また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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様子見しながら本日2話目

【2022/9/19 14:35】
柴畑氏と雄馬の面識について少し変更しました


競走馬編-親子
【Ep.52】揚羽!


「気に入らんな」

 

街を歩けば見える、聞こえる、押し寄せる。

 

「おま、それクロスクロウの!!」

「そうそう朝日杯の馬券!今じゃレア物だよ」

「お母さん、クロクロのぬいぐるみ!欲しい!」

「限定シャツかぁ」

「白い毛に赤目だから、見ようによっては日本国旗じゃん?ジャパンカップもあって、これ着てると一緒に日本背負ってる感じでさぁ」

「一応言っとくと白毛じゃなくて芦毛な」

 

目を閉じても鼓膜を叩く、耳を塞いでも視界に映る。

煩わしい。

 

「柴畑、意固地になり過ぎだ」

「お前にも似たような気持ちの一つや二つ、無いとは言わせんぞ」

「……そりゃ、そうだがさぁ」

 

それ以上は何も言えず、伊東聖徳は溜息を吐く。同じ蟠りを抱いてるのは、紛れも無く事実だったが故に。

だがそれを踏まえてなお、柴畑の怒りは強かった。

 

「あの男の馬なんぞ……!」

「馬に罪は無いぞ」

「分かっているさそんな事は!!」

 

苛立ち紛れにアスファルトを蹴り叩く。だがそれでも収まらない。

 

「忘れられるものか……」

「………っ」

 

2人の脳裏に過ぎったのは。

地面から離れた盟友の両足と、その手に握られた遺書。

忘れない。忘れはしない。忘れてはならない。

 

()()()()の血が持て囃されていると思うと!我慢ならんのだ!!」

「分かってる、分かってるから…」

「本当に分かってるのか!?」

「分かってるから!呑まれたくないんだ!!」

 

道の真ん中での怒号。そう、伊東もまた限界だ。限界だからこそ、溢れ出す怨念に流されぬよう必死だった。

そんな、普通ならば衆目を集めるであろう事態でも人々は見向きもしない。皆一様に、芦毛の戦士に夢中。

 

「……どうにもならない、か」

 

柴畑は吐き捨てた。もう時代は、潮流は、彼ら個人の感情では動かせない。その“向き”はクロスクロウによって定められてしまったのだから。

 

 

……が。

 

 

「いや、それにしても流石に騒がし過ぎないか?まるで芸能人でも見つかったような」

「言われてみれば凄まじい人だかりだな…」

 

気付けば身動きするのも躊躇する程の人、人、人。普段から人通りの多い道とは言え、交通が妨げられる程なのはおかしい。祭りでもなければ。

お祭り騒ぎになるような事でも、起きなければ。

 

「ばあば〜!!助けて〜〜!」

「おい伊東」

「何が聞こえたな」

 

耳を澄ます。人だかりの向こうへ。

 

「みつる〜!あの、皆さ、どいてくださ……!」

「柴畑、そっちは」

「任された」

 

必死に叫ぶ、同年代の婦人の方は伊東が。一方、柴畑は更に中心へ。

人の波を掻き分け、掻き分け。

 

「サインくださーい!」

「一目見させて!」

「押すなや!!」

「どけ!私がお姉ちゃんよ!」

 

やっと辿り着いた、その場所には。

 

「なんっ……人に、溺れ……うっぷ」

「……おいおい」

 

何の冗談だ、これは?

柴畑は上目遣いに天を、その向こうにいるであろう運命という神を睨んだ。憎んだ。

 

「あの!いっそ誰でも良いから……いやお父さ、あっぷぅ……たす、け…」

 

歳も。

性別も。

何もかも違うのに、面影があった。

愛すべき姿と、憎むべき陰が同居していた。

 

 

「宮崎美鶴……!」

 

宮崎斗馬の孫娘。

宮崎雄馬の愛娘。

何故、ここに。

 

 

 


 

 

 

熱い、と思った。

何をされたかは、考えるまでもなかった。

予想も、していた。

 

「ずっとこうしてやりたかった」

 

