また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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「ストックが尽きるまでにジャパンCまでは書き切ってみせる!!」

オイ……どうして……1万字を超えてる……

調節出来ないからストック尽きかけてる定期問題。まぁなんとか目標は達成しましたが


【Ep.41】覚醒!

待たれるのは嫌だった。

立ち止まらないと追い付いて来ないと、そう侮られている気がするから。

それこそが驕り高ぶりなのだと最近ようやく気付いた。侮られて当然過ぎた。

 

ボクは、脆いから。

心も。

身体も。

……弱いから。

 

強かった頃のボクはもういない。いや、そもそも存在しなかった。一回の怪我で、化けの皮は見るも無惨に剥がされた。

それだけじゃない。クロに無様を晒した。

サイレンススズカに、醜く嫉妬した。

酷過ぎる。何をしてるんだボクは?

何が「待たないで」だ。何が「貴方達と一緒なら」だ。この二つの時点で既に矛盾してるじゃないか。

追い付けてないクセに。

 

……辛い。

あまりにも現状が辛くて、恥も外聞も無く泣き喚きたかった。待たせてしまったエルにはこれ以上頼りたくなくて、絶望したスカイ君に負担は掛けられなくて。でも、誰かに頼らないともう自立すら出来なくなりそうだった。そんな自分を自覚する度に、自分がもっともっと嫌いになって。

 

そんな時に思い浮かぶのは、やっぱり貴方の笑顔で。

 

『クロ…クロぉ……ッ』

 

縋り付くのもまた無様。でも、ボクにとっての彼はまさしく拠り所だったから。

ああ、そうだ。見届けなきゃ。

クロとエルが、戦うんだもの。

エルが、クロの本音を引き摺り出してくれるって。そう言ってたもの。

 

ボクを想ってくれる二頭(ふたり)。彼らの走りを見届けるのは、背中を押したボクの義務だ。それぐらい、やり遂げなきゃ。

そう思ってボクは、ただ静かに目を閉じた。大丈夫。思いを馳せればそこに、きっと全てが映し出されるから。

 

 

どこかも分からない遠い場所。そこにボクは、願いと祈りを捧ぐのだった。

 

 

 


 

 

 

『いよいよだな、スペ』

『うん、クロ!!』

 

二頭(ふたり)して馬道を行く。行き先は分かっている、俺にとって最も苦い記憶の一つが残っている()()()()

 

『懐かしいなぁ、もう半年前か』

『へ?』

『お前が俺の先を行った、あの日からだよ』

 

そして開ける視界。さざめく芝。

ここまで来て漸く、スペもその意味を理解したようだった。

 

『ダービー……!?』

 

違う。違うけど、()()()()だな。

あの日と同じ東京競馬場。あの日と同じ2400m。あの日と同じ左回り。

 

『ようこそスペ。この日(いず)る国の栄光、ジャパンカップへ……!』

 

さぁ。あの日の俺の敵討ちだ。

 

 

 

『望む所です!……で、ヒーズルクニって何ですか?』

『そこからか〜!!』

 

 

 

 

 

さて、気を取り直しておさらいだ。

今の俺の戦績!9戦4勝、内GⅠ勝ち鞍2!2000m以上での勝利経験、無し!!

うーん改めて見ると割りかしキツいな。外からの評価的にはマイル馬だろ。俺が客だったら馬券からは外してる、まぁ俺競馬民じゃねぇから正直よく分かんねぇけど。

……と、思ってたんだが。

 

  「来た……」

「クロスクロウだ…!」

「写真写真、早く」  

「今度は何を見せてくれる?」

  「あしげキレー!」

「クロスクロウが最後に勝利したのは皐月賞、そこから7ヶ月も1着からは遠ざかっている」

「どうした急に」

「だがそれでも皆が彼に期待している。期待せざるを得ない。何故ならクロスクロウは俺たちの常識を超えている事を、超えて行く事を徹底的に教えられてしまったから……!」

「生沿気合い入れろー!!」  

 

『めちゃくちゃ注目されてますね』

『お、おう……』

 

何だこの視線の集まり方!?喧騒が凄い訳じゃないけど、なんかこう皆さん「固唾を飲んで見守ってる」感すっごいの。しかもそれが全部俺に集中しとるの、これ何かのバグでは?神様ー!デバッグはよー!!

………っと?

 

『貴様が、噂に聞くクロスクロウか』

『あっこんちくわ』

『……他の挨拶は無かったのか』

 

いやー初対面のクッッッソ美牝さんに語り掛けられて緊張しちまった。サーセン。ていうか噂って何すか?めちゃくちゃ気になるんすけど!?

