花だと思いマシタ。
花が馬の形をしてる、ト。
『こんにちわ。今日はよろしくお願いします』
声すら、まるでフワッと咲いたようで。
『アノ、厩務員さん。なんで牝馬さんと走るんデス?』
『ボクは牡馬ですが』
『ケッ───!?!!?』
思わず勘違いしてしまったのは、許して欲しいデス。
だってそれぐらい、
(綺麗……)
そう、思えてしまったカラ。
グラスは面白いヤツでシタ。
牝馬みたいに大人しいかと思えば、どっしり構えて動じなイ。堅物に見えて、内側は思ったよりハッチャケてル。
そして何より、強かッタ。
『まだいきますよ。ついて来れますよね?』
『と……当然デェス!!』
走りの自信なんて打ち砕かれて、でも代わりに燃え上がったのは憧れと親近感。同時に強烈な克己心。
彼と一緒なら高め合えるという、相棒のような意識デシタ。
『楽しいデスね、グラス!』
『えぇ──!!』
『これ、ジョロウグモって言うんです』
『はぇーそうなんデスねぇ』
『……エルはクモは大丈夫でしたか』
それだけでなく、グラスは色んな事を知ってマシタ。
『アレはなんデス?』
『風鈴と言って、人間達はこれを聞いて暑さを忘れるんだとか』
『意味分かんないデェス』
『でも音が綺麗でしょう?』
『……じゃあ、アレは?』
『入道雲ですね。強い雨が降るかも知れません』
『でもジョロウグモとは違って虫じゃないデスネ』
『……そういえばそうですね。勉強し直さなければ』
この
『グラス、どれだけ努力したんデス?』
『……?この程度、苦ではありませんよ』
嘘じゃない。彼は本当に、素でそう言ってる。
すごいと、心からの思い、尊敬しマシタ。
そして、惹かれたんデス。
(グラスに、近くなりタイ)
だからこそ、走る。出来る限り一緒にいられるように。
やがて、マトバ-サンというヒトが私達に乗るようになって。新しい変化がヒトツ。
『寝てる間もグラスに会えるなんて幸せデス』
『もう、エルったら。褒めても何も出ませんからね?』
片方がマドバ-サンに乗ってもう片方が寝てる時、または両方が寝てる時。エルとグラスは、夢の中で会えるようになったんデス。
グラスもエルも何故かニンゲンの姿になってる不思議な夢で。そしてそんな世界でも、グラスは栗色の髪を風に靡かせた花のような姿形で。
美しい物だと。
離れたくないと、そんな想いは募るばかりで。
その青い瞳に、一番映るのが、エルであって欲しくて。
そんな願いを脅かす存在がいると知ったのは、冬の事。
『……あぁ。こんにちは、エル』
『ケ?どうしたんデスか死にそうなツラして』
何があったんデス?もしかしてイジメられましたカ!?
そう聞くと、彼は首を横に振って。
『…クロに、』
『クロ?』
『……いえ。大切な友人に、酷い事を言ってしまって』
それ以上の事を彼は語らなかった。その事が、エルの心を激しく掻き乱しマシタ。
誰?誰なんデス?そのクロというのは誰なんデスカ?
そんなにアナタを落ち込ませる相手とは、アナタの心に深く踏み込んだ相手というのは。
その後、グラスは
『クロ、クロ……!またいつか、次こそボクが…!!』
今度は、喜色を身体中から溢れさせて。
……なんというか、かんというか。
こう、モヤモヤ。
うん。これはアレですネ。
(ジェラシーデェス……!)
グラスの心に、エルより大きく誰かがいる。誰かがグラスの心の中で大きく踏ん反り返ってる、その事が許せマセン!そこはエルの物デェス!