怒りなんて生易しいものじゃない、殺意。それを叩きつけられた宮崎はしかし、無表情でびしょびしょに濡れた己の上半身を見る。

先程まで沸いていた茶。幾らか冷めていたとは言え、火傷にならないギリギリの温度とはいえ、熱湯だった。

浴びせられたそれとは裏腹に、宮崎は至って冷静だった。

 

「やめて下さい揚羽さん。貴方が法的に危ない」

「お前と(あずさ)の悪縁を切れるなら、犯罪者にでも何でもなってやるわ!!」

 

刈り上げた頭に青筋を迸らせ、老人は吠える。それはもう、このままだと刃物でも手にしかねない勢いで。

 

「離婚しただろうが!それで終わったんだよお前は!!なのに、父という立場を利用してお前は美鶴を……!」

「今日ここに来たのは、美鶴の誘いが切っ掛けです」

「ほざけぇ!!」

 

頬を何かが掠めた。一瞬の後に、後ろで甲高い破砕音。

湯呑みが投げられた。砕けた。

 

「次ふざけた事をぬかしたら、儂は台所に行く。逃げるならその隙にしろ」

「……」

「いや本当に…よくここに顔出せたな、お前」

 

宮崎は何も言い返さない。一つ置いた深呼吸、それが老人には溜息にすら聞こえて怒る理由になる。

 

「お前と梓の結婚を許したのは、儂の人生最大の過ちだった」

「それは、」

「ようやっとこの家に帰ってきたあの子の顔を見た時の儂らの気持ちが分かるか?娘の世話も何もせず、剰え自分の母親の奴隷にしやがって」

「……母に関しては、心より謝罪します」

「なぁ」

 

ズイと身を乗り出す老人。これには宮崎も思わずのけぞった。

その隙に、放たれた言葉は。

 

「死んでくれんか。頼むから」

「───」

「お前が、梓や美鶴と同じ空気を吸ってると思うと堪忍ならないんだわ。美鶴は『一度腹を割って話し合った方が良い』と言ったが……今分かった。儂はお前に憎しみしか抱けん」

 

一方的かつ決定的な拒絶の宣言により、両者口を閉ざした。睨む老人と受け止める宮崎、時が止まったような空間。

 

「いっそ、死ねとは言わん。せめてこの国(梓のいる場所)から失せろ」

「……!」

 

絞り出すように出された、譲歩と呼ぶにはあまりにも小さ過ぎる妥協。それを受けて、とうとう宮崎が口を開こうとした、その瞬間。

 

「ただいま〜!!」

「只今戻りました」

 

2人の女性の声。玄関から聞こえたそれに、弾かれたように彼らは顔を向ける。

扉の向こうから姿を現した彼女は、もう懲り懲りといった様子で「あ゛ー!」と文句を垂れた。

 

「じいじ!なんで私も混ぜてくれないの!!」

「……男同士の話だ。女が入ってる場じゃない」

「男女差別はいけないよ!?こっちは急に追い出されたと思ったら、街中でクロスのファンに捕まっちゃって大変だったんだから!」

 

親切なおじ様達に助けてもらって何とかなったけどさぁ、という美鶴の証言を聞いて老人は婦人──付き添いに美鶴を連れ出させた自らの妻を見る。返事は無言の目逸らし。

 

「……美鶴。その“おじ様達”、というのは」

「今玄関先にいらっしゃるよ。ここまで送ってくれたの」

「そうか。何かお礼をしないとな」

「うん。さっきばあばと相談してね、この前の旅行土産を渡そうかなって……で、なんでお父さんはそんなにびしょ濡れなの?」

「聞かないでくれ」

「……そう」

 

宮崎は1人立ち上がる。向いたのは今、美鶴が入ってきた玄関。

 

「失礼しました」

「二度と来るな」

「はい」

 

もう話は終わった。これ以上得られる物など、双方共にありはしない。

美鶴も立ちあがろうとした、が。

 

「お父さん、送るわ」

「よしなさい、美鶴」

「!?…どうして!連れて来たのは私なんだよ!」

「黙りなさい!あの男に近付く事は金輪際許さん!!」

「放っておけないよ!!」

「お前は騙されてるんだ…!」

 

 

口論を背に、その叫びに押されるように。ドアに掛けられた手は、そのまま逃げるように外へと動かされた

開かれた視界に、いたのは。

 

 

