また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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【Ep.51】締括!

終わった。

グラスが、勝った。

 

『うわーい!グラスが勝ったー!!』

「オイはよスペシャル押さえろ!」

『今度は僕だってやってやるからなー!?』

「無理です。もう手綱が手から離れてます」

『負けてたまるかぁー!!!』

「何やっとん」

「手が千切れそうになりまして……」

 

はしゃぎ回って跳ねまくるスペを横目に、俺は再びスクリーンに目をやった。画面の向こうで栗毛が、色鮮やかに輝いている。

眩しいなぁ。本当に、輝かしいなぁ。

直接見たかったなぁ。

 

「憧れなんすか、グラスが」

『そらもう、つい昔の渾名で叫んじまう程度には』

 

憧れも何も。“脳を焼かれた”って慣用句があるけど、俺にとってアイツはまさにそれだ。

ノーザンファームで、ずっと至近距離で見てたんだから。

生沿も、勇鷹さんに対してそうだろ?

 

「うーん、なんつーかベクトルが些か違うような……いや、気持ちは分かったっすよ」

『なら良し』

 

うんうん。じゃ、やる事は決まったな。

 

「えっ何が?」

 

とぼけんな、お前に分からん筈が無いだろ。

今この瞬間、俺の中に渦巻いてる熱い衝動が。

 

「……ったく。延焼を食らう側の身にもなってくれよな」

『たはー、そりゃスマン。改善無理だ』

「良いっすよ、そういう所に惚れたんだから……!」

 

そう言うと、生沿君は立ち上がって部屋のドアを開けた。全員の視線が彼に集まったところで、俺も立ってスペの手綱を咥える。

さ、行くか。

 

「併せ馬、行かせてくるんで。失礼しますね」

『今日のレースの想定でやるぞ、ついて来れるなスペ?』

『勿論ですよー!!』

「オイ待てェ失礼するんやないで」

「『『行って来まーす!』』」

「待てぇ言うとるやろがぁぁ!!」

 

グラスは示した。言った通りの()()()()()を、その実力で示して。キングもスカイも先輩達も捩じ伏せてみせた。

そうだよクロスクロウ、当然じゃないか。

俺の知るグラスワンダーが、“最強”である事なんてさ!

 

『待ってろよぉぉぉ!!』

 

迸る嘶きは、誓い。己への戒め。

次の有馬こそは。いや、どんな舞台だとしても。

最強の怪物(おまえ)に相応しい、最強の戦士(おれ)として。

 

グラス。

 

『また、お前と……!!』

 

 

「うわぁぁぁぁ騎手による意図的な放馬やぁ!!何やコレ*1

「臼井、ところで話があるんだが」

「今それどころちゃうねん、頼むから黙ってて」

「(´・ω・`)」

 

 

 


 

 

 

──また、勝てなかった。

 

『クソッ!』

「今回も、ダメだったか……」

 

悔し紛れに地面を蹴る。そんな事すら出来なくなった時こそ、俺の“格”が決まってしまう時だろうから。

フクノベ、お前もだぞ。おい!

 

「なんで上手くいかないんだろう……生沿君にも悠々抜かされるし……キングにとって、クロスクロウにとっての生沿は俺じゃないのかな……」

『ほざくな!首を下げるな!!』

 

確かに『もっとしっかりしろ』と思う事はあるけど、ずっとお前が乗ってくれて感謝してるんだよこっちは!今更自信を無くして、俺を置いていくなんて許さないからな!

 

「……っとと。ああ分かってるよ、ごめんなキング」

 

本当に分かってるのか?分かってたら良いんだけど……

お前だけでなく、俺の隣もしょぼくれてるし。

 

『スカイ、元気出せって』

『………』

『こういう事もあるよ。な?』

『……』

 

これは…不味いか?逆戻りしてしまったのか?なんて懸念が脳裏に浮かんだ、その瞬間。

 

『スカy』

『あ゛ーっ!!!もー!』

『!?』

 

突如咆哮。でもそれは、前の時よりも重苦しさが無くて。

心から、安心した。

 

『何だよもーっ、グラス君やば過ぎ!オレももう一足伸びればなぁ……!』

『敗因を探さないとな。俺の場合はフクノベと息を合わせ切れなかった』

『オレのは領域(せかい)を無理に序盤に使っちゃった事!やっぱ最後のコーナーで使うのが一番良いのかなぁ』

『悔しがっているのに冷静だなぁ。でもお前、あの走りってもしかしてサイレンススズカの……』

『うん、エル君から聞いた大逃げを参考にしてみた』

 

3000mでいけたんだから、2500mなら特に息入れる必要も無いかなってさ。でも甘くなかったよ……

バテを隠さずそう宣うスカイに、俺は呆れるやら尊敬するやら。なんて挑戦だ、俺に出来るだろうか。

 

『お前は凄いよ』

『えへへ、そう?でもキングだって──』

『少し失敬するぞ』

 

ここで割って入って来たのが、無茶苦茶強いレース運びをしていた先輩の美牝(びじょ)。エアグルーヴ、だったっけ?