 

『うわぁ、うわぁ……グラスにも負けないぐらい綺麗…!』

『比較対象が牡馬なのおかしいけど実際その通りだからなぁ』

『噂に違わず騒がしい奴らだ』

 

いやぁすみませんねホント。職業柄(競走馬)故、牝馬さんと関わり合い少なくなっちまうもんで。グラスは別腹。

んで牝馬さん、俺達に何の御用で?見た所、ジャパンCに出走するっぽいですが。

 

『要件の前に、自己紹介が遅れたな。私はエアグルーヴという。短い付き合いになるが、よろしく頼もう』

『オッス、おらクロスc……』

 

 

……んぇ?

 

 

『エアグルーヴさんっすか!?』

『うおっ!?何だ急に』

『ファンっす!俺なんか血も素質もダメ過ぎて縁無いでしょうけど、もし今後スペと縁があればよしなに……』

『まーた出ましたよ、クロの変な癖が……』

 

こらスペっ、ため息つくんじゃありません!このお方は日本史上最強牝馬と言っても過言じゃないんやぞ。この時代に牝馬が牡馬相手に暴れ回ってGⅠ獲るって普通にヤベェらしい*1んだからな!?

つーか危ねぇぇぇ!!グラスの事やらスカイの事やらステゴさんへの宿題の事やらに気を取られて、女帝さんがジャパンC出てる事を完全に忘れてた。俺ってこういう風にすっぽ抜けるからな、何とかしねぇと。

 

『お、おう……ドーベルとは少し違う慕われ方だな……』

『いやぁ、こんな所で会えて光栄ですわぁ。今日は全力で行かせてもらうんで、お願いしますね』

『そして(へりくだ)りながらも闘志は一等。なるほど、スズカが目を付ける掴み所の無さな訳だ』

 

はぇ?サイレンススズカとお知り合いで?まさかのスズグルですかァーッ?!

と聞こうとする、その前に。

 

『まずは、ありがとう……!』

 

なんか頭下げられた。あれーっ?

 

『ちょ、何すか!俺何もしてないですが!?』

『いや、あのたわけが無事帰って来れたのはお前のお陰だと聞いている!助けてくれた恩、いつか必ず返そう……!』

『いやぁやんなかったら俺が後悔しただけですし……自己満足おすし……』

 

うわーっ、何だか知らんが変な波及しちゃってる!エアグルさんに頭下げさせるとかドーベルちゃんに殺されても文句言えねえゾ。死ゾ。

 

『……そして、もしやお前が“黒鹿毛君”か?』

『あっはい…ってその呼び方、もしかして栗毛さんのお知り合いですか?元気にしてますか!?最近夢で会えなくなって……』

『アイツなら……元気、だ。お前とまた走りたいと、そう言っている』

『はー良かったです!こちらも待っていると伝えて下さい!!』

『……ああ、そうだな。待ってやってくれ、アイツを』

 

アカン、混乱で頭が回らん。自分の知らない所でのスズグルとか頭下げられた事とかがグルグルして、もう思考がグチャグチャ。某夏戦争みたいに、俺というスパコンの周囲に氷柱並べて冷やして欲しいわ。

えっ俺の頭は精々ファミコン*2?それはそう。

 

『しかし、それはそれ。これはこれだ。今回のレースでは手加減などしないぞ』

『そりゃ勿論ですよ。お互いベストを尽くしましょう。な、スペ』

 

ま、兎にも角にも大一番なんだ。ウマ娘アプリでも獲得ファン数が3万人と最大値に設定されてるレベルの大レース、本気中の本気をぶつけなきゃ失礼になる。秋天でそれをやっちまった以上、もう周りに迷惑掛ける訳にゃいかん。

……やってやるさ。

 

『えぇ!久しぶりのクロとのレースなんです、そりゃもう気合入れて……』

 

 

 

『で、そのまま死ぬか?』

 

 

……あー。

 

 

『どうも、ステイゴールドさん』

『……よォ、ペット共』

 

待っていたような、会いたくなかったような青鹿毛の駆体。

溜息が聞こえた。エアグルーヴ先輩のだった。

 

『また貴様、難癖を付けにきたのか』

『事実を言えば難癖か?お高く止まってんじゃねぇよ』

 

女帝の凄みにも臆さない。それを見て、やっぱり彼こそが噂に聞くステイゴールドなんだと再認識。あーあ、今になって()()()()で良いのか不安になってきたぞ。どうしよう。

 

『……誰ですか?えぇと、はじめまして』

『んだお前、ペットにもとうとう5号が出来たか』

『む、なんだか分かりませんけどバカにされた気がしますね』

 

何て思ってたら、スペとステゴ先輩がエンカウント。ううん、やっぱり相性悪そうだ。

……ん?

