また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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シンウルトラマン、見てきました
なんというか……ファンとして「噛み締めたい」一作だなぁと。初心者好みかは分からないけど、初心者向けではあると思う。少なくとも飽きは来なかった
流行って欲しいなぁ


【Ep.34】展望!

光の世界を走っていた。

私だけの、私の為だけの世界。誰も入って来れない場所で、自由に。

エアグルーヴですら立ち入れないここに入れば、もう誰も私の邪魔は出来ない。

 

筈だった。

 

一頭(ひとり)

彼だけは、違ったらしくて。

 

『サイレンススズカッ!!』

 

世界を裂いた。そうとしか言えなかった。

私の後ろから、まるで景色をこじ開けるかのように。前脚の蹄が、まるで肉食獣の爪のように鋭く虚空へ食い込んで。

入ってきた。

 

『嘘でしょ…!?』

『いかせねぇ……!!』

 

振り返ると、まだ裂け目は小さくて、彼が入ってくるには狭い。でもこのままなら、確実に滑り込んでくる。そう思わせるだけの気迫がある。

逃げなきゃ。

ああそうだ。逃げか。

逃げって、こういう事か。

ユタカさんに乗ってもらってから、走るのが気持ち良過ぎて忘れてた。

逃げってつまり、他の馬から逃げる事なんだ。

 

怖い。

 

けど。

 

面白い。

 

『ここまでおいで!』

 

嬉しい。

楽しい!

凄いよ。私以外にこの場所に入ってくるなんて初めてだもの。

この景色を独り占めしたいという気持ちは勿論ある。けれどそれと同時に、誰かと共有すればどうなるかと考えた事もあった。

でもそんな考えはすぐに無くなった。だって、独りじゃなきゃ景色は掻き消えてしまうから。誰かが入ってくると、瓦解するから。前提が成立しないから。

 

でも。君は。

君となら。もしかすると。

 

けど今回はごめんね。もう時間が無いみたいだから、ここまで。

 

《“逃亡者”対“追跡者”!だが!だが今回は!少なくとも今回は!グランプリホースの貫禄ッッッ!!》

 

勝った。でも今回得た一番大きな物はこれじゃない。

振り向くと、芦毛の顔がすぐ横にあった。もうここまで来たの?凄い!

 

『逃げはダメだ……張り合いようが無ぇ。ならいっそ最初から…』

『君、次は?』

『ゑ?』

『次も一緒に走ろう!』

 

私は楽しかったよ。君もそうでしょ?そうに決まってる。

君とあの景色で、また。

 

『ねぇ教えて!強いんでしょう?次のレースも一緒に走ろう?!』

『……あっ、左旋回癖かコレ

『どうなの!?』

『アッハイ。先輩が出るなら出ますよ』

 

逸る気持ちのままに、芦毛君──クロ君の周りをグルグル、グルグル。するとその思いが通じたのか、彼はまた一緒に走ってくれると約束してくれた。

やった。こんなに楽しい事なんて初めてだもの。

 

『えっと、つかぬ事をお聞きしますけれども。足に異常とか無いですよね?』

『無いよ?』

『……なら、良いんですがね。ちょっと同期の様子がおかしいので、ここで失礼します』

『うん!ありがとうね』

 

そう言って彼は踵を返…そうとして、立ち止まった。そして私に一言。

 

『……どこにも、行かせませんからね』

『…!!望む所だよ!』

 

ああ、黒鹿毛君。君の言う通りだよ。

彼は私を倒し得る。私に唯一追い付ける。

次が本当の勝負だからね、クロスクロウ君……!

 

 

 


 

 

 

負けた。

手も足も、出なかったデス。

 

『サイレンススズカ……』

 

侮ってマシタ。幾らマンボが世界級と言っても、エルは既に超えてると信じてマシタ。

 

『クロスクロウ………!』

 

意識してマシタ。グラスもセイ君も破った宿敵と。でも、見ている()()が違いマシタ。

 

エルは3番目。前に、二頭もいマス。

こんな悔しい事、初めてデス。

そして。

 

 

『最高じゃ、ないデスか……!』

 

 

見つけた。

見つけた!

エルの目標!エルのライバル!!

 

『クロスクロー!!』

『うぇっ!?急にどうした』

『サイレンススズカにはまた後でお礼参りしマスが、まずはアナタデェス!』

 

二頭(ふたり)が離れたのを見計らって突撃!一緒くたに挑戦状を叩きつけても良かったデスが、今回はそんな雑なマネしたくなかったノデ。

 

『まさか、まさかとは思いマスが!今回だけで勝ったとは思ってマセンよね!?』

『当たり前だろ。つーか乗り替わったばっかで慣れてない奴にマウント取る程愚かじゃねぇ』

『ノリカワッタ?』

『乗ってる人間が変わったって事』

 

ふむふむ、そんな言葉があるんデスねえ。実際エルに乗ってたヒト(マドバ-サン)はグラスの方に行っちゃって、今回はエビナ-サンっていう新しいヒトが乗ってマシタが……って、そうじゃなくて!

 

『ノンノン、そんな“イイワケ”の話じゃないデェス!例え今回エルが実力で負けてたとしても、侮るなって言葉デス!!』

『へぇ?』

『次にマイアミえる*1時こそ!エルの“()()()”、見せて差し上げマショウ!』

 

そうデス、NHKまいるかっぷ?でエルが見せたあの走り!マドバ-サンと一緒に繰り出したアレをエビナ-サンと出来れば、きっとクロス-サンにもサイレンススズカにも負けやしませんカラ!!

