また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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滑り込みィ!
なお短い。内容としては他の話と変わらないつもりではあるけれど……


【Ep.48】窓葉!

溜める。

 

荒れ狂う波を鎮め、己の内に秘める。

 

まだだ。今じゃない。()()()の為に取っておくんだ。

 

『グラス』

 

……マドバさん。

 

「今日もいいかい」

 

いいとか、悪いとか。そんなのどうでもいいんです。

お願いします。是が非でも。

 

「そうか。じゃあ──」

 

ええ、それでは──

 

『今日も、よろしくお願いします』

 

 

 


 

 

 

毎日王冠での選択に後悔は無い。グラスワンダーを選んだ事に過ちなど無い。

だが、ただひたすらに反省があった。

怪我明けで無理をさせた事。

そんな状態でサイレンススズカに挑ませてしまった事。

でも、何よりも。

 

 

『Stay away!!』

 

 

あの時の、君の絶叫。

そして嗚咽。

あの──芦毛の戦士に向けた、感情。

詳細な内容までは知らない。けれど、その感情は鞍下から直に伝わってきた。

 

……そんなに好きなのか、彼が。

そんなにも、彼に良い所を見せたかったのかい。

彼に、あの姿を見せたくなかったのかい。

 

 

 

「今日はよろしくお願いします」

 

併走相手にまたがる調教助手に挨拶。お互いに頭を下げ、ウッドチップのコースに入った。

今日は有馬記念を前にしての最後の本腰調教、必然的に気合も入る。

………それに。

 

「久しぶりだね、」

「………ブルルっ」

 

()と走るんだ。半端では終わらせられないよ。

 

 

 

そうして、地面の状態を確かめてから……走り出す。今回は右回り、相手が先行。

デジャヴが過ぎる。色んな意味で。

 

「フーッ、フーッ…!」

「良いぞ、グラス」

 

調子は格段に良い。毎日王冠後はどうなるかと思ったが、ジャパンCの翌日からは見違えるようだ。飛躍度合いで言えば、デビューから朝日杯への過程を思い出す程に。

もしかしてだけど、それもクロスクロウに影響されてかい?

 

「君の視界には、いつも彼がいるんだね」

 

頭上から瞳を見る。その中に、銀色の尻尾が揺れているのを幻視する。

 

ノーザンファームでの事は知っていた。君の競走馬としての馬生はある意味、クロスクロウと出会って始まった。

3歳馬戦線の折も、近くで見てきた。レースで会う度、君達は歩み寄って鼻を突き合わせていた。確かに絆があるのだと、傍目から見ていても分かった。

毎日王冠の時なんて顕著だ。出走前、あんなに意気揚々としていた君は見た事が無い。

 

それを踏まえた上で、私が彼に抱く感情は……実はそこまで大きくはない、つもりだ。

飽くまでライバルの一頭。数あるそれらの中でも特に因縁があって意識こそしているけれど、特別な感情は無いと自分では思っている。

頭勝負で負けて朝日杯を奪われたのは心から悔しいし、それをキッカケに「戦士の怪物退治」としてグラスをヒール気味に紹介されたのもいささか不満だけど相手は馬だ、そこに変な感情を抱いてもしょうがない。

 

でも、グラス。君はそうじゃない。

よく考えれば、それで済む筈が無かった。

 

「有馬にクロスは出ないけれど、」

 

さぁ、今だ。

 

「見せてやりたいよな…!」

 

私達は、こんなんじゃ終われないと。

手綱を扱く。鞭は要らない、君なら分かるだろう?

 

『───はい!』

 

ほら。

 

 

 


 

 

 

『若いな』

 

前から声が聞こえる。

 

『悪いですか』

『いや。俺個人の問題だ』

 

何だろうか、不思議な馬だった。寡黙さはまるで真逆なのに、クロと同じ何かを感じる事が。

 

『空回りしそうなんだろう』

 

ボクのコンディションを、察してくる所とか。

 

『知った風な事を……!』

 

でも、クロ以外に見透かされるなんて癪だ。その悔しさが胸の内に火をつけそうで、爆発しないかと自分でもヒヤリとする。

まだだ。これは本番まで取っておかないと。

 

『……ふむ』

 

そんなボクを見て、彼は何を思ったのか。

 

『なら、こういうのはどうだ』

 

その瞬間、ボクは驚いた。

きっとマドバさんも、様子を見るに相手に乗ってる人間さんすらも。

 

『さぁ、どうする?』

 

下がられた。

まるで、クロの走りのように。

 

「……()()()()、君はどこから情報(そんな物)を仕入れてくるのかなぁ……!」

 

マドバさんが何か言ったけど、それどころじゃない。

なぜ貴方が、その走りを?

 

『これで負けたと聞いたぞ』

 

ほらどうする、と。彼はそう言った。足を溜める気配がする。

……この状況で、意外な事に。

 

『そうですか』

 

何でこんなに冷静なのか。

ボクが破られた走りなのに。

それをクロ以外にやられているのに。

 

「グラス」

 

……マドバさん。

 

「見せてやりたいよな」

 

ええ。

ええ、その通りです。

急に落ち着けた理由は、未だ分からない。でもそれすらも利用して。

乗り越えて。

ボクらは、高みへ。

 

『───はい!!』

 

 

 

精神一到

          Lv.4

 

 

 

 

 

 

『また良い相棒に会えたな、窓葉』

 

 

 


 

 

 

調教は色んな意味で予想以上に終わった。

まず、グラスは自己ベスト更新。これは良い、凄く良い。望んだグラスが戻ってきた事の証左だ。

次に、強度超過。明らかに本来想定した分を超えた疲労、本番までに回復するとは思うけれども。

 

「お疲れ様、グラス」

『ぶるっ』

 

これ以上負担を掛けないよう降りて撫でれば、彼は誇らしげに鼻を鳴らす。そうだ、この調子で行こうな。

 

……さて。

 

「ちょっと失礼します」

「えっ、あっはい。どうぞ」

 

グラスを専属の人に任せ、私は今日の併走相手に歩み寄る。どんな走りをした後も変わらないそっけない表情、()()()からまるで変わらない。

 

「息災で何よりだよ、ラストアンサー」

 

忘れていない。忘れられる訳がない。

……君からすれば。私の顔など、見たくなかっただろうか。

 

『…お前が元気なら、アイツも嬉しいだろうさ』

 

唸るような、でも怒りの無い吐息。君はそこに、どんな意味を込めたのか。

ライスが生きていれば、僕にも理解できただろうか。

今回、君と会えたのは偶然に偶然が重なったから。移送に際して地方から一時的に美浦に預けられた君と、有馬を控えた私達。こんな機会は、意図しない限り二度と無いだろう。

 

「君は複雑かも知れないけれど、僕は無事だ」

 

ライスのお陰で、助かった。

 

「もう、大丈夫だから」

 

もしも万一、心残りになっていたのなら。

もう、良いから。

 

『……良かった』

 

その瞬間だけ、心が通じた気がした。

 

『気張れよ、有馬』

 

応援を、貰えた気がした。

ああそうだ。もう、負けはしない。あの時獲れなかった栄冠を、獲らせてやれなかった栄光を。

 

グラスワンダー。

彼は、あの仔じゃないけれど。

 

『見ていてくれよ』

 

グラスが、クロスにそう思うように。

私は君の視線を、ずっと背負い続けよう。

 

それが咎であろうと、祝福であろうと。




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