 

『お前はサイレンススズカとおんなじ匂いがする。人間が好き過ぎるバカ。()()()邪魔されないと良いな』

『何言ってるんですか?エアグルーヴさん、僕、意味が……』

『安心しろ。私にも理解出来た事は無い』

 

なんかあったよな、スペとステゴ先輩の逸話。何があったっけ?

えーと、えぇと……

 

………あっ。

 

『呑気野郎が。腹立つ』

 

そうだ思い出した!ステゴ先輩、ちょっとストップ!スペどいて!

剣呑な雰囲気を纏って歩み寄ろうとしたステゴ先輩とスペの間に割り込み。無駄に身体がデカくて良かったよホント。

 

『わっ!?』

『っ、余計な真似すんじゃねェよ4号!噛み付けねぇだろうが!!』

()()をさせない為に割って入ったんすよ』

 

ほーら、やっぱり噛み付きするつもりだった!土壇場で思い出せて良かった、ステイゴールドって1998ジャパンCでスペの尻尾に噛み付いてたんだった。

が、それを止めたともなれば矛先が次に向くのは自分で。

 

『テメェ…どこまでも……!』

『先輩、手を出したら負けですよ』

『アァ!?何だよ手って』

 

あっしまった。完全に先輩の知能に甘えてた、そりゃ普通分からんわ(前足)の事なんて。けど本題じゃないのでスルーだスルー。

 

『先輩って、なんで走るの嫌いなんですか?』

『……はぁ?』

 

投げた問いに返ってきたのは、心底惚けた応え。次いで、呆れ返った気配。

 

『走るのは嫌いじゃねぇよ。風切るのは、2号程じゃねえが気持ち良いしな』

『とすると、アンタが嫌いなのは“人間の為”って要素()()なんだな』

『当たり前だろうが』

 

分かっている。ここまではただの確認に過ぎない。

それに、これだけで先輩の思いの内を、その片鱗だけでも引き出せそうなのは僥倖だった。怖いけどな!

 

『今の俺たちは走ってんじゃねぇ。()()()()()()()よ』

『『……??』』

『案の定だ、ペット組は自覚すらしてやがらねェ。そういう所が胸糞悪い』

『今話してるのは俺ですよ』

『態度がデケェ。ペット組とは違うようだが、別方向で嫌いだ』

 

何しても嫌われるじゃないですかヤダー!ま、好きになられたい訳じゃないから良いけどさ。

多分、俺と彼が分かり合う事は無い。きっとこの議論を経た、その後も。

 

『今の俺たちのどこに自由がある』

 

吐露が始まる。何か言いたげなスペを一瞥して制して、俺は“聞き”に徹した。

拾い取れ。彼が散りばめる意志を。

 

『人間が決めたように生まれて、人間が定めた柵に縛られて、親と離されるのも一方的。これはまだ良いさ、生まれなきゃ何も考えられねぇし縛るのは守る為でもあるだろうし、離す時期だって俺達の本能の問題もあるだろう』

 

だがな、と続けられた次の言葉。それを経る度に強くなる語気。

もうすぐか。

 

『何だ?なんで人間がわざわざ俺達に乗る?俺達の行く方向を決めるんだ?』

『……当然だろう。それが一番、私達が活かされる道だからだ』

『俺達の脚は俺達のモンだろうがッ!!!』

 

来た。

これが、ステイゴールドの本音!

 

『なんで意味も無く走らされる?なんで見せ物にされる?俺達は玩具かよ……!

『甘えるな!走りに意味を齎すのは私達自身の在り方だろう!!』

『寝惚けた事ぬかすなペット根性!!それはテメェが走れればそれで良いタチだからだろうが!!』

『何だと!?』

 

ヒートアップする先輩同士の口論には思わず仰け反らざるを得ない。スペを止めて良かった、これに巻き込まれたら揉まれてレース前から消耗しかねない。

でも、二頭の覇気は留まることを知らなかった。

 

『走るのが嫌いな奴だっている。ただのんびり過ごしたいだけの奴だっている。そんな奴らまで強制的に走らせて、どこに意味を見出せと?』

『……我々は走らなければ生きていけない存在だろう』

『だとしても、そこへ至る意志すらガン無視じゃねぇか!えぇ?!』

『ッ………』

『そもそも、()()()()()()()()こそが地獄に引き連れられて行ってるって事。それが何で分からねェんだ』

 

