また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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クロの固有に「ロード」を入れるつもりだったけど、パーマーに先越された問題


【Ep.36】非似!

その馬達は本当に真逆だった。

 

 

 

 

 

 

 

彼と初めて出会ったのは1997年2月の新馬戦。前を行く君を、後ろから見ていた。皐月もダービーも全部持って行かれると、心から恐れた。きっとこの時から、僕は君に魅せられていたんだと思う。

でもそこからの君はどうにも伸び悩んで。寂しさにゲートを潜り出遅れた弥生賞、条件戦を勝ち上がって挑んだダービーでの苦戦。天皇賞秋の惜敗に、マイルチャンピオンSでの屈辱。

皆、もうその頃には君に見向きもしなかった。でも僕は、知ってたよ。君が大成するって。

最強馬になると、信じてたんだ。最初から。

だから君の鞍上が空席になった時、真っ先に志願したんだ。

自由な君には誰も追いつけないから。

 

「こんにちは、サイレンススズカ」

ヒン()……!?」

 

厩舎で顔を合わせた日の事を今でも覚えている。運命に出逢ったんだと直感した。今までレースで合間見えた時とは余りにも違い過ぎた。

嗚呼、なんて素晴らしい馬なんだろうか。

 

「拓勇鷹っていうんだ。よろしく」

「……ブル(ああ)ブルルルッ(エアグルーヴの相棒さんですよね)プルロロ(でも、どうしてここに)

「君に跨りに来た」

「!!」

 

手を伸ばすと、思わずたじろいだ君。申し訳なかった、でもこうせずにはいられなかったんだ。

そっと、首筋に触れる。

 

「……凄い」

 

口にした感想は、それだけ。それしか出せなかった。

凄まじかったから。触れた瞬間、君の全てが流れ込んでくるようだった。本当に運命の相手だったんだと、心の底から納得出来た。

それは君も、同じだったのかい?

 

「……ヒィ(貴方)()…!」

 

拒絶の色の無い、それどころか興味を示したように寄せ付けてくる。そうか。やはり、君と僕は。

 

 

 

そこからは早かった。

香港で君をより強く知ってから、もう負ける気がしなかった。

バレンタインS。臆する要素が無かった。

中山記念。君の力に気付き始める人が出始めた。

小倉大賞典。もう誰にも止められない。止めさせやしない。

金鯱賞。やっと世界は君を知った。

 

君が進化する。

僕が進化する。

君と僕の進化が同調する。

人馬一体が()()()()()()完成していた。意味が分からないくらい相性が良かった。これを運命と呼ばずにどう形容する?

 

嗚呼、だからこそ残念だ。

君に最初にGⅠの冠を被せてあげたのが、僕じゃなかった事が。

エアグルーヴの主戦である事に文句は無い。彼女もまた君に負けないぐらい名馬であり、だからこそこの二頭の二択だけは避けたかった。でも避けられない物はしょうが無いじゃないか。

 

でも──僕のそんな思いなんてどうだって良い。

宝塚記念。おめでとう、サイレンススズカ。異次元の逃亡者、ここに爆誕だ。

そう厩舎で告げると、君は丁寧に顔を舐めて鳴いてくれた。

 

『次こそ……次こそ、一緒に…!』

 

何と言っているのか、なんとなく分かるよ。ありがとう。

そうだ。今度こそ、一緒に。

君と、一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、もう一頭。

その出会いは、キャンペンガールの1995への騎乗を打診された事が切っ掛けだった。

調教を見せて貰いに訪ねた臼井厩舎。通り掛かりに見かけた、厩務員に引き摺られ……

 

ブヒィイィィン(うおおおおお情けない成績で終われるか)ブルルォォォオオオオ(もっと走らせルルォオオオオオオおおお)!!」

「待っ……ちょ、待って…死ッ………」

「───あの、アレは」

「頼むからノーコメントで頼むわ」

 

否、厩務員を引きずり倒す黒い馬の姿。

臼井さんは目を伏せてそう言うけれど、見かけてしまった側としてはとてもじゃないが無視できない。いやだって厩務員君の命が危なくないアレ?

……というのは、単なる無自覚の言い訳だったのだろうか。今となっては、自分でももう分からない。

けれど一目見たあの時、言いようの無い()()()が総身に迸ったことは事実だったと断言出来る。あの悪寒の正体を、今でも探している途上だ。

 

キャンペンガールの1995──後のスペシャルウィークの僚馬。最初に知れたのはその程度の情報。

そして次に会った時は、スペシャルとの併走だった。なんと奥分さんのお手馬だったらしく、彼とご一緒させて貰っての事だった。

結果としては、スペシャルの勝利。同い年で僅差とはいえ、入厩したばかりの馬に負けるのは少し拍子抜けだったと言える。奥分さんはゾッコンだったけれど、その理由も分からないまま。

………違うな、分かる事はあった。

彼はもがいていた。溜める走り方を懸命に試みようと必死だった。

その姿に……薄ぼんやりと、僕が乗る前のサイレンススズカを重ねてしまった。

 

その後も、スペの調教で彼とよく会う日々。ある時はトレーニングで、ある時は厩舎で、その顔を合わせ続ける。

その内に、気付いた。

 

「君、人間の動きをよく見てるね」

パゥ()?」

 

彼の瞳に潜む知性に。

 