「!」

「……!?」

「あーあー…」

 

見覚えのある、2人。

詳しく言及するなら、宮崎雄馬にとって彼らは───

 

「柴畑奉一と、伊東聖徳…?」

「貴様に名を覚えられても、何一つ光栄とは思えんな」

「父の同期だ。忘れられる筈が無い」

「………っ!!」

 

斗馬に言及された途端、(いき)り立ちそうになる柴畑を伊東が手で制する。その甲斐あって落ち着けた彼は、深く深く深呼吸。

 

「どこからがお前の筋道通りなのかは知らん」

 

平静に努めて、差し向ける言葉の槍。雄馬は先程までと変わらず受け止めるだけ。

 

「どこから予想外なのかも知らん。だがな、此れはお前が始めた騒ぎだ」

「分かっている」

「どうだか……だが分かっているなら、」

 

一歩、ガンを飛ばしながら詰め寄る柴畑。そして彼は言い放った。

 

「貫けよ。決着がつく時まで」

「……娘にも、同じ事を言われた」

「つまり手前の昔からの悪癖って訳だ。オイ、忘れるなよ」

「善処しよう」

「柴畑、もうここら辺で……」

「いいやまだだ」

 

更に一歩。ここで詰めておかないと、という勘が彼を突き動かす。

 

「クロスクロウ、海外遠征させるんだろう」

 

クロスクロウの血統が公表された時、()()()()()()()()が大々的に取り上げた。スピードシンボリの事、ハクセツとの逸話、そして比良野騎手との海外遠征。

オグリキャップのジャパンCでの敗戦、世界の壁まで交えて懇切丁寧に説明されていたその記事は、読者からの相次ぐ反響で以て拡散。それを基に、ある機運が巷では渦巻いている。

“クロスクロウを、スピードシンボリが勝てなかった凱旋門賞へ”、と。

 

「家族を誘き寄せるデコイとしてあの馬を買ったそうじゃないか。クロスが晴れて日本の中距離最強馬になった以上、挑まない選択肢はお前にはあるまい」

「……御明察、だが。一つ訂正しておくと、クロスクロウの海外遠征は臼井氏が最初から視野に入れていた」

「そんな事はどうでも良い。挑む予定なのは変わらないんだろう」

 

問いに宮崎は首肯。それを目にして、柴畑は一層表情を険しくした。

だからこそ、言わなければ。

 

「半端に終わらせたら、タダじゃ済まさんからな。行くなら勝ってこい」

「……どうして貴方が、それを」

 

俺が嫌いなのでは?という言外の質問。それをあえて無視して畳み掛ける。

 

「俺たちの憎悪は、お前の──お前の馬(クロスクロウ)が巻き起こした風に、負けたんだ」

「……」

「だったら否定するだけ滑稽。寧ろいっそ、輝くだけ輝いてもらわなきゃ、こっちのメンツが立たないんだよ」

 

腹立たしい。何より腹立たしいのは、クロスクロウが紛れも無き名馬である事。それが巻き起こした烈風が、日本を変えてしまった事。

それだけに彼は、当馬が宮崎雄馬の所有である事が腹立たしくて仕方がないのだ。そして同時に、どうしようも無い事実ゆえに抗えない。

 

だから祝う。

そして呪う。

 

「行く所まで行けよ……その果てのお前の末路、見届けてやる」

「……言われるまでも無い」

 

その怨嗟に、雄馬は臆さなかった。憮然と、受け入れた。

 

「丁度今、日本から出て行けと言われた所で。海外はその意味でも都合がいい」

「お前……!」

「では失礼する」

 

話を打ち切り、彼は再び歩き出す。

向かう先は栗東のある方向。彼の夢が、そこに居るから。

 

「やる事は山ほどあるんだ」

 

分かっていた。こうなる事は分かっていた。それでも今まで縋っていた。だが現実を目の当たりにして、迷う余地は無くなった。

 

「これで良かったのかも知れない」

 

邪念(妻への想い)も無く、クロスクロウと向き合えるから。

……本当に?

 

 

「良いんだ、これで」

 

 

何度でも、宮崎雄馬はそう呟いた。自分に言い聞かせるように、刻み付けるように。

嘯いた。




次回からやっと本筋に戻れます

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