どーん。
擬音語を付けるとしたら、多分そんな感じ。
『サンキュー生沿』
「なに、間に合って良かったっすよ」
「急に言われたワイらの気持ちも考えて欲しかったけどな」
「『サーセン』」
生沿と一緒に頭を下げると、臼井さんはなんか凄い表情を浮かべて後ずさる。あれ?なんかドン引きさせちゃった?
「……謝罪したのか、クロス」
あっやべぇ!宮崎のおっさんの言葉で思い出したけど、俺って馬だったわ!そら頭下げられたらビビり散らかすわな!!
っかしーな、流石に最近はウマである自覚を持てたと思ってたんだが。ジャパンCから人間としての癖がぶり返してるような気がするのは気の所為?
『クロー!早くー!!』
「クs…親父!生沿さん、臼井さん!始まっちゃうよ!?」
『あいあい今行くって』
「ε≡≡≡ ┌(┌^o^)┐」
なんか急に倒れたと思ったら今度は這いずり始めた気持ち悪い宮崎のおっさん、そして生沿達と共にスペ達の方へ。なぁ生沿、宮崎さんはどうしちまったんだ?
「あー……美鶴ちゃん、“お父さん”って呼ぶのが恥ずかしくなっちゃったらしくて。かと言って前と同じくクソ親父って呼んだら宮崎さんが死んじゃうらしいから、照れ隠しに“クソ”の部分を外して呼ぶようにしたらしいんすよね」
『で、その結果がアレと』
「ショックを受けながらも娘の呼び声に応じるのは父親の鑑……なんすか?」
「んな訳あるか。子供が出来たら間違ってもアイツの真似だけはすんなよお前ら」
へいへい、そも俺はなるとしても種牡馬だから産駒と会う事ほぼ無さそうだけどね。そもそも種牡馬入り出来るかどうか。
「へ?無茶苦茶望まれてるっすよクロの子供」
『は?んな訳ないでしょ俺みたいな雑草』
「どしたんや?」
あ、聞いてくれよ臼井さん!なんか生沿が迷い事言い出したんだよ!
ってそうだ、俺の言葉は生沿には通じても他の人には通じなかったわ。ままならんね!
「クロが、自分は子供残せないと思い込んでたんすよ」
「……自分の価値を本人、というか本馬だけが分かってないパターンか。馬主と揃って面倒臭い奴らやなぁ」
『えぇ………』
妙に前向きだなぁ。あれか、俺馬だけど他人事ってか!
なんか血統が判明したらしいのは厩務員達の話で知ってるけど、あんな片田舎で辛うじて生きてた程度の血がそんな求心力ある訳無いやろ!はーやだやだ、見るまでも無いね。どーでも良いわ(gkbr)。
……そう。俺の事なんか、本当にどうでも良い。
『有馬は』
グラスは、まだか。
厩舎に備え付けられた一室。急拵えの筈なのに暖冷房完備、床も寝藁で敷き詰められて快適な、馬房にも似た大きな部屋*1。
その入り口から真反対の壁に備え付けられたテレビスクリーン、その前に座って俺は問うた。スペは、首を横に振った。
『分かりません。そもそも何が始まるんです?』
『あの
『えー!?何それすごい!流石人間!!』
『……お前、結構前*2に《僕の新馬戦を見てて》って言ったじゃん。テレビも知らないで俺がどうやって見ると思ってたんだ?』
『クロならなんとかするかなって』
『雑ゥ!!』
まぁいい、ホントにいい、さっきから言ってるけど今は何よりグラスなんだ。キングなんだ。スカイなんだ。
「有馬記念は例年通り第9レース、15:20発走。後もう少しだよ」
『生沿は本当に気が利くなぁ』
『むむ……なんかポジション奪われた気分です』
「凄い!本当にクロスの思ってる事が分かるんですね!」
「わはは、凄いっすよね俺〜!!」
「調子乗んなボケナス」ドゴッ
「メイケイッ*3」
グラスは俺に言った。見届けて、笑って受け入れろと。
俺はスカイに言った。次戦う時に全てを賭け合おうと。
