また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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ウンスのオーナーは、本来は菊花じゃなくて秋天を視野に入れてたらしいですね(Wiki調べ)


【Ep.30】選択!

栗東トレーニングセンター、臼井厩舎。

朝日杯馬にして皐月賞馬であるクロスクロウと、それを破ってダービー馬の座に輝いたスペシャルウィークを擁し、今年度の牡馬二冠を得た今最も勢いのある厩舎だ。

その会議室で集まった顔ぶれが、5人。

 

1人。この厩舎を率いる臼井寿彦調教師、その人。*1

 

2人。クロスクロウの馬主、宮崎雄馬。*2

 

3人。宮崎の娘にして将来のクロスの馬主内定、宮崎美鶴。*3

 

4人。現在GⅡ以下のレースにおけるクロスの鞍上を任された新人騎手、生沿健司。*4

 

5人。今の競馬界を牽引して来たレジェンド、奥分幸蔵。*5

 

「まぁなんや。これからの事を話す為に集まってもろたんやけども」

 

口を開いたのは臼井だった。他の4人を見回してから、バンと叩いたのはホワイトボード。

そこに書かれた2行の文字列を指差し、彼は言った。

 

「菊花賞と秋天、クロスクロウをどっちに進ませるか!そろそろ白黒つけようや!!」

「クロだけにっすか?」

「やかましゃー!!」

「に゛ゃー?!」

 

全力投擲されたペンに頭蓋を穿たれ、生沿がひっくり返る。それを見ていた美鶴は、思わず微笑を漏らしてしまう始末。

 

「最近クロスは白に換毛し始めていますからね。それも踏まえると、白黒付けるとはまさしく……たははっ」

「奥分さんまでやめて下さいよ……」

「と、戯れはここまでにして、です。美鶴ちゃん、本旨は分かってるかな?」

「は、はい!三冠最後をスペシャルウィークちゃんと競うか、それとも秋天であのサイレンススズカへ挑むか、ですよね?」

「うんうん、よく勉強してる。流石はトウさんのお孫さんだ」

 

まるで祖父のように優しい目線を向けてから、ホワイトボードに歩み寄る奥分。そのまま菊花の隣に「3000」。そして秋天の隣に「2000」と書き込む。

 

「これはそれぞれのレースの距離だ。さて、区分としてはどうなるかな?」

「えぇと、2500からが長距離だから……菊花が長距離、天皇賞・秋が中距離とされています」

「正解だ。特に秋天の方はマイルとの境界に近いから、どちらを選ぶかにおいては距離適性の見極めが重要になってくる」

 

そう言いながら更に書き加えていく奥分の手。その手が止まったのは、秋天に「古馬混合」と記した時の事。

 

「長距離適性が無いにしろ、何か他の理由があるにしろ。秋天(こちら)に進んだ馬は、菊花に進んだ馬達より先にここで“古馬の壁”に打ち当たる訳だ」

「古馬の壁、ですか?」

「あぁ。余程突出した若馬でも、運と機を掴まない限り跳ね返されてしまう壁だ」

 

そう言いながら、奥分の脳裏に浮かんだのは苦い思い出。かつての皇帝(あいぼう)と共に挑み、無敗記録を終わらせてしまったジャパンC。

 

「…ルドルフなら、やりようもあった筈なんだけどなぁ。完全に私の落ち度だよ……」

「あのー」

「っ、すまないね。まぁ私にも苦い思いで残ってしまうぐらい、古馬と3歳馬の間には本来大きな差があると思ってくれ」

 

でも、と言って。奥分は会議室を見渡す。

そして、告げる。

 

「クロスクロウ号は、その壁を充分打ち抜ける力があると思っています」

「「「!!!」」」

「ダービーで気付きました。あの馬の底力は半端じゃない。結果こそ負けですが、それは私が活かしきれないのが問題であって……その問題も、生沿君が乗り変わればきっと解決する」

「メガマワル~……えっ何すか?」

「このすったこ!」

「あ゛ばッ」

 

話を聞いていなかった生沿、再び撃沈。怒ってますけど臼井さん、原因は貴方ですよ。

そんな漫才を横目に、奥分は己の結論をここに表明した。

 

「この事から私は……クロスクロウは、毎日王冠を通して天皇賞・秋に進むべきだと思っています」

 

何か異論は?という視線を向けたのは1人。そう、この案に反対するとしたら現状1人しかいない。臼井は賛成だし、生沿はレジェンドに盾突く度胸は無いし、美鶴は無知だし。

だから問題は、残る宮崎雄馬ただ1人なのである。

 

「宮崎さん。貴方は、まだ三冠を目指していますか?」

「ああ」

 

迷いは無い。奥分は一つ嘆息し、臼井と生沿は顔を見合わせた。

 

「えぇと……クロスクロウは、長距離には向いてないんですよね?」

「飽くまで奥分騎手個人の推測では、だ」

「黙ってろクソ親父」

「……」

((マジで黙った!?))