どういう事だ、と問うエアグルーヴ先輩。ステイゴールドは見下す態度を崩さない。

次に出てきた言葉には、俺も動揺を隠せなかった。

 

()()()()()()()って知ってるか?』

『……どこでその名を』

『お前は知ってるか4号。そんな気はしてたよ』

(誰の事です、クロ?初めて聞きますが)

(スカイより前に菊花賞を勝った、凄い先輩だ)

 

だが、何故彼をステゴ先輩が知っているのか。待たずとも、その答えは即座に本人が明かしてくれた。

 

『隣の馬房(へや)だった先輩から聞いたんだがよ、それはもう素直な馬だったそうだぜ?人間の言う事をよく聞いて、酷く走らされても耐えて、ちゃぁんと期待に応えたそうだ。何故か罵倒されたようだがな』

『それがどうした』

『死んだよ』

 

エアグルーヴ先輩が固まった。彼女もまた、ステゴ先輩の意図を理解してしまったようだった。

 

『人間共の歓声に応えようとして、必死で走って。レース中に大事な脚をへし折ったとさ』

 

一方で控える俺に、今、発言権は無い。あったとしても何も言わなかった、言えなかった。ライスの件は、本当にその通りだから。

 

 

………でもそうか、先輩か。

心当たりがある。とても薄いけど、何故か確信がある。

 

アンタか。温泉の奴さん。

だからアンタ、ライスの事で言い淀んだんだな。

多分だけど……目の前で見ちまったんだろ、アンタ。

 

『レース中に……応えようと、して…』

 

エアグルーヴ先輩の声が震えている。もうダメだ、下がらせた方が良い。

その判断より一瞬先んじたのは、ステイゴールドの追撃(トドメ)だった。

 

『分かるよなァ、3号?分からない筈が無いよなァ4号……!』

『先輩…っ』

 

そういう奴(サイレンススズカ)がどうなったか!見てたお前らなら知ってるよなァ!!?』

 

 

渾身の一撃だった。エアグルーヴ先輩がよろめいたのは、その衝撃で足元が崩れ落ちた幻覚を得たからだろうか。

スペもまた、誰の事か分からないながらも、立ち込める暗雲を機敏に察知。不安を隠せていない。

 

そうだ。ライスもスズカ先輩も同じだ。

俺達だって、同じなんだ。

 

『人間の所為で殺されるんだよ、遅かれ早かれ俺達は』

 

諦念を湛えたステイゴールド先輩の言葉。それに反論を送ったのは、なんとエアグルーヴ先輩。まだ折れていなかったらしい。

 

『だが……だがスズカ(アイツ)は生きている!まだ走れる!!』

『本気でそう思ってるか?』

『……それは……』

 

あれ?怪我は完璧に治した筈だぞ、秋天で帰る時に振り返ったら無痛で歩けてるの見たもん。

と、そんな思いを込めた疑問を、ステゴ先輩はまたも弄するように答えた。

 

『走れるなら()()()()()筈だろ。ま、ここは最近まで近くで見てた奴に聞くのが手っ取り早いな……おい女帝サマ。最近の2号の様子はどうなんだ、え?』

『……走れなくなった』

 

………は?

いや、え?は?どういう事?

 

『走ろうとすると、激痛の記憶が蘇るらしく……体が竦んでしまうらしい。今のアイツに、大逃げはもう出来ない』

『ほらな』

 

ステゴ先輩の視線が俺に向けられた。そこに秘められた意図が、痛い程伝わってきた。

お前の所為だ、と。

 

『景色だったか?アイツの好きな物……それをもう2度と、アイツは見る事が出来ないんだ』

『……アンタが俺を責めたのは、こういう事だったのか』

『今更気付いてんじゃねェよ察し悪ィ!良いか、アイツは()()()()()()()()()()()()()この後の馬生を生きていくんだよ。その生き地獄を、お前の所為でずっと!!

 

突き立てられた言葉の刃は鋭く、そして鈍い痛みを伴って俺へと突き立てられた。ああ、受け入れよう。それは間違いなく俺の罪だ。

今この瞬間も苦しんでいるスズカへの、せめてもの贖罪だ。エアグルーヴが反論しないのが、その証左だしな。

 

『ハッ、やっと分かったかよ。こんな世界で走るのも、救うのも無意味だって』

 

己自身の絶望も伴っているのか、唾棄しながら先輩は言う。アンタが人間の言う事を聞かないのは、振り回すのはそういう事なのか。

ああ、よく分かったよ。

 

 

……けど。

 

 

『エアグルーヴ先輩。スズカ先輩はどうしてますか?』

 

