また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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【Ep.57】常盤!

喜び勇んで助力を申し出たは良いものの、実はボクもほぼ完全に無策でした。クロを助けられるからには後悔なんて微塵も無いけれど、でももう少し落ち着くべきだったと自省する。

 

マンボの伝言でクロから伝えられた、スペさんの不調。というか、悩み。本当なら直に会って話したい、でも容易に許される身じゃない。

何より、1番彼を知るクロですら匙を投げかけているような状態で、彼よりも地理的にも心理的にも距離の遠いボクに、出来る事が果たしてあるのでしょうか?改めて考えると、問題点ばかりが目白押しで。

 

(それでも、力になるって決めたんです)

 

遠い地にいる仲間達。ボクを討ち取りに来てくれる親友と、その場を懸けて争ってくれる好敵手。彼らの相手に適うような、そんな相応しい自分である為にも。何より、これからも彼らと走り続ける為に。

 

(慎重にいかなければ)

 

期すべきは機会。探るべきは打開。

今ボクに出来るスペさんとのコミュニケーションは、マンボを介した伝言のみ。マンボも一瞬で美浦(みほ)栗東(向こう)を行き来できる訳じゃないし、面と向かった会話でない以上は、何かの取り零しから致命的な擦れ違いになりかねない。

故にこそ、一つも逃さないように。彼が何を拒むのか、何をしたいのか。

 

変わらず全てを受け止める、器であれ。

 

 

 


 

 

 

『スペさんの中で、どんな事が変わってしまったんですか?』

 

グラスからの問い掛けだった。マンボの声だったのに、あの透き通るような声と瞳がすぐ側にいる気がした。

この問い掛けは……クロから僕の事を聞いたんだろうか。

隠す事なんか何も無い。無いけど、ただ後ろめたさがある。

 

(日本一になるって約束したのに)

 

あの夏の日の誓い。それがあるのに、まだ果たせてないのに、僕は立ち止まってしまった。

クロは日本(せかい)を変えたのに。グラスは不屈を、有馬で示したのに。二頭はこれからも示していくのに。僕だけが。

 

(でも、答えないのはもっとダメだ)

 

逃げは僕の得意な戦法じゃない。誤魔化すのも欺くのも、器用なスカイと違って出来ない。

ちゃんと明かそう。僕が立ち止まった、その理由を。

 

 


 

 

『ニンゲンは、僕達を死なせる事を厭わない。信じたいのに、信じられないんだ』

 

ただその二文だけに、どうしようもない悲嘆を感じた。涙があったのを知った。

 

『走るのは好きだよ。でも、ニンゲンを──ユタカさんを乗せて、同じ走りが出来るか。もう、分かんなくなっちゃった』

 

スペさんの言い分を100%理解出来たとは言い難い。でも、ニンゲン達がボク達を怪我のリスクが付き纏う場所に駆り出してるって事実は流石に分かる。ボクの怪我だってその一つだったから。

だからこそ、解せない。

 

(なんで、クロに頼らないんでしょうか)

 

あんなに強く、雄々しく、頼もしい存在なのに。

 

 


 

 

『何故、クロに相談しなかったんですか?』

 

ああ、これだ。聞いて欲しくなかった。

ジャパンCからずっと悩んで、でもクロに何も言わなかった事を指してるんだろう。分かってる。相談の一つもしないで、故郷に帰る事を薦めて、自分から独りになって拗らせたバカが僕。

でもね、僕だって生まれてもう4年目が近付いてるんだよ。本能で(なんとなく)分かるんだよ、もう大人に近付いてるんだって。

……ずっと頼りっきりは、嫌だよ。

 

 


 

 

『自分でなんとか出来ると、思いたかったんだ。クロがそうだったから』

 

息を呑む。そうか、スペさんは……クロをずっと目の当たりにして、生きてきたんだ。

ボクは(まばら)に会うだけだったから、彼の凄さを見る度に嬉しさしか無かった。けどスペさんはずっと隣で、ずっと自分と彼を比較する環境にいた。

彼に出来る事が自分に出来ない。そんな思いを、何度抱いたのでしょうか?

きっとクロは、スペさんと同じ、または近い悩みを受けて……一頭で結論まで至ってしまった。スペさんも同じようにしたかった。

出来なかった。

 

(同じ答えをそのまま踏襲出来たなら、どれほど楽だったのでしょうね)

 

クロの決断は知らないですが、そこに間違いはきっと無い。故に私だったら、迷わず同じ道を選んだと思います。

……だからこそ、それに甘えなかったスペさんを、私は心から尊敬しました。

 

 


 

 

『私には出来ない事ですよ。自分から苦難に突き進めるのは、本当に強い』

『グラスがそれを言う?』

 

反射的にそう言っていた。マンボに言ってもしょうが無いのに、伝言ではなく感情をぶつけるように。

だって……ホント、言い方悪いけどどの口がって感じだもん。

既に苦難を乗り越えているグラス。

全然、乗り越えられない僕。

僕が追い付けないって思ってるのは、何もクロだけじゃない。君もなんだよ?

