また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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筆が乗り過ぎて更に投稿。先週が忙し過ぎた分、今のところ楽も楽
ただ油断するとポカするのでそこは気を付けていかねば…


裏返った傷の名は

花の15期生、という言葉がある。

戦前、西暦1940年。東京五輪に向けて馬術選手を育成するべく門戸を開かれた馬事公苑。その栄えある15期として駿駒の背に跨った若き魂達。ただ讃えるには余りに輝かし過ぎた彼らの功績を、人は花に例えたのだ。

どれほどの栄光だったか?三人を例に挙げれば、万人が納得するだろう。

 

 

 

 

 

 

福延海弐(かいじ)

 

柴畑奉一(ほういち)

 

そして。

奥分幸蔵。

 

 

1964年に門戸を叩いた、伝説達。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「日本競馬は閉塞が過ぎるんだっ」

 

ダンッ、と机をたたいたのは奥分の拳だった。ただし、若い。この時17歳。

馬事公苑卒業を間近に控えた、まだ青臭い時分の事。

 

「騎手と厩舎が縛り付けあってる。これじゃ発展のしようが無いっ」

「なぁ福延、お前酒盛ったりしたか」

「する訳無いでしょこんな大事な時期に」

柴畑と福延は小声で会話する他無い。いつもは模範極まっている分、こういう時の奥分は何が刺激になって何をしでかすか分からないからだ。

が、そんな囁き声すらも何か気に食わなかったようで。

 

「なんか言ったかっ」

「「いや何も」」

「言えよっ!」

((面倒くさっっ!!))

 

会話するまでもなく同意見が重なった。そう、こうなった奥分は本当に面倒臭かった。

そんな折、柴畑はテーブルの上のチョコレートに目が行く。今日は連休1日目、同期同士で集まり、外泊許可の元に()()()()()菓子を食みながら愚痴りあおうと集まったのだが。

奥分が先ほど手を出した包装をひっくり返す。「酒入り」の3文字。明らかにこれの所為ですね間違いない。

 

「停滞するだけだぁ~~~っ」

 

とは言っても、こんな状態なのに競馬の事しか口に出さないあたり真面目というかなんというか。やはり模範だなぁと、柴畑は彼を思う。

だがそれはそれとしてこの状況は不味い。連休初日なのが幸いだが、これ以上アルコールを摂取して体に残るようものなら奥分の今後に響く。

 

「で?日本のどんなところが閉塞的だって?」

 

という訳で、話に敢えて乗る事にしたのは福延だった。どうせ荒れるのなら、好きなだけ付き合って吐かせてやろう…という魂胆だった。

そんな同期たちの気遣いに気付くやら気付かないやら、奥分は持論を展開していった。

 

「このご時世、もー徒弟制は古い!限界があるっ。フリーランスに騎手が厩舎間を自由に移動できるようになるべきだっ!!」

「ほへぇ?」

「それ調教師側が不利過ぎないか?」

「そんな事は無い!厩舎サイドにも騎手を選ぶ権利はある、馬との出会いが制限されている今この状態が一番理不尽でお互いに不幸だぞ!」

 

ううっ、日本競馬~~~!とテーブルに突っ伏して泣く姿に、後に伝説とまで持て囃される面影は存在しない。いるのはただの酔っ払い未成年であった。

そんな同期に対し、二人が思うことはひとつ

 

((()()()()()!早く来てくれ~~!!*1))

 

 

「呼んだ?」

 

 

——かくして、救いは来た。

 

「「トウさん!!」」

「うわ何だいこの惨じょ…えっ!(オッ)さんにまさかあのチョコ食わせたの!?引き出しにあったやつ!!」

「この部屋にある物なら何でも良いって言ってたからつい…」

「あーしまった!これだけは()けとくべきだった、取引先から貰って持て余してたんだよ……」

 

そう言って頭を抱えるトウさん——本名、()()斗馬(トウマ)

「俺は日本競馬を内から変える!お前は外から頼むぞー!!」と、そう喚く奥分に揺すられる彼は。

 

1964年に馬事公苑に入苑した、花の15期生———()()()、青年である。

 

 

 

 

「へぇ、フリーランス制」

「そーだ。じゆーだぞじゆー」

()()()()()()奥分はもうダメとして。案自体はどう思うよ、トウさんや」

 