問うと、エアグルーヴ先輩は訝しげな視線を向けてくる。まぁそうだよな、今“走れなくなってる”って現状を伝えたばっかりですもんね。

でも、聞きたいのはそっちじゃなくて。

 

()()()んですか、先輩は?』

『……っ、アイツは──』

 

さぁどうだ。これによって、俺が俺自身の“答え”に胸を張れるか否かが決まる。

……まぁ、確信はあるんだけど。俺は()()()()から。

 

 

『──足掻いている。元の走りを取り戻そうと(もが)いて、そして苦しんでいる。きっと、今も』

 

 

……そっか。了解。

 

『それ見ろ!生き残った所でロクな事になってない。秋天(あそこ)で終わってたのとどっちがマシか、もう分かんねェな』

『貴様ァッ!!』

『お熱になった牡には甘いんだな女帝サマ!?だがお前はもうお呼びじゃねぇんだよ……!』

 

そう激昂しながら、ステゴ先輩が視線を向けたのは俺。その視線に込められた意図は、言葉にされてないのに直に伝わってきた。

 

『まだ続ける(救う)つもりか』、と。

答えは出た。得た。もう喉元に控えている。

さぁ、宿題の提出をしようか。

 

 

『うん。そのつもりですよ』

『……は?』

 

 

素っ頓狂な声を上げる先輩。そらそうだ。明らかに優勢だったのに、目の前でパッと見開き直られたんだから。

でも悪いっすね。正気で本気なんすよ、俺は。

 

『オイ……オイオイオイ。今の話の流れ分かってたか?お前の所為でペット2号は苦しんでんだぞ?』

『生きてれば繋がる道もありますよ。生きてさえいれば、必ず出来る事がある』

『出来る事を目に見えて減らされた余生に何があるってんだ!お前も人間共も、当馬の幸せを勝手に決めつけてんじゃねェよ!!』

 

『じゃあアンタもスズカ(アイツ)の不幸を決めつけるなよ』

 

息を呑んだ音。俺の独りよがりな錯覚かも知れないけど、それは目前の青鹿毛の喉から聞こえた気がした。

 

『彼は諦めてない。なら幸か不幸かの“結果”はその先にしか、本馬にしか分からない。だったら俺は、彼が幸せになれる(再び走り出せる)方に賭けるまでです』

『あァ!?それでまた走って、人間に走らされて、おんなじようにへし折れて死んでも同じ事言えんのかよお前?!』

『人間の()()()舐めんな!夢に魅せられた彼らは決して諦めないし、執着する!そして()()()()()()()()()と努力する!!』

 

そりゃいるさ、おんなじミス繰り返すような阿呆は。俺だってそうだった、何なら今もそうだ。

でも……勇鷹さんは、そうじゃない!!

 

『愛馬に夢を手放させたまま、あの人が終わる訳が無い……!』

 

俺の元いた世界で、彼がどれだけサイレンススズカを愛して、悼んだと思っている。どれだけその死を惜しんだと思っている?

そんな彼が、スズカの足を死なせたまま?んな訳無ぇだろ!!

 

『だから俺は信じる。諦めない先輩を、先輩を支え続ける人間達を。だから俺も、俺の道を信じて曲げない!』

『……冗談じゃねェ。何にせよその道は人間の見せ物である事に変わりは無いだろうが!道具として削られ続けるぞ、お前はそれで良いのか!?』

 

ここでもう一つの問題か。馬が走る、人間に走る事を強制される事への懸念と嫌悪。

ああ分かってるよ、この2週間ずぅっと考えてきた。アンタを納得させられる答え、皆にとって一番良い答えを。

けど、ごめんなステゴ先輩。これ以外思い浮かばなかったわ。俺の素直な想い、それ以外は。

 

『良いんだよ』

 

その瞳が、驚愕に染まったのが見えた。

 

『それで良いんだよ、俺は』

『……な、は?この、コイツ……』

 

呆気に取られるよな。納得なんて出来る訳が無いもんな。でも、これこそが俺の答えなんだ。

お前にとってのサイレンススズカの走りの答えが、本来の沈黙の日曜日だってんなら。これが、俺の走りの答えなんだよ。ステイゴールド。

 

『だって、嬉しいじゃん。皆が喜んでくれるのが』

 

グラスが。

スペが。

宮崎のおっさんが。

臼井のおっさんが。

 

『皆の歓声を浴びたら、楽しいじゃん』

 

キングが、スカイが、エルが。

美鶴ちゃんが、奥分さんが、勇鷹さんが。

……生沿君が。

そして、観客が。

 

『皆を喜ばせたらさ、俺さ……すっげー幸せになれるんだ』

 

自己満足だ。独りよがりだ。

でも、俺が皆からの想いに応えられたなら。それ以上の事は無いって、心の底から思えるんだよ。

 

『……狂ってる』

『そうですかね?』

『いやお前……それって……』

『?』

『“お前”はどこにいるんだ…?』

 

俺?俺はここにいますけど。いやそういう意味じゃないのは分かってるんだけど、えっマジでなんすか?