……見逃すものかよ。アイツらがその意志を懸ける、これからの一分一秒を。
『キングはどう出ますかね』
『分からん。流石に3000mは長かったようだけど、キングの強みは基本どんな長さでも対応できる距離適性の多彩さだ』
キングの適性って、俺の人間の頃の時代でも謎のままだったからな。最終的に短距離でGⅠを勝ったとはいえ、アイツが本当に輝ける舞台は一体どこだったのか。
……
『何がです?』
『キングがそう言ってたんだ』
丁度、有馬記念前の最終調教とかそこらへんだったっけな。軽い流しの併走に俺が駆り出される感じで。
『関係無い?』
『馬場も距離も、作戦も。何もかもだ』
俺を差し切ったキングは、そう宣言する。
『不安が無いとは言わない、でもその場に選ばれたという事実は変わらない。なら、どこだろうとどんな状況だろうとベストを尽くす。それが王様の威厳って奴だろう』
『おお……』
『そこに釈明の余地なんて無い。残さない』
素直に、凄いと思った。俺は今まで負けた相手がひたすらに凄い奴らだったから素直に飲み込めてきたけど、もし個人的に納得出来ない相手だったりしたら言い訳吐き散らしてるかも知れん。でもキングは今、そんな無様はしないと言い切ったんだから。
『流石だなぁ』
『は?』
『へ?』
と思っていたら、何か琴線に引っ掛かっちまったようで。
キングが首を傾げる。俺も首を傾げる。謎の間。
『何言ってるんだ、貴方は』
すると彼は、こう言った。
『貴方が見せてくれたんだぞ、それを』
『よく分かりませんが、キングも良い感じですね』
『ああ。よく分からんが』
いや、本当によく分からん。なんか変な余波与えてないと良いんだけど。俺のアホみたいな根性走法とかマジでやめてくれよ、明らかに健康に悪いしアレ。
「……馬場入場だ」
っとと、そうか。もうそんな頃合いか。集中だ集中。
て、初手マチカネフクキタル!豪華過ぎだろ!屋根奥分さんだし、こりゃ強敵だぞ。
グラスは1枠2番か。そのまま良い位置に付けると良いけど───
──ん?
『どうしたの?』
「どうかしたのか?」
「なんだ、生沿君」
「いえ、クロスが急に困惑し出して」
いや、だって今。グラス、俺の事見なかった?
これテレビだよな?一方通行の情報媒体だよな?気の所為だよな?
『……グラスなら、まぁ』
『言い淀むのやめてくれ。嬉しいけど』
「嬉しいのか……」
まぁ俺の自意識過剰ってオチなんだけど、そんぐらいグラスから意識されてたら冥利に尽きるってモンで。でも目の前のレースには集中してくれよな!!
『ってエアグルーヴ先輩にステゴ先輩まで出てるじゃねぇか!改めて考えるとマジでとんでもねぇ有馬記念だなオイ』
『大丈夫ですかね、グラスもスカイもキングも……』
『……信じようや』
今の俺たちは観客、蚊帳の外。だったらやる事は、言われた通りに見届けるまで。
だから、応えてみせてくれよ。
『勝てよ』
三頭の内、誰に言ったのか。正直自分でも分からない。
でも、そう願わずにはいられなかった。
『こんにちは、グラスワンダー』
『キング君……ですか?こうして会うのは初めてですね』
ひと目見て、俺はすぐに察した。これはクロの奴がお熱になるのも頷けると。
同時に、その大人しそうな顔の奥に秘めた恐ろしい“熱”にも。
『……ここにいる奴ら、全員取って食うつもりか?』
『それでクロの居る場所に辿り着けるのなら、吝かじゃありませんね』
『オイ待て初手から予想を超えてくるのやめろ』
責任取れよクロ。お前相当コイツの価値観狂わせてるぞ。
そう内心で呟かないとやってられない。やれやれ、今回のレースも相当厳しそうだ……!
