スカイからマンボ越しのクソデカ激怒を向けられた翌日の事。
俺は生沿君と一緒に馬房で溶けていた。
『いやちょっと待ってください』
『何ぞ?』
『なんでイキゾイさんが
まぁまぁスペ、そう固い事言うなって。ikziだもの、そういう事もあるだろうさ。
なぁ、生沿?
「う〜ん……自宅より落ち着く」
『いやどうしてそうなった』
流石にそのレベルは想定してなかった。
「取材陣が連日集まって落ち着けないんすよ……」
あー……一年目でGⅠ勝っちゃったもんなぁ。勇鷹さんですら二年目のスーパークリーク菊花賞が初めてだったってのに、しかもこっちはクラシックどころか古馬混合戦でやっちまった。そら大変だろうて、話題性が。
『いやぁスマンな、俺に乗せちまったばかりに』
「謝るなよ。こっちは感謝してもし足りないぐらいなのに」
鬣に顔を埋めてきて、猫吸いならぬ馬吸いをしながら生沿はそう言う。謙虚だねぇ優しいねぇ、そういうとこ好きだねぇ。
『いやちょっと待ってください』
『何ぞ?』
『なんで普通に会話出来てるっぽいんですか!?』
まぁまぁスペ、そう固い事言うなって。ikziだもの、そういう事もあるだろうさ。
なぁ、生沿?
「無いと思う」
『梯子外されたァ!』
『僕は何を見せられてるの……?』
いやぁスペ、実はこう見えて俺ら会話出来てる訳じゃないんだ。注意深く聞いていると、生沿君は俺の馬語を理解してるんじゃなくて、ニュアンスを機敏に感じ取って後は彼なりに意味を補完してるみたい。だからジャパンCでやったような完全な意思疎通をここでやってる訳じゃないんだよ。
……うん?ニュータイプか何かで?
「クロ以外には出来ないんだけどな。やっぱ俺の相手はお前だけみたいだ」
『あっそーなの。ままならんね』
「いや、俺にはお前がいてくれればそれで良いよ」
『『!?』』
こ、こらーっ!騎手たる者がそんな心構えではイカン!イカンぞ生沿!!
お前は今後もっと凄い、俺なんかより遥かに強くてすごく癖のある馬に振り回される運命が待ち受けてんだ!甘えてるんじゃあないッ!!
「ごめん、今のは流石に複雑過ぎて分からなかった……」
『都合のいい時だけ聞こえないフリすn……いやこれマジで分かんなかったパターンか』
『もーっ!クロから離れろー!!』
「ぬわーっ!?」
なんてやってたら、スペの嗎きで叩き起こされる生沿。菊花2着馬の肺活量は伊達じゃないもんなぁ…。
しかしスペ、何が気に入らなかったんだ?
『隣でイチャイチャされる身にもなって下さい。ただでさえクロとグラスだけでもお腹いっぱいなのに』
「なんかよく分かんないけど嫉妬してるっぽいのは分かった」
『噛みますよいい加減!?』
「ヒャアッ(恐怖)」
はれぇ、そんなストレスが。そりゃ申し訳ない、以後気を付けるわ。改善案が何一つ思い浮かばんが。
しかし、生沿もスペもその様子を見るに相性は良さそうだね。仲良くなってくれたなら何より。
『え?今のどこを見てそう思ったんです?』
「嫌われてる気しかしないんすけど」
『何言ってんだ、実に凹凸コンビじゃないか』
そう言うと、2人は同時に顔を見合わせる。ホラな、タイミングばっちし。
「『いやーキツイでしょ』」
「なんでや!そんなにハモっといて!!」
『クロに対して思う事が同じなだけでは?*1』
「スペシャルの走りはクロとの調教の時に嫌というほど見てきたけど、あの癖の強さを御すのは俺にはちょっと……スペシャルにはやっぱり勇鷹さんじゃなきゃ」
ううむ、見てみたかったんだがなぁikzi on スペ。俺が好きな奴ら同士を組み合わせたいだけだったか?
ところで話は変わるんだが。
スペ、俺とグラスってそんなにイチャイチャしてたの?
『そりゃあもう。無自覚だとは言わせませんよ』
『いや少なくとも仲が良い自負はあったよ』
でも、そっかぁ。イチャイチャしてたかぁ…そっかぁ……
……。
『また
「『えっ惚気??』」
いやだってさぁ!ジャパンCで勝って以来、アイツの顔見たい衝動が日に日に強まってさぁ!
一刻も早く見せたいんだよ、ぶつけたいんだよ強くなった俺を!俺達を!!またグラスに「凄い」って言われたいんだよぉ!!
「なぁスペシャル、クロとグラスワンダーって好き合ってるのか?」
『“クロ”と“グラスワンダー”以外は聞き取れませんでしたが、少なくともグラスはクロを好きで好きで仕方が無いですね』
「しまった、聞いたは良いけど回答が全然分からない……」
うううう、でも今年の有馬に出られないんだよなぁ。グラスには以前から「今年または来年」って言ってたとはいえ、それでも機会を一度不意にした事実は変わらん。その事に関して釈明文をマンボに伝言してもらったけど、果たしてどうなっているやら。聞いてもらえたとして、今度こそ嫌われたかなぁ。辛いなぁ。
『………やだやだやだ!嫌われたくぬぇええええ!!』
「落ち着けクロ、きっと大丈夫だって!」
『イキゾイさん、そうなったクロは放置一択ですよー』
そんな風に騒いでいた俺達だったけれども。
『アーッ!キタゾー!』
噂をすれば、待ち人ならぬ待ち鳥が。
『マンボ!』
「えっ何?インコ?」
『ヨウムらしいですよ。よく分かりませんけど』
「ごめん何言ってるのか全然分からない」
『もーっ!!』
『アーッ、ナンデクロスニノッテル
あーマンボ、すまんな。彼に関しても受け入れてやってくれると嬉しい。
『ウーン。
あっそっかぁ(諦念)。そりゃ無理言ってすまなんだな。
……で、本題なんだが。
『グラスからの返事か?』
『ウン!』
…来たか!