そしてその後ろで不機嫌そうなのが、メジロドーベル先輩?こちらは美牝というより可憐という感じ。

 

『どうぞ。で、何か御用ですか?』

『いや、未来を担う者達と少し話したいだけだ。私はこのレースで引退だからな』

『あらぁ……勿体ないですな。まだ全然いけそうなのに』

『そうなんですよ!先輩はまだまだ無双出来る筈なのに、ニンゲンが……』

 

うわ、強火オタク。クロの話題になった時のスペさんみたいだな(直喩)。

 

『こらドーベル、私はもう限界が近い。復活したスズカ相手に醜態を晒す事になるよりも、この道の方が私としても都合が良いのさ』

『でも私、先輩ともっと走りたかったです』

『私だってそうだ……が、こんなに良い後輩に、そして新星達に恵まれた。これ以上の終わりを望んだら、バチが当たってしまう』

 

そう言って、先輩はドーベルさん、俺、スカイの順に見た後───グラスの方に視線を向ける。

彼は静かに、歓声の中で立ち尽くしていた。誰も立ち入れない空間だった。

 

『……してやられたよ。本当にまだ生まれて4年目なのか?』

『ニンゲンが間違ってなければ……』

『あの威圧、ヤバかったですよね』

『私とか一瞬で飲み込まれちゃったし……悔しい』

 

いや本当、どこからあんなのを出せるんだよグラス。今でこそあの美しい風貌で感動的な風景を演出してるけど、怖かったなんてレベルじゃなかったぞ?ドーベルさんとか、悔しがりながらも足震えてるし。

でもそんな中でも、揺るがされなかったスカイと先輩はやはり格別なんだろう。追い付きたいな。追い付けると良いな。

……いや。追い越したいんだ。

 

『何を言ってるんだ?』

 

え?何ですか、先輩。

 

『お前は、既に私達と同じ土俵に立っているだろう』

 

????分からない、何の事を言っているのか。俺は運良く回避しただけなのに、それで同格扱いされても。

何より俺は、まだGⅠ(大きいレース)の1回だって勝ててないんだ。そんな状態で胸なんて張れませんよ。

 

『でも、次はありません』

『私にも無いぞ』

『俺にはありますから』

 

スカイも。記憶に残った先輩の幻影も。

グラスも。彼に並ぶクロさんにも。

 

『負けない……!!』

 

 


 

 

去っていくキングの背中を見送って、オレは一息吐いた。彼も入れ込んでますなぁ、他馬の事言えないけどさ。

 

『しかし彼、気付いてるんですかねぇ』

『いや、まるで無自覚だろう』

『ですよねー』

 

先輩と頷き合う。キング自身はまだまだだと思い込んでるけど、彼はもう私達と完全に同格、またはそれ以上。

だって……

 

『グラスの威圧、全然効いてなかったですからねぇ』

『完全に()()()だったのにな』

 

あの時、キングは気付かなかったようだけど……キングの()()()()()も、グラス君からのプレッシャーを受けて総崩れしていた。なのに、キングは平気。

領域(せかい)に、入ってすらいなかったのに。

 

『……クロスクロウとかエルコンドルパサーとかいう半端じゃない奴もいるらしいし。貴方の世代はどうなってるのよ』

『さぁ?最強世代なんじゃないですか?』

『……図太さはステイゴールドに匹敵するな。ホワホワさでは流石にブライト程じゃないが』

 

『凄い末脚でした〜』とグラス君に近寄っていくもう一頭の先輩の方を見て、はぁーっと溜息する先輩。でもその顔はどこか清々しい。

諦めを孕みながらも、満足と未来を見据えたその横顔に思わず見惚れてしまう。

 

『ドーベル、今日のレースを忘れるな。お前はもう“追われる側”であり、背中を見せていかねばならないのだから』

『……それでも、私の憧れる背中は貴女ですから』

『囚われるなよ』

『分かっているつもりです』

『なら良い』

 

それだけ言ってから、青を纏う背中は去っていく。オレもいつか、あんな風に消えていく時が来るのかな。

でもまぁ……その時は彼女みたいに、胸張っていたいなと。

 

『踏ん張れよ、貴様ら。もう時代はお前達の物なのだから……!』

 

初対面なのに、心から憧れてしまったのだった。

 

 

『そっ……そんな訳ないしーっ!?オレが愛する牝馬はフラワー姉だけだしーっ!!』

『どうした急に』

『ふざけないで!先輩より凄い牝馬なんている筈ないわよ!!』

『あーもう滅茶苦茶だ……』

 

 

 


 

 

 

「いやぁ、やっと見せられましたよ。万全のグラスワンダー。どうだったよ、勇鷹君」

 

満面の笑みで言う窓葉さんに僕は苦笑い。これからグラスワンダーと対戦する度にあんなデバフを撒き散らされ続けるんじゃ、受ける側からしたら堪ったものじゃない。

 

「冗談じゃありませんよ、ちょっとは手加減してくれません?」

「手加減って何だい?」

「アカン珍しく調子に乗ってブロリー化しておられる」

 

まず血祭りにされるの、もしかして僕ですか?うーんエアグルーヴが落鉄してなければ……ってダメだな、競馬にIFは無いんだ。落ち着こう。

 

「いや実際、手心が欲しいと思ってしまうぐらいだったよ。見事だ窓葉さん」

「「奥分さん」」

 

あー良かった、常識人が来た。これで勝てる*2

……あれっ。

なんか、ハイライト消えてません?