『あらあら、キングにグラス君。2人だけで揃うのも珍しいですなぁ』
そんな所に来た、もう一つの頭痛の種。ここに
『スカイお前……』
『いやはや、菊花賞から2回くらい月が同じ形をしましたけれども。久し振りのレース、気合い入っちゃいますなぁ』
まぁ良い。熱意を取り戻したのはまぁ良いんだ。それは普通に嬉しいから。
けど、取り戻し方がなぁ……
『何かあったんですか?』
『……聞かないでくれ』
グラスにだけは言えない。スカイの豹変ぶりを前にして、クロから強引に聞き出してみたけど、アレはグラスにだけは言えない。言ったらまた拗れる。何ならもう拗れてる。
『ところでだけどさぁ、グラス君』
『なんですか?』
でも出会ってしまったものは仕方がない。ええい、ままよ。どうとでもなれ。
と思いながらも、注意を欠かさずに会話へ耳を傾けた。
『君はさ、クロスにとっての自分がどんな存在かって分かったりする?』
『……大切な友人と思っていて欲しい、とは』
『ふふぅん、成る程成る程』
ここで意図を読めた。皐月でも覚えがある。
グラスを掛からせるつもりか、スカイ。
『じゃあさ。君をここで磨り潰したらそれは、クロスへの最高の挑発になる訳だね!』
『うーわ……!』
“目の前の相手を見ないフリ”をしつつ、“勝利宣言”して“大切な相手を侮辱”するか。そこまでやるのか!?
しかしどうするつもりだ。この策は下手に嵌り過ぎると禍根が後に残るぞ。皐月の時は、俺達の幼さをクロがカバーしてくれたからこそ穏和に済んだっていうのに…!
不安を胸にグラスの方を向いた。俺にクロの代わりが務まるだろうか。いや、“代わり”に甘んじてる場合じゃない。ここでも、俺なりのベストを尽くして事態を収集しなければ……
と、思っていたのに。
『……そうですか』
まるで、何一つ意に介してないかのように、グラスは泰然自若で。
『それで貴方が全力を出せるのなら、ぜひ喜んでどうぞ』
『……へぇ?』
『でもこれだけ言っておきますね』
何だ。何だこの薄寒さは。
恐怖してるのか、俺ともあろう者が。
キングともあろう者が……!
『貴方がたがどうしようと、どうなろうと、クロの視線はボクの物ですから』
グラスは去った。これで話は終わりだ、とでも言いたげに。
『怪物……』
そんな彼に対し、思わず口を突いて出た言葉がこれ。間違いない、本当に食い散らかすつもりだ。
ここにいる俺達を、先輩も同期も構わず根こそぎ……っ。
『いやはや、見事にカウンターされちゃったねぇ』
『……ほざけよ。お前も大概燃えてるじゃないか』
『そうだよ、燃やされちゃったんだよ。あーあ、掛かっちゃうヤダヤダ』
しかしその熱を、スカイは上手いことやる気に変えているようで。そういう器用なところが本当に羨ましい。
っていけない。俺のペースを取り戻さなきゃ、レース前までに整えないと。
……でも、良かった。
『
嬉しいような、悔しいような。何が悔しいって、とことん俺が力になれなかった事。
その点、凄いよクロは。たった一回の伝言で、スカイもグラスもここまで立ち直らせてしまうんだから。
なんて思ってたら、スカイは。
『キングのお陰で、なんとかね』
と。
ん?俺?
『俺、お前に何かしてやれたか?』
『え?ずっと話し相手になってくれたじゃん』
『それだけだろ』
『それだよ』
何言ってるんだ、その程度の事なら誰にだって出来るだろ……という問い掛けをする前に、スカイの破顔で何も言えなくなってしまう。
『ありがとうね、キング。お互い頑張ろ』
何だ。さっきからつくづく、調子の狂う事ばかりだ。
………ええい、気合を入れろ!
『上等だ、今度こそ俺が勝つ!!』
励まされっぱなしじゃ血が廃る、名が廃る。
貴方達、後から泣き言言っても聞かないからな……!!