気を取り直して、愚痴大会改め日本競馬の未来を憂う会。宮崎斗馬を新たに加えた上で、福延海弐が問う。

対する斗馬は、思案した後に肩を竦めて曖昧に笑った。

 

「もう少し時間をくれないか。具体的には、二人の意見を聞いてたら纏まりそうなんだ」

「じゃあ俺からだな」

 

挙手したのは、柴畑奉一。

 

「実を言うと、俺は反対だ。日本競馬において騎手と厩舎の関係は密接であり、一蓮托生。若手騎手はまず厩舎のフォローで以て“騎乗”という名の“成長機会”を得る。フリーランスにするという事は、つまり若手騎手が初手から詰みかねない環境になるという事に他ならない」

「それに関しちゃわぁってる!!若手時代に徒弟(トテー)制度に頼るのはいぃ、けど経験を積んだら自立しゅる勇気も必要なんだぁ!!」

「その為にそれまで育ててくれた厩舎を裏切るのか?そんな不義理できるか!!誉はどこに行った!?」

「誉はターフに死んらぞぉ!!?」

「なにぃ?!」

「まぁまぁ落ち着いて」

 

そう言って取り成したのは福延海弐。何を隠そう、後にキングヘイローの主戦騎手:福延優斗の父となる男である。

花の15期生屈指の天才、とも。

 

「そういうお前はどうなんだよ」

「オレ?オレはまぁ正直な話どーでもいいというか、与えられた環境で器用に立ち回るというか。ほら、オレ才能あるし」

(((事実だから何も言えない……)))

 

呆れた溜め息と共に、視線は最後の一人へ。いよいよか、と宮崎斗馬を一つ咳払い。

そして、自分なりの答えを出す。

 

 

()()()()()()()()()事になるんじゃないかな。もしそれが実現したら」

 

 

 

 

「「「?????????」」」

「何だい皆揃って宇宙を理解した猫のような顔して」

「いやぁ流石に意味わかんないって」

「あーそれはごめん。改めて説明するよ」

 

まず、と一つ前置きしてから、斗馬はあらためて説明を始めた。奥分も海弐も柴畑も、それに耳を傾けた。

そうするだけの聞き心地の良さが、彼の弁にはあったから。

 

「前提として、日本競馬は欧米に比べて遥かに遅れている。レコードタイムなどを見ればそれは一目瞭然だろう。勝負になるとすれば、日本競馬史上ではそれこそシンザンだけだろうね」

「そーだ。だがこのままでは進化を望めにゃい」

「そう、その為にも日本競馬はこれから多くのチャレンジと挫折を繰り返さなきゃいけない()()()に来ていることは確かだ。血統整理、マル外や持ち込み馬のような新たな潮流の積極的な導入、そして……シンザンと粟田騎手のような“人馬一体”の境地の普及」

 

最後の有馬記念。たった2か月前のその光景は、現地にいた全員の瞳に焼き付いている。

あれが、日本競馬の目指す道なのだと。全員が悟っていた。

 

「……その為に、真に相性の良い騎手と馬が出会う機会を増やすべきだと。そのためのフリーランス制、という話だよね」

「そういう事になる。馬の実力を引き出せる騎手と騎手の手綱捌きに付いて行ける馬。これ等がそろえば必然、日本競馬自体のレベルも上がっていくだろうから……これが面白くない訳が無いだろう?そりゃもう盛り上がるよ」

「けど駆け出し騎手の“経験”が奪われかねない。厩舎との関係だって……」

「そこはオッさんが言ってたように、徒弟制度を部分的に残せばいい。自立するのはベテランになってから……だが」

 

()()()()()のはここからだ、と斗馬は言った。必然、他3人の空気も引き締まった。

 

「フリーランス制になれば、騎手は馬を自由に選べる。そして厩舎側もまた騎手を——その場合、どんな事が起こるかな」

「……馬争奪戦?」

「その延長線上」

 

斗馬は絵を描いた。棒人間が、棒の馬に跨る図。そして、両者の顔に書き込まれた「強」の一文字。

奥分は頭を抱えた。柴畑は口を抑えた。海弐は天を仰いだ。全員が理解した。

 

「「「一強時代」」」

「最悪の場合ね」

 

成績の良い馬を成績の良い騎手が独占してしまう。人馬の相性を探る前に、その状態で競馬が“固定”されてしまう惨状である。

一言で言ってしまえば、賭けにならないのだ。切磋琢磨すら下手すると消え去ってしまう

 

