【Ep.32】毎日!
セイウンスカイ
いよいよ菊花賞が近付いてきましたねぇ
こっちはまだ準備出来てないってのに。ままなりませんなぁ
キングとクロスさんとスペシャルさんはどうですか?
キングヘイロー
俺はいつでも万端だぞ!受けて立つさ
スペシャルウィーク
こっちも万全だよ!いつでも相手になります
ですよね、クロ!!
クロスクロウ
ごめんスカイ、スペ、キング
俺は菊花には出ない
スペシャルウィーク
え?
キングヘイロー
………そう、か。残念だが仕方が無いな
セイウンスカイ
……
は?
「いやぁ、あんな事を言った手前ですぐに会うのも恥ずかしいね」
「いえ、アレは味方の奥分さんとの今生の別れだったんで。今僕の目の前にいるのは、ライバルの奥分さんですよね?初めまして、生沿っす」
「言うようになったじゃないか」
隣を歩く青年は、最初に見た時からは最早別人。文字通り見違えた風格で、クロスを任せるに悔いの無い男になっていた。
いやはや、若い子の成長を見るのは嬉しいね。なんで思う私ももう歳だろうか?
しかし……アレだな。
「気負ってるのかい」
「まぁ、多少は」
そうは言っても、強ばった背筋はすぐ分かる。その様子はまるで、初めてGⅠを前にした時の私のようで……
──いや。実際、GⅠと言っても差し支えないか。この毎日王冠は。
「グラスワンダー…窓葉さん……エルコンドルパサー…海老奈さん………そして、」
クロスクロウさえいなければ、無敗朝日杯馬となっていたであろう怪物グラスワンダー。その背を駆るは、クロスへのリベンジに燃えるヒットマン:窓葉君。
その窓葉君が、最後までグラスワンダーと迷い、しかもこちらは無敗GⅠをNHKマイルCで達成してみせた怪鳥エルコンドルパサー。それに跨るのは勇鷹君と同期の海老奈君。
そして。
「サイレンススズカに、勇鷹さん……!」
そう。君は今回、君の憧れと対峙しなきゃいけないんだ。
君にイロハを教えてくれた、君自身の
「……アドバイス、欲しいかい?」
「欲しっ……あっいえいいっす!自分で考えます!!」
「うん、ギリギリ合格。その意気を忘れないようにね」
そうだ、前までならともかく今になってライバルに頼るだなんて言語道断。その事を少なくとも頭では理解出来てるようで、こっちは安心したよ。
まぁ大丈夫さ。君とクロスなら、きっと越えられるから。
例え、それが今でなくとも。
「後はターフで語ろうか。待っているよ、生沿君」
「……はいっ!!」
きっといつかは、君達なら。
だからまずは見せてもらうよ。君が今どこまで来たか、今どこまでクロスを乗りこなせるかを……!
とうとう。とうとうこの日がやって来たのデス。
グラスを破り。
セイ君に屈辱を味わわせ。
トモダチ
『とうとう会えたデスね、クロスクロウ……!』
『あぁ。初めましてだな、エルコンドルパサー』
澄ました顔しちゃって、腹立たしいデスねぇ。セイちゃんが悔しがる理由も分かる気がしマス。
デスが!
『グラスとセイ君のカタキはエルが獲りマァス!首は洗って来ましたヨネ?』
『……まぁな』
何デスか何デスか、歯切れが悪いデスねぇ。そんな腑抜けた態度、グラスに怒られマスよ!
ネ、グラス。
『えっ、あっ、うん。そうですね』
ケッ!?グラスも腑抜けてマァス!三頭中の二頭がこれって、えっ待ってエル少数派?おかしいの、もしかしてエルの方!?
『ちっ、違うんです!その、クロとまた、こんなに早く走れるのが嬉しくて。放心してたというか』
『……前から思ってたデスけど、グラスってほんとクロが大好きデスよね。そんなに好きなら番いにでもなっちゃえばどうデスか?』
『好ッ……つ、つが………!?』
『何言ってんだ、俺たち全員牡馬だろ?』
アハハ、デスよねー!グラスは確かに可愛いし牝馬だったら好きになってたと思いマスけど、でもすっごい怖いんデスよー?この前なんて、エルがちょっとサボろっかなーって思った時にはもう凄いこt
『エル』
アーッ!グラス、やめるデェス!ガチ怒りのマウントはやめてクダサイ!!エビナ-サンが落ちちゃいマァス!
『すげぇ……生のエルグラだ!俺は今感動している…!』
『言ってる場合かデェス!?早く助けて!!』
アナタが変な事言った瞬間圧が強まってるんデス!怖い!レース中の圧力に匹敵するぐらい恐怖してマス!!
『……まぁまぁ、落ち着けってグラス。今体力使うな。俺達全員、
『……挑む立場、とは?』
と思ってたら漸く止めに入ってくれたクロス-サン。デスが、その目は私たちではなくその更に向こうを見つめていて。
──ああ、あの馬デスか。
ターフを見つめる、グラスのそれより明るい栗毛の姿。
あれが。あれこそが、サイレンススズカ。
……ふーむ?