そう思ったその日から、エルの目標はその“クロ”とやらになりました。そして同時に、ケガしてしまったグラスとは離れ離れに。
いやぁ、焦りマシタよ。マンボには感謝感謝デス、離れ離れになったエル達を頑張って繋ぎ止めてくれたんデスから。お礼にいっぱいペロペロしてあげました。
でもそうしている間にも、焦るグラスを救ったのはやっぱりクロで。マンボ越しに彼に牽制しようかとすら思いマシタが、そんな事にマンボを遣わすのも気が引けてやらなくて。
でも。
『グラス、今良いですか』
こうなった以上は、もう許せマセン。
『エル…ごめんなさい、ボク今は……』
ゲッソリしたグラスの顔を横に、エルは走りました。走る事で、競い合う事でグラスの気が紛れるのならと、そう願って。
でも、そう上手くはいかなくて。
『全力を尽くしたンでしょう?なら気に病む必要、無いじゃないデスか』
『違う、違うんです。それでも、本番であんな無様を晒したくなかったんです』
『そんなに……』
『クロとのレースは、特別なんです』
クロ。またクロ。
そう言ってグラスは掛かり出す。これじゃ、またいつもとおんなじデス。
『グラス、落ち着いて』
『やだ、やだ、まだダメだ。こんなんじゃ幻滅されちゃう、そんなのヤダ』
『グラス……ッ』
『クロ、クロ!ボクはまだ……!!』
届いてない。届かない。
こんな無力感が、ありマスか。屈辱がありマスか。他ならないクロに「任せて」と大口叩いて、このアリサマですカ。
夢で会うのすらもうままならない。エルに乗るヒトがマドバ-サンからエビナ-サンに変わって以降、夢の頻度はむちゃくちゃ減っていマス。多分、あと数回が限界。
くそ。
くそっ。
『グラス』
何がアナタを苦しめるんデスか。
そんなにあの敗北を見せたのが堪えましたか。
そんなに──
『
『信じて、まだボクは……ぇ?』
漸く聞いてくれタ。なんで届いたかは分からないけれど。
これが多分、最初で最後のチャンス。
『見縊られたくない、見放されたくない。そう思ってるんデスね?』
『……はい』
『エルもおんなじデスよ』
そう言うと、隣で驚いた気配。その隙にエルが先にゴールする。
振り返って、言ッタ。
『
『!』
『……と言いたいトコロデスが。それは次の機会まで取っておきマス』
その為には、まず決着を付けないと。
グラスの呪いになってる、アイツと。
エルのモヤモヤになってる、アイツと。
『次のレース──エルはジャパンカップに出マス。クロスも出る、という話は聞いてるデスよね?』
『……エル、貴方……』
もうさん付けなんてしません。本気のエルをクロスに見せてあげマショウ!
『エルはクロスに勝ちます!勝って、アイツの本性を引き摺り出してやりマス!!』
置いてかれる痛みをアイツに味わわせて、グラスとスカイと同じ場所に引き摺り落としてやりますカラ。
そうすれば、アイツにもグラス達の気持ちが分かる筈デス。それで溢れる気持ちを、絶対にグラスへ届けてみせル。今のアイツがグラスをどう思ってるカを。
そして何より。
(エルがスッキリしマスから)
もうはらわたが煮えくり返りデェス!どんだけ
『ボクは……エル、ボクは……ッ』
『良いんデス。答えはジャパンカップ後にまた』
急かす必要は無い。これはただ、エル自身の退路を断つ意味合いが強いカラ。
『待ってて下サイ』
それが最後。これ以上言う事は無いし、言える事も無い。
後はエル自身の問題ダカラ。
練習コースを去る間際、背中に受ける視線。振り向きたくなるそれを我慢して、オレはただ歩みを進めタ。
『アーッ、エル』
『マンボ、クロスに伝言を』
『マカサレタ!』
帰り、頭に停まった友人へ頼んだ。私の宣戦布告を。
『“お前にだけは負けない”、と』
『またボクは、待たせるの……?』
あらあら、エル君気合い入ってますなぁ。
かくいう私は燃え尽き症候群。菊花で灰になっちゃったよ、それはもう真っ白に。にゃはっ。
……はぁ。
『情け無いなぁ』
リベンジは出来ず。
コンプレックスも乗り越えられず。
自分で決めた目標すらままならない。
『あーあ。フラワー姉の相手に相応しい
もう何もかもに、脚が届く気がしない。空にはもう踏み込めない。
掴む気すら起こらない。
『あーあ』
溜め息ばかりが出て、全てが空虚だった。
……うん。もう、終わりにしよう。
次にマンボがクロの伝言を伝えに来たら、普通に受け取ろう。それで、全てを断っちゃおう。
なんかもう吹っ切れた。キングが話を聞いてくれて、スペさんが鬱屈を受け止めてくれたからかな。
『あーあ!クロさんの所為だー!!』
ヤケクソになって、変に元気が出た。見上げた空は青かった。
美浦配属初期のグラスは本来まだカタコト混じりですが、エル視点だと自分以上に日本に馴染んでてこう聞こえた……という事で