また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

61 / 181
枯れる事なかれ

花だと思いマシタ。

花が馬の形をしてる、ト。

 

『こんにちわ。今日はよろしくお願いします』

 

声すら、まるでフワッと咲いたようで。

 

『アノ、厩務員さん。なんで牝馬さんと走るんデス?』

『ボクは牡馬ですが』

『ケッ───!?!!?』

 

思わず勘違いしてしまったのは、許して欲しいデス。

だってそれぐらい、

 

(綺麗……)

 

そう、思えてしまったカラ。

 

 

 

 

 

 

グラスは面白いヤツでシタ。

牝馬みたいに大人しいかと思えば、どっしり構えて動じなイ。堅物に見えて、内側は思ったよりハッチャケてル。

そして何より、強かッタ。

 

『まだいきますよ。ついて来れますよね?』

『と……当然デェス!!』

 

走りの自信なんて打ち砕かれて、でも代わりに燃え上がったのは憧れと親近感。同時に強烈な克己心。

彼と一緒なら高め合えるという、相棒のような意識デシタ。

 

『楽しいデスね、グラス!』

『えぇ──!!』

 

 

『これ、ジョロウグモって言うんです』

『はぇーそうなんデスねぇ』

『……エルはクモは大丈夫でしたか』

 

それだけでなく、グラスは色んな事を知ってマシタ。

 

『アレはなんデス?』

『風鈴と言って、人間達はこれを聞いて暑さを忘れるんだとか』

『意味分かんないデェス』

『でも音が綺麗でしょう?』

『……じゃあ、アレは?』

『入道雲ですね。強い雨が降るかも知れません』

『でもジョロウグモとは違って虫じゃないデスネ』

『……そういえばそうですね。勉強し直さなければ』

 

この日本(とち)の事を、同じ別の場所から連れて来られたマル外(余所者)の身なのに教えてくれて。何より不慣れなはずの言葉を、エルよりも流暢に、軽やかに話して。

 

『グラス、どれだけ努力したんデス?』

『……?この程度、苦ではありませんよ』

 

嘘じゃない。彼は本当に、素でそう言ってる。

すごいと、心からの思い、尊敬しマシタ。

そして、惹かれたんデス。

 

(グラスに、近くなりタイ)

 

だからこそ、走る。出来る限り一緒にいられるように。

やがて、マトバ-サンというヒトが私達に乗るようになって。新しい変化がヒトツ。

 

『寝てる間もグラスに会えるなんて幸せデス』

『もう、エルったら。褒めても何も出ませんからね?』

 

片方がマドバ-サンに乗ってもう片方が寝てる時、または両方が寝てる時。エルとグラスは、夢の中で会えるようになったんデス。

グラスもエルも何故かニンゲンの姿になってる不思議な夢で。そしてそんな世界でも、グラスは栗色の髪を風に靡かせた花のような姿形で。

 

美しい物だと。

離れたくないと、そんな想いは募るばかりで。

その青い瞳に、一番映るのが、エルであって欲しくて。

 

 

そんな願いを脅かす存在がいると知ったのは、冬の事。

 

『……あぁ。こんにちは、エル』

『ケ?どうしたんデスか死にそうなツラして』

 

何があったんデス?もしかしてイジメられましたカ!?

そう聞くと、彼は首を横に振って。

 

『…クロに、』

『クロ?』

『……いえ。大切な友人に、酷い事を言ってしまって』

 

それ以上の事を彼は語らなかった。その事が、エルの心を激しく掻き乱しマシタ。

 

誰?誰なんデス?そのクロというのは誰なんデスカ?

そんなにアナタを落ち込ませる相手とは、アナタの心に深く踏み込んだ相手というのは。

 

その後、グラスは朝日杯(おっきいレース)でまたクロとやらと戦ったらしく。

 

『クロ、クロ……!またいつか、次こそボクが…!!』

 

今度は、喜色を身体中から溢れさせて。

……なんというか、かんというか。

こう、モヤモヤ。

うん。これはアレですネ。

 

(ジェラシーデェス……!)

 

グラスの心に、エルより大きく誰かがいる。誰かがグラスの心の中で大きく踏ん反り返ってる、その事が許せマセン!そこはエルの物デェス!

 

そう思ったその日から、エルの目標はその“クロ”とやらになりました。そして同時に、ケガしてしまったグラスとは離れ離れに。

いやぁ、焦りマシタよ。マンボには感謝感謝デス、離れ離れになったエル達を頑張って繋ぎ止めてくれたんデスから。お礼にいっぱいペロペロしてあげました。

でもそうしている間にも、焦るグラスを救ったのはやっぱりクロで。マンボ越しに彼に牽制しようかとすら思いマシタが、そんな事にマンボを遣わすのも気が引けてやらなくて。

 

 

 

でも。

 

『グラス、今良いですか』

 

こうなった以上は、もう許せマセン。

 

『エル…ごめんなさい、ボク今は……』

 