まぁ俺自身がどうとか究極的には関係無いから!話の本題はそこじゃないんですよ、先輩!

 

『何を以て“充足”とするかなんだよ、ステイゴールド先輩。どんな境遇だろうと、欲しい物、得たい物は必ずある。人間が利用するなら、(こっち)もまた利用して、それを目指せば良い……そういう“共生”ってのが、一番乙な落とし所だと思うんです』

『……』

 

走りたいなら、それが1番の利害一致。生き残りたいなら、媚び売って人気出して殺されにくくするやり方もある。目に物見せてやりたいなら、思う存分振り回してやれば良い。それこそアンタのように。

そう。一人一人、一頭一頭で『正解』は異なるんだ。平等だとは口が裂けても言えないけれど、それでも最適な形は必ずある筈だから。

 

『俺は皆の期待に応えたい、アンタは人間に抗いたい。その充足は俺達それぞれで違うし、真逆でも矛盾しない。だって別々に叶えりゃ良いんだもの』

『……意味わかんねぇよ』

 

そう、納得はいらない。だって俺が答えられるのは俺個人の結論までで、全部の馬にまで責任は取れないし、だから答えは個人個馬それぞれで良いんだ。

それを納得するのが難しいのも分かってるけど。だって、アンタ。

 

『優しいもんなぁ、アンタ』

『…は?』

『本当にバカにしてるなら、無視してりゃ良いもん』

 

スズカの故障も、人間に従う俺達も。内心で見下して、「バカが移る」って感じで関わらなきゃ良いんだ。わざわざ機嫌を悪くしに近寄るなんて、アンタほど賢い奴らしくない。

だとしたら、答えは一つ。

 

『削れるのを見てられないんでしょ』

 

削れて欲しくないんでしょ、同族(なかま)に。

そう告げた瞬間だった。一瞬で憤怒に瞳を染めたステイゴールドの、その牙が目の前に広がったのは。

あーあ、噛まれるわコレ。調子乗り過ぎたか?スペの悲鳴とエアグル先輩の怒声が聞こえた。後悔はしてないけどな。あっ、生沿君が驚いてる。流石にごめん。

 

 

なんて思ってたら。

 

 

『右から失礼しマァァス!!』

『どりじゃッ!?』

 

ステイゴールドに、幅寄せするように体当たりしてきた駿駒。そのメンコを見るのは二度目。でもこれまで何度も話し合い、つい先日には宣戦布告すら受け取った宿敵(ライバル)

 

『……よぉ、エル!』

『お久しぶりデェス、クロス!絡まれてるトコ助けに、そしてぶっ飛ばしに来ましたヨ!!』

『何だァ、ペットもいよいよ6匹目か!?』

 

ハハッ、一気に場の空気を吹っ飛ばしやがった!やるなぁお前、びびっちまいそうだ!

 

『オイコラ!いきなりタックルたぁ良い度胸じゃねェか……!』

『フンだ、すぐにカッカしちゃうようなお馬さんなんか恐るるにシラス*3デェスススス。こここ怖がりなんかしないデデデデェス』

 

と思ったら足震えてて芝ァ!ステゴ先輩怖いもんなぁ、って笑ってる場合じゃねぇや。次は俺が助ける番だな。

 

『エル、言ってやれ。お前の走る目的を』

『ケ?さっきも言いましたヨ、クロスをぶっ飛ばす事デェス』

『……!そうやって考え無しに走るから人間共に利用されて……』

『何言ってるデス?マドバ-サンもエビナ-サンも思いは同じデスヨー!世界最強のエル達が!まっすぐ行って!右ストレートで!!クロスをぶっ飛ばすデェェェス!!!

『『えぇ……』』

 

お前さっきステゴ先輩の暴力を否定したばっかでそれか!?というツッコミと同時に笑いが込み上げた。あんまりにも純粋な闘志に、こっちまで火が付いちまいそうだ……!