と、言うと。キリリと引き絞られるクロス-サンの赤い瞳。漸くエルに対してスイッチが入ったようデスねぇ……!

 

『OKだ。楽しみにしてるぜ、お前の“領域(ゾーン)”…!』

『上等デェス!!……ぞーん?』

『じゃ、俺ちょっとグラスに用あるから』

 

何デスか何デスか、ゾーンって何デスか。アーッ、隠し事するなデェス!

と、思っていた時の事デシタ。

 

 

『グラス……?』

Stay away(来ないでッ)!!』

 

 

聞いた事も無い叫び。

いつも穏やかなグラスの喉から迸った、心からの悲鳴。

クロス-サンは何もしていない。ただ呼び掛けただけだった。

なのに、グラスは。

 

『来ないで…お願い、見ないで……!』

 

そのままマドバ-サンが止めるのも振り切って逃げ去ってしまう。

これは──!

 

『っ、グラs』

『待ってくださいクロス-サン!』

『でも!』

『多分アナタが行っても逆効果デェス!!』

『!?』

 

グラスの心に一番近い所にいるのがアナタでも、私だって同じ場所(美浦)で彼と上手くやってきたんです。流石にこれぐらいの事は分かりマス。

 

『ここは任せてクダサイ!』

『っ……分かっ、た………!』

 

苦渋を噛み締めた顔を最後に、エル達は別れました。エルが目指すはグラスの消えた馬道。

 

『待ってクダサイよ、グラス…!!』

 

何がアナタを、そこまで追い詰めたんデスか。

踏み込ませてクダサイよ、いい加減……!

 

 

 


 

 

 

「ありがとうございました」

 

レース後、騎手の控え室で俺は頭を下げた。相手は勿論、勇鷹さん。

 

「勉強になりました」

「こちらこそ。というかヒヤヒヤしたよ、まさかサイレンスにあそこまで迫ってくるなんて」

 

参っちゃうな〜、と言う彼に見えないように拳を握り締めた。尊敬を以てしても、悔しさが堪えきれなかったから。

そんな俺の葛藤を、勇鷹さんは当然見抜いていたようで。

 

「勝てると思ったかい?」

「はい」

「自惚れだよ」

 

即答した。そして断じられた。

それでも俺は……!

 

「クロスの力は、サイレンスに劣っちゃいなかった!」

「自分に責任があると?」

「他に考えられません」

「それこそが自惚れだと言っているんだ」

 

再びの圧。今度こそ口を噤ませた俺に、勇鷹さんは問う。

 

「生沿君。人馬一体の境地は忘れてないね?」

「……はい」

「アレは文字通りに人馬双方の歩み寄りが不可欠だ。独りよがりな自責をしている内は全然ダメだよ」

「えっ、割ともう少しで行けそうだったんすけど」

「えっ」

「えっ」

「……だがまぁ、完成には近くはなかっただろう」

「それは間違い無くそうっすね」

「そういう事だ」

 

なんか変な間こそあったけど、勇鷹さんの言っている事は一言一句がその通りで。

……それでも、俺は。

 

「自分に、甘えを許したくないんす」

「…ふむ」

 

今日乗ってて、ベストを尽くした自覚はある。でもそれで負けたのは変えられない事実で、だからこそそこに甘んじてる場合じゃない。

いや、勝ってもそれは同じ事だ。進歩をやめてしまった時、俺はクロスどころか全競走馬に対して騎手である資格を失ってしまう気がした。

そしてその念は、クロスだからこそ一層強まって。

 

「クロスと乗った時に見える世界を、もっと広げてやりたいんです」

 

アイツをもっと先に連れてってやりたい。

奥分さんが鞍上じゃなくとも、俺みたいな素人を乗せてたって勝てるぐらい凄い奴なんだって。

世界に、見せつけてやりたいんだ。

 

「………生沿君」

 

それを受けて、勇鷹さんは。

 

「レース後、クロスは熱かったかい?」

「へ?ああいえ、他の馬と同じくらいでした」

「脱水症状などは?」

「無かったです」

「そうか」

 

俺の肩に、ポンと手を置いて。

 

「そのまま、秋天までおいで」

 

一言、そう言った。

……挑発?

 

「っ、はい!!」

 

だったら俺に、受けて立つ以外の選択肢なんて無い。

勢いよく頭を下げた。感謝と闘志が、その背に伝わるように。

 

 

 

 


 

 

 

「やぁ奥分さん。本日はどうも」

「まずはおめでとう。異次元コンビ、見事な逃亡劇だった」

「いやはやお恥ずかしい……で、本題は生沿君ですよね。彼はどうでした?」

「“異常”だよ。良い意味で」

「……ダービーより速い上がり、それも逃げからの追い込みだったのに、クロス号の消耗は以前より遥かに軽かったようです。彼らの相性は僕らの想像を超えているのかも……」

「悔しいなぁ、悔しいなぁ。私が生沿君だったらなぁ。なんてね、ハハハ」

「目がマジですよ」

「………本気でそう思ってしまう程度には、思い入れがあるからねぇ」

「その分、期待して貰って構いませんよ?次の秋天では凄い物が見れるかも」

「君達が勝っても生沿君達が勝っても胸を張れるって算段か」

「そりゃあ……生沿君は僕が育てましたから」

「言うじゃないか、“天才”」

「貴方にはまだ及びませんよ、“伝説”」

*1
相見える




M八七を聴きながら執筆するのがマイブームです。騎手が求めれば、彼らは強く応えてくれるのだ(一部除く)

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