エアグルーヴは見ていた。これからの時代を担っていく、若い命の触れ合いを。
『良い物を見れた』
納得と、一定の満足が口から零れ落ちる。泣いても笑ってもこれが最後、だからこそ。
『後進がここまで来たとなれば、心残りも殆ど無いな。スズカともう一度走りたかったが……』
『……私はまだ、先輩に学びたい事があります』
『言うなドーベル。誰も彼も、微塵の心残りも無く終われるものか』
『…はい』
受け入れつつも、納得しがたい感情を隠せない後輩を背にエアグルーヴは笑う。このような出会いに恵まれて良かった、と。
そして。
『まさかお前達にも見送られる事になろうとはな』
『そりゃあもう!偉大な先輩ですし!』
『……俺は見送りたくてここにいる訳じゃねェ』
マチカネフクキタルに、ステイゴールド。
『エアグルーヴ先輩の為にワタクシ、勝たせていただきますーッ!そして安産祈願を貴女に……』
『フクキタル、お前よく牡馬の身で牝馬の私にそれが言えるな』
『もうお前黙ってろ』
『フンギャロ』
体当たりで押し退けたのは、人間嫌いの黒鹿毛。フンとため息を一つ吐いて、彼は視線をエアグルーヴに向ける。
『テメェの次の仕事は、適当にあてがわれた牡馬の子を孕む事だ。人間の望む通りに』
『まるで見てきたような口ぶりね、ステイゴールド』
『親切な
彼とドーベルの間で火花が散る。心なしか、ドーベルの身体がこわばっているのは御愛嬌か。
やむなく、エアグルーヴは間に割って入る事にした。
『ストップだ。ここからは私が引き受ける』
『でも……』
『だが見ておけ。これがお前に見せられる、先達としての最後の私だ』
『……!はい!!』
威勢の良い返事に後顧を断ち、向き直れば。
『ステゴさん!女の仔相手になんてクチ聞いてるんですか、モテませんよーッ!!』
『うるせェーッ!!噛むぞ!?』
『噛みつきながら言わないで下さギニャーッ!!』
『お前ら……』
もはや呆れかえるしかない漫才の光景。それが一区切りするのを待ってから、エアグルーヴは毅然とした態度で問うた
『ステイゴールド、お前の答えは変わらないか?』
『……ハッ。
『いや、それで良い。安心した』
『あ?』
どういう意味だ、と問い返される前にエアグルーヴは畳み掛ける。この一月で得た、己の“答え”で以て。
『私は走り続ける』
『……引退の意味、分かってんのか』
『あぁ。だが私の血は、ターフの上で受け継がれ続けるだろう』
母の血が、私の中で走り続けたように。
そう告げて、彼女は微笑んだ。
問うた。
『それが私の生き方だ。ここに私の“充足”があるんだ』
お前はどうだ、と。
『……さァて、な』
『その様子じゃあ、まだまだ見つけるには遠いか』
『黙れ!
それを受けて、ステイゴールドは内心の荒れ具合を隠さない。そのまま彼は、踵を返して去ってしまった。
残されたドーベルとフクキタルはと言えば、ただただ困惑するばかり。
『ちょ、待ってくださいよー!あっ先輩!シラオキ様も夢の中で貴方の無病息災を祈っていらした事をここにご報告します!それではまたいつの日かー!!!』
『お、おう……じゃあな、フクキタル』
そうして、フクキタルも去り。漸く事態に追いついたドーベルが、ここで口を開くに至った。
『せ、先輩。牡馬相手に怯まないの、やっぱり格好良かったです……が、何の話だったんですか?生き方がどうとか充足がどうとか、よく分かんなくて』
『ああ、そこが引っ掛かっていたのか。簡単な事だよドーベル』
そう言って見つめた先には、観客席の方をじっと睨んで佇むグラスワンダーの姿。内に怪物を秘める彼は、何を思ってそこにいるのか。
そんな彼。いや、彼らにこそ。
『魅せてやりたいのさ』
“先”を走って、得た答えを。
『満ち足りたいのさ』
走り切った者としてのプライドを。
『このままじゃ、終われないのさ』
クロスクロウに先を
後輩に生き方を示されたまま終わっては、女帝の名が廃る。
『ドーベル、“足る”を知れ。だが“渇き”を忘れるな』
そして、その為にも。
『最後の最後に、無様な背中は見せられないのだよ……!』
『……ッ!!』
年末。中山の直線に夢が集う。
怪物か、策士か、王威か。
はたまた、女帝をはじめとする他の世代が意地を見せるか。
戦士が見守る中。年末最後の大一番が、ここに幕を開けたのだった。