 

『……付き合いきれねェ』

 

一方のステゴ先輩は、ものの見事に興が削がれてしまったようで。

 

『恐れを為しましたカ!ははーん、さてはエルの最強オーラが見えてしまいマシタかネ?』

『もう何とでも言えよ……マジでバカの相手は疲れるわ…』

 

なんつーか……ホント苦労するタチだなぁ、アンタ。深く考え過ぎるからドツボに嵌るタイプなんだな。

だからこそ、これだけは伝えなきゃ。

 

『先輩!』

 

去りゆく背中が止まる。そこへ最後の一言を、投げ掛けた。

 

『見てて下さいよ、俺の走り!』

 

俺が選んだ道を、その一つの答えを。

見せてやりますよ。この全力で以て。

 

『……勝手にしやがれ……』

 

 

 

 

 

 

『という訳で改めてはじめましてデス、スペ-サン!私こそがエルコンドルパサー、この東京競馬場に入・場・デェス!』

『……こちらこそ初めまして、エル君。今日はよろしくね』

『私はエアグルーヴだ。君の事もスズカから聞いてるぞ、あれ程追いついて来たのはクロスと君が初めてだと』

『うぅん、やっぱりクロスのソエモノ評価デスか。悔しいデス、やっぱりブッ飛ばしマァス!』

『空元気だが、虚勢ではなさそうだな……いや挨拶で返して欲しかったが』

 

ステゴ先輩が去った後、改めて自己紹介タイム。予め毎日王冠に出てエルと顔合わせしたのって地味に俺だけだからな、こういうのってホント大事。

でも、どうしたスペ?元気無くね?

 

『……ううん、何でもないよ。気にしないで、クロ』

『さっきのステゴ先輩の件が引っ掛かってるのか?そう引きずるなよ、お前の走りはゆっくり探してきゃ良いんだ』

『…分かってるよ……』

 

ホントかぁ?なぁんか調子狂っててお兄ちゃん心配ですぞ*4

けどま、スペ本馬が大丈夫ってんなら踏み込むのも野暮だしな。ここまでにしておいて……っと。

 

『クロ、提案がありマス』

 

お?どうしたエル何ぞや。ブッ飛ばすのは飽くまで比喩表現に留めて、レース中でお願いな。

まぁ、俺がブッ飛ばすんだが。

 

『ッ……!!へぇ、へぇー。そう来ますカ』

『今度は何だよ』

『スカイ君の言ってた“ハキ”って奴が、見えただけデス……!』

 

ハキ?あぁ、覇気か。ダービー以来、って負けフラグじゃねぇかつまり!縁起でも無ぇな!!

ええいこの話はスルーだスルー、本題を早く話せ!

 

『デスねー……クロス、今度こそ“賭け”しマセンか?』

 

今度は賭け。なるほど、毎日王冠でエルが言ってた“大事な物を差し出す”ってヤツか?

うん、あの時とは違って大本命スズカがいないから、俺らの内どちらかが勝つ事で確かに賭けは成立するな。けどなぁ、そう気軽に賭けるモンでもなくね?禍根残るのやーだー。

 

『ヤダも馬場も無いデェス!逃しませんよ……!』

『つってもなぁ……』

『賭けるモノも決まってマァス!グラス、デェス!

 

 

 

 

………。

 

 

 

『へぇ?』

『『『………ッッッ!?!』』』

 

んだ、お前ら。急に鳩が豆鉄砲喰らったような顔してさ。マンボでもそんな顔ようせんぞ。

 

『オイ、エル。なんでここでグラスが出てくんだ?』

『……無自覚、なの……?』

『…ハハッ。ここまで引っかかるなんて驚きデスよ』

 

何故か戸惑うスペを脇目に、エルがこちらに鼻先を突き付けた。指差してくるウマ娘のエルの姿を幻視したのは、きっと気のせいじゃない。

何だよエル。お前も立派な覇気を纏ってんじゃねぇか……!

 

『理由はタダ一つ!毎日王冠以来ずっとウジウジしてるグラスを、お前から解放してやる為デェス!!』

『……なるほどな。筋は通ってる』

 

何だかわからないけど、グラスが俺の所為で落ち込んでるってのは流石に分かってるつもりだ。だからエルがそれを取り除いてくれるってんなら、それで解決するってんなら喜んで協力しよう。

俺から存分に奪っていけよ、エル。

 

 

 

『奪えるんなら、な』

 

 

 

嫌だね。

そんなの、絶対に嫌だ……!