 

「アレを上回れるのはルドルフだけだね」

 

あっヤバい!脳灼かれ(ルドルフ限界オタク)モードだ!

説明しよう!奥分さんはなんか色々と限界に達した時、何でもかんでも愛馬シンボリルドルフに絡めて周囲にマウントをとってしまうのである!

ただ比較対象が比較対象過ぎて「まぁアンタ達程のコンビ相手なら……」と大体受け入れられるのが通例だったりするけど。

 

………けど、今回ばかりは違った。

 

「または、生沿君の乗ったクロスか」

 

空気が凍る。僕と窓葉さん、それぞれ別の方向に。

僕は困惑。このモードの奥分さんが、まさかルドルフ以外を最高到達点として持ち出してくる事自体が予想の範囲外だったから。そもそも生沿君はまだ1年目が終わった所だというのに。

一方の窓葉さんは──敵意とすら呼べるほどの、執念。

 

「それこそ冗談はよして下さい。この走りはクロスクロウ、彼にやり返す為の物です。コレで勝てなければ()()()()()

「《私の乗った》クロスに、だろう?ジャパンCのあの走りを手に入れた彼らに、勝てると思っているのかい」

「だから、勝たなければ意味が無いんですよ」

 

バチバチと唸る視線の火花。挟まれた僕、打つ手無し。勘弁してくれ。

 

「……まぁ、ここで言い争っても仕方が無いな」

「そうですね。肝心のクロスクロウも生沿君もいないのでは」

 

それを皮切りに、一斉に両者の視線が僕に向いた。はいはい、言いたい事は分かってますよ。分かってるんですけど、もう少し自重してくれませんか御二方?

 

「「生沿君への指導、ぬからないように頼むぞ」」

「重過ぎますって!!!」

 

今この場の重圧も重責も!いやね、そりゃ生沿君がクロスに乗るのを推したのは僕ですよ。潰れないようサポートするって言ったのも僕ですよ!でもその責務も、ジャパンCで生クロコンビが立派に独り立ちしたから果たしてる筈なんですが!?少なくとも僕はそのつもりでしたが!?!!?

でも偉大過ぎる先輩方×2を前に、とてもじゃないがNOなんて言える筈が無い。仕方なく僕は、周囲を見回して視線で助けを求める。

 

(縦峰君、代わってくれ!たった10秒だけでいいんだ!)

(無理ですよ*3)

(海老奈!!)

(言っとくけど、俺は窓葉さんと同じ意見だからな)

 

が、全滅。明らかな四面楚歌、なんなら通りがかった海老奈は心情的には窓葉さん側に就く始末。仕方が無い、やり方は後で考えるとして覚悟を決めよう。

 

 

 

しかし、なぁ。

 

(見事に応えてみせたな、生沿君)

 

一年前はあんなに頼りなかった君が、今では立派なクロスクロウの屋根だ。見違えるよう、と言うのはまさしくこの事を言うんだろう。

何たって、あのレジェンドとヒットマンからこんなに意識されてるんだから。

臼井さんに認められ、宮崎氏の予想を超えて、期待を上回ってみせたんだから。

 

(……追い越されたままじゃ、いられない)

 

だからこそ、この屈辱の現状をなんとかしないと。憧れてくれてる相手に先を行かれたままでは、格好が付かないにも程がある。

僕は君の指南役で……それ以前に、同業のライバルだろう?

 

「来年はどうなりますかねぇ」

 

スペシャルも、クロも、その同世代達は皆“古馬”になる。追いかけるばかりではいられない。そして生沿君も騎手人生2年目に突入する訳だ。

 

「面白くて……つまらない事の無い一年になるだろうさ」

 

奥分さんのその言葉に、僕も窓葉さんも笑った。肯定するに足る未来しか、見えなかったから。

 

皆が皆───先ほど味わった中山の直線に、クロスクロウと生沿君が加わる事を。

微塵も、疑っていなかったから。

 

*1
賢者タイム

*2
何に?

*3
悟り飯並みの感想




ウンスの矢印の種類
→フラワー:初恋。見合う牡馬になって迎えに行きたい
→エアグル:ちょい憧れ。あんな風に自信を持ちたい
→クロクロ:そのプライド、ズタズタに引き千切ってやるから待ってろ

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