ゲッソリしたグラスの顔を横に、エルは走りました。走る事で、競い合う事でグラスの気が紛れるのならと、そう願って。

でも、そう上手くはいかなくて。

 

『全力を尽くしたンでしょう?なら気に病む必要、無いじゃないデスか』

『違う、違うんです。それでも、本番であんな無様を晒したくなかったんです』

『そんなに……』

『クロとのレースは、特別なんです』

 

クロ。またクロ。

そう言ってグラスは掛かり出す。これじゃ、またいつもとおんなじデス。

 

『グラス、落ち着いて』

『やだ、やだ、まだダメだ。こんなんじゃ幻滅されちゃう、そんなのヤダ』

『グラス……ッ』

『クロ、クロ!ボクはまだ……!!』

 

届いてない。届かない。

こんな無力感が、ありマスか。屈辱がありマスか。他ならないクロに「任せて」と大口叩いて、このアリサマですカ。

夢で会うのすらもうままならない。エルに乗るヒトがマドバ-サンからエビナ-サンに変わって以降、夢の頻度はむちゃくちゃ減っていマス。多分、あと数回が限界。

くそ。

くそっ。

 

『グラス』

 

何がアナタを苦しめるんデスか。

そんなにあの敗北を見せたのが堪えましたか。

そんなに──

 

()()()()()()()カ』

『信じて、まだボクは……ぇ?』

 

漸く聞いてくれタ。なんで届いたかは分からないけれど。

これが多分、最初で最後のチャンス。

 

『見縊られたくない、見放されたくない。そう思ってるんデスね?』

『……はい』

『エルもおんなじデスよ』

 

そう言うと、隣で驚いた気配。その隙にエルが先にゴールする。

振り返って、言ッタ。

 

()()を見ろッ!!』

『!』

『……と言いたいトコロデスが。それは次の機会まで取っておきマス』

 

その為には、まず決着を付けないと。

グラスの呪いになってる、アイツと。

エルのモヤモヤになってる、アイツと。

 

『次のレース──エルはジャパンカップに出マス。クロスも出る、という話は聞いてるデスよね?』

『……エル、貴方……』

 

もうさん付けなんてしません。本気のエルをクロスに見せてあげマショウ!

 

『エルはクロスに勝ちます!勝って、アイツの本性を引き摺り出してやりマス!!』

 

置いてかれる痛みをアイツに味わわせて、グラスとスカイと同じ場所に引き摺り落としてやりますカラ。

そうすれば、アイツにもグラス達の気持ちが分かる筈デス。それで溢れる気持ちを、絶対にグラスへ届けてみせル。今のアイツがグラスをどう思ってるカを。

 

そして何より。

 

(エルがスッキリしマスから)

 

もうはらわたが煮えくり返りデェス!どんだけ美浦(こっち)の気持ちを掻き乱せば気が済むんデスかアイツ!?いい加減、気持ちいいの一発ブチかましてもバチ当たりませんヨネ!?

 

『ボクは……エル、ボクは……ッ』

『良いんデス。答えはジャパンカップ後にまた』

 

急かす必要は無い。これはただ、エル自身の退路を断つ意味合いが強いカラ。

 

『待ってて下サイ』

 

それが最後。これ以上言う事は無いし、言える事も無い。

後はエル自身の問題ダカラ。

練習コースを去る間際、背中に受ける視線。振り向きたくなるそれを我慢して、オレはただ歩みを進めタ。

 

 

『アーッ、エル』

『マンボ、クロスに伝言を』

『マカサレタ!』

 

帰り、頭に停まった友人へ頼んだ。私の宣戦布告を。

 

 

『“お前にだけは負けない”、と』

 

 

 

 

 

 

 

『またボクは、待たせるの……?』

 

 

 

 


 

 

 

 

あらあら、エル君気合い入ってますなぁ。

かくいう私は燃え尽き症候群。菊花で灰になっちゃったよ、それはもう真っ白に。にゃはっ。

……はぁ。

 

 

 

『情け無いなぁ』

 

リベンジは出来ず。

コンプレックスも乗り越えられず。

自分で決めた目標すらままならない。

 

『あーあ。フラワー姉の相手に相応しい牡馬(おとこ)になるぞー!とか息巻いてた自分が懐かしいや』

 

もう何もかもに、脚が届く気がしない。空にはもう踏み込めない。

掴む気すら起こらない。

 

『あーあ』

 

溜め息ばかりが出て、全てが空虚だった。

 

 

……うん。もう、終わりにしよう。

次にマンボがクロの伝言を伝えに来たら、普通に受け取ろう。それで、全てを断っちゃおう。

なんかもう吹っ切れた。キングが話を聞いてくれて、スペさんが鬱屈を受け止めてくれたからかな。

 

『あーあ!クロさんの所為だー!!』

 

ヤケクソになって、変に元気が出た。見上げた空は青かった。




美浦配属初期のグラスは本来まだカタコト混じりですが、エル視点だと自分以上に日本に馴染んでてこう聞こえた……という事で

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。