もう大の大人となって数年が経ちますが、どうかこれからも拙作を宜しくお願いします
「おはースぺ!どーもスズカ先輩!!」
「おはよう、クロ!」
「おはようクロちゃん。相変わらず元気ね」
「それしか取り柄が無いもんで!」
カシャリ。
「キング~」
「何かしら」
「ノート見せて♡」
(無言チョップ)
「じゃばっ」
カシャリ。
「クロちゃんや、お昼食べたら一緒に昼寝でもしません?フラワーも積もる話があるっていうし」
「
「ありゃりゃ、ざーんねん。今日は絶好のお日様気分だと思ったんだけどなぁ」
「あとフラウンスの間に入るような不躾者になったつもりも無いんで」
「…君にだけは気ぶられたくないよ」
「!?!!?」
カシャリ。
「……ニシシシッ」
「グラス!!」
「っ!?…何ですか、クロさん」
「いや、一人だったから声かけただけ。隣良いか」
「えっ」
「もしかして嫌だった?」
「…いえ、全然…!」
「良かったぁ」
カシャリ。
「!」
「グラス?」
「……なんでもありません」
「クロス!今日の練習で併走付き合え!!」
「ジハじゃん。おkおk、どんな条件でやり合う?」
「芝1600m左回り。審判はグラス…」
「すみません、ちょっと用事が」
「って待て!待ってぇぇぇ!!」
「なぁ、たまには条件変えね…?隙あらばグラス巻き込む理由も分からんし」
「アイツに見られている時の君に勝たないと意味が無いんだよ!彼女がいる時は君、全戦全勝じゃないか!!」
「ジハが勝手に掛かりまくるからだろそれは!?」
「だが君自身、気合入っている自覚はあるだろう」
「それはまぁそう」
「おっ暫定メッカ発生してんじゃん」
「「ゴルシだ逃げろッッ」」
カシャリ。
「ふ~ん」
「シャカール先輩!あっファイン先輩と先約でしたか。お幸せに」
「オイ待てェ失礼すんじゃねェ」
「エアグルーヴ先輩、何か花壇に動物いませんでした今?」
「なに?本当なら由々しき事態だな、見てみるか」
鋏角亜門の8本足な節足動物「オッスオッス」
「うわああああああぁぁぁぁあああ!!!!!」
「死」
「マヤノ先輩!」
「ハヤヒデ先輩!」
カシャリ。カシャリ。カシャリ。
「ふふーんだ。ボクにかかればお茶の子さいさいだもんニー」
デジカメに溜め込んだクロスクロウの写真を見て、トウカイテイオーは茂みの中でほくそ笑んだ。かれこれ1日間張り込んでみたが、未だバレた素振りは無い。なんて簡単な盗撮だろうか、警戒心とか無いのか?
「えへへ。カイチョー、褒めてくれるかなぁ」
テイオーの行動原理は、諸々の例外を除けば1にルドルフ2にルドルフ。3も4も5もルドルフである。そんな敬愛するヒトにご執心の相手がいるとなれば、その為の行動に何の躊躇が必要か。
「で、なんで写真を撮ってるんですか?」
「クロクロの近況を記録して、カイチョーに教えてあげるんだ。シリウスが近くにいるから、カイチョーは思うように近づけないし」
そう、その為ならこんなスパイじみた間諜だってなんのその。マックイーンやネイチャが見たら呆れ返るだろうし、テイオーとしても彼女達に叱られるのは嫌だが、それでも止まる理由にはなりはしない。場合にもよるが。
「でもさ、何も後ろ暗い事だけをしてるつもりは無いんだよ?クロクロってばよく門限破りとかしてるらしいし、そういうのを止める為にも決定的な証拠を掴んでカイチョーの前に突き出してあげるんだ。後輩が間違った道に進んでたら、止めるのが先輩の役目だもんね!」
「……つまり、テイオー先輩はクロを貶めようとしている訳ですか」
「人聞きが悪いなぁ、実際門限破りは不味いでしょ。やってる本人が危ないし……嫉妬してるって言われたら、否定出来ないけどさ」
「いえ、気持ちはわかりますよ。私も彼女に危ない目には遭って欲しくないですし、憧れのヒトの視線は独占していたいですから」
「ダヨネー!!」
うんうんと、背後からの声に頷きを返す。そうだ、正直テイオーはクロスがうらやましいのである。だってルドルフの食いつき方がテイオーのデビュー前の時とは明らかに違う、程度が違う。自分以上に目を掛けられているという事実に、彼女はほんのちょっぴり我慢がならないのであった。
……理解は憧れから最も遠い、とはよく言ったもので。ルドルフがその執着を捨てたいと考えている事なんて、テイオーは露ほども勘付けない。少なくとも、今はまだ。