 

──でも。君にそう思って貰えるのは、良い気分だなぁ。

 

 


 

 

『ありがとう』

 

たった一言だけの返事。それだけで、何故か安堵してしまいそうになる気持ちを必死に抑えます。未だ何も解決していないので。

本題はここから、です。

 

 


 

『ニンゲンは今も好き、なんですよね?』

 


 

『うん。好きだよ。好きなんだよ』

 


 

『ボクの怪我の時は、ニンゲンは親身になって助けてくれましたよ。それで納得は出来ませんか?』

 


 

『それが好意なのか、ニンゲン自身の為なのかが分かんないの』

 

 


 

 

好意と不信の矛盾、言外の苦しみ。寄り添う方法は分からないしボク自身の所感も役には立たない。ボクが挑めない事にスペさんが挑めるように、ボクが割り切れる事をスペさんが割り切れるとは限らないから。

だからボクに出来るのは、ボクの中でスペさんの助けになれる“事実”を探す事。スペさんと共有出来る、共感しあえる何かを。

その結果、スペさんは走るのをやめてしまうかも知れない。それはとても悲しい事だけれど……スペさん自身が納得出来る答えがそれなら、それが一番なんです。

 

 


 

 

クロに頼ってばかりじゃいられない。

栗毛先輩とはそもそも最近連絡が取れない。夢で会えない。

だから自分で、答えを見つけなきゃいけないのに。

だから、ヒントで良い。ヒントが欲しい。

お願いだよグラス。クロに甘えたくないのに、同じく同期である君に頼る矛盾は自覚してるつもり。

でも、後押しに何かを持っているなら。きっかけだけが、欲しいんだ。

それさえあれば、僕は───

 

 


 

 

踏み出す一歩を。その勇気を。

 

 


 

 

 

 

『……ニンゲンは、ボク達と一緒に走ってくれますよね』

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「サイレンススズカの調子はどうなんだ」

 

俺の問いに、勇鷹は首を横に振る。案の定、芳しくないらしい。

 

「走るのは出来る。スパートが出来ない」

「重症だな」

「……ああ」

 

下手な慰めが逆効果な事は分かっていた。ストイックに現実を見る彼の事だ、そう言う気休めは無用。

だが、あの馬のリハビリに絶え間なく付き添う彼を見る度に……なんとかなってくれないかと、祈らずにはいられない。

 

「海老奈、君ならどうする」

 

勇鷹は問う。

 

「生きてるのに走らせてやれない、そうなった原因が自分だったら」

「大逃げを後悔してるのか」

「反省してる、って言えたらどれだけ良いか」

 

反省(前向き)後悔(俯き)か。諦めていない自身を誇りたいのか悔いたいのか、自分でも分からなくなっているようだった。

サイレンススズカとは、勇鷹にとってそれ程に大きな希望だったのだ。

 

「スズカはね、走りたがるんだよ」

 

語る痛みは、もう彼自身の身体を迸っているようで。見るに堪えない。

 

「僕を快く乗せてくれて、駆け出すんだ。でも……」

 

駄目なんだ。そう告げて項垂れる彼の肩に、手を置くのも憚られる。

そこから先の展開は予想がついた。前々から見えると言っていた景色、そこにいざ入れるかと言うタイミングで……臆してしまうのだろう。

 

「エルコンドルパサーがそうなったら、俺は……種牡馬入りを検討するが。お前は違うんだよな」

「ああ。走りたがってるのなら、走らせてやりたい」

「なら覚悟を決めろ」

 

サイレンススズカに対する愛は分かっている。天才と持て囃されるお前も、それに相応しい偉大さも分かっている。

だからこそ、突き放した。

 

「お前は、拓勇鷹だぞ」

「……!」

 

レジェンドに肩を並べる稀代の器。同期として、それが燻る事など許すわけにはいかなかった。

勇鷹は、観念したように笑った。

 

「……オグリも同じ気持ちだったのかな」

「良かったじゃないか。今乗ったら、もっと簡単に人馬一体できるかも」

「冗談はよしてくれ」

「冗談じゃないさ」

 

動きが止まる。そうだ、心して聞け。

 

「何度でも言うぞ。お前は拓勇鷹だ。オグリキャップを奇跡に導き、マックイーンで時代を支配し、以降の時代の象徴となってみせた俺達の星なんだ」

「……っ」

「そのお前が走らせると決めたなら──やって貰わなきゃ、困るんだよ」

 

異次元の逃亡者、その復活を。

馬だけじゃない。お前自身もまたヒーローなんだから。

 

「…重いなぁ」

「代わるか?俺が」

「いや、僕だけの物だよ」

「その調子だ」

 

若い頃の生意気さを垣間見て、少しホッとした。そうだ、俺の知る拓勇鷹はこうでなければならない。

 

「スペシャルウィークも不調なんだろう?サイレンススズカだけ相手にしてクヨクヨしてる暇は無いぞ」

「知ってたのかい。ああそうだ、スペシャルとももっと通じ合わせていかなきゃあな……!」

「世話の掛かる同輩だよ全く」

「お礼に海外馬場の走り方でも教えようか?」

「それは……凄く助かるな!」

「お安い御用だよ」

 

俺としても、あそこまで陣営にデカい口叩いといてエルを海外で勝たせられなかったら恥なんてレベルじゃない。全方位に土下座しても足りない。

 

「それじゃ、生沿君をここに呼んで即席講座を始めようか」

「ここでか!?」

「ここでだ。へい大将、ちょっと騒がしくするよ」

「勝手にしろい、今日はもう客も来ねェ」

 

断りを入れてから電話。マジでやる気だ、と気付いたその瞬間にはもう事態は急変している。

 

「お邪魔しますっすー!!」

「ようこそ」

「電話から10秒も経ってないぞ!?」

「勇鷹さんに呼ばれたなら何処までも、っすよ!!」

「度が過ぎる」

「頼もしいじゃないか。さて、やる気のある学徒が集った所で……」

 

始めようか、と勇鷹。気合を入れる俺と、生沿君。

その間に交わされる熱視線に、コイツ本当に期待されてんなぁと思いながら……有らん限りの見識を盗んでやろうと、俺は意気込んだのだった。




マンボ「サスガニツカレタ」

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