『なんというか、思ってた程の圧とかは無い感じデスね。大丈夫でしょう』
『舐め過ぎだ。全員置いてかれるぞ』
『舐める?ノーノー、いつだってエルは全力阻止デス!本気の私達に限界なんてありませんから!!』
『ええ。私も休養明けの身ですが、貴方達と一緒ならきっと…!』
『それが舐めてるっていうんだよ、残念ながら』
……ふむ。クロス-サン。
先程からのエル達に対するどこか気の抜けた態度。そして言葉。
もしかして。もしかしてデスが、まさか。
『今回のレース、エル達は敵じゃないとか思ってマセン?』
『えっ?うん』
………。
カチーン。
『…………っ』
『……あ゛。しまっ、そういう意味じゃ!……いや
あーあ。エルもう怒っちゃいマシタ。グラスも激おこプンプン丸デス。
『また、レースで』
『………ああ』
うわぁ、エゲツないマークがクロス-サンを襲いそうデスねぇ。でもこの場では一言で済ませるのがグラスらしいというか。
でもエルは違いマァス!この場で何か言ってやらないと気が済みませんから!!
『クロス-サン!賭け、しましょう!』
『えっ!?競馬って関係者が馬券買っちゃダメじゃ、というか俺たち馬だからそもそも買えなくね!?』
『何言ってるんデス?エルとクロス-サン、負けた方が大事な物を差し出しマショウ!』
ゾクに言う“決闘”って奴デェス!あんなに侮られた以上、もう引く気はありマセンからね?
そうデスねぇ、エルが負けたらこのメンコをあげましょうカ。クロス-サン、アナタは負けたら何をします?!
『……そうだな。何でも良いよ、マジで』
『………ホントに?何でも?』
『何でもする』
言いましたね?何でもするって言いましたね?
というかどこか上の空なのマジで腹立ちマァス!これは全力でボロボロにするの決定デス、覚えてて下さいヨー!?
『……安心しろって。その賭けは、このままじゃ
『ケ?』
『ところでマンボは?』
『観客席の屋根を見てクダサイ』
『えっ……あっいたァ!あの点か!?』
『クロス-サンがエルにブザマに負ける所、しっかり覚えて語り継いで貰いマスから!!』
『……こりゃ、本当に気合い入れなきゃなぁ』
サイレンススズカは一目見て分かった。
勇鷹さんが乗ってるからってのもある。前世で見てたからってのもある。
でも、それ以上に。
『……あれ。どこかで会ったかな、君』
浮世離れした、気配。
現実離れした、機能美。
サラブレッドとして、完成された肉体。
……なるほどな。前世で勇鷹さんが惚れ込んだ訳だよ。
(……勝てる気がしねぇ)
『えーと、芦毛君?私と君って初対面だよね?なのになんで私の方をずっとじっと見てくるの?』
『あっすみません』
『いや大丈夫だよ、怒ってる訳じゃないから』
いやぁ失敗した。多分ステゴ辺りにやってたら俺死んでたぞ。気を付けないと。
「こんにちは、勇鷹さん」
「やぁ生沿君。愛馬とは上手くいってるようだね」
「お陰様でなんとか。先日、30勝しましたし」
「……へぇ。秋天には間に合いそうで何よりだ」
『君に乗ってるニンゲンさんとユタカさん、知り合いみたいだね。仲良いのかな?』
『生沿君は勇鷹さんに弟子入りしてるっぽいです』
『へぇ、弟子……憧れるなぁ。私にとっては黒鹿毛君がそれになるのかな』
黒鹿毛君ってのが誰かは知らないが、屋根同士の挨拶が終わった所でこっちも続かなきゃ。礼節は大事、古事記にもそう書いてある。
『……サイレンススズカ先輩、ですよね』
『そうだけど、君は?』
『クロスクロウと言います。よろしくお願いします』
『……クロスクロウ?』
え?何すか?俺の顔に何か付いてます?
『クロスクロウ…クロクロ……クロ………流石に偶然だよね、うん。気にしないで』
『あっはい』
「そうだなぁ、天皇賞・秋が11/1だから……今週中に1勝すればまず間違い無いと。うん、これなら『生沿君は僕が育てた』と胸張って言えそうだ。指南役として鼻が高いよ」
「……いえ。今日で最後の一勝を掴ませてもらいます」
「……へぇ?」
刹那、鞍上の気配が一変した。
軽やかな秋の空気が、一瞬で重苦しく変わる。ヤベェな勇鷹さん、これが天才ジョッキーの本領ってか……!?
けど、ビビるなよ生沿君!誰だって出来ないけどしなきゃいけない、俺だってそうする!
「っ……あぁ、分かってるよクロス…!」
『大丈夫?無理しなくて良いんだよ』
ハハッ、笑っちまうな。あの重圧の発生源にいながら、涼しい顔して立ってやがるよススズ先輩!
((こんな偉大な先輩達が相手なのか…!))
怖い。
怖い。
心の底から恐ろしい。その気持ちで、俺と生沿君が無意識の内に同調する。
───でも、な。
(負けないぞ…!)
(あぁ、負けられねぇ…!)
勝てる気はしない。でも勝つ気で行かなきゃ何も始まらない。
だよな、相棒。
「勇鷹さん」
『サイレンススズカ先輩』
「『何?』」
「『胸……お借りしますよ』」
全力で。全身全霊で。
そして。
「『勝たせて貰いますから』」