 

鉄面皮のままショボン……というオーラを分かり易く纏った宮崎に、臼井と生沿は揃って驚愕*6。それに構わず、美鶴は続いて疑問を呈した。

 

「私としては…天皇賞・秋にクロスクロウを進ませる事に異論はありません。ですけど……」

「何か思う所があるのかい?」

「このダメ親父がマスコミに『三冠を目指す』って言ってしまってるので、それを破っちゃったら不味いかなぁと……あとはクロスクロウがどう思うかですね」

「マスコミに関しては問題あらへん、精々宮崎──親父さんの方な──のメンツが若干潰れる程度でこっちはノーダメや。で、クロスクロウがどう思うか、とは?」

「んーと……」

 

何かを言おうとしてはやめ、でももう一回言おうとして。それを幾度か繰り返してから、観念したように美鶴はその考えを口にする。

 

「若葉Sと皐月賞、日本ダービーを見てきて、そして調教風景を見せてもらって思ったんですけど……スペシャルウィークちゃんと一緒に走るクロスクロウって、とても楽しそうなんですよね。もしスペシャルちゃんが菊花賞に進むんなら、クロスクロウもそうしたがるんじゃないかって」

「そうなん?生沿」

「断言しかねるっす。楽しそう、とは思うっすけど……」

 

最近調教でよく跨っていた生沿は悩むばかり。鞍下から実際、スペシャルと共に走る時のクロスの調子が上がっている事はデータだけでなく実感から把握していたが……新人騎手としてのキャリアの薄さが、彼から自信を奪っていたのだ。

素人である美鶴の意見、そしてクロスと相性の良い生沿からの提言。それらを踏まえて、クロスの気持ちが分からない奥分は顎に手を当て思案する。馬主の意向が不明瞭な以上、調教師・騎手の判断を押し通すのは容易いし「馬の意見」とかいう判断基準そのものが曖昧な物は選択要素になり得ない。

……だが。クロスクロウの賢さ、そして彼が選んだ作戦がこれまで功を奏してきた実績をこの身で感じてきた奥分は「もしかすると」を捨てられなかった。

 

「……そうだ」

 

停滞した場の空気を変えたのは、やっと沈黙をやめた宮崎雄馬だった。

 

 

「クロスクロウに、選んで貰えば良いじゃないか」

「………は?」

 

 

 


 

 

 

逃げは長距離に向かない。

当たり前の話だ。スタミナが重要になる局面で、スタミナを大事にできない走りが効果的でないなんて当然が過ぎる。

 

(3000m……)

 

ダービーより600も長く、皐月賞と比較すれば1.5倍にもなる。そんな長期戦を前にしたら、他の子達は皆脚を溜める走りを選びたいと思うだろう。

 

 

 

 

だから。

 

『っ………はぁ!!』

 

そこを、突く。

 

駆け抜けた目標。オレに乗ってたタテミネさんは、暫くしてから喜びを露わにした。

 

「…よし!これなら、」

『えへへ。上手くいきましたかね』

「勝てるぞスカイ。この調子で……!!」

 

よーし上々!エル君達は別のレースに行くらしいから最近は会えてないけど、これなら彼らにだって負けないだろう。

何より、クロスさんにだって。

 

「いけるか?縦峰君」

「はい、持田さん!これなら後方待機してる奴らを皆置き去りに出来ます」

「なによりだ。東大から提供された飼料もよく食って効果出てるし、東山オーナーも納得してくれている。クロスクロウから盗んだ柔軟も上手いことやってるしな」

「本当に回復早くなりましたもんね。東大パワーと柔軟の相乗効果でしょうか」

「あわよくば怪我も低減してくれると嬉しいがな」

 

ぐぐっ、と体全体を伸ばす。これをクロスさんはストレッチと呼んでたけど、タテミネさん達は「柔軟」って呼んでるみたいだった。まぁどっちにしろ気持ちいいから良いんだけどさ。

 

(敵に塩を送っちゃったねぇ、クロスさん)

 

舐めてるつもりは無いんだろうけどさ。今までオレは、あなたにずうっと屈辱を受けっぱなしだったよ。本当に大っ嫌いだよ、クロスクロウ。

でも……やっと、晴らせそうだ。

 

(お前を、お前とスペシャル君を倒して勝つ)

 

その為、その為だけの作戦。

喰らえ。喰らって、悔しさにのたうち回れ。皐月賞の後、オレがそうなったように。

 

「頑張ろうな、スカイ」

『頑張ろうね、タテミネさん!』

 

最後の一冠を獲るのは、クロスクロウでもスペシャルウィークでもキングヘイローでもない。

このオレ、セイウンスカイだ!!

 

 

 


 

 

 

あのー。皆さん。

これ、何の儀式っすかね?

 

「ほら、とっとと選べや」

 

そうは言われましても……。

目の前に並んだ錚々(そうそう)たる5人の顔ぶれ。レジェンド奥分さん、ikzi君、臼井最強氏、宮崎のおっさん、宮崎の嬢ちゃん。ってあれ!?おっさん、家族と再会出来てるやん!良かったな!!

あっ待って、もしかして俺ってば用済み……?スペが調教でいない時ってのはもしかしてその配慮?