「一時隆盛した後の没落が見える見える」

「萎んでいくだろうね。人気」

「でも勝つ為にやってる以上、一度始めたら簡単にはやめられないだろうしなぁ」

 

もちろん、一番困り果てたのは奥分である。日本競馬を躍進させたいとはいえ、「いつ見ても一番人気に乗ってるのが同じ人、いつ見ても一番上手い人が乗ってるのが一番強い馬」なんていう夢も浪漫も無い状況をもたらす訳にはいかない。

断念すべきか。漂い始めたそんな諦念を打ち破ったのは、やはり斗馬の一言で。

 

「だから、()()()

「待つ?」

 

そうだ、と。その瞳はここじゃないどこかを見つめる。

それはきっと、未来。

 

「シンザンの台頭を受けて、きっと日本競馬は発展を始める。彼を超えようと模索し始める……その果てに気付くはずだ、今の制度の限界を」

「時代の自主的な変革を待つのか」

「いや、“傾向”が現れるだけだろうな。だからオッさん、君がその時に“切っ掛け”になれ」

 

指さされた奥分は目を白黒させる。だが斗馬は止まらない、甘えを許さない。

怒涛の勢いだった。

 

「時代が迷い始めた時、君が切り拓くんだ。道標になれ。その時まで、その案をより研ぎ澄ませて隠し持て。今みたいな穴を突かれないように」

「……重責だな」

「オッさんが時代にそれを求めたんだもの、それぐらいの責任は果たしてくれないと。大丈夫、僕が外からバックアップするから」

 

こう見えて軌道に乗ってるんだよ、と。自らの懐を叩いて彼は宣う。

 

「例を挙げれば、比良野親子。調教師と先輩騎手である彼らは、オーストラリア遠征に行った事からも分かるように海外進出に意欲的だ。そういう空気は着実に日本に芽生えつつある、それに()()()()()。戻るなオッさん、乗れ*2

「あー、比良野先輩か。すげぇよなぁあの人」

「まぁつまりなんだ、トウさんはつまり『案はいいけど今じゃない』って言いたいんだよな?」

 

頷きで以て、場は沈黙。一息と共に口を開いたのは奥分だった。

 

「…分かった。機を待つ。今はそれでいくよ」

「ありがとう」

「礼を言いたいのはこっちだよ、現実がうまく見えた」

「俺も頑なになり過ぎたわ。実際問題として、日本競馬にはもっと強くなって欲しいしな」

 

追従するのは柴畑だ。フリーランス制に反対していた彼も、この一連の流れで少し考えを改めていたようで。

しかし、芯はあくまで変わらぬまま貫いている。

 

「けど俺はやっぱり徒弟制を撤廃するとなったら断固反対させてもらう。奥分、()()時は気を付けろよ」

「分かってるさ。お前を敵に回したくない」

 

それは“改善さえすれば応援する”というエールに他ならない。これで、フリーランス制に対する議論はひとまず決着を迎えたのだった。

 

 

 

が。

 

「あーあ。そんなに見る目あるのになぁ」

 

そんな空気をひっくり返したのは、海弐の溜め息で。

 

「なんで馬事公苑辞めちゃったかなぁトウさん~!」

「それな!!」

「それはまぁそう」

「えぇ…」

 

一気に場から真面目な空気が取り払われ、ジト目視線×2(奥分&海弐)が斗馬に集中する。

ふと、柴畑はテーブルを見た。言葉を失った。

 

「オイ…なんで……酒チョコの空包装が増えてる…?」

「食った」

(フッ)くん!?」

「何やってんだ福延ぇぇぇ!!」

「だってこんなトウさんと一緒に卒業れきないって考えたらさ!さびしいもん!!」

「そうらそうら!自棄酒(やけじゃけ)ら!!」

 

ダメだこいつら早く何とかしないと。その一念で、柴畑と斗馬の内心が一致した。

いったい何が始まるんです?大惨事15期大戦です。

 

「だめだー!もう一個たりともダメ!最後の力が枯れるまでここから一個も渡さない!!」

「らったらもろ()って来い!留年してでも待つろ!!」

「ええい法律(おしえ)はどうなってんだ法律(おしえ)は!?」

「チョコ取んのかよ!くそったれ!!」

 