「厩務員や調教師達の所作を観察してる。それだけじゃない、そこから次に何をしようとしてるのか……行動とその意義を推し測ったりしてるのかな」

ヒゥ(いやまぁ)……フンフフン(遅れて迷惑掛けたくないっすし)

 

調教前になれば鞍を付け易い位置に佇んでいる。食事前にはバケツが空いてるのを確認し易くしている。慌ただしくなった時には、すぐに対応出来るようじっと柵前で聞き耳を立てている。

何をするでも、機嫌を悪くするでも無く。

 

「奥分さんが君に惚れた理由が分かったよ」

ピッ(えっマジ)?」

 

尋常を超えた知性を感じさせる馬。奥分さんにとって、それは()()()の経験の筈だ。

そう。皇帝、シンボリルドルフ。

 

(逸材(ルドルフ)にもう一度会えたんだな、奥分さん)

 

あのような馬にもう一度会う。それが奥分さんの今の目標だと聞いていた。

つまり彼は──クロスクロウは、“絶対”を秘めているらしい。

 

しかしここ二戦で彼の成績は奮わない。相手があのグラスワンダーというのは勿論ある(窓葉さんには痛い目を見せられてきたし)けれど、奥分さんと息を合わせる日は遠そうだ。

 

(もし僕が君の屋根なら……)

 

そこまで考えて、首を横に振る。クロス号に知性を感じたのなら、これ以上踏み入るのは寧ろ失礼だろうから。後は彼と、そして奥分さんが解決する事だろう。

 

「応援しているよ、クロスクロウ」

「………ブルルン(あざっす)

 

その日はそこまでだった。正直、知性を感じたとは言ってもそれ以上の期待は無かった。

 

 

 

 

それを僕は、12月の第一日曜に後悔する事になる。

 

(何、だ)

 

何だ、あの走りは。

 

(何だ、あの馬は)

 

一体何なんだ、クロスクロウは?

 

朝日杯。彼は見事にグラスワンダーを破って3歳王者に輝いた。見事リベンジを果たした。それは良い。

問題はその輝き方だ。

 

(あんな走りが、許されて良いのか!?)

 

傲慢な詭弁である自覚はあった。そもそも何のルールにも違反してない以上、やっちゃいけない理由が無いのだから。

でも──騎手として、黙ってられる範疇じゃない!

 

「奥分さん、アンタそれで良いのか!!」

 

インタビュー。「屋根は僕じゃない方がいい」と宣った奥分さんの姿に、テレビ越しに僕は怒鳴ってしまった。その怒りはきっと、微かな共感を覆い隠す誤魔化しに過ぎない。

 

クロスクロウは走った。奥分さんの指示を度外視し、最初から最後まで暴走した。

そして、勝ってしまったのだ。ハイペースで削られたグラスワンダーを、その狂気地味た根性で差し切って。

 

「……何なんだ、クロスクロウは」

 

怒る気力すら失せて、ソファに座り込む。そんな僕の前でテレビに悠長に映されるのは、朝日杯序盤で前に出るクロスクロウの姿。

 

それを見た瞬間。重なってしまった。

 

「………スズカ……?」

 

自由に(はし)る栗色の馬体。

自由に(はし)る漆黒の馬体。

 

なんて事だ。

そう、思うしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイレンススズカとクロスクロウは真逆の存在だ。

大逃げと追い込み。この時点で同じ分類に組み込むのを憚られるレベル。競馬をよく知る人であればある程、彼らをまず最初に正対する位置に当て嵌めるだろう。実際、朝日杯の時に()()()瞬間までの僕ならそうしていた。

 

その上で、敢えて言おう。

 

サイレンススズカとクロスクロウは、()()()()()()()存在である、と。

自由な走りを見せた彼には、同じ土俵じゃ誰も敵わない。敵う訳が無い。クロスの方はまだ人馬一体の境地に至ってないから、境地(そこ)へ先回りすればまだワンチャンスあるだろうが、いずれにせよ彼がそこに至った瞬間、スズカとクロスは等しくなる。

 

己を体現した走りを身につけた彼らは紛う事無く最強なのだ。他ならないスズカに乗っていたからこそ、分かる事だった。

そんな彼らが、もし戦えば?

 

その懸念が事実となったのは、1998年の毎日王冠での事だった。

辛うじてだった。クロス号の屋根は奥分さんから生沿君に変わっていたが(生沿君に関しても思う所はあるけれど、語るには長過ぎる)、クロスと生沿君がまだコンビとして未熟なのを踏まえると最早無いに等しい着差での勝利だった。

それを経たサイレンススズカは……とても。とても、楽しそうで。

 

「面白いじゃあないか、クロスクロウに生沿君……!」

 

勝つつもりで来た。彼らは勝つつもりで来てた。

良いじゃないか、良いだろう!

ワクワクが止まらない。僕とスズカは最強だと思っていた、でもまだなんだ。まだ僕達は成長しなければならない、まだ僕達は進化出来る!

クロスクロウ、君を打ち倒して!

 

「来い、来てみろ!栄光の景色を天皇賞で掴むのは、僕とサイレンススズカだ……!」

 

1人。クロスの過去戦を映したテレビの前で、僕は静かに闘志を燃やしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

1998年、11月1日。

来たる。天皇賞・秋。


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