 

「やっぱ無理ですって。幾らクロスでも、人間の言葉が分かる訳無いっすよ」

「俺もそうは思っとるんやけど、馬主である宮崎が提案して美鶴ちゃんと奥分さんが同意してもうたからなぁ……」

 

むっ、見くびってくれるなよお二方。俺のヒトソウルはにじゅ……俺享年何歳だっけ……二十代前半だ!舐めるなよォッ!!

けどまぁ、今ので大体流れは読めた。選べっつー事だな、この中から。

 

そう思って見下ろした所には、2枚のポスターがテーブルに置かれていた。

一枚には、「菊花賞」。

もう一枚には、「天皇賞・秋」。

 

……俺に委ねんの?正気か?

いや嬉しいよ?嬉しいけどさ、普通選ばんよその選択。もしこれで俺の知能が表沙汰になっても、俺が研究施設に行くより先にアンタらが精神病院に送られるまであるよ?大丈夫??*7

 

「何やその憐れむような目は!?おかしい事は重々承知しとるんや、はよ終わらせぇ!!」

『ヒェッ、さーせん!』

「臼井さん、ちょっと落ち着いて下さい。クロスの判断が揺らいでしまいますから」

「そうっすよ、美鶴ちゃんもビックリしちゃってます」

「えっ俺がおかしいん?いや今悪かったんは確かに俺やけど、えっマジ?うせやろ……」

 

叱られちゃったので、早く選ぶとしますかね。俺個人、ならぬ個馬としちゃありがた過ぎる提案だしな。スズカを救う為にも、秋天には絶対に出なきゃいけなかったんだ。

という訳で、迷うまでも無く答えは一つ。コレだぁ!!

 

「「「……えぇ……(困惑)」」」

 

突きつけたのは、2枚両方とも。右前歯で秋天ポスターを、左前歯で菊花ポスターを咥えて意思表明。要するにどういう事だって?

()()()()()()()んだよォーッ!!!

 

「却下」

『なんでじゃー!?』

 

選ばせたのアンタらやん!梯子外さんでくれよ臼井さん、良いだろ別にぃ〜!!

秋天は絶対に出なきゃいけないけどさ、菊花だって大事なんだよ!外せないんだよぉ!

 

「えっ駄目なのか?」

「中7日やぞ。干されるわ下手し」

「わ、私はクロスが選んだならそれでも……」

()()()()()()()()()()()()()()か?」

「「!!」」

 

ぐぬぬっ……だ、大丈夫だって!俺頑丈だし!チートあるし!2回ある内の1回使えばさ、ホラ!

なぁ頼むって、臼井さん。スカイが俺にバチバチに火花散らしてくれてんだよ、応えるしか無ぇだろ!?裏切る訳にはいかねぇんだよ、なぁ!!

 

ブルルッフゥゥゥ(スカイと戦らせてくれ後生だからぁ)!!」

「ええい駄々捏ねるな!二択のうち一つ、これ以上譲らへんぞ。これは調教師としての責任やからな!!」

 

ウッソだろオイ……どうやら臼井氏の決意は固いようで、突き崩せる気がしなかった。

マジか……マンボからの伝言じゃあんなにやる気出してくれてたのに、天秤に掛けるしか無いってのかよ。いっそチートの事を筆談で伝えるか?いや、馬が人語を解してる事を受け入れてもらえてるこの状況が既に奇跡なんだ。チートまで信じてくれると考えるのは都合が良過ぎる。

 

「長考してますね……」

「気長に待とう」

 

………ああ、くそ。さっきからスペの、キングの、そしてスカイの顔が思い浮かんで仕方がない。罪悪感が止まらない。

そうだ。アイツらの顔が()()()()()()()()()時点で、答えは既に決まっちまってんだ。後は表明するだけ。

その表明までが、遠い。行動に出すのが辛い。

 

でも、やるしか無いんだ。

 

 

「……そっちを選んだか」

 

 

ああ。

命には、代えられないから。

 

 

「よし───クロスクロウの次戦は毎日王冠。目指すは秋の盾で決定や!」

 

 

恨んでくれ、スカイ。

俺はスズカを見捨てられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても、意外っすね」

「何がだ?」

「ああいえ……宮崎さんは、もっと菊花で粘ると思ってました。なのにあんなに譲歩するなんて」

「……私だって、人並みに恩返しぐらいするさ」

「…?」

*1
最近生え際が後退した。クロスと宮崎の所為

*2
最近は躁気味。美鶴と会えた影響

*3
最近クロのぬいぐるみを買って()で始めた。生沿の提案が発端

*4
最近勝ち星を重ねて来ている。奥分と勇鷹のお陰

*5
最近、活き活きとしながらも寂しい目をするようになった。クロスの所為

*6
もう2人で漫才コンビ始めた方が良いんちゃう?

*7
平常運転の失礼ムーヴ




「ZERO to INFINITY」と「刹那・F(from)・セイエイ(聖永)」って似てるよね
つまりウルトラマンゼロがソレスタルビーイングに加入したらコードネームは「零・T・ムゲン」になる(謎論理飛躍)

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