『えーと、確かクロが前に送った伝言が……』
グラスワンダーへ。
俺は有馬記念に出られなくなった。許せ、だなんて言わない。
恨んでくれ。
……有馬記念、祈ってる。
『こんな感じでしたよね。簡潔に』
『言い訳したくなかったからな』
『本音としては?』
『恨まれたくなぃぃぃぃぃ』
「お前、グラスワンダーの事になるとマジでキャラ崩壊するんだな……」
へ?俺は元々こういうキャラのつもりで生きてきたが…いやまぁ、見方は他人に委ねられるからそういう事もあるのか。知らんけど。
で、返答はどうだったんだマンボ。内容によっては本当に溶けてスライムになるぞ。
『ナンダ、ソノ
そうボヤきながらも、マンボは口を開いてくれた。紡がれるのはグラスからの言の葉。
さぁ、グラス。お前は俺に何を望む?
拝啓、クロスクロウ様。
もし恨まれたくないのなら、信じて下さい。
祈るのではなく、結果を「当然だ」と笑って、受け入れて下さい。見届けて下さい。
ボクは今、何よりも
グラスワンダー
………あれ?これだけ?
前に、というかグラスから初めてクロに伝言が来た時は、募る想いを綴った長文がドーンと来てた*2のに。
「……えーと、何?二頭とも、インコの鳴き声にじっと耳を澄ましてたっすけど」
人間──イキゾイさんは何も理解できなかったらしく、困惑を隠してない。まぁそりゃそうだよね、と思いながらクロを見ると。
『……そう、か』
いつになく……いや。
グラスの事になるといつだって浮かべる、深刻な表情で。
『なぁ生沿』
「何だクロ」
『有馬記念で俺を観客席に連れて行けたりしない?』
……なんかとんでも無いこと言い出した!?
「いやー……無理だろ常識的に考えて。」
『そこを何とか出来ね?ほら、馬場入る時の先頭の馬さん役に抜擢して貰うとかさ』
「誘導馬は引退しないとなれないけど」
『そっかぁ』
その後もイキゾイさんと揃って頭を悩ませるクロ。どこまでも自分自身に真っ直ぐというか、思い詰めたら止まらないというか。尊敬するやら呆れるやら。
なんて思ってたところに、マンボが。
『アーッ。
『……グラスから、僕に?』
『ウン』
珍しい。グラスってば、こういう伝言だと大体いつもクロ宛に送ってくるから。一体全体、どう言う風の吹き回し?
と聞くと、マンボは言う。
『《ボクの事、忘れてませんよね?》ッテ』
『……ほぇ?』
『《クロは“一番競いたいライバル”ですけど……スペさんは“一番怖いライバル”なんですからね、ボクにとって》ッテ』
だから、叶うなら今度のレースを、僕にも見て欲しいと。それで恐れ慄いて欲しいと。
それで、伝言は終わっていた。
……何だよ。
『
『まぁね』
だってさ。だってさ。
こっちはひと時だって忘れた事なかったもん。
ジャパンCで、クロとエルの賭けに思わず参加しちゃうぐらいだったもん。
僕だって、ずっと君が怖いよ。君を逆に怖がらせたいよ。
クロが好きなのに、君に取られそうでずっとビクビクしてるもん。
……最初の競走で、抜かされてから。
君の栗毛の背中が、瞼に焼き付いて離れないんだもの。
『なのに、忘れてないかだ何だってさぁ』
今更そこ?って思っちゃった。全く、能天気なヤツ。
いいよ。分かったよ。
『クロ』
『おっ、どしたどした』
『僕もグラスの次のレース、見たい』
アリマキネン、だっけ。面白そうじゃんか。
どんな走りを見せてくれるのか、楽しみにさせて貰うよ。
『……生沿、スペも見たいとさ。頼むわ』
「うーん…分かった。臼井さんと宮崎さんに頼んでみるっすよ、ただ期待はしないでくれよな」
『おぉーっ!さっすがikzi話が分かるぅー!文字通り話が分かる!』
「うぼばばびびば」
『クロスー。
でもそっか。確かアリマキネンって、クロいわく一年の最後なんだっけ。
『もうそんなに経つのかぁ』
時が経つのは早い。気を抜くと、すぐに置いてかれてしまいそうだ。
だからこそ、皆の足手纏いにはなりたくないと。僕は煮え切らないなりに、夜空へ決意を固めたのだった。
『ところでだけどスペ、なんかこう……12月って何かあったっけ?』
『え?アリマキネン以外ボクは知りませんよ』
『うーん……生沿は?』
「いやそりゃ予定ならいっぱいあるけど、クロ関連じゃ特に無かった筈……」
『マンボ』
『
『そっかぁ……まぁいっか!』