 

『……じゃあ聞きマスけど。お前にとってのグラスって、一体何なんデス?』

『俺にとってのグラスが、何か?』

『グラスの何が、クロスをそこまで惹きつけるのか。()として、聞いておきたいんデス』

 

そうだなぁ。何なんだろうな、アイツは。

 

『考えた事も無かった』

 

理由と言える物が、無ぇんだよ。驚いた事に、今改めて自分の中を洗い直してみたらさ。

スペに対しては理由がある。隣の馬房だから、放って置けないから、何より弟分として可愛くて、すごい可能性を秘めた奴だから。だから仲良くしてるし、守ってやりたいと思う。

キングに対しても理由がある。ウマ娘で育成してその矜持に憧れたから、馬としてその在り方に共感したから。諦めの悪さと、併走でどこまでも着いて来る粘り強さを尊敬したから。

スカイと、そしてエルことお前は似たような理由だ。俺をライバルとして見てくれる。だから俺もライバルとして敬意を払う。全力でぶつかる。それが出来なかったスカイには心の底から申し訳ないし、だからこそエル、お前にはそんな悔いが残らないようにしたいと願う。

 

でもな、違うんだよ。

グラスだけは違うんだよ。

 

 

『俺の中にアイツがいるの、当たり前なんだよ』

 

馬として生を受けて。初めて対等に、マトモに会話したのがグラスだった。アメリだった。

孤独だった俺の心の空洞を、埋めてくれたのがアイツだった。

 

『ずっと、グラスが俺の中を満たしてくれてんだ』

 

それ以来、ずっと。

アイツが俺の中にいる。

離れていても、ここにいる。

 

それを、奪う?

お前が?

 

 

『調子乗んな…ッ!!』

『グッ……!!!』

 

傲慢だな。強欲だな。転生した身で偉そうに。

そんな自分の脳内に響く罵倒は、力づくで黙らせた。

知らなかったよ、こんなドス黒いモンが俺の中にあるなんて。皆の期待に応えたい願いと、完全に同居してやがる。なのに、何でこんなに誇らしいんだろうな?

なぁ、グラス。

 

『行くぜ、怪鳥(エルコンドルパサー)。その翼、戦士の爪牙で叩き落としてやるさ!!』

『………ケッ。上等デェス、羽ばたきで蹴散らしてやりマァス……!!』

 

良いぜ。良いぜ良いぜ良いぜ!燃えて来た!

後悔すんなよエル、この俺を挑発した事……お?どうしたスペ?

 

『……僕も!!』

 

ハハッ、そうか!お前も何だか知らんが火が付いたか、そうこなくっちゃな!

 

さぁ開幕だ、気合い入れろよ生沿君!是が非でも負けられねぇぞ!?

 

「ああ、クロス!勇鷹さんからの卒業試験だ!」

『?!……通じたな、また』

「……っ!!」

 

最高潮に興奮してる所為か、ここで生沿君と同調したか!ヤベェな、もうこの時点で掛かり始めてんのか?まぁいいや!

 

日の元に輝く杯。皆の想いと、俺自身の欲望を胸に。

 

 

「『獲るぞ!ジャパンカップ!!』」

 

 

 

 

 

 

 

『……何だ、いるじゃないか。“お前”自身が』

 

エアグルーヴは高揚した。心折られたその時、目の前で広がった若い命の炎に引き寄せられて。

そうだ。終わりじゃない。へこたれていては、女帝の名が廃る。それこそ、スズカに顔向け出来る筈が無い!

 

『しかし、ステイゴールドの奴め。退散したばかりに、()()()を見損ねたな……!』

 

思い出すのは、クロスの表情。

グラスワンダーとやらを引き合いに出された時の、彼の激情。

 

『お前の心配は杞憂なようだぞ……ああいや、寧ろ懸念材料は増えたか』

 

きっと、恐ろしい物を見る事になるだろう。自分も、ステイゴールドも。

ああ恐ろしい。ああ、楽しみだ。

 

『だが、簡単には負けてやらん。精々燃えろ、若造共……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎を受けて始まる、有馬に並ぶ一大栄光。

後世の人々は、日の下に輝いた芦毛を、“最後のステイヤー”と並べこう讃えた。

 

 

 

 

 

98年、ジャパンカップ。

 

絶望さえ覆した魂が、神を纏う。

 

“逃亡者”サイレンススズカに迫る死神を蹴り殺し、その爪牙を世界へ突きつけた白銀の戦士(ウォーリアー)

 

偶然(フロック)にして運命(フェイト )

 

希望にして、絶望。

 

 

そのの名は───

*1
実はクロもほぼウマ娘でしか知らないのでよく分かってない。ブーメラン

*2
ファミコンをバカにするな定期

*3
足らず

*4
兄面すんな定期




ライスシャワーの『WINNER』CM、良いよね……良い……今話ラストで丸パkゲフンゲフン、オマージュするぐらい良い……
月夜に駆ける漆黒の影が、史実準拠の銀光を瞳に燻らせるのロマン過ぎ……
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