男四人で成人用チョコを奪い合うその構図、地獄絵図。ラッコ鍋の方がまだましだったかもしれない。ごめんウソ。

しかし、どんな雨もいつかはやむ。地獄もいつかは終わる。その時彼らは、皆一様に地に伏していた。

 

「なぁ、トウさん」

「何だいオッさん」

 

気絶した残り二人を横に、奥分は問う。堪え切れない寂寥感を湛えて。

 

「君に才能さえあれば良かったのに」

「馬に好かれないんじゃしょうがないよ」

 

———騎手は。屋根を担う職業は、馬と触れ合えなければ何も始まらない。

斗馬は触れられなかった。触れさせてもらえなかった。だからそこで、騎手としての宮崎斗馬は終わりだった。

だから、やめた。

 

「だから僕は、君達を通して夢を見ることにした」

「俺たちを通して?」

「端的に言うと、君たちに手足になってもらう」

 

傲慢だろう?と、彼は自嘲した。その声音だけは、どこまでも本気を宿して。

 

「僕は稼ぎまくる。稼ぎまくって、日本競馬に援助する。それで作った縁を通して、人々を介して馬に関わっていく。そうする事に決めたんだ」

「それでやることが起業とは、付き合い7年目の俺でもびっくりだよ」

「初手で色々やらかしちゃって。大丈夫、何とかなるさ」

「能天気な……」

 

薄く、自然に笑みが浮かぶ。そうだ、彼はこういう奴だったと。

次に語り掛けたのは斗馬の番。

 

「オッさん、比良野騎手に注目しときなよ。彼との縁は、君の人生をきっと変えるから」

「フリーランスの件か?」

「いや。業界ではなく一騎手としての在り方に関わるだろう」

「?」

 

要領を得ない、と感情を顔に出す。すると斗馬は困ったようなほほえみを返し、それはつまり彼もまた上手く言語化できない事実を示していた。

 

「シンボリ牧場とメジロ牧場が共同で海外種牡馬……パーソロンを買ってただろう?。あの馬は今後しばらく台風の目になる。比良野騎手——いや多分その頃には調教師になられているかな——の所に、その雨粒が滴る時を見逃がしちゃいけない。君のフリースタイルが活きるのはその時になるね」

「予言みたいだな」

「予想だよ。ノストラダムスじゃあるまいし」

「ノス…何だ?」

 

ノストラダムス。16世紀のフランスの占星術師さ。

それだけ言って、斗馬は目を閉じた。安らかな寝息が聞こえ始める、その寸前。

 

「家族を作って、子供が自立したら馬主になろうかなぁ。それで、所有馬にはオッさんに乗ってもらって———」

 

以上。そこが彼の限界となった。

 

「全く……」

 

奥分は肩を竦める。こんな突拍子もない事を言っておいて、それが度々現実になるんだからタチが悪い。

だが、そういう所が好きだった。奥分だけではない、彼に関わる皆が。そういう不思議なカリスマだった。

だからこそ残念でならない。そんな彼の唯一と言って良い夢が、才能に溢れた彼の唯一欠けた部分に阻まれた事が。

 

「だが、新しい夢が見つかってるんなら何よりだよ」

 

手足?存分になってやろうじゃないか。

俺達は内から、お前は外から。日本競馬界を引っ張っていくんだ。

 

「お互い頑張ろうな、トウさん」

 

奥分もまた目を閉じる。その瞼の裏に、輝かしい未来を描きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奥分!」

「…、柴hッぐゥ!?」

「お前、なんで()()()の馬に乗った?!」

 

奥分の胸ぐらを掴み上げて、放たれたのは恫喝じみた問い。

 

「彼は…トウさんの()()だぞ」

「違う!」

 

柴畑の目は染まり切っていた。

そこにあるのは、怒りだけだった。

 

 

「“(かたき)”だろうがッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-1981/5/31朝刊一面-

 

本日未明の世田谷区の空き家で、先週より行方不明となっていた宮崎商事社長である宮崎斗馬氏が遺体で発見された。斗馬氏は室内にて遺書を残し首を吊った状態となっており、警察は発見者である友人の伊東氏・福延氏などに話を聞きながら、自殺の方向で捜査を進めている。

なお会社の経営は既に宮崎夫人に引き継がれており、運営に支障は無い模様。

 

*1
クソソソ並の感想

*2
奥分氏の元ネタさんは時代の勝利者じゃけぇ


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