「ところでツルちゃんは関わっているんですか?今は御覧の通り、クロやスぺちゃん・セイさんと一緒に何やら話し込んでますが」
「いや、ツルちゃんは関係ないよ。ボクの独断だし」
ツルマルツヨシは、テイオーにとって可愛い後輩かつ最高の
さりとてルドルフが悲しい思いをしてる*1のを放っておくは論外だからこそ、テイオーはこうして動いたのだ。変な方向に。
「という訳で、この独自極秘任務は吾輩の独壇場なのだ。分かったら君も……」
そこで、気付く。
「…あれ?」
ボク、誰と話してるの?と。
「ええ、良かったです。ツルちゃんが無関係だと分かって」
その話し相手が、背後で何かを振り上げる。
テイオーの生存本能が、最大限の警鐘を鳴らした。
「これで——」
「ピッ」
「心置きなく撫で斬れる」
「ピエェェエエエ!?」
反射的に茂みから転がり出た瞬間、一閃。テイオー……正確には彼女の手元にあったカメラ目掛けて放たれた手刀の一撃は、藪を見事に斬り捨てる。
その向こうで、怪物はその全貌を見せた
「あら、躱されてしまいました。流石は奇跡の帝王、後続として一層尊敬させていただきます」
「いやグラスちゃん今殺す気じゃなかった!?」
「私が狙ったのはカメラ。先輩ではありません」
「それでも尊敬している先輩の背後から普通手刀は振り下ろさないよね!!?」
というか、そもそもなんで手刀で薮が斬れるのとか、最早刃牙じゃんとか、そんないろんな反論がテイオーの中で渦巻いたが。それらはとうとう、口から出てくる事は無かった。
「手刀に関しては、先輩の盗撮の件と相殺してお互い黙秘するという事にして」
「勝手に決めないで*2」
「それはそれとして、カメラは回収させていただきます」
瞬間、溢れ出る威圧。真正面からその直撃を受けて、テイオーの意識が揺れる。
その中で彼女は思い出した。この気迫に対する見覚えを。
いつだったか。2回ぐらい記憶にある。確かマックイーンも……
「って、逃げなきゃ!!」
正気を取り戻せたのは歴戦の証明か。見事に立ち直ったテイオーは、即座にその場から逃げ出した。
だが黙って逃すグラスワンダーでもない。幽鬼のようにゆらりと揺れたかに見えれば、即座に加速。
「逃がしません」
「逃がしてよぉ!!」
「カメラを渡してください」
「渡したらどうするの!?」
「データを全削除します。クロに不都合な物を世に残しておく訳にはいきません」
「いやだよーっ!!」
テイオーとしても、ここまでくるともう意地である。向こうのクロへの感情が勝るか、自分のルドルフへの感情が勝るか。今ここに、何とも無駄なマウントの取り合いが幕を開けてしまったのだった。
で、結果。
「観念してくださいませんか」
「ピワワ……」
奇跡のテイオー、裏庭にて敗北。コーナーで差を詰められた。なんでトゥインクルシリーズを走り終わったウマ娘にデビュー前の娘が技術で勝てるの?
木の枝に襟元を引っ掛けられ吊られたテイオーは、最後の足搔きとばかりに喚く。
「ぼ、暴力はんたーい!はちみー&ピース!!」
「私はお茶派です。さぁ、カメラを」
「やだーっ!!」
テイオーは諦めが悪い、悪くなければ有馬で奇跡など起こせていない。ギュッと懐にデジカメを抱き込み、最後の抵抗を試みた。
「き、聞いたよグラスちゃん!前にカイチョーと真っ向から張り合ったって!?」
「それが今、関係ありますか」
「なんでカイチョーがクロクロと関わるのが嫌なのさ!?」
テイオーへと伸ばされていた手が止まる。グラスは眉根に寄せた皴を隠すこともせず、答えた。
「彼女はクロを不幸にするからです」
「そんな訳無いじゃん!カイチョーの夢、知ってるんでしょ!?」
全てのウマ娘に幸福を。ルドルフの掲げた理想を知るテイオーは、グラスの懸念を払拭しようと叫ぶ。
そのことが、グラスの眉根を一層顰めさせるだなんて思いもせず。
「いいえ、彼女の夢はクロから必ず幸せを奪う。知ってるんですよ、私は」
「あのヒトの何をグラスちゃんが知ってるっていうのさ!」
「……あの場にいなかった貴女こそ、何を分かった気でいるんです?」
ここでテイオーも気付く。が、もう遅い。
「自分の欲望に一方的にクロを引き摺り込もうとしたルドルフさんを見てないから…
「カ、カイチョーはそんな事する筈が……」
「やったんですよ」
もうグラスワンダーは
話は終わりだと告げる虚無の表情に、未だルドルフの暴挙を信じられないテイオーは心から恐怖した。
(なんで、そんな顔が出来るのさ…!?)
テイオーには分からない。何故入学1年目の新入生がそんな気迫と力を出せるのか、何が彼女をそれほどまでに駆り立てるのか、そもそもグラスワンダーはルドルフに何を垣間見たのか。
至近距離で
だが、ここで素直に明け渡すのは違う気がした。
「じゃあ、さ…」
負けるとしても、その前に突かなければいけない点を見つけてしまったから。
「グラスちゃんこそ、
「何でも知ってますよ。
「クロクロ本人に聞いたの?」
その瞬間、グラスの青い瞳が見開かれる。まるで考えもしなかった事を言い当てられたかのように──否、実際そうなのだろう。
「今クロクロがどうしたいか、本当に分かってるつもりなのグラスちゃん!?」
「……そうでなくては、意味がありません」
「じゃあ無いよ!!クロクロがカイチョーを避けたいだなんて、そんな素振り全然無かったよ!?」
「ならば尚更なんです!……!?」
今の二言で矛盾が発生している事に、テイオーは驚いた。他ならないグラスすら、自分で戦慄していた。
最早彼女自身、何を言っているのか──自分が何をしているのか、したいのか、理解出来てない。
「違う、違う……違う!」
萌芽した己への疑念を振り払うように、髪が力任せに掻き乱される。千切れた栗毛が地に落ちる。テイオーは見ていられず、その痛ましさから思わず目を逸らした。
「私がやらなきゃ……私たちがやらなきゃ、クロは………」
「ならなんで…クロクロの意思がそこに無いの…?」
「だって、だってクロは……」
ギリギリと、歯軋りの音が聞こえてきそうなほど食い縛られた口元から。
悲鳴のような、嘆きが。
「
「俺が、どうかしたのか?」
その声がした瞬間、グラスは逃げた。
逃げ出した。
絶望に支配された足が、駆け出した。
「グラ、えっ!ちょ、待ってく、テイオー先輩なんですかこの状況は!?」
「あー…とりあえず枝から外して、降ろしてくれると嬉しいかなぁって」
そう言うと彼女は、即座にテイオーを支えて枝から襟を引き抜く。スポッ、という音と共に自由になる体。
それを見届けてから、クロスクロウはグラスを追う前に事情を聞き出す選択をした。
「テイオー先輩、何があったんですか?俺、何かやらかしました?」
その問いに、テイオーは迷う。ここで“グラスちゃんが君の扱いに困ってる”と言うのは簡単だ、後は自分の盗撮でグラスが怒った事を伝えれば、状況の説明としては完璧だ。
……なのだが。
(ボクが言ってもなぁ)
この件は、クロクロとグラスの意思疎通が成立していない事が発端である。それを理解出来る程度にはテイオーは聡く、そして効果的な介入方法が思い付かない程度にはまだ幼い。
結局の所、本人達が話し合う以上の解決策が浮かばないのだ。
何より、“約束”もある。
「……ボクが悪い事して、グラスちゃんを怒らせちゃってさぁ。いやはや、バレたらカイチョーに怒られちゃうよ」
「は、はぁ」
「だからさ、吊り上げられた件と併せて内緒にしてくれると助かるかなって」
「……色々聞きたいところですけど、分かりました」
宙ぶらりになっていたグラスからの提案を、テイオーは受け入れる決断を下す。その上で。
「ねぇ、クロクロ。グラスちゃんを追う前に言っておきたいんだけどさ」
「何すか?」
ここで先輩として、水を差しておかねばと。
その一心で、テイオーは言った。
「一回ちゃんと、自分が何をしたいかグラスちゃんと話しなよ」
その瞬間。
クロスクロウが浮かべた、それはそれはもう余りにも分かりやすい苦虫を噛み潰した表情に。
テイオーは、これはまだまだ拗れるぞと頭を抱えたのだった。
助けてカイチョー。ああ、カイチョーも渦中だ……。
何をしているのだろうと、何度も考えた。
もう幾度目の暴走だろうか。この身は感情の一つすら制御出来ず、ただひたすらに醜態を積み重ねる。
テイオー先輩に、失礼を働いた。脅迫までした。
その現場をクロに見られ、恥を捨てて逃げ出した。
後から追いついてきてくれたクロにも、そしてスペさんとも、「1人にして下さい」と会話を拒絶した。
そうして私は今……放課後練習すら捨てて、
「……私は、」
本当に、このグラスワンダーなどと言う阿呆は。
「何がしたいんですかね……っ」
愚鈍な頭を何とか出来ないかと、力任せに自ら頭蓋を掴み締める。だが、返ってくるのは鈍い痛みだけ。
こんな無意味な行動で、自傷するしか無い自分が嫌いだ。
クロの為に、何も出来ない自分が大嫌いだ。
「ボクは、いったい何の為に……!」
そもそも、クロを救うのは誰の為だ?
クロの為だと思っていた。思い込んでいた。
でも、違った。
「
クロがいると、ボクが嬉しいから。
クロと走ると、ボクが楽しいから。
クロの隣なら、ボクが幸せだから。
ボクが。ボクだけが。どこまでもボクは、ボクの幸せが大事でしかない。
対するクロは、前世でも、死ぬ時も、死んで全てを失った
「笑えてきますね」
自分本位もここまでくると、もう心からお笑い種だ。文字通り、他ならぬ自分の事なのに。
なんて悍ましい精神性だと、無意味な自虐に身を委ねるしか無かった。
「怪物、ですか。ふふっ」
前世で言われた通りの、人でなしになった自分。今なら言霊を信じられそうだと思った、その時の事だった。
何か、硬いものが砕ける音。それもかなり大きい。
「!?」
おかしい。今この時間帯、殆どのウマ娘は練習中で寮にはいない筈。なのに、こんなに大きな音が人為的理由以外で起きるなんて──
──いや。
1人、いる。ボクと同じく、前から今日は早く帰ると決めていたウマ娘が。
それも、ボクと同じ部屋に。
その結論に思い至ったその瞬間から、ボクは走り出していた。行き先は変わらない、ただ一刻も早く帰路に掛かる時間を短くする為に。
辿り着いたドアを、勢いよく開く。
「エル!」
そして見えたのは、粉々に砕けた洗面台の鏡。寮に元から据え付けてある物。
床に散らばったその破片と、それについた血痕。
最後に。
「………グラァス……?」
自身のベッドで、毛布に総身を隠した友人の姿。
何が、あったのか。
「
「……!」
問おうとした瞬間、目に入った物で全てを知る。
留め具の壊れたマスク。
そうか。
「見てしまったの……?」
「っ……」
毛布の下から返ってきたのは頷き。もう、明白だった。
ふとした拍子に、エルは見てしまったのだ。自身が最も憎む相手の、
「
「エル…っ」
震えるその身が、余りにも悲しくて痛ましくて。ボクは思わず、布越しにエルを抱き締める。
許しを乞うその言葉に、ひたすらに共感しながら。
エルの震えがボクにも伝わる。まるで共鳴するように、分け合って収める筈がより強くなる。
……寒い。
(凍えてしまいそう)
もう春も終わるのに。夏も近いと言うのに。
震えが、止まらない。
分かった。熱が無いんだ。ボク達を温めてくれた、彼の温かさが無いんだ。だから寒いんだ。
きっと、そうだ。
(でも、度が過ぎますよ)
無理だ。こんなの耐えきれない。
あなたの温もりが無ければ、熱意が無ければ、この“冬”を超えられる筈が無い。
こんな季節があるなんて、クロからだって聞いてない。
「………Please」
気付けば、その言葉は口からまろび出ていた。
あまりにも恥知らずな、足るを知らないその言葉。ボクはずっと前から貰って、貰って、もう満たされているのに。
クロから熱を貰って──奪っていたのに。
その所為で、前世ではクロこそが凍え死んだというのに。
今度は、ボク達こそがクロを助けなきゃいけないのに。
ボクはまだ、求めるのか。この駄馬が。
まだ助けてて貰わなきゃいけないのか、この……っ!
そう幾ら自分を叱責しても、止められなくて。
「…
寒いよ。
辛いよ。
ボク達を助けて。
お願い。
クロ。