ巻いて、己1人で目指すは頂点か。
青空を仰ぐ奇策士の卵、セイウンスカイ。
その器は日本には狭過ぎるようで。もっと外へ、もっと上へと強欲を魅せる。
世界を駆けんと羽撃く若鳥、エルコンドルパサー。
テイオーと同じ運命を感じた、最後の大物。
絶対を継げるか、ツルマルツヨシ。
そして。
「正直に言って、あの世代が羨ましいよ」
「あらルドルフ。それは贅沢な願いってものじゃない?」
「これは手厳しいな」
稀代の才能、言い表すは“ワンダー”以外に無し。
不退転の覚悟を胸に、グラスワンダー。
目指すは国1番。誇りを胸に、未来を見据えるホープ。
日本一の約束へ、スペシャルウィーク。
「そうそう。スペちゃんとグラスちゃんは特に気になるのよねぇ、私」
そう言いながら紅茶を嗜むマルゼンスキーは、ウマ娘によくある“運命の繋がり”を彼女に抱いているのだろう。私もまた後者2人に特に関心を抱いているが……彼女とは、少し異なる理由でだ。
「スペシャルウィークとグラスワンダーは、何かを探している」
「……それは生徒会長として培ってきた相バ眼かしら?」
「胸を張るような事ではないけどね」
苦笑しながら、思い出すのは二者面接。2人それぞれと相対した時の事だった。
「「欲しいモノがあるんです」」
異口同音。時も場所も異にしていながら、“トレセン学園に来た理由は?”という問いに一言一句違わず答えた2人。
スペシャルウィークの紫電の瞳は光に、グラスワンダーの紺碧の瞳は影に染まっていたという違いはある。けれど彼女達は間違いなく、このトレセン学園に同じ物を求めてきているのだと察する事が出来た。
「聞けば、2人とも旧知の仲だという。ならば都合が良いと、そう思っていたんだが……」
「……ああなるなんて、ねぇ」
「その折りには、君とアマゾンには迷惑を掛けたな」
同じ頃に本格化が始まる子達で配分されたクラス。そこに集められた、先述の5人。彼女達はお互いに高め合い、切磋琢磨を重ねていくと思っていた。
だがその期待は、その日の内に瓦解する事となる。
「エルちゃんが倒れるなんてねぇ……」
目撃者によれば、スペシャルウィーク・グラスワンダーと会話していた時にそれは起こったという。症状は過呼吸、原因不明。側で聞いていた証言者曰く、特に過激な言葉や激しい口調などは無かったらしいのが疑問を加速させた。
エルコンドルパサーだけではない、セイウンスカイとキングヘイローも体調を崩している。ならばと、快復を待ってから本人達3人に話を聞いたのだが……
「………言いたく、ないです……」
「ごめんなさい生徒会長さん。これ、私たちの問題なんで」
「ただ言えるのは、スペさんとグラスさんに非は無いって事だけです。むしろ
「彼女達に何があったんだろうか」
「今考えても詮無い事よ。今はもう大丈夫なんだから、切り替えていかなきゃ」
「……そうだな」
少なくともあれから、スペシャル君達に異常やいざこざは見られていない。全員仲が良く、切磋琢磨を重ねる姿は初めに期待した通りで微笑ましい。
だがそれでも、原因は不明のままで……そして、手の出しようがないのがもどかしかった。
「……イカンな。注意散漫、集中が乱れている」
「あら、皇帝サマの珍しい隙ね。元祖怪物としては、どうしても突きたくなっちゃうわ」
「はは、勘弁…」
そう言いながら席を立ち、ジャージに着替え始めた。私もウマ娘の端くれだ、こういう悩みは走りで吹き飛ばそう。
「少し公道を行ってくるよ。エアグルーヴが来たら連絡をくれ」
「りょ!遅めのアフタヌーンティーでもキメて待ってるわね」
ありがとう、とだけ言って外へ出た。ストレッチを一通り済ませてから走り出せば、嗚呼。
「ふっ、ふっ、ふっ──」
やはり私も、どうしようも無くウマ娘だ。トゥインクルシリーズを引退し、ドリームトロフィーリーグに移籍してレースから離れ気味になった今でも、身体は疾走を求めていた。その渇きが今、軽いランニングという僅かな水を得た事で顕在化している。
「っ、ふぅッ───!!」
まだだ。まだ終わってなどいない。皇帝の伝説を終わらせて堪るか。
本格化など関係あるものか。私は私だ、シンボリルドルフだ。唯一、絶対を宿した最強のウマ娘なのだ。
日本だけの井の中の蛙じゃない、例え世界に出ても、本当なら。
そうだ!私なら、あの“門”でさえ………!
「……いや、違うな」
瞬間、冷え切る頭脳。鼓動は収まり、衝動に代わって理性が体を支配する。
きっとこれを、人は「諦め」と呼ぶのかも知れない。
「過去は、過去だ」
私の夢はあそこで終わったのだ。今の私は、今の夢を追わねばならない。“全てのウマ娘の幸福”という理想へと。
その為には……こんな欲望は、不要だから。
「そもそも、私は門を叩く権利すら無かったじゃないか」
海外初戦での惨敗。そこにifは無く、ただただ私の情けなさが全ての原因であり結果だから。その程度の障害を超えられなかった時点で、門の向こうを目指すなど笑い話にもなりはしない。
そう言い聞かせるように、口ずさむ。
それでも──嗚呼。
「……くそっ」
これではダメだ。下級生には見せられない。振り払え。今、すぐ。
新規生が入学してからまだ2ヶ月だぞ。こんなザマを見せて良い訳が無いだろう、シンボリルドルフ!
自然と足の回転が速くなる。走りへの渇望を抑える為に、走りを拒絶する為に走る矛盾。それでもこうせずにはいられない、ウマ娘のサガが忌まわしい。
私は強者だ。走りなど関係なく強者で、そう在らなければならないから。ならやるべき事は一つの筈………!
そう、思っていた。
その時の事だった。
もはや反射。不随意行動。そうとしか形容ができないくらい、私の顔は急にそちらへ向いた。何かに引き寄せられた気分だった。
通りがかった公園のグラウンド。2人のウマ娘がそこにいる。
1人はシリウス。かつての幼馴染。
そして、もう1人は……誰だ?
綺麗な青鹿毛だった。流石にラモーヌ程ではないけれど、艶やかな漆黒が夕陽を浴びて輝いていた。
見覚えなんて無い。学園内で見かけた事も無い。接点などある筈が無い。
そもそもシリウスの派閥の娘ならば、尚更私と関わりなど薄い筈で。
なのに。
何故、こうも惹かれる?
気が付くと私は、フェンス越しに彼女へ手を伸ばしていた。
「3、2、1……ッ」
「っ!」
微かに捉えたその声と共に、並んだ2人は駆け出した。シリウスが当然のように前を行き、後ろのウマ娘を誘う。さぁ来いもっと来いと背中で煽る。
けど、彼女は。
「んーと……」
意に介さず後方へ。追随する気配も無いまま、ズルズルと離されていく。勝負を諦めたのか?こんな早い段階で?
しかし次の瞬間、それは一挙に覆された。
「よっ…とォ!!」
「!!!」
唐突な、加速。それはただのスパートと呼ぶには早過ぎて、ロングスパートと呼ぶには急過ぎる。並のウマ娘なら、あんな走り方をすれば末脚が最後まで続かない。
だが彼女は、違ったのだ。
シリウスの背まで届いた瞬間、更に加速した。
「は…?」
二段スパート?
それも、あのオグリキャップを思い出させるような……だがそれだけじゃない。オグリキャップと違って、
何だ。何だその走りは。
私の知らない走りだ。私に無い物だ。
まさか。まさか、私には
それを持っている君ならば……?
握りしめた金網が軋む。忌まわしい忌まわしい、すぐにでもあの併走に参加したい。それを阻むこの壁が忌まわしい。
2人が並ぶ。シリウスの横顔に、微かな焦りが見えた。
羨ましいんだ、シリウス。何故私もそこにいないんだ。私も走らせてくれ。そのウマ娘を
彼女は。彼女は、私達の夢を継いでくれるかも知れない存在なんだぞ……!!
「……っ」
「?」
やっと気付いてくれた。シリウスの視線がこっちに向いてくれた。そうだ、私はここにいる。終わっちゃいない。私もすぐそこに───
は?
何故逃がす。
何故彼女を手放す?
やめろ!行かせるな、自分のやっている事が分かっているのか!!
「新入りにそんな顔見せられるかよ、皇帝サマ」
「……何だと?」
彼女をみすみす帰らせたシリウスの言葉。それを受けて、私は漸く自分の状態を把握した。
握り締められ、歪んだフェンス。
食い縛られた事で裂け、血が垂れた口元。
そして、すぐそばの水溜まり。近くの水道の蛇口から流れ出したそこに映っていたのは、青筋を迸らせ血走った私の顔。
……なんて、事だ。
「こんな顔をしていたのか、私は」
「ああ。
得意げな声音とは裏腹に、シリウスは渋面を浮かべていた。意図は分からない、だがこの遭遇は彼女にとってはあまり良くない物だったらしい。
だが、それでも聞かずにはいられないんだ。
「彼女は……誰だ?」
「いずれ知る事になるさ」
「今だ。今教えろ」
「ッ……いいや、ダメだね。折角鴨がネギ背負ってきたっていうのに、わざわざライオンにくれてやる阿呆がどこにいる?」
そう言って踵を返す背中を、私は睨む事しか出来ない。だがその億分の一でも通ずる物があったのか、シリウスは中途で歩みを止めて一言。
「転入生だそうだ。名前は知ってるか?」
「……クロスクロウか!名前だけは聞いていた」
「そうか、クロスクロウか……良い事聞いたよ」
「彼女で何を企んでいる?」
「さぁてな」
会話はそれっきり。今度こそ、シリウスは自身の帰途に就いてしまう。
だが……なるほど、転入生か。なら私にもチャンスはあるという事だな。
「好きにはさせないぞ、シリウス」
彼女は私のモノだ